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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第十六章 とリカごカら飛ビ出シて

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せンべツの炎

 そんな美月の腕を掴み、オースは言った。


「おいおい、がむしゃらに探しても時間ばかりかかっちまうぜ?」

「離して」

「簡単な魔術しか使えねぇんだろ? モタモタしている間に、巽がガブッといっちまうかもしれねぇぜ? 俺なら場所を知ってる」


 広大な敷地に、複数の豪華で巨大な建造物。大掛かりな魔術を使えない彼女が闇雲に探しても、時間を無駄にするだけだ。彼女も、本心ではそれを理解していたのだろう。抵抗することもなく、唇を噛み締めた。


「どうするんだ?」

「……教えて」

「行くぞ」


 彼女の腕を掴んだまま、オースは進み始める。


「リュウホウが使っていた部屋がある建物だ。近道があるなら教えろ」

「1階に降りて、それから中庭を突き抜ける。詳しいことは……移動しながら伝えた方がいいわね。貴方、足は速いの?」


 指示通り階段を下りながら、オースは答える。


「俺の本気について来られるのか? 身体能力も人間の比じゃねぇぜ」

「わかった。なら、全力で走って」

「いいのか?」


 振り返って、彼女を見る。何も読み取れない。だが、なんてことはないと、自信に満ちているようにも感じた。


「バテるなよ」

「あまり人間を侮らないで欲しい」

「さあ、行くぞ!」


 その掛け声に合わせて、一斉に2人は走り出す。


「階段から転がり落ちないでね」

「そんなヘマする訳ねぇだろうが」


 全力疾走するオースの隣で、美月は涼しい顔で並走している。魔物であるオースに、人間の彼女が遅れることもなく。


「そこ、そこの窓から中庭に」

「ここから!?」


 指が示す先には、人が一人通れるかどうかというほどの幅の窓があった。


「迂回するより、あそこを突破した方が速いのよ。緊急事態だから、強行突破ね。これくらいなら、魔術でいくらでも直せるし。とはいえ、貴方を痛い目に遭わせるのは可哀想ね。私が――」

「窓ガラスをぶち破るって話か? 怪我するだろ。俺がやる」


 前に出ようとした彼女を腕で制する。言葉を挟ませる暇もなく、身をかがめて跳び上がり、窓へと突っ込んだ。


(いってぇ~~!)


 砕けたガラスの破片がむき出しの顔を襲う。裂けた皮膚は瞬く間に塞がったが、衝撃までは消えない。


「……大丈夫?」


 美月が、オースの顔を覗き込む。彼女には、傷1つない。


「これくらいなんてことない。今、お前に怪我される方がダルいからな。さ、次の道を教えろ」

「後は、ここをまっすぐ突っ切るだけ。ほら、あそこよ。あの建物を使うのは、今や貴方達だけ。最低限の手入れはされているけれど、かなり古ぼけているでしょう」


 人気のない、独立した建物。リュウホウがこの場所を選んだ理由はよくわかる。木々も多く配置され、不気味な気配すら漂う。使用人達も用事がなければ、近付きたくない場所だろう。魔王軍幹部と接触する可能性があるのだから。


