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未亡人ミストの相談手帖 ー迷い鳥たちの記憶録ー 消えた辺境伯夫人編  作者: 炬燵猫
本編

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5話 旅立ち

 城から戻るとヴェラが荷物の整理をしていた。

 20日以上の長旅になる今回の旅は、途中で物資を補給できないところもある。それを見越して多めに用意しないと死活問題だ。

 旅は初めてではないけれど、何があるのかわからないのが旅。ヴェラもラズも私に不自由させないように見落としがないか何度も確認してくれている。私は二人を信頼しているから全てを任せる。


 それに、もし何かあったとしても二人が一緒ならきっと何とかなるわ。


 昼食後、手紙を確認すると送った全ての家から返信がきていた。結果は予想していたけど『お手伝いできることはない』『何も知らない』『何もいうことは無い』がほとんど。面会を許可して下さった家もあるけれど、恐らく結果は同じでしょう。


「どうして皆様知らないんでしょうか? 少なくとも面識のない先生より知っている筈ですよね?」


 ヴェラが疑問を口にしながら首を傾げる。う~ん? と悩んでいるが答えは見つからないみたいだ。ラズはあまり興味ないのか、1階に下りて荷物をまとめ始めている。


「知らないのではなく、()()()()、が正しいと思うわよ」

「言えない、ですか?」


 そう、言えないのよ。と答えてお礼の返事をしたためる。そしてしばらく王都を離れる事も書いておいた。


「う~~~ん……」

「ふふ、悩ましいわね」

「むぅ、わかりません。どうして言えないんですか?」


 腕を組んで首を傾げ眉間に皺を寄せて考え込むヴェラだけど、とうとう答えは出なかったようね。


「憶測でものを言うのは良くないけれど、可能性の一つとして箝口令が出ているんじゃないかしら」

「箝口令、ですか?」


 箝口令とは、特定の事柄について口外を禁止する命令のこと。今回に当てはめるとクレイン辺境伯夫人の噂に対し、口外する事を禁止したんじゃないかしら。


「そうであるなら面会を断られたのも納得いくわ。王命なら誰も逆らえない。だけど騎士団長は私に話せる範囲で夫人の事を話してくれた。彼は忠臣だけど誠実な方だから、辺境伯を紹介人に仲介した以上、話せることは話すべきと考えたのかもしれないわね」

「なるほど」


 王家も夫人の失踪の事は知っている。では、隣国ヴァルスト王国は?


「思い出して。クレイン辺境伯と隣国の侯爵家三女だった夫人が結婚する事になった理由は?」

「ええっと、当時の辺境伯が亡くなった事で隣国側から和平の交渉があったからです」

「そう。隣国側からの要請よ。前辺境伯が亡くなって現在の当主であるバルナバス様が跡を継いだばかりだった。年齢は25歳。継ぐに早いという事もないけど、中央貴族からすれば不安材料ではあるわね」


 今でこそ『戦鬼』と呼ばれる辺境伯だけど、何も始めからそうだった訳じゃない。若い頃から剣の腕前は他と一線を画しても、騎士団という大きな一団をまとめ上げるには経験が足りない。まして先代の辺境伯も戦場を駆ける武闘派貴族で名を馳せていたなら、中央貴族は尚更若い新たな辺境伯に不安を覚えたのではないかしら。


 それは中央だけでなく、先代と共に戦ってきた騎士や兵士達からも不安の声が上がっていたかもしれない。


 戦は一人の武で成り立つ訳じゃない。指揮官となる以上は判断力、冷静さ、統率力、決断力、全ての責任をとる覚悟……様々な能力が求められる。その全てが前辺境伯と比べられてしまうのも仕方ない事だ。


 そしてクレイン辺境伯領は南西の重要拠点。一刻も早く混乱を制する必要があった。

 その混乱の理由は何か。前辺境伯の死亡か? 若い当主の誕生か?


