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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第十六章 とリカごカら飛ビ出シて

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呪じュつト共に

 戻ったオースは、巽に視線を向ける。心ここにあらず、といった様子だった。


「おい」

「……何でしょう?」


 呼びかけには応じられるようだが、まだテウメとの余韻を引きずっていると感じたオースは警告する。


「テウメに、あまりのめり込むな。母親を重ねているのだろうが……偽物だ。いいように利用したいだけ。実際、お前に散々なことを言っただろう。価値に気付き、近付いてきただけのことだ」


 彼女は、心を持つ2人を操るために、母性を利用している。思考すら溶かす、圧倒的な母性に包まれて支配されていく。テウメに依存されるのは、オースとしては避けたい事態だった。良からぬ方向に支配されるのは間違いないからだ。


「本当の母上が生きていたら、あんな感じだったのかな……」


 しかし、その警告は全く耳に届いていないようだった。


「おい! 聞け!」


 腹が立ったオースは、力を込めて巽の頬を殴った。


「痛い!」

「痛い! じぇねぇ! 少しは話を聞け! テウメのことを信じるな。のめり込むな。危険なんだ。あいつは。母親でも何でもない」

「たった一度、初めて会った人に……そこまですがりませんよ。ただ、ちょっと思い描いただけです。生母が生きていれば、こんな風に……幼き僕は安心できたのかもしれないな、と」


 彼はそう言うが、いまいち信じきれなかった。


「わかってるか? 必ず、成功する訳じゃないことを。一応、お前が適合できているから、可能性はあるというだけで……失敗することだってある。そうすれば、残るのは戦争への参加だけだぞ」


 その言葉で、彼はようやく現実に戻ってこれたのか、表情を引き締める。


「理解しています。この国は、戦場になるでしょう。何もかも無事とはいかない。けれど、僕には……この国には呪術があります。脈々と受け継がれてきた呪術は、そう簡単には打ち破れませんよ」


 武蔵国打倒の口実を与えることになる。周辺国だけではなく、全世界が結託するだろう。わかりきっている、これは消耗戦になる。いくら魔王軍が助力しようと、いずれ追い詰められる。

 それでも、巽の目には自信が宿っていた。


「数で言えば、話にならん差だぞ。少しは現実見ろ。捨て駒にされるんだ。戦い続けて、いつかは……」

「侵攻されるでしょう。ですが、ただの人間風情が容易に足を踏み入れて無事でいられるような地ではありませんよ、我が国は」


 巽は不敵な笑みを浮かべて、窓から景色を眺める。


「呪いは、国を護るために、この国に深く深く染み込んでいます。多くの代償を払い続けながら。滅亡の危機にこそ、国に張り巡らされた呪術は力を発揮するんです」


 呪術への信頼があるとはいえ、それは国を死地へと変える行為だ。理解しているはずなのに――彼の口元には、薄く笑みが浮かんでいた。その顔には、悲壮どころか、奇妙な安堵すら見えた。


(こいつ、どこまでもイカれてやがる)


「まぁ……ただの人間風情は簡単に呪い殺せるとして、だ。事態が解決しないとなれば、いずれは勇者がやってくるぞ」

「勇者……ですか」


 天の加護を受け、その力を振るう勇者。脅威として存在感を示せば、確実に勇者が現れるだろう。そうなれば、呪術が完全に力を発揮できるかは怪しい。歪な形で天の力を引き出す呪術に対し、勇者はその力を純粋なまま宿しているのだから。正面からぶつかれば、分が悪いのは明らかだった。


「勇者って、希望なんですよね。その人が死んだら……全てが台無しになっちゃうんですよね。僕にあるのは呪術だけじゃないですよ。ずっと昔から、教育は受けてきたんです。国王としてあらゆる脅威に対処する術を。最後の砦として君臨できるように」


 窓枠に手を置き、歩んできた道を静かに省みる。戻りたいとも思えない。苦しい鍛錬の日々。子供らしく生きられた時間など、ほんの僅かだ。気が付けば大人となり、王位を継承していた。だが――玉座に腰掛けたところで、安らぎなどどこにもなかった。


