さイ後ノ縛リ
案内されたのは、美月の部屋。無駄な物は何もない、質素な部屋だった。部屋で一番目立つのは、壁に飾られた家族の集合写真だった。
「あれは、私達一族の写真。これが、最後の家族写真になっちゃった」
それをじっとオースが見ているのに気付いたようで、美月はぼそりと言った。
「1、2、3……10人。中央にいるのが巽で……右端にいるのがお前だな。後の面子は全く知らんな」
老若男女勢揃いだが、残っているのはたった2人だけ。
「こんな写真を飾って眺めても、虚しくなるだけだろう」
「……虚しい。寂しい。苦しい。辛い。部屋に入る度、この写真が目に入って心が痛くなる」
淡々と発せられていく言葉。感情は、オースに伝わらない。
「じゃあ、外せば良くないか?」
「あるべき家族の形だったとは思わない。あの頃が幸せだったなんて綺麗事は言えない。でも、私はこの頃をなかったことにはしたくない。だから、外せない。外したくない」
「ちょっとよくわかんねぇけど……」
(王族なんて、金持ちも金持ち。金持ちなんてレベルじゃねぇか。俺にないものを全部持ってる。全てが有る存在だ。だというのに……この写真に写ってる奴らは、皆不幸だったのか。変なの)
「父さんや母さんは死んで、叔父は殺されてしまったけれど、他の皆はどこかで生きてる……と信じている」
「王族なんて温室育ちだろ。急に外の世界に放り出されても、生きていけるとは思えねぇな」
何もかも与えられていた人間が、衣食住を突然失って生きていくのは困難を極めるだろう。写真を見る限り、幼子も数人いる。世界は、不幸に溢れている。他人の世話をする余裕のある人間は少ない。優しさは当たり前ではない。
「温室……それは、そうかもしれない。けれど、貴方が知っているのは王族の上っ面だけね。上手く説明できないけど、とても厳しい環境だわ」
「温室で厳しいって」
オースは、鼻で笑う。
「王族は完璧であるように、剪定され続ける。出来て当たり前、やって当たり前というプレッシャー。王となる者には、さらに強い圧がかかる。公も私もない。期待に沿えなければ、能力が低ければ、何を言われるか。たまたま王家の長男に生まれてしまったが為に……」
王は国の顔。王は、誰よりも完璧でなければならない。その者こそが、王であると言わしめるだけの存在でなければならない。統治者であり、支配者であり、俗であってはならない。絶対的であり、雄大さを備えていなければならないのだ。
「壊れていくの、あの子が。どうしたらいいの。先日は、提供された料理の味がしないという理由で、料理人達を処刑したわ。そんなことはなかったのに。私がどれだけ言っても、聞き入れてくれなかった」
そう言うと、彼女は右頬を押さえた。
「これまでは、体制に反抗したからという理由があった。でも、今回は違う。その線引きが、他人にはわからない。忠誠を示すだけでは、通らなくなった」
「……とっくにやってるもんだと思ってたぜ。味覚まで狂ったってか? 料理人達も哀れだな」
暴走する巽を止められる者はいない。処刑はもっともらしい理由をつけて正当化され、見せしめにされる。これまでの鬱憤を晴らすが如く、蹂躙は続いていくのだろう。
「料理人達だけじゃない。その家族や親族も拘束されて……」
「アホらし。お前が言ってやれよ。そんなことをやってたら、国民がいなくなりますよ~って。他の誰も言えないだろ」
「……私は、特別扱いされていた。これまでは、まだ助言も許された。だけど、もう駄目かもしれない。巽の期待にも答えられていないしね」
(めっちゃ仲良い感じだけどなぁ。さっきも仲裁してたし。他の奴らには、絶対許されねぇだろ。あいつには、姉の存在は特別だ。美月は、最後の縛り……)
巽にとって、美月の存在は大きいはずだ。家族の中で、唯一そばで支えてくれているのだから。
だが、彼女を処分すればどうなるか――そんな先のことを、巽は考えていない。愛着だけが、彼女の立場を保障している。それが消え失せるほど失望したら、彼女もまた粛清対象となってしまうのかもしれない。彼女が危機感を覚えるほどに、その立場は危うくなり始めていた。
