4話 王城にて
家に戻り夕食の準備をしていると、手紙のお返事がちらほら届いた。時間を作ってくれる人もいれば、断る人もいた。商人たちの方はというと『会う事は可能だけど必要な情報を提供できないだろう』と前置きされている。
「でもお会いして下さるなら別の方向から攻めてみようかしら」
「先生の手にかかれば、どんなやり手商人でも赤子同然です!」
「それは褒められているのかしら?」
「勿論です! 先生は先生ですから!」
「どんな理論だ、馬鹿犬」
馬鹿犬呼ばわりされて怒るヴェラと、そんなヴェラを華麗に無視して私がしていた作業をラズが引継ぎ、2階で手紙を読んでお礼の返事を書くことにした。
今は何も得られていない状態に等しい。違和感と不気味さを感じてはいるけれど、それが受けた依頼を断る理由にはなりえない。迷い鳥を導くのがわたくしの仕事なのだから。
ラズの作った夕飯を美味しくいただき、お風呂に入る。竈とオーブンの熱を利用したお風呂はお湯が柔らかくて体の芯まで温まる。春とは言え、まだ夜は冷え込む事も多い。クレイン領は王都の南西でこちらよりは暖かいけれど、グラン山脈から下りて来る風はまだ冷たいだろう。それに旅路でお風呂は期待できない。風邪を引かないように気を付けないと。
その日はベッドに横になるなりすぐに意識を手放した。朝まで目が覚めることなくぐっすり眠れたことに満足。身支度を整えると丁度朝食が運ばれてきたところだった。
パンとサラダに玉子にミルク。シンプルな朝食だけどこれがこの家の定番。朝食の席について祈りを捧げて食べ始める。今日一日の予定を確認しているうちに食べ終わって食器を1階の食堂に持っていく。
掃除洗濯はヴェラが行い、ラズは食事担当。厨房を預かるラズは料理を運ぶことをヴェラに許しても、食器を洗う事は許さない。食材の発注や備蓄品の買い出し、料理と厨房内の掃除や食器洗いは全てラズが担当する。たまに私も入るけど、それは許されている。
さぁ、今日も一日頑張りましょう。
◇◇◇
今日はラズがついてくれることになった。何故なら今日お会いするのは近衛騎士団長。ヴェラはいい子だけれど、少し考えが足りずに口にしてしまう事が多い。しかもそれが貴族であっても物怖じしない。本人は思った事を言ったまでだから何が悪かったのか自覚なく、相手を怒らせることが多い。今回の場合、騎士団長よりもその周囲の人間の怒りを買う可能性が高いと判断したので、ラズに来てもらった。
もっと言えば女性のヴェラより男性のラズの方が護衛として牽制になるから。ヴェラが護衛になりえない訳じゃない。むしろそこらの騎士よりも強い。近衛騎士と対峙しても全く引けを取らないのは私だってわかってる。だけど、女性というだけで甘く見る人間はどこの世界にもいるということ。それも護衛対象が私という非力な女である事も大きな理由ね。
私自身が甘く見られている。だからこそ護衛も女性であるなら、ちょっと脅せば泣き出すとでも思っているのかしら。恫喝紛いなことがよくあった。
だからこそ今回ラズを護衛にしたんだけど……。
「ねぇラズ。あなた何かしたの?」
「別に」
「本当? あの騎士様、何だか怯えているような気がするんだけど……」
「気のせいだろ」
王城の裏門。普段は使用人や騎士が出入りする通用門の前に立っていたのは背筋を伸ばした若い騎士だった。茶金の髪にブルーグレイの瞳の騎士は私たちを見つけるとパッと表情が明るくなった……と思った途端に引き攣った表情になった。
あら? と思ったけど、とりあえず挨拶をして騎士団長にお目通りしたい旨を伝える。騎士はコクコクコクコクッと首がとれそうな程勢いよく頷いてカクカクになりながら案内してくれた。その態度があまりにもおかしいのでラズが何かしたのか訊ねたんだけど、はぐらかされたみたいね。
でも良かった。平民だからと見下して追い返すような人も中にはいるから、素直に案内してもらえるだけでありがたいことだもの。