「……木とかがなけりゃ、楽なのに」

「景観を意識してるのよ。昔は、ここでよく遊んだわ……」


 かつて、そこは憩いの場だった。幼い美月達は、木登りをしてよく怒られていた。自由に外出ができない彼女らにとって、フラストレーションを発散できる場所でもあった。


「景観ねぇ。自然を感じる余裕は、もう誰にもなさそうだけどな」

「そうね……ただあるだけ。手入れに不手際があって、それを巽に気付かれたらどんな罰を与えられるかわからない……邪魔でしかないかもね」


 木々の間を走り抜け、ようやく辿り着く。一見、違和感はない。だが、肌を刺すような魔力が建物を覆っていた。


「おうおう、俺は一応冗談のつもりだったんだがなぁ~……これもう手遅れかもな」

「……それでも、このまま放置なんてできない。巽を止めなきゃ」


 先ほどまで全力で走っていたというのに、彼女は息1つ乱していない。


「だが、これは……」


 オースは、建物に手を伸ばしてみる。触れる寸前、目に見えない何かが指先を拒んだ。


「来るなって言ってるぜ?」

「でも、行くの。行かなきゃ。っ……!」


 そう言うと、彼女は躊躇なく拳を叩き込んだ。しかし、鈍い衝撃が返ってきただけだった。


「駄目……足りない。もっと叩き込まなきゃ」


 それから、彼女は何度も何度も殴り続けた。空気が震える。鉛よりも硬い拳が、目に見えない壁を叩く。それでも、壊れない。


「もう私では、巽の力は上回れないってこと? 駄目。そんなの。何のために、私は、ここまで……」


(あぁ、こいつは……こいつの異常な力は、巽のためにあるんだな。守りたい人のために、力をつけたんだな。魔術が使えなくても、地力をここまで鍛えたんだな。恐ろしい執着だ)


「もうやめろ、見苦しい」


 彼女の腕を掴む。その拳からは、血が流れていた。きっと、骨も折れている。だが、彼女は拳を握りしめる。


「やめられる訳がない」

「はぁ……この結界みたいなのも、呪術か?」

「そうよ」

「これを壊すには……あいつより強い力じゃないと駄目ってこと?」

「あるいは、祓い清めるか……だけど、もうその術はとうに廃れているわ。一般で、知る人もいない。記録も抹消されている」


 武蔵国を建国した初代国王が、己の力を確かなものとするために呪術と対となるものを消した。


「どうして、お前はそれを知っている?」

「父さんから聞いたの。父さんは、呪術をなくしたがっていて、色々研究していたみたい。父さんは禁書を見ることができたから、きっとそこからね。でも、そこにあった記録でさえも僅か。天の力を歪に用いる呪術とは相反する、正の感情を源とした術だったらしいのだけれどね。私が知っているのは、それだけ」

「相反する、か……」


『――魔と天は相反する』


 その時、かつて魔王からかけられた言葉を思い出す。


「俺ならどうにかできるかもしれねぇ。魔と天の力は、相反するものらしい」

「なら、やってみて。もう何でもいいから、ここを突破したいの」


 手段は選んでいられない、と彼女は迫る。


「こんな壁、ぶっ壊す!」


 オースは、壁を焼き尽くすイメージで炎を叩きつけた。触れた箇所が僅かに歪む。だが、それ以上は広がらない。


「なっ……!」


 持ちうる限りの力をぶつけたはずだった。それでも、巽が作った呪術の壁を壊すことはできなかった。屈辱的な結果だった。魔物細胞を使いこなせていない男に負けてしまったのだ。


「力の指向性の問題かも。ただ、ぶつけただけになっているから。呪術は、思いの強さと魔力とイマジネーションによって精度が変わる。巽の呪術が、貴方の力をそれら全てにおいて凌いでいるということ。少なくとも、さっきのだと祓い清めるって感じではなかった」

「祓い清めるって、そもそもどういうことだよ」

「祓い清めるっていうのは、壊すことじゃないわ。歪みを、本来の流れに戻すこと」

「戻す、ね……」


 オースにとって、炎は破壊そのものだった。焼き尽くし、何もかもを奪い去る。あの日の光景は、今も焼きついて離れない。


「炎は、壊すだけのもの?」


 その言葉に、オースは目を見開いた。


「炎は、人類の発展に欠かせないもの。安らぎや温もりを与え、闇を払ってきた力よ」


 彼女は、淡々と続ける。


「恐ろしいだけの力なら、こんなにも長く、人は共に歩んでいないわ。そう、使い手次第なのよ」


(俺は、ずっと恐れてきた。だが、そうか……炎は――)


 故郷や両親を焼いたのは、確かに炎だ。しかし、そう仕向けた、使い手がいる。炎は、ただ燃える。何を燃やすかを決めるのは――使う側だ。


(ただ、ずっと燃えていただけなんだ。何を燃やすかは、俺が決めるんだ……!)


 オースは、イメージする。この建物を覆う呪術だけを焼き落とす、選別の炎を。ゆっくりと息を吐き、手のひらに灯した炎を、壁へと向けた。


「……燃えろ」


 炎は、静かに壁へと食らいついた。何もない空間が揺らぎ、波紋のような歪みが広がる。そして、強固だった壁は、炎に侵され、次第にその形を失っていったのだった。

次回更新は3月15日です

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