表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡くなった母から、三年後にLINEが届いた〜止まっていた家族の時間が、切なくも温かい奇跡で動き出す〜  作者: 鷹司 怜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/27

【第四章 母の心残り】 第13話 消えたアルバム


納戸の中は静まり返っていた。


誰も言葉を発しない。


埃の匂いの中で、私たちはただ箱を見つめていた。


三年前の母の文字。


『まだ開けないで』


そして。


『家族三人が揃った日に読んでください』


父が小さく息を吐く。


「やられたな」


彩花が苦笑する。


「本当だね」


私は思わず笑ってしまった。


三年ぶりだった。


こんなふうに家族三人で同じことで笑ったのは。


母は知っていたのだろうか。


私が逃げることも。


父が一人で耐えることも。


彩花が二人の間で頑張り続けることも。


全部。


知っていた気がした。


父が封筒を手に取った。


慎重に。


壊れ物を扱うように。


そしてゆっくり開く。


中には便箋が一枚だけ入っていた。


母の字だった。


私は自然と背筋を伸ばす。


父が読み始めた。


『見つけてくれてありがとう』


その一文だけで、胸が熱くなった。


まるで母が目の前で話しているみたいだった。


『この手紙を読んでいるということは』


『みんなが一緒にいるのでしょう』


彩花が唇を噛む。


父は黙ったまま読み続ける。


『それが一番嬉しいです』


私は目を閉じた。


母らしい。


本当に。


最後まで自分のことではない。


家族のことばかりだ。


『アルバムはこの箱の中にあります』


胸が高鳴る。


ついに。


三年間探していたもの。


母が隠した理由。


その答えがここにある。


だが手紙は続いていた。


『でも先に一つだけ謝ります』


私は顔を上げた。


謝る?


