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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第十六章 とリカごカら飛ビ出シて

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喪ッたモのヲ失っテ

 「ではな」


 諸々の話を終え、リュウホウはその場を後にする。緊張から解放されたオースは大きく息を吐く。


「なんか乗り気で良かった~! 一発は殴られるかと思った~……」


 ぐったりと、オースはその場に座り込む。


「なんだろうな、この安心感は」


 フラストレーションの矛先が自分でないという、それだけのことなのに、守られていると錯覚してしまう。


「戦争か……」


 天守の屋根から武蔵国を見下ろし、ぽつりと呟いた。澄み渡る空、連なる山々、賑わう城下町。国民が過酷な状況に置かれていることを度外視すれば、平穏そのものだった。


「恨まれるなぁ……いや、とっくに恨まれてるか。巽もろとも、憎くて憎くてたまらないだろうな。ま、今更、思いを馳せても仕方がないか」


 そう言って、立ち上がった時であった。


『兄様、終わったよ!』


 とてとての声が、頭に響く。


(びっくりした~……中々早いな。俺も、お前に色々伝えておきたいことがあるんだ。ちょっと、いや、かなり大事でな)


『えっ?』


(まぁ、今行く)


 歪みを抜け、とてとてのいる部屋へと移動する。


「兄様!」


 とてとては、嬉しそうにオースへと飛びつく。


「思ったより早かったな。有効活用できそうか?」

「うん。リュウホウ様は、凄いなぁ。後は、ボクがこの情報を持っていることを、テウメ様に知られないようにしないと……」


 オースの腕の中で、とてとては考え込むような様子を見せる。


「それ、本当に大事なことだぞ。ここで足がつくのは、色々と大問題だからな」

「ボクが、データを提供しなければ大丈夫だと思うんだけど……それでも、ボクを生み出したのはテウメ様だから何があるかわからない。リュウホウ様から貰った情報があれば、ボクをボク自身で改造できるかも? ちょっと試してみないとわからないけど」

「そんなこともできるのか!? 自分で? 他人に弄って貰わねぇと駄目とかじゃないの?」


 テウメは、専用の部屋で機器を使い、魔物細胞の移植や改造を行っていた。他者の手を借りずとも、自分の体を作り変えられるとは、驚きだった。


「あ! いや、まだやったことないし、リュウホウ様の理論に基づくなら……いけるかなって。感覚的に、なんとなくわかるんだ。意識を強く自分の内側へ向けると、自分の構造が見えてくるっていうか。で、リュウホウ様の解剖データを参考にすれば、多分できると思う! 一旦ボクで試して、それから兄様にやるのがベストかな」

「へ、へぇ~……」


 どれだけ説明されても、オースには到底理解できそうもない。適当に相槌を打って流す。


「それはともかく……さっき言ってた、かなり大事って何?」


 自分が得た成果よりも、オースの言葉の方が気になったようで、恐る恐るといった様子で尋ねた。


「武蔵国が宣戦布告することになった」

「……え?」


 予想を遥かに超える報せに、とてとては絶句した。


「色々あってさ……最終的にそうなった」

「う~ん、詳しく説明してくれる?」


 そう言われるのも無理はない。少し離れている間に開戦が決まったなど、簡単に飲み込める話ではなかった。


「えっとだな――」


 美月が巽によって殺されかけたこと。命を救うためにテウメの手を借り、魔物細胞の移植を試みていること。そして、その条件として武蔵国が世界を相手に戦争を起こすこと。順に伝えていくにつれ、とてとての表情は暗くなっていった。


「どうして……そんなことに……」

「俺は、ただちょっと巽の弱みを握ってやろうと思っただけなんだけどな~……まさかあんなことになるとは思わなかった。まぁ、それは上手くいったけど、副産物が最悪だったって感じで……」


