8
翌朝。
澄み切った空気が、肺に心地よく入り込む。
「んぁ〜……よく寝た」
大きく伸びをするゴウメイ。
「飲みすぎよ。途中から何言ってるか分からなかったわ」
「言うなって」
マリアに突っ込まれ、ゴウメイは頭をかく。
そんなやり取りに、ココネがくすりと笑った。
「でも、楽しかったね」
「ああ」
アレンは短く頷く。
視線の先には、宿の前に集まった仲間たち。
誰も欠けていない。
それだけで、胸の奥が少し軽くなる。
いい朝。
少なくとも、表面上は。
「ジークは?」
アレンが問うと。
「あ、あそこ」
ココネが指をさす。
少し離れた場所。
ジークは、一人で空を見上げていた。
ぼんやりと。
どこか遠くを見るように。
「ジーク」
近づき、声をかける。
「ん? ああ、アレン」
振り向く。
その顔は、やはり穏やか。
だが。
「なに見てたんだ?」
「空」
「空?」
「ああ」
ジークは、もう一度空を仰ぐ。
「綺麗だなって思って」
その言葉。
それに、アレンもつられて空を見る。
雲ひとつない、青空。
確かに、綺麗だ。
だが。
青すぎる。
ほんのわずか。
しかし、アレンは空の色が“濃い”気がした。
気のせいだと言われれば、それまでの違和感。
「そろそろ行こうぜ!」
ゴウメイの声が響く。
「次の依頼。街の外だろ?」
「そうね。宿屋のおじさんの話によれば森の方で魔物が増えてるって話だったわ」
マリアが補足する。
「よし」
アレンは頷き、剣に手をかける。
「行くぞ」
そして一行は、街を出た。
〜〜〜
森は、静かだった。
静かすぎるほどに。
「妙だな」
アレンが呟く。
「魔物の気配はある。だが」
「出てこねぇな」
ゴウメイが周囲を見渡す。
「普通なら、とっくに襲ってきてもおかしくねぇのに」
その通りだった。
気配はある。
確かに、いる。
なのに動かない。
「来るよ」
小さく、ジークが言う。
その瞬間。
──ガサッ!!
茂みが揺れた。
「来たッ!」
ゴウメイが踏み込む。
飛び出してきたのは、狼型の魔物。
だが、その数は──
「多いな」
アレンの目が細まる。
十。
二十。
それ以上。
「囲まれてる!」
ココネが声を上げる。
だが。
「慌てるな!」
アレンが即座に指示を飛ばす。
「ゴウメイ、正面を抑えろ!」
「任せろォ!!」
地面を蹴り、突っ込む。
一撃で、先頭の魔物を叩き伏せる。
「ココネ、後方から数を削れ! 広範囲は禁止だ!」
「うん!」
火球が放たれる。
正確に、一体ずつ。
無駄なく、確実に。
「マリア、全体の維持を頼む!」
「了解!」
光が舞う。
傷が瞬時に塞がる。
完璧な連携。
まさに、“理想の戦い”。
そして。
「ジーク!」
アレンが叫ぶ。
「頼む!」
「ああ」
ジークは、静かに手をかざす。
その瞬間。
光が弾ける。
全員の動きが、一段階加速する。
思考速度の向上。
「っ……!」
ゴウメイの拳が、風を裂く。
ココネの魔法が、さらに精密になる。
マリアの治癒が、先読みのように働く。
そして、アレンの判断が──
「左、三体来るぞ!」
未来を読んでいるかのように、正確になる。
圧倒。
完全な、制圧。
「これなら……!」
ココネが声を上げる。
「いける!」
その言葉通り。
魔物たちは、次々と倒れていく。
誰一人、傷一つ負うことなく。
そのはずだった。
「あれ?」
不意にココネの声が揺れる。
「どうした!」
アレンが振り向く。
「今。倒したはずの魔物が」
見る。
そこには、倒れていたはずの狼がゆっくりと立ち上がっていた。
「は?」
ゴウメイが目を見開く。
「おいおい、冗談だろ」
首が、あり得ない方向に曲がっている。
それでも。
立っている。
「……っ」
アレンの背筋に、悪寒が走る。
「下がれ!」
即座に叫ぶ。
だが。
遅い。
その魔物は。
ぐにゃり、と形を歪め。
「ギャアアアアアアアッ!!」
“別の何か”へと変わる。
それはまるで、闇そのものに牙と目が生えたような形状だった。
「な、なにッ、これ!!」
ココネの声が震える。
だが。
その瞬間。
「任せろ」
ジークが、一歩前に出た。
静かに。
あまりにも、落ち着いた様子で。
「ジーク!?」
アレンが叫ぶ。
だが、ジークは振り返らない。
ただ、手をかざし。
その“何か”に向けて──
「解除」
そう、呟いた。
次の瞬間。
ぐしゃり、と。
その異形は、“最初から存在しなかったかのように”地に崩れる。
「は?」
誰も、言葉を発せない。
あまりにも、あっけなく。
あまりにも、不可解に。
「大丈夫?」
ジークが、振り返る。
「もう終わった」
その笑顔。
やっぱり、優しくて。
やっぱり、頼もしくて。
──そして。
決定的に、“何かが違う”。
アレンの思考。
それが追いつかない。
あれは、攻撃じゃない。
倒したんじゃない。
まるで。
“かかっていた力を解いた”ような。
「ジーク。お前」
思わず、声が漏れた。
だがジークは少しだけ首を傾げる。
「どうした?」
何も知らないような顔で、そう言った。
しかしその目に光は無い。
まるでなにか別の場所に自分を置いているかのような表情。
その瞬間。
アレンは理解する。
強い。
頼もしい。
理想的な仲間。
それなのに。
「こいつは、本当に」
喉の奥で、言葉が止まる。
「俺たちの側か?」
誰にも聞こえない声。
それをもって、そう呟いたのだった。