なぜ。


『私は少しだけ意地悪をしました』


父が思わず笑う。


「認めるのか」


彩花も吹き出した。


母らしい。


何となく想像できる。


手紙の向こうで笑っている姿が。


『三人とも忙しいから』


『少しくらい強引にしないと集まらないと思いました』


私たちは顔を見合わせた。


返す言葉がない。


確かにその通りだった。


母が何もしなければ、


私たちは今もバラバラだったかもしれない。


『だからアルバムを隠しました』


ついに理由が語られる。


私は拳を握った。


『思い出を隠したかったわけではありません』


『みんなを集めたかっただけです』


その瞬間。


彩花が泣いた。


静かに。


声を殺して。


私は胸が締め付けられる。


父も下を向いている。


母は知っていたのだ。


自分がいなくなった後のことを。


家族が離れてしまうことを。


だから残した。


最後の宿題を。


最後の約束を。


最後の再会を。


父は便箋の最後へ目を落とした。


そこにはこう書かれていた。


『アルバムの最後のページを見てください』


私は息を止める。


やはりそこだ。


全ての答えは。


母の心残りも。


家族写真の意味も。


最後のページにある。


父はゆっくり段ボールへ手を伸ばした。


ガムテープを剥がす。


ぺり、と乾いた音が響く。


誰も話さない。


ただ見守る。


蓋が開く。


中にはタオルが敷かれていた。


その中央。


一冊のアルバム。


深い紺色の表紙。


何度も開かれた跡がある。


母が大切にしていたアルバムだった。


父が震える手で取り出す。


私は自然と息を呑んだ。


それは家族の歴史だった。


父と母の出会い。


結婚式。


私の誕生。


彩花の誕生。


七五三。


運動会。


旅行。


クリスマス。


卒業式。


レオンが家へ来た日。


ページをめくるたびに、


失われた時間が戻ってくる。


母の笑顔がある。


父の笑顔がある。


幼い私たちがいる。


そして。


アルバムは最後のページへ近づいていく。


だが。


最後から二枚目で。


父の手が止まった。


「……なんだこれ」


父が呟く。


私は身を乗り出した。


そこには写真が一枚もなかった。


真っ白だった。


そして中央に母の字でこう書かれていた。


『最後の一枚はまだありません』


私たちは息を呑んだ。


その下に続く文字。


震える字。


けれど力強い字。


『だから完成させてください』


風が吹く。


納戸の小さな窓が揺れる。


私はアルバムを見つめた。


母が言っていた意味。


家族写真を完成させる。


その本当の意味。


それは――


まだ撮られていない一枚。


未来の家族写真だった。


『最後の一枚はまだありません』


『だから完成させてください』


その文字を見た瞬間。


誰も言葉を発することができなかった。


納戸の中は静まり返っている。


聞こえるのは窓の外の風の音だけ。


私はアルバムを見つめた。


最後のページ。


そこには写真がない。


空白だけがある。


まるで母が未来のために残していった場所のようだった。


彩花が小さく呟く。


「これだったんだ……」


涙声だった。


私は頷く。


母はずっと言っていた。


家族写真を完成させてほしいと。


それは昔の写真を探すことではなかった。


新しく撮ることだったのだ。


これからの家族を。


父が静かにページを撫でる。


その指先は震えていた。


「母さんらしいな」


かすれた声だった。


「過去じゃなくて未来か」


私は胸が熱くなる。


本当にそうだ。


母はいつもそうだった。


振り返るより先に、


「次はどうする?」


と笑う人だった。


その時だった。


ぱらり。


アルバムの後ろから何かが落ちた。


白い封筒だった。


私たちは顔を見合わせる。


父が拾い上げる。


封筒には母の字。


『最後のページを見た人へ』


私は息を呑んだ。


まだある。


母はまだ何か残している。


父がゆっくり封を開いた。


中には便箋が二枚。


少し色褪せている。


大切にしまわれていたのだろう。


父が読み始めた。


『ここまで来てくれてありがとう』


その一文だけで胸がいっぱいになる。


母が目の前にいるようだった。


『最後のページを見たということは』


『みんなが笑えるようになったのでしょうか』


彩花が泣きながら笑う。


「ずるいなぁ……」


本当にそうだった。


母は何年も先を見ている。


私たちよりずっと。


『もしまだ泣いているなら』


『少しだけ顔を上げてください』


私は目を閉じる。


三年間。


ずっと下を向いていた気がした。


後悔ばかり見ていた。


母がいない現実ばかり。


けれど母は違った。


残される私たちに前を向いてほしかった。


便箋の二枚目へ進む。


そこから文字が少し変わった。


震えている。


病気が進んでいた頃なのだろう。


『実は後悔があります』


私は息を止めた。


母の後悔。


初めてだった。


母自身の心残りを読むのは。


『もっと家族写真を撮ればよかった』


私は思わず涙が溢れた。


そんなことか。


そう思った瞬間、


違うと気づく。


母にとっては、


そんなことではなかったのだ。


『忙しいから今度でいい』


『みんな揃った時でいい』


『来年でいい』


その言葉が刺さる。


私自身が何度も言ってきた言葉だった。


今度でいい。


また今度。


時間がある時に。


いつか。


『その"いつか"は来ないことがあります』


涙が止まらない。


納戸の中で、


誰も声を出せなかった。


母は知っていたのだ。


