6話 目前
王都を出て今日で19日目。
クレイン辺境伯領まではあと5日程の距離までやって来た。これまでの旅路で雨に降られたり前を行く馬車の車輪が壊れて足止めになった事はあっても、幸いにも野盗に襲われる事も大きな自然災害に巻き込まれることもなく今日までやってこれた。
これもひとえに御者であるミロとガレンの安全運航の賜物だ。ミロは人の懐に入るのが上手く、距離感の取り方が上手い。そして道や馬の癖を読むのが得意。馬のちょっとした違和感を感じ、あまり無理をさせたくないなど、言うべき意見はハッキリいう人間だ。
ガレンは今回初めて仕事を頼んだ。ミロが選んだ人なので問題ないと思っていたけど、想像以上に実直な方だった。馬の扱いはミロよりも上手く、天候を読むのも上手いので無理のない旅路となったのはガレンの功績が大きいと言える。
何よりガレンがクレイン領の村出身だったのは想定外の驚きだ。
ガレンの父は村で畑を耕して家族を養っていた。だけど隣国との争いで父と祖父母を失ったことで厳しかった生活は更に厳しくなる。ガレンの下には弟二人と妹がいたため、母親は生活の為に職を求め村を出た。ガレン曰く「生活の為に村を出ましたが、それでもやはり厳しい生活が続きました。今思えば奴隷商に売る選択もあったのに、それをしなかった母には感謝しかありません」と静かに語った。
必死に働く母の姿を見てガレンと二人の弟さんは兵士となり、妹さんは針子として働いている。ガレン以外は家庭を持ち、月に一度は母の元を訪れ一緒に食事をしているのだと少し恥ずかしそうにしながら話してくれた。
家族仲が良いのはいい事ね。……羨ましいわ。
また、ガレンから見たクレイン領について聞いてみると、幼い頃に出たきりで朧げな記憶だと前置きした上で「閉鎖的」だと言う。田舎はよくあるらしいけど、外から来た人間に対し警戒心が強いというのだ。
「……ヴァルスト王国は麦の収穫前後にやって来て納める麦を奪って行きます。確実に奪うために行商人の姿をした間者が麦の様子を確認し、隠れ潜んでいる仲間に合図を送り略奪していくんです。
なのであの時期は特に、見知らぬ人間を一人にさせるなと子供にも言い聞かせていましたね。子供は遊び感覚でしたが、大人は余所者と見れば疑いの目で見る。
……そんな村でした」
父親だけでなく祖父母が殺され、亡くなった友達もいたと語るガレン。嫌な記憶を思い出させてしまった事を謝ると、苦笑いしながらも首を横に振る。
「いいえ。幼い頃に村を出て以来、初めて故郷に帰るきっかけを作っていただいたことに感謝しているくらいですので、謝らないで下さい。それに……父と祖父母の墓参りに行ける。
ずっと気になっていましたが、踏ん切りがつかなかったので」
「……そう。なら、クレイン領に滞在中は故郷の村で過ごす? 費用はこちらが出すので王都に出発するまでは自由に過ごして下さって結構よ。ミロさんも、好きにお過ごしくださいな」
「あ、そうですか? なら、お言葉に甘えよーかな。城で過ごすの、なんか堅苦しそうですから」
「ミロ! すみません、ミスト様」
フフッ、このやり取りも慣れたわ。ミロの軽い口調に対し、ガレンは余計な事を口にしない職人タイプ。当初二人の相性は大丈夫なのかと心配になったけれど、案外うまくやっていけるようで安心したわ。
結局二人は城塞都市内にある宿に泊まり、そこから村に向かう事にしたようだ。先程の話もあった閉鎖的な気風は、人の懐に入るのが上手いミロには通用しないような気もする。ガレンも一瞬心配したみたいだけど、何も言わなかったから多分大丈夫だと判断したんだろう。
『クレイン辺境伯夫人の事は何も存じ上げません。ですが、お気を付けください。あの地では外から来た人に厳しい』
『夫人のお話は聞いた事がない。まぁ……外の人間には口が重いのが特徴ですな』
『あたしの口からは何とも言えないのよね。面識もない事だし。まぁ、特定の商人としか取引をしない時点でお察しな気風よね』
王都を出る前、商会長たちから訊いた事を思い出す。
クレイン領の特産品やヴァルストからの侵攻被害、そして和平条約を結ぶ前後の変化。婚姻を結んだことで貿易を行い、我が国からは主に食料を、ヴァルストからは工業品を輸入している事。度重なる協議で実施されたというヴァルストへの関税の緩和。
実に商人らしい視線でクレイン領とヴァルストを見てきた彼らの言葉の中に、クレイン領の特殊性が含まれていた。
出身者であるガレンが言う様に、外の人間にはよほど厳しいのだろう。夫人の情報を集めようにも、余所者の私では話をしてくれるかも怪しくなってきた。
このハルデン砦跡を抜けるとクレイン領に入るが、近づくにつれて人の目が厳しくなっている事を肌で感じている。ジロジロと見られている感覚は、心地よいとは言い難い。夫人もこんな感覚だったのだろうか。だが隣国ヴァルストからやって来たことを考えれば、きっとこの比ではないだろう。向けられる全ての目に敵意や憎しみ怨みを込められていたら。もし私がその立場であったとするなら。
私は耐えられただろうか?
