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未亡人ミストの相談手帖 ー迷い鳥たちの記憶録ー 消えた辺境伯夫人編  作者: 炬燵猫
本編

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7話 核心

 クレイン城塞都市。


 クレイン領はそもそもこのファルナティア王国の南西部に位置し、南側をグラン山脈、西側を大河グランリードに守られた地形だ。この天然の要塞を利用して作られたのがクレイン城塞都市である。

 大河を越えて侵攻してくるヴァルスト王国側の西城壁は高く作られ、王都の城壁にも勝るとも劣らない。そして正面は交易の中心とあり、それなりの高さを誇る城壁と質実剛健さを現したかのような門が訪れた人間を出迎える。


 南西の需要拠点だけあって警備は厳重。街に入る為には城門に設けられた検閲所で顔の確認・身分証明・荷物検査を受けなければ入ることが出来ない。衛兵が周囲を取り囲むようにして配置され、物々しい雰囲気だ。


「ピリピリしていますね。何もしていないのに睨まれているみたいです」


 ヴェラが馬車の中から外の様子を伺いポツリと呟いた。返事はしなかったけど、実際にそうなんだと思う。


『余所者は敵と思え』

 この感覚を持って衛兵は職務にあたっているのだろう。


 順番が来てラズが通行証の他にヘザーから渡されていた許可証を見せる。訝し気にしていた衛兵だが本物だとわかると別の衛兵に一言二言何か囁くと通るように促される。


 城門は二重になっていて、外門を潜るともう一つの門がある。この門と門の間では本来外門を一度閉じた後、荷物の確認と税の徴収、街にやって来た目的などを説明し、怪しい人間がいないかのチェックを受ける。

 だが今回はヘザーから受け取った許可証がある為、それを見せればノーチェックで中に入る事が出来る。


「……確認しました。こちらへどうぞ」

「ありがとう」


 事前に話が通っていたのか一人の衛兵が先導し城まで案内してくれるという。城までの時間は誰も話さず無言。衛兵は勿論だが街の人間からもジロジロと見られているのが伝わり、居心地が悪い。ミロも普段よりも警戒しているのか顔には笑みを浮かべているけれど口は開かない。


 沈黙がしばらく続いて馬車が止まる。そしてしばらくして扉がノックされたので返事をしてからゆっくりと開いた。ラズの手を借りて馬車から下りると、城の入り口前にヘザーと使用人が数人並んでいた。


「遠路遥々、ようこそおいで下さいました。店主殿」


 執事服をきっちりと着こなしたヘザーは相変わらずの無表情だ。だが彼の姿勢は美しく、こちらに軽く頭を下げ礼をする。無駄のない美しい所作は改めて彼が一流の執事である事を実感させられる。


「お久しぶりです、ヘザー様。『迷い鳥』一同、本日よりよろしくお願いいたします」


 こちらも軽く頭を下げ挨拶する。ヘザーとその後ろにいる使用人達にそれとなく視線を向けると、中には護衛騎士の姿があった。


「中にご案内いたします。どうぞ」


 簡単に言葉を交した後、中に入るように進められそのまま客間に案内される。ミロとガレンは荷下ろし場で私達の荷物を下ろした後、城内にある厩舎で馬を預け、街の宿を取り明日の朝ガレンの故郷に向かうという。なのでこれでしばらくお別れだ。帰る時はヴェラが使いに出るので問題ない。ヴェラも二人の事を覚えたのですぐに見つけられるというので安心。


 商人向けの客間は華美な装飾はなく、小さな丸卓と椅子が二脚置かれた必要な物以外省いた無駄のない空間だった。だけど置かれているものはよく見ると質は良く、細かい細工などは一流の職人の手で生み出された物だ。華やかさはなくともすべてが高級品であるのは見る人を選定するにもいい材料となるだろう。


 ヘザーは椅子に促すとすぐにメイドがお茶を運び、静かに卓へと置くと扉の横へと下がる。


「主には既にお伝えしております。少々お待ちくださいませ」


 ヘザーは一礼し、部屋を出て行った。

 残されたお茶の湯気が静かに揺らぐ。香りが立ち上るお茶を手にして香りを確かめ、ゆっくりと口に運ぶ。


(香りに異常なし。……舌のしびれや違和感もなし)


 異常がない事を確認してから口に含んだお茶を喉に通す。何事もないことにホッとしてカップをソーサーに戻した。

 貴族の家に招かれた際、口にするものには特に警戒してしまう。すべての人間がそうではないとわかっていても、主人のあずかり知らぬところで使用人が動く事はままあるものだ。


 今回の依頼は辺境伯夫人の行方捜索。辺境伯自身は10年もの間捜し続けてきたようだが、家臣や使用人までがそうだとは限らないだろう。現にヘザーは既に夫人の生存は諦めている。

 それに本来、壁と同化するように控えるのがメイドだというのに、ジロジロ不躾な視線を投げて来る。私の外見の所為か、それとも余所者だからか。


 ラズとヴェラもメイドの視線に気づいていて不機嫌だ。ラズは私の後ろに、ヴェラは壁際に立ちお利口にしているけど、許可が出たら噛みつきそうね。


 それにしてもこのメイド。この部屋で初めて会ったはずなんだけど、さっき城に到着した時にいたような? でもこんなに無遠慮な視線ではなかった。見間違いかしら?