通用門から中に入り、城の裏庭を通って使用人専用の石造りの階段を上る。階段は急で、壁には古い蝋燭が並んでいる。階段を上りきるとこれまでの空気が一変した。使用人の喧騒が消え、静謐が満ちた空間が現れた。壁には王家の紋章、近衛の旗、磨かれた甲冑が並びここが近衛騎士団の本部だと察知する。扉の前には兵士が二名、無言で立っていた。案内役の騎士が一言二言兵士に告げると、兵士は頷き扉を開けてくれた。騎士が中に入っていくのについて私たちも中に入る。するとそこは更に静謐な空間が広がっていた。
部屋の奥には更に奥に続く扉があり、ノックをして中に入る。そこには書類を整理する副官が一人。
副官は私たちを見ると丁寧に立ち上がり、深く頭を下げた。私相手にそんな事をする必要はないと言い出そうとした時「団長は中でお待ちです」と静かに告げた。そしてまた書類の整理に戻ったので、何も言わなかった。
騎士団長の執務室の扉は厚い木製で、金具は古いけどよく磨かれている。案内役の騎士がノックした後、すぐに中から低い声が返ってきた。今更ながら少し緊張してきた。大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。騎士はゆっくりと扉を開けた。
執務室は質素だけど整然としており、近衛らしい規律が漂っている。正面の執務机に座っていた騎士団長は私の顔を見ると立ち上がり、礼をとった。思いがけない丁寧な対応に一瞬戸惑うけれど、すぐに姿勢を正して静かに頭を下げた。
「本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
「こちらこそ、お越しいただき感謝する」
そして机の前にある対面のソファに座るように促された。騎士団長と対面するように座り、ラズは私の斜め後ろに立って控えている。騎士団長はラズの方に一瞬目をやったがすぐに視線を戻した。
「いい護衛を雇っているようだ。安心したよ」
「まぁ。近衛騎士団長に褒められるなんて、嬉しい限りですわ」
「はは、世辞ではなく事実だ。案内させた騎士は若手でも実力は高いのだが……どうやら君の護衛を見て委縮してしまったようだな」
「あら……そうなのですか?」
だから動きがぎこちなかったのね。でもラズったら何もしてないと言いながら、やっぱり何かしたんじゃないの?
「こういう仕事についていると、相手の実力を見極めるのも必要な能力だ。あの騎士は堅実で実力がある分、見極めるのも上手い。今の自分では君の護衛に勝てないと悟ったんだろう」
「そうでしたか」
私には解らない話だけど、ラズの方が案内役の騎士よりも強かった、ということよね。褒められて悪い気はしないわ。褒められたのはラズだけど、お礼を言っておく。
「いや、すまない。手紙の事だったね。……何が知りたい?」
そして話題は本題に入る。その一瞬で騎士団長の顔つきが変わった。
さっきまでの優しさが見えていた瞳に今はそれが一切ない。厳しく相手を責め立てるような、そんな目だ。
「クレイン辺境伯夫人の失踪について、依頼を受けました。近衛騎士団長は13年前の輿入れの際、クレイン領まで夫人を護衛する任務についていたと聞いたので、夫人の事を知っている限りお聞かせ願えないかと思い、手紙をしたためた次第です」
「……そうか」
7年前に既に死亡認定されているというのに、という言葉はなかった。それは依頼人が彼を経由して紹介人に願ったからだろう。辺境伯の心情を彼は理解しているから、あえて口にしなかったのだ。
しばらくの間、沈黙が続く。1分、2分。3分間の沈黙から重い口を開いた騎士団長はこう言った。
「すまないが、あまり口にできない。そもそも私はクレイン辺境伯夫人が輿入れする為の道中を護衛として任務にあたっていただけだ。個人的な話はほぼしていない」
そう。口にできないのね。そして個人的な話はしていない。