 証人として、美月を利用した。彼女なら冷静に取り持ってくれるだろう――そんな浅はかな考えで。


「美月さんが、もし魔物細胞と適合できなかったら……」

「あぁ、ただ戦争を起こすだけになる。巽もどうなるか……」


 とてとてを抱きしめる力が強くなる。不安だった。とてとても、それを感じ取り、身を委ねた。


「今までに例のないことだから、上手く行く行かないはわからないけど……こればっかりは、テウメ様を信じるしかないね」

「もし、失敗したら……美月はどうなるんだ? 体の一部が崩壊するのか?」


 かつての友、レイナルのことを思い返す。上手く適合できず、右腕が壊死してしまったと嘆いていた。


「そんなもんじゃないよ。適合しなかったら、魔物細胞が体を壊していく。それは、人間の回復力じゃ補い切れない。壊死した部分から菌が広がって、亡くなった事例が多数あったよ。適合しなければ最後なんだ。成功したのは、兄様と巽さん2人だけなんだ」

「え……? いや、適合はできなかったけど、どうにかなった奴もいるだろ?」

「んんん? そんな情報はなかったけどなぁ。とにかく、それだけリスクのあることなんだ。失敗すれば、確実に死が待ってる」


(どういうことだよ。でも、レイはどうにかなってたじゃねぇか)


「なぁ……その失敗事例を俺にも見せてくれねぇか」

「え? いいけど……」


 不思議そうにしながらも、オースの腕の中を飛び出して1冊のノートを持ってくる。


「この世界での被験者の記録だけだけど……リュウホウ様が提供していたみたいで」


 受け取ったオースは、ページを祈るような思いでめくっていった。

 一方、とてとては何故オースが急にそれを知りたがったのか、不審に思っていた。魔物細胞移植の被験者に関する情報は得ていたが、分析や解析まではしていない。テウメの支配から逃れる手段を探ることを優先していたからだ。

 故に、被験者の詳細にまで意識が及ばなかった。気付いた時には遅かった。失敗した被験者の中に、レイナルという人物がいた。彼は適合に失敗し、命を落としていた。そんな彼を、テウメは利用し、友人としてオースに接近させた。その事実が、ノートにははっきりと記されている。知っていれば、自ら見せるような真似はしなかっただろう。


「……フフフ」


 レイナルについての事実を突きつけられ、オースは笑うしかなかった。


「兄様、あのね――」

「あぁ、あぁ……もういい。いいんだ」


 やがて、顔を上げたオースの瞳は、ひどく虚ろだった。


「愚かだなぁ、俺は」


 堪えきれず、涙がぽたりと零れ落ちた。


「お前は違うよな……? なぁ? そうだよな?」

「違う! 違うよ。ボクは、自分の意思で兄様のそばにいる!」

「そう、だよな。そうじゃなきゃ困る……」


 大粒の涙を流しながら、オースは引きつった笑みを浮かべた。

 

「殺してくれ」

「え?」

「殺せ」


 レイナルとの思い出、その全てが虚構だった。オースの心が耐えられるはずもない。


「喪ったものをさらに失った……ハハハッ、こんな虚しいことがあるか?」


 オースにとって、唯一の友だった。その存在そのものが、テウメがオースを都合よく操るためだけにあったと知った。


「もう殺すしかない」

「兄様、少し落ち着いて――」

「どうすれば、殺せる? そもそも、あいつに死はあるのか? 死があったとして、今の俺にはできないかもしれない。やっぱり、お前にどうにかして貰わないと……」


 オースは、ノートを乱暴に近くの棚へ押し込む。


「お前が殺ってくれるのに協力してくれれば……心から信用できる。お前だけは、絶対に違うんだという保証が欲しい。だから、頼む……」


 そう呟くと、崩れるように座り込んだ。


「助けてくれ……」


 うずくまったまま、嗚咽を漏らし続けた。そんなオースに、とてとてはただ寄り添うことしかできなかった。

 しばらくの間、部屋には押し殺した嗚咽だけが、ただ静かに響いていたのだった。

次回更新は5月24日です

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