「ヴァルスト王国との戦。根本的な理由はこれよ。毎年のようにやって来ては作物を奪って土地と人を踏み荒らしていく国との争い。それが無くなれば南西に平和が訪れ、クレイン家の家臣団をまとめ上げる時間が出来る。我が国からすればメリットは多い訳じゃないけど、ギリギリ手を結ぶ価値はあると判断できたのね」

「へぇ。それは、なんというか……」

「ええ、難しい話ではあるんだけど……辺境と中央との間に信頼関係が構築できていれば、隣国と手を結ぶ事もなかったかもしれない。……だけどこれはあくまで推測よ。実情がどうだったのかはわからないわ」


 だけど当たらずしも遠からず、だとは思うのよね。


「それでこの話を前提としてだと、隣国との和平交渉として結ばれた婚姻で夫人が夫とは別の男性と逃げた、となれば隣国側からすれば自国の人間が逃げ出すなど恥でしかないわね。和平を申し出た側なんだから。そして我が国としては和平婚の失敗を隠蔽したい。両国にとって夫人の失踪は隠したい汚点となる。だからむしろ、3年経過して正式に死亡としてしまった方が両国としては都合がいいのかもね」

「だから、箝口令ですか?」

「恐らくね」


 両国の都合と思惑が重なって結ばれた婚姻。それは確かに平和を齎した。

 だからこそ、深く追求しない事で守られる国益を両国は選んだ。


 だけど疑問が残る。

 和平交渉を持ちかけたのヴァルストは婚姻で差し出した人質である夫人に、何の監視も付けなかったのか? 私なら冷遇されようと、逃げ出さないように監視を付ける。侍女にその役目を命じて。


「だとしても隣国には帰れないわね。連れ戻されるか修道院に入れられるか。最悪、国の面子の為に秘密裏に処刑される。それならこのファルナティア王国に隠れ住む方がまだましかしら。いっそ別の国に移り住む事も……」


 ただ思う。現実的じゃないと。

 世間知らずな侯爵家三女が侍女やメイドの手を借りずに逃げ出せるものかしら? 絶対に無理とは言わないけれど……。


 逃亡中でもそう。着替え、食事の準備、清拭。どれをとっても人の手が必要となる。逃亡しながらの潜伏生活なんて平民の生活が当たり前の人間でも堪えるでしょうに、貴族の箱入りお嬢様が出来るとはとてもじゃないが思えないのだ。

 だけど憶測ね。侍女が夫人に協力して逃がした可能性だって十分あり得る。


 疑うようだけど本当に辺境伯は夫人の行方を掴めていないのかしら? 優秀であろう家臣団を動員させて10年何の手掛かりもないものなの? 本当に?


「ここで悩んでも答えは出ないわ。面会して下さる方々もいらっしゃるし、王都でやれる事をやってそれから辺境伯領に向かいましょう」

「はいっ!」


 そして手紙を書き終えたらヴェラに配達してもらう。1階に下りてラズと旅支度について相談し、足りない物資を買い足したり、ご近所さんにしばらく留守にする事を連絡しに回る。


 クレイン領への道中は商人ギルドで馴染みの御者さんに頼むことにした。長旅にも馴れているし、何より愛想がいい人だ。荷物について相談すると片道20日以上かかる場所なので数日分の食料の他、水、寝具、予備の馬具など積み込むと1台では厳しいという事になり、もう1台荷馬車を用意してもらうことになった。2台にした分荷物も余裕をもって積むことが出来るようになったので、更に予備の物資を用意しましょう。


「ミストちゃん。お店休んで何処に行くんだい?」

「マーサさん。えぇ、ちょっとクレイン領の方に」

「クレイン領?」


 何でまたそんな遠くに? と集まって来た奥様方も首をひねっている。仕事です、としか言いようがないので隠さずにそう言うと、ちょっと心配されてしまった。


「片道20日以上かかるじゃないか。大丈夫なのかい?」

「ラズもヴェラもいますから、大丈夫ですよ」

「うーん。まぁそうだねぇ。あの子達がいるなら大丈夫だとは思うけど……」

「気を付けるんだよ。春になってまた野盗も活動し始めたって聞いたしね」

「そうだよ。いくら二人が強くても、無理しちゃダメだ。襲われたら逃げるんだよ!」


 皆さんとっても心配して下さって、あれこれと色々頂戴してしまった。申し訳ないと思いつつ、こそばゆいような、そんな気持ちが胸をいっぱいにした。



☆☆☆



「……来ていた?」


 公務の合間の僅かな休憩。今日は朝から文官を交えて会議が立て込み、昼を大分過ぎてようやく一息つけた。軽く食事をとったあと、今度は執務室に戻って書類仕事が待っている。気が滅入る思いだが仕事を放棄することは出来ない。溜息が出そうになるのを堪えて食事と一緒に飲み込む。