「貴方は大丈夫なの?」
「は?」
「元々不安定な所はあったけど……本格的に巽の様子がおかしくなり始めたのは、魔物細胞を移植されてから……だから」
彼女は、じっとオースを見つめた。
「いや、別に。俺は、特別何も困ってない。驚異的な生命力。新たな力。不安定にもなったことはない。いいこと尽くしだなぁ、今の所は。ど~しても、魔物細胞にしたいみたいだけど……その思い込みは良くねぇ」
身体能力は大幅に向上し、炎を操れるようにもなった。人らしい葛藤はあれど、巽ほどの狂気に囚われたこともない。
「……そう」
彼女はそれだけ言うと、目を伏せた。
「ヤバさに拍車がかかったのは最近だろう? なんか、きっかけになるようなことはなかったのか? 環境の変化とか、習慣の変化とか」
彼女は、ハッとした様子で顔を上げる。
「確証はないけど、もしかしたらっていうのはある」
「何?」
「リュウホウさんとの鍛錬の訓練の時間が増えたと思う。これまでは、月に1、2回くらいのことだったけど、1日に1回はやるようになった。能力を引き出すためのものだって。あの子には、魔物細胞由来のものが何もないからって。その場にいないし、巽も何をしたのかを教えてくれないからわからないけれど」
血の臭いをまとい、大量の血痕を服に残したまま、それでも無傷で戻ってくる巽の身を案じていた。彼に死という概念はない。だが、痛みはある。どれほどのことをしているのか。想像するしかないが、それは想像するだけで悍ましい。
「うわ~絶対それじゃん。あいつのやり方は、滅茶苦茶だからな。でも、いくら激しくても、あそこまでのことになるか?」
(想像しただけで恐ろしいな。感情のままに一方的な暴力……浴びせられる罵詈雑言。一時的には気が狂いそうにはなるし、無力感や絶望感も押し寄せる。だけど、う~ん……)
「きっかけはそれでも、原因は別……」
「やっぱ、あれじゃね? 獣になるのと関係あるんじゃね? てか、あれだな。リュウホウを問いただした方が早いだろうな。多分、きっかけを作った張本人だし」
何も知らないということはない。必ず何かを知っている。研究熱心なリュウホウのことだ。無意味なこともしないだろう。彼の魔物研究の延長線上にあるのかもしれない。
「集められる前に、リュウホウさんに会ったの。彼は、貴方と同じで神出鬼没。巽の所へ一直線に行けるみたいで。すれ違うなんて、中々できないから接触のチャンスだと思って話しかけようとしたけれど、いつもの感じとは何か違って……結局駄目だった。残念だった。とても話しかけられる雰囲気ではなかった」
「あ~……」
とてとての一言がきっかけで、リュウホウは大笑いしながら部屋を出た。彼女の目から見ても、明らかに様子がおかしかったようだ。
「あいつはどこに行ったんだ?」
「わからない……追いかけようと思ったけど、その直後に集合の命令が下ったから」
「まぁ、いつかは会えるだろ。そういや、お前の話したかったことってのは……この件か?」
「えぇ。他に相談できる人なんていないでしょ。貴方に話せて良かった。ちょっと考えがまとまったし、落ち着いた」
彼女は、ぎこちなく笑みを作ってみせる。頬がピクピクと動いて、かなり苦しそうだ。本能的に恐怖を感じる表情であった。
「……それは、笑顔のつもりか?」
「うん」
「悍ましいからやめてくれ」
そう言うと、彼女はすぐに真顔に戻る。難儀なものである。
「難しいわね、やっぱり」
「人によってはトラウマになりかねんぞ」
「修行する」
「1人でやれよ。じゃ、俺は行くぜ。あ、そうだ。1つ伝えておかねぇと、城で人を殺しちまってなぁ。処理しといてくれ。巽に現場見られちまって……うっかりお食事になってねぇといいけど」
それを聞くや否や、彼女は急いで部屋を出ていこうとするのだった。
次回更新は3月1日です




