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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第十六章 とリカごカら飛ビ出シて

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ゆビ切りゲんマん

 建物内へ侵入し、遺体があるはずの場所へ急ぐ。そして、辿り着いた2人が見たものは――。


「巽!」


 巽は、遺体にかぶりついていた。口元を血に濡らしながら、貪るように肉を喰らっている。損傷を見る限り、食べ始めて間もないのだろう。接近や呼びかけにも気付かず、まるで獣のようであった。


「やめて! お願い」


 美月は巽に飛びつき、羽交い締めにして無理やり動きを止めた。


「離せ……離せぇぇぇっ!」


 それを振りほどこうと、彼は必死になって暴れる。そこに理性などない。単純な力勝負ならば、美月に分があった。


「離さない。ごめん、ごめんね。私が、もっと早くここに来れていれば……」

「空腹に、渇きに……耐えられないんだよ!」


 血走った目で、狂ったように彼は叫んだ。


「それ食ったら、収まるってか?」


 オースは壁に持たれ、軽蔑の眼差しを向けながら言った。


「あぁ……もうずっとまともな物を食べていない……人を殺した貴方が悪いんだ。ぐるぐるぐる、頭の中に残って、欲求が高まっていくばかり! 美月ぃぃぃ! どうして、邪魔をするんだよぉぉぉ!? 可愛い可愛い大事な弟が、幸福に満たされているんだ! これだけ、食べたら我慢するからさぁ……」

「……嫌、嫌」


 彼女は、激しく首を振りながらその要求を拒絶する。


「これのどこがまともな物だ。異常者が」

「あああああああああ!! もう、うるさいうるさいうるさい! どいつもこいつも邪魔ばかり! 誰も、僕の苦しみなんて知らないくせに! もう耐えられないんだよおぉぉっ!」

 

 絶望的な叫びが響いた、その瞬間――爆発的な魔力の解放と共に、鮮血が弾け、美月の右腕が宙を舞った。


「――あ」


 悲鳴も上げず、絶叫もせず、彼女はただ唖然としていた。間もなく、ぽとりと落ちる腕。それを見て、巽はようやく我に返る。


「あ、あ、あぁ! 僕、僕はなんてことを……違う。違うんだ、そんなつもりじゃなくて。ただ離して欲しくて……美月の力が強いから……」

「良かっ……た……」


 遺体への執着を手放した巽の頬を、彼女はもう片方の腕で撫でた。そして、そのまま力なく横へ倒れた。


「美月! 美月!」


 返事はない。顔面蒼白で、出血は収まらない。このままでは、確実に彼女は死を迎えるだろう。弟の手によって。

 彼は転がっていた腕を拾い、魔術でくっつけようとする。


「嫌だ、こんなの……駄目だ! 死んじゃ駄目だ!」


(魔術ってとんでもないな)


 異常な出来事が立て続けに起こる中、オースだけが冷静だった。

 腕は辛うじて繋がった。だが、神経や血管まで修復された訳ではないのだろう。出血も止まらず、腕はただ形だけ繋がっている状態だった。


「はぁ……はぁ……美月……」


 肩で息をするその背は、奇跡に縋りつくようだった。


「……どうすんの? ヤバくね? 普通に死にそうじゃん」


(まさか、ここまでのことになるとは。想定外だ)


 人間としては常軌を逸しているが、それでも人の枠を外れてはいない。肉体の限界は月並みだ。

 生意気な彼の弱みを掴み、屈服させられればそれで良かった。だが、美月の死までは望んでいない。

 

「助けて……下さい」


 消え入るような声で、彼は言った。


「あぁ?」

「助けて下さいっ! 美月が死んでしまう!」

「魔術とか呪術でどうにかなんねぇの?」

「どうにかならないから言っているんですよ! 時間が足りない。猶予がないっ!」

「自分のせいじゃん?」

「お願いします……! 力を貸して下さい……」


 なりふり構っていられないのだろう。彼は地に頭をつけて懇願する。その情けない土下座姿は、実に心地の良いものだった。


(まぁ、美月がここで死んだらヤバいだろうな。いよいよ国として機能しなくなるかもしれん。それだけは避けねぇと。となると、だ。頼れるのは、テウメくらいしかいねぇか)


「残念ながら、俺には何もできない。だが……どうにかできる手段がない訳じゃない」


 オースは、土下座する彼に近付き、頭を踏みつける。


「誓え。俺の奴隷になると」

「……なりますから。お願いします、お願いします……」

「いまいち信用ならねぇ。言葉だけじゃ、それこそ呪術でも使って俺の奴隷になると証明しろ」

「……はい」


 すると、彼は土下座したまま、右腕だけを掲げ、小指を立てた。


「あ?」

「僕の小指に、貴方の小指を絡めて下さい」

「えぇ? 嫌なんだけど……」


 意味のわからぬ要求に、オースは眉をひそめる。


「契約……簡易ですが、強力な呪術です。忠誠を捧げましょう」

「チッ、わかった」


 オースは仕方なくしゃがみ込み、差し出された小指に、自分の小指を絡めた。


「僕は、貴方に永遠に隷属する。逆らわず、歯向かわない」


 巽は、そう宣言した。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます♪ 指切った!」


 そして、突然、彼は腕を上下させながら歌い出した。困惑しているうちに歌い切ると、彼は小指を離す。途端、小指が凍てつくような感覚に襲われた。


「な、なんだ。これは」

「これで、成立しました。契約を破れば、僕の小指が切られます。同時に、針千本を飲むような苦痛に襲われる」

「それだけ?」


 思わず、そう言ってしまった。魔物であり、呪術で守られた巽にとっては、些細な代償に感じたのだ。


「っ……!」


 巽は何か言いたげだったが、堪えるようにして飲み込んだ。


「……まぁ、いい。誠意は受け取った」


 契約の効果はあるようだと理解し、ちらりと美月を見る。呼吸も弱々しく、蝋人形のように白い肌。そこに、生気はほとんど残っていない。もはや、人の手でどうにかできるような状態ではなさそうだった。


「行くぞ」


 オースは巽の頭から足を下ろし、床を踏む。すると、空間に歪みが生じた。顔を上げた巽は、歪んだ空間を見て驚いていた。


「美月を抱えてついてこい」


 そう言い捨て、歪みの中へオースは踏み入る。それを見て、巽はふらつきながら立ち上がり、美月を抱きかかえた。


「ごめん、ごめん……わからないんだ。僕も、僕自身を制御できない……変な声がずっと聞こえて……どうにもならない。美月だけは守りたかったのに……」


 すっかり冷たくなった美月が、言葉を返すことはない。


「これから、ますます僕は……おかしくなって、美月をより傷付けてしまうんだろうな。そうなるくらいなら、きっと本当はここで……」


 その目からは、涙が溢れる。


「でも……僕は弱いから……1人になりたくないんだ。許してくれ」


 淀みない、彼自身の言葉。魔に毒され、呪いに侵され、歪んだ環境に壊された彼は、愛する姉の死を目前にして僅かな間だけ正気を取り戻していた。


「生きよう、一緒に地獄を」

 

 そう呟く彼の声は、どこか空虚だった。呪いのような言葉を吐き、彼もまた歪みの中へと足を踏み入れた。

次回更新は3月29日です

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