時間には限りがあることを。


当たり前の明日なんて存在しないことを。


『だからお願いです』


便箋の最後の文章。


母の字が少し大きくなっていた。


まるで強く伝えようとしているように。


『会いたい人には会ってください』


『伝えたいことは伝えてください』


『写真を撮ってください』


父が顔を伏せる。


彩花も泣いている。


私も視界が滲んでいた。


母は最期まで変わらなかった。


生きることを諦めなかった。


未来を諦めなかった。


そして最後の一文。


『最後の一枚は』


私は息を呑む。


『笑顔でお願いします』


涙が溢れる。


でも不思議だった。


悲しい涙ではなかった。


どこか温かかった。


まるで母が隣で笑っているようだった。


その時だった。


封筒の底から、


小さな鍵が転がり落ちた。


カラン、と乾いた音が響く。


私たちは同時に見つめる。


銀色の小さな鍵。


見覚えがない。


だが鍵にはタグが付いていた。


母の字で。


『机の引き出し』


私は顔を上げた。


父も。


彩花も。


まだ終わっていない。


母の心残りは、


まだ全て語られていない。


そしてその先には、


もう一通の手紙が待っている。


母が最後まで隠していた、


本当の想いと共に。


『机の引き出し』


そう書かれた小さなタグを見つめながら、私は息を飲んだ。


父も彩花も同じだった。


納戸の中に沈黙が落ちる。


母はまだ何か残している。


いや。


ずっと待っていたのかもしれない。


この日を。


家族三人が再び揃う日を。


「行こう」


父が静かに言った。


私たちは頷く。


そして母の部屋へ向かった。


三年前からほとんど変わっていない部屋。


窓際の小さな机。


花柄のカーテン。


本棚。


母が愛用していた万年筆。


今にも母が帰ってきそうだった。


私は胸が苦しくなる。


けれど以前の苦しさとは違った。


悲しみだけではない。


会いたいという気持ちだった。


父が机の前へ座る。


そして鍵を差し込んだ。


カチリ。


小さな音が響く。


三年間閉ざされていた引き出し。


ゆっくり開かれる。


中には一冊のノートと封筒が入っていた。


真っ白な封筒。


母の字。


そこにはこう書かれていた。


『最後に読んでください』


彩花が小さく息を呑む。


私は自然と背筋を伸ばした。


父が封筒を開く。


便箋は一枚だけだった。


母の字だった。


少し震えている。


けれど最後まで綺麗な文字だった。


父が読み始める。


『この手紙を読んでいるということは』


『みんな揃えたみたいですね』


思わず笑ってしまう。


母らしい。


どこまでも母らしい。


『よくできました』


彩花が泣きながら笑う。


「子供扱いだ」


「最後までな」


父も笑った。


三人とも泣いているのに。


少しだけ笑っていた。


手紙は続く。


『私には一つだけ夢がありました』


夢。


私は初めて聞く気がした。


母の夢。


家族のための願いではなく。


母自身の夢。


『家族みんなで歳を取ることです』


私は息を止めた。


あまりにも当たり前で。


あまりにも叶わなかった願い。


母は特別な夢を語る人ではなかった。


海外旅行でもない。


大きな家でもない。


有名になることでもない。


ただ。


家族と一緒に歳を取ること。


それだけだった。


『お父さんがおじいちゃんになって』


『大輔がお父さんになって』


『彩花がお母さんになって』


文字が滲んで見える。


涙だった。


『みんなで笑う写真を撮りたかった』


私は顔を覆う。


苦しかった。


温かくて。


優しくて。


苦しかった。


叶わなかった夢だから。


父も涙を拭っていた。


彩花は声を殺して泣いていた。


その時だった。


便箋の裏に続きがあることに気づく。


父が裏返す。


そこには最後の言葉があった。


『でもね』


短い言葉。


母らしい書き出し。


『私は不幸じゃありませんでした』


静寂。


誰も動けない。


『みんなのお母さんになれて幸せでした』


父が俯く。


肩が震えている。


『お父さんの奥さんになれて幸せでした』


彩花が泣く。


私も泣く。


止まらない。


『だからお願いです』


最後の一文。


母の人生最後の願い。


『残った人たちは幸せになってください』


私は目を閉じた。


その言葉は。


三年前の私なら受け取れなかった。


自分を許せなかったから。


母に会えなかった自分を。


逃げた自分を。


けれど今なら分かる。


母が欲しかったものは後悔じゃない。


涙だけでもない。


私たちが生きることだった。


前を向くことだった。


その時だった。


ノートの間から一枚の写真が落ちた。


私は拾い上げる。


そして息を止めた。


真っ白だった。


写真ではない。


写真を入れるための台紙だった。


アルバム最後のページと同じサイズ。


裏には母の字。


『ここに入れてください』


私は笑った。


涙を流しながら。


母は最初から決めていたのだ。


最後の写真は。


過去じゃない。


未来だと。


家族の続きを写す一枚だと。


父が窓の外を見る。


夕陽が差し込んでいた。


紫陽花が風に揺れている。


母が好きだった景色だった。


そして父が言った。


「写真、撮るか」


私は顔を上げる。


彩花も。


父は少し照れくさそうに笑った。


「母さん待たせ過ぎただろ」


その言葉に、


私は静かに頷いた。


三年間止まっていた時間が、


ようやく動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