 あまりゆっくり食事している時間もないが、行きたくない思いが強くて料理を噛むのもゆっくりだ。


「失礼します」

「グレイヴス? どうしたんだ?」


 王家のプライベート空間である食堂にグレイヴスが現れた。いつもなら王である父の傍で警護にあたっている筈なのに、何かあったのか? と不思議に思っていたら『迷い鳥』の店主がさっきまで近衛騎士団の事務室に来ていたと告げた。


「もう帰ったのか?」

「はっ、引き留めましたがお帰りになりました」

「……そう、か。うん、報告ありがと」

「……申し訳ありません」


 ピッと礼をして帰って行くグレイヴスの後ろ姿を眺める。いや、ただ茫然としていただけで何も目に入ってなどいなかった。


「ミスティアが……ああ、そうだ。クレイン辺境伯に紹介状を贈ったんだっけ……」


 彼女が来ていた。今日、ここにいたんだ。なのに、僕に会わずに帰ってしまったのか……

 いや、わかってる。もう簡単に会えるような立場じゃないんだ。でも……僕は……


「そうだ。……解決したら、会いに行けばいい。だって僕は―――」


 うん。きっとあの子ならすぐに解決する。そうしたら、確認を兼ねて会いに行こう。ぼんやりしていた頭が急に晴れてきた。ここ最近依頼がなかったから、ミスティアに会えていなかったの原因だな。会えなかったせいで頭が鈍っていたんだ。手紙を送ったのもいつが最後だったか。あぁ、そうだ。考えないようにしていたんだ。会いたいなんて思う時間もない程忙しかったら考えなくて済むと、そう考えて仕事を詰め込んでいたんだった。でも来ていたなら一目でいいからこの目に納めたかった。


「ミスティアに……会いたいな」

「……殿下、あの、もうそろそろ」

「……」

「……」


 側近の一人がやって来て仕事に戻るように言ってきた。わかってる、仕事は山積みで片付けた傍からまたやってくることも。だけど体が動かない。体がミスティアに会いに行きたいと言っているんだ。それを抑えるのに必死なんだよ。


「殿下」

「……ああ。今行く」


 固く閉じた瞼ゆっくりと開けて、何の感情も写さない無機質な目で前を見た。彼の瞳には光がない。彼は幼くして瞳の輝きを失ってしまったのだ。

 ファルナティア王国第二王子、レオナール・ヴァル=エルディアス。彼の側近は彼の想いを知っている。そしてその想いが実らない事も。


 ……一番わかっている人が側近が仕える主なのだから。



☆☆☆



「ラズ、ヴェラ! 忘れものは無いかしら?」

「大丈夫です先生!」

「問題ない」


 必要な物資を御者さん達の意見も踏まえて追加で補充。途中の街で補給するにしても、数日分の余裕は持っておかないと何があるか分からないものね。


 御者は二人揃って元兵士。怪我で引退した後も体づくりは欠かしていないらしい。長時間の戦闘は厳しいけど、ラズとヴェラが休んでいる時は護衛代わりにもなってくれる。二人がちゃんと休める体制が作れるのは願ったり叶ったりなので、代金は護衛の分を上乗せした。


「ミストさん!! いってらっしゃ~い!!」

「いってらっしゃい! 気を付けるんだよ!!」

「行ってらっしゃい」

「いってらっしゃーい」


 ご近所さんがお見送りに来てくれた。早朝の出発だったからベルとダンは眠そうだけど、眠い目をこすりながら手を振ってくれている。わざわざお見送りに来てくれてありがとうね。


「さぁ、行きましょうか」

「はい」


 馬車の中から御者さんにラズが合図してゆっくりと動き出した。

 目的地はクレイン辺境伯領。道中、難所がいくつかある上に、御者さんからの情報によるとクレイン辺境伯領の手前で最近野盗が出没しているらしい。出発前から今回の旅の厳しさを感じたけれど、きっと乗り越えられると信じている。


 依頼解決までどれくらいの時間が掛かるか謎だけど、2か月近く王都を離れる事になる。早くても戻ってくるのは陽光が強まり始める初夏の頃だろう。


 それまでしばしの別れとなる。

 きっと帰ってくるわ。もうここが私の『帰ってくる場所』なんだから。


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