 メイドの視線に耐える事、約1時間―――


「よく来てくれた。ゴホッゴホッ、すまん。私がクレイン辺境伯、バルナバス・クレインだ。……『迷い鳥』の店主殿」

「お初にお目にかかります。相談所『迷い鳥』の店主、ミストです。クレイン辺境伯閣下におめもじ叶いました事、誠に光栄にございます」


 ヘザーと共に現れたのは二人。

 一人は杖をついた瘦せ型の男性でバルナバス・クレイン辺境伯と名乗った。もう一人は二人の後ろをいつでも補助できるように控える男性。こちらは60代頃だと思われる。


 辺境伯のお年は38歳とお聞きしていたが、40代半ばほどに見えた。ヘザーが言っていた通り、病を患い今では元の体の半分程になってしまったのだろう。筋肉が衰えやせ細り、肌に張りがない。赤髪だったのだろうが、全体が白になりつつありパサつきが目立つ。

 歩くのもやっとの状態でここまでやって来たのか、息は荒れ咳き込む。60代の男がメイドに指示をして水を運ばせ、それをゆっくりと飲む。


「……情けない所をみせたな」

「いいえ。閣下の体調の方が大切です」


 水を飲み大きく息を吐くと情けなさを滲ませた表情でそう言った。元は武人であったのなら、いうことを訊かない体に苛立ちを覚えるのは無理もない。


「予想していたよりも随分若いな。それに、とても美しい。……なのにこんな遠くまで足を運ばせてすまない」

「いいえ。その点につきましてはお気遣いなく。そう多くはありませんが、地方に出る事もありますので」

「そうか……。では、早速本題だが」


 辺境伯のお世辞と旅の労いを受け、本題に入る。


「ヘザーから訊いている通りだ。妻を……見つけてほしい。金ならいくらでも出す。見つかったら更に上乗せしよう。だから、どうか妻を……! アメリアを見つけてくれ!!」


 言葉にしている内に感情が溢れ出したのか、最後の方は最早叫びだった。頼む、頼むと譫言の様に繰り返し、ヘザーが椅子からずり落ちそうな辺境伯を支え座り直させる。


「10年だ。10年捜し続けた。なのに……何一つ痕跡が見つからない。国から内密に捜査員も来たが見つからなかった。7年前には死亡認定され、奴らも引き上げた……。他にも近隣の猟師や旅人、情報屋に僧侶にも情報を集めさせたが何一つ手がかりがない。何一つだっ! もうっ……君に頼るしかっ」

「閣下……」

「こちらの情報はすべて出す。協力する。だからどうか、アメリアを見つけてくれ。それだけでいいんだ……それだけで……」


 人目も気にせず涙を流す辺境伯。彼は既に死亡認定されている夫人の生存を、今でも信じているのだ。本気で見つけ出したいのだと伝わった。だからこそ、聞いておきたい。


「閣下。勿論その依頼、受けさせていただきます。ただし、閣下のお考えを聞かせて下さい」

「なんだ……? 何を答えればいい。見つけてくれるなら、なんだってしよう!」


 鬼気迫る辺境伯の勢いに負けじと閣下の目を見て問いかける。


「……見つけた後はどうなさるおつもりで? 連れ戻すのですか?」

「……」

「店主殿。その質問は分を越えているのでは?」


 辺境伯が答える前に老齢の男性が厳しい目つきでこちらを睨む。身なりとヘザーの態度からすると、恐らく家令あたりだろうか。だが敢えて私はそちらに視線を向けることなく、閣下だけを見つめる。だって依頼してきたのはこの人なのだから。


「確認も兼ねてお聞きしています。依頼内容は『見つけてほしい』というもの。『連れ戻せ』とはおっしゃらなかった。でしたら私が夫人を見つけた時点で達成としてよろしいのですか? ……お会いするつもりはないと?」

「……」


 目を逸らさず見つめ続ける。閣下もまた、真っ直ぐに見つめ返す。眼光は鋭くまるで刃を向けられているかのようだ。だけど聞いておきたい。無理やりにでも連れ戻すのか、それとも……


「彼女の意思を尊重したい……」

「夫人の意思、ですか」

「あぁ。知っているだろう。彼女とは政略結婚だ。しかも、私は彼女の祖国の人間を多く殺して来た一族の人間だ。……嫌で嫌でたまらなかっただろう」

「旦那様! そのようなことはありません!」


 ヘザーが支えながら閣下の背をさする。ヘザーの顔には悲しみが、閣下の顔には申し訳なさが滲み出る。


「オレの元にさえ嫁いでいなかったら、彼女の事だ。きっといい男と巡り合って幸せな生活を送っていただろう。……だが、オレの様な者に嫁がされることになって彼女の人生を壊してしまった」


 悲痛な表情を浮かべた辺境伯。両手をきつく握りしめ俯き声が震える。


「彼女の人生を壊してしまった。それはわかっている……だが、許されるなら彼女に会いたい……! 遠目からでもいい。言葉を交せなくてもいいんだ。オレじゃない男の元で幸せに暮らせているなそれでもいい! ただ……一目、無事な姿を見たい。……それだけだ」


 静かな声だった。声を荒げることなく最後まで言い切った姿は落ち着いて見える。

 落ち着いている。だけどとても激しい。その激しい波に呑まれないよう、必死に抑えている。領主として私欲に駆られないように、必死に。


「畏まりました。正式にこの依頼を受けましょう」


 元より受けるつもりだ。改めていうことでもないかもしれないが、ここでもう一度ハッキリ伝えておこう。


「『迷い鳥』は誰も拒みません。元来た道を戻るもよし、新たな道を行くもよし。わたくしは迷った鳥が行く先を決める手助けをする。それが仕事です。……閣下、心は貴方様だけのものです。貴方様だけは、貴方様の心に嘘を吐かなくていいのですよ」

「―――!」


 ええ、そうよ。もう嘘なんか吐かせない。

 ―――この城すべての人間にね。



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