「国王として、国を壊される訳にはいかない。それが、自らが蒔いた種だとしても……壊しに来るなら返り討ちにするまでですよ」

「さっきまでとはまるで別人だな。まぁ、そう言い切ってくれるなら、こっちも安心だ。重要な拠点が、簡単に消されては困る。俺の顔も立たない」


 先ほどまで、姉が死んでしまう、助けて欲しいと懇願していた人物と同一とは思えない。


「とはいえ――無策で臨むつもりはありません」

「ほう?」

「無様を晒す真似は御免です。いつ戦が始まってもいいように……体制はこちらで整えておきます」

「当然だ。じゃ、俺は行く。美月のことが終われば、ちゃんと報告しろよ」


 深く頭を下げる巽を背に、オースは歩き出す。片付けるべき問題は、尽きる気配すらない。


(これって、結構普通にヤバいよな。美月が助からなかったら、ただ戦火を振りまくだけだ。助かったとて、一国だけの問題じゃない。同盟を結んでるレンジポアも巻き込むことになるかもしれん。対応を考えねぇと。てか、この国が戦争状態になったら、リュウホウブチギレじゃ……?)


 巽が戦場に立てば、リュウホウもまた研究どころではなくなる。それは、きっとリュウホウにとって面白くないだろう。確実に怒りを買う。


(俺がぶっ飛ばされるんだろうな~。でもなぁ、伝えなかったらもっと大事になるだろうしなぁ。やっぱり、ちゃんと伝えとかないとな~。それに、あいつは軍師だ。力を貸して貰いたい……普通に)


 憂鬱だったが、戦力としてのリュウホウは非常に優秀だ。痛みを伴うだけの価値はある。


(俺だけじゃ、絶対駄目だ。戦争なんて経験ねぇもん。巽はやる気満々だし、自信に溢れてたけど……不安しかない!)


 国を相手に戦ったことなどない。経験や実力が物を言う世界だろう。リュウホウに頼らないという選択肢はない。

 オースは足を止めて、振り返る。すると、巽はまだ深く頭を下げていた。


(えぇ……)


 いくら呪術による契約を結んだとは言え、態度があからさまに変わりすぎて恐ろしくなる。


「あのさ~! リュウホウがいる場所ってわかる? こっちも色々と連携したいんだが」


 彼は素早く頭を上げて、口を開く。


「申し訳ありませんが、リュウホウ殿の行動についてはこの国の誰も把握しきれていないかと。ただ、必要とあらば……探知できます」

「マジ? ちょっとそれやれよ」

「前にも申しました通り、国は僕の体、城は臓器のようなもの。貴方やリュウホウ殿のように、気配が強過ぎる人達は探りやすい」


 生命力を注ぎ込んで間もないというのに、彼からは凄まじい魔力の気配が漂う。彼を中心に、瞬く間に広がっていく。


「さっきも、そんな感じで俺を見つけ出したのか?」

「……いえ、先ほどは異物感があったので。城の中で、あれほどの呪術を使われれば嫌でもわかります。すみません、少し集中しても?」

「……おう」


 傍から見れば、ただぼんやりと俯いてるようにしか見えない。だが、その身からは変わらず強い魔力が放たれていた。


(異物感か。そんなに敏感なら、勇者の侵入にもすぐに気付けそうだ)


 数分が経ち、彼は顔を上げる。


「何故かはわかりませんが、天守の屋根におられますね」

「屋根? 天守って言うと……」

「あの伝統的な建物の屋根です。今は、ただの見世物ですが……見晴らしはいいでしょう。危険ではありますが、リュウホウ殿には無関係なことですね」


 指し示された建物は、見慣れぬ様式の屋根を幾重にも重ねた塔だった。何度か目にはしていたが、意識したことはなかった。オースにとっては、ただ異国の奇妙な建造物でしかなかった。


「まぁ、じゃあ行ってみるわ」


 再び、巽に見送られながら、リュウホウのいる場所を目指して歩を進めるのだった。

次回更新は4月26日です

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