『ミストちゃん。夫人の事は知らないけど、現在のクレイン領は昔に比べれば平和よ? あたしが若い頃なんて、若者は皆徴兵されてね。今年生き残っても次の年には戦死、なんてことはよくあったのよ』
『クレイン領は落ち着いた。先代の時代やその前を知る者からすれば、本当に同じ領なのかと疑う程見違えている』
『現在の辺境伯様は他地域の争いに増援を乞われ、それを受け入れるほどの余裕がある。これまでならそんなこと、ありえなかった』
皆が同じようなことを口にしていた。そしてその続きを言おうとしなかったけど、言いたいことはわかる。
『クレイン領の変化は夫人の功績だ』
若者が争いで死ぬ事がなくなった。踏み荒らされ、放置された田畑が整備され見事な麦畑へと生まれ変わった、辺境伯が領地を離れても問題なくなった。
これらはすべて、夫人がクレイン辺境伯の元に嫁いだからこそ得られたものだ。クレイン辺境伯が夫人を受け入れたからこそ、実現したものだ。その両方がなければ成りえなかったのは想像に難くない。
喜ぶべきだろう。少なくとも、王都から来た争いを知らない私から見れば、理不尽に命を奪われる事がなくなっただけで喜ぶべきだ。そう考えてしまう。だけど……
「ガレンさん。答えにくいでしょうけど、調査の為にも聞かせていただける?」
「はい。何でしょう?」
「……あなたは故郷を離れて久しい。今日まで精一杯働いて生きてきたと思います」
「はい……」
何が言いたいのだろう、と僅かに首をひねるガレン。ミロは何となく言いたいことを察したのか、口を出さないようだけど注意深く私を見つめる。ラズ、ヴェラに関しては何も言わないけれど万が一の為に常に私の隣についている。
「だからこそ、ずっと村に残っていた人たちとは感覚が違うとは思う。だけど聞かせてほしい。
……故郷を捨てる原因となった隣国ヴァルスト王国の……領主様の奥様を、受け入れる事は出来る?」
「……っそれは!」
「ガレン! ミスト様、すみません」
一瞬の間の後、ガレンは声を荒げた。即座にミロが制止して彼の代わりに謝罪の言葉を口にしたが、そんな言葉は必要ない。
「酷い質問をしているとわかっているつもりよ。私は争いで家族を失った訳じゃないし、懸命に育てた作物を奪われ、大切な土地や友人たちを踏みにじられた経験もない。だから想像でしかあなたの気持ちはわからない。もしかしたら1/1000も理解出来ていないかもしれない。
……だけど聞きたい。全ての元凶と言っても過言ではない国から来た女を、今度は奥方様と呼び敬わないといけない。……そんなこと、耐えられる?」
「……それは」
ガレンは浅い呼吸を繰り返していたがミロが心配そうに背を撫でてやると、しばらくして落ち着いてきた。意識して大きく息を吸い吐き出す。それを数回繰り返して握り締めていた両手をほどく。
「正直なところ、難しいかもしれません。王都に出てもそれなりに苦労しましたから。……時間が解決するかもしれませんが、そう簡単には受け入れられないと思います。……外に出た私がそう感じるので、残った者たちは……」
「……そう。ごめんなさい、嫌な質問をしたわ」
「いいえ。本当はもっと早くに向き合うべき感情でしたから。
……13年前の婚姻の際、過去と向き合わなかった結果が今です」
ガレンは当時兵士として王都で働いていた。王都入りした夫人がクレイン辺境伯の元に嫁いでいくその日も兵士として見ていたという。自分から故郷を奪った人間が嫁入りする事実から目を逸らしながらも、どこか怒りを感じていた。
そんな雑念が頭の中で渦を巻き、答えの出ない問題に頭を悩ませていたせいで対応が遅れたのだという。
「酔っ払いの喧嘩です。王都はお祝いムードでもありましたので。……肩がぶつかったとか何とか。仲裁に入ったんですが、激昂した男が刃物を持ち出して。
……気づいたら膝に突き刺さって倒れていました。情けない事です」
そう言って左膝を撫でる。後遺症が残り、立ちっぱなしの仕事は出来なくなった。兵士の仕事は辞して職を転々とする。夏場はいいが冬場には痛みが出た。御者の仕事に就くまでは不安定な収入となり、その間に結婚を考えていた相手には別れを告げられたそうだ。
全ては自分に向き合わなかった事が原因だと、他者を恨まないように生きてきたガレン。そんな彼にやはりさっきの質問は酷だったと改めて認識した。
「ごめんなさい。本当に、無神経な質問だったわ……」
「いいえ、いいえ。ミスト様は仕事の為に踏み込んだ質問をされただけでしょう。数日の事ですが、貴女様のお人柄に触れる事で先の質問が興味本位で訊ねた訳ではないことはわかっています。
……ですから、そんなに謝らないでください」
「ガレンさん。……ありがとうございます」
寡黙で必要なこと以外はあまり語らない彼が、会って間もない知らない人間に自分の過去を語ってくれたことへ感謝をし、残りの旅路を進む。
ミロは変わらず道中で楽しい話を聞かせてくれたり、兵士時代の大変な目にあった話など、面白おかしく聞かせて貰った。ヴェラはおかしそうに笑い、ラズは興味なさそうだけど嫌ってはいない。ガレンと共に食事の準備をしている事が多く、ミロの話でヴェラを惹きつけその間に調理するという連携を見せていた。……ミロもガレンもこの旅でヴェラの料理の才能の無さが身に染みたようだ。
ハルデン砦跡から3日進みクレイン領に入った。更に進む事2日。王都出発から24日目の昼過ぎに、漸くクレイン城塞都市に辿り着いた。