「何でも構いません。実はわたくし、夫人のお姿も知らないので捜しようもないのです。髪色や瞳の色、背格好や口調……。何でもいいので覚えている事を教えていただきたいのです」
「……ふぅむ。髪色は、たしかくすんだ金髪だったか……。瞳の色は青。肌の色は白かった。細身でいかにも貴族令嬢という出で立ちだったな」
「背格好はどうでしたか? わたくしを基準とすると低いか、高いか」
「どれ……」
騎士団長と共に立ち上がると、彼は私を見ながら思い出すようにして顎に手を添える。
「うぅむ、騎乗して馬車の中に話しかける事がほとんどだったからな……。だが……おそらく君よりも低かったように思う」
「どれくらいだったか分かりますか?」
「あー少なくとも10㎝は下、だったかな。すまん、曖昧だ」
「いえ、ありがとうございます。では話し方はどうでしたか?」
「君の口調に近い気がするな。緊張もあったんだろう、言葉数が少なかったように思う」
「政略結婚で、お相手のクレイン辺境伯のお父上は奥方様の祖国との争いで亡くなっていますからね。どんな目に合うのか、不安でいっぱいだったでしょう」
政略であれ夫婦が必ずしも心を通わす必要はない。子を成した後は自由と考える人間は多いし、辺境伯夫妻については敵同士だった事を考えると冷遇される可能性は高いと考えるのも無理はない。
だけどヘザーの言葉によると、当初はぎこちない夫婦だったが徐々に仲が深まっていったらしい。だからこそ「男と逃げた」という夫人の行動に疑問が残る。
「騎士団長は奥方様が失踪した事はご存じでしたか?」
「……あぁ」
「どう思いました?」
「……私の感想が、この件に関係あるとでも?」
「さぁ、どうでしょう。ですが少なくとも、わたくしよりも関わるのある騎士団長様の第一印象をお聞きしたい、そう思いましたの」
「……」
若い頃は金髪だったであろう短く刈られた髪は、今は白いものが混ざり年齢を感じさせた。そしてその分、眼光の鋭さが際立つ。わたくしよりも長く海千山千の貴族たちと対峙してきた騎士団長ですもの、人を見る目は確か。その騎士団長の思いを聞いてみたい。
「……」
「……」
「……はぁ。私の印象だが、クレイン辺境伯夫人はそのようなことが出来る人間ではない。そう思った」
「……そうですか」
近衛騎士団長が口にできない。その言葉を聞けただけで今日ここに来た甲斐がある。
「お忙しい中、ありがとうございました。とても参考になりましたわ」
これ以上は何も語ってくれない、というより何も知らないが正しい気がするわ。そうとなれば長居は無用ね。これ以上騎士団長様のお時間をいただく訳にはいかないわ。
「あぁ、待ってくれ。頼まれていた物だ」
「あ、ありがとうございます」
立ち上がって机の引き出しから取り出し、手渡してくれたのは通行証だった。目的の一つだったものだ。
「気を付けて。……気づいたと思うが」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
「ああ。……その、会って行かないか?」
「……」
”会って行かないか”
それが誰の事を指しているのかは分かっている。そして私がどう応えるのかもわかっている筈なのに。私は努めて笑顔を浮かべ、その申し出を断った。
「恐れ多い事でございます。どうか、勘弁してくださいませ」
「……そうか。すまない」
そんな残念そうな顔をしないで欲しいわ。こうして私がここにいるだけでも、本当ならありえないというのに。
最後に少しばかりモヤモヤしてしまったけど、目的は達成よ。後はお手紙を出した方々からのお返事が来ていたら返事を書いて、お会いできる方には会っておきたい。それに辺境の地に行くならしばらくお店は休業しないと。ご近所さんにもしばらく不在にすることを連絡しておかないとね。
頭の中で予定を組み立てて余計な事を考えないようにする。もうとっくの昔に諦めたのだから。今の私はただの平民、相談所『迷い鳥』の店主ミストだ。
……そう言い聞かせて私は城を後にした。




