レオナール・ヴァル=エルディアス
普段より短いです。
王都旧市街。かつて貴族や裕福な商人が暮らしたその場所は、今では開発が遅れ、取り残された平民が住む街となっていた。
城の裏手という事もあり、活気はそちらに比べれば少ないがそれでも多くの平民が逞しく生活している。
開店時から変わらない落ち着いた雰囲気の店。ここが店だと知らなければ見過ごしてしまうほど、周囲と溶け込みただの住居と変わらない外観だ。
扉には一応看板が掲げられているが、扉と同じ材質で作られており一体化している。そのおかげで看板は目立たずひっそりと、そこが店であると主張していた。しかしながら店名はない。そこにあるのは黒の鳥が白い羽をくわえているモチーフ。鳥の下には古語で『忘れない』の文字が彫られていた。
この店に世話になった事がある人間にだけは、その意味が分かるだろう。
一度深呼吸をしてから扉を開けるとリリンッと小気味よい鈴の音が聞こえた。これも変わってない。
護衛は外で待機させ、店の中に入るのは私一人。あまり関係ない者に立ち入ってほしくないと思う、私の我儘だ。
「……いらっしゃいませ」
「うん。久しぶりだね、ミスティア」
店に入るとまず目に入るのは受付のカウンター。そこに彼女の身の回りの世話をする護衛2人の内、どちらかが座っているのだが、今回は店主であるミスティアがそこに座っていた。本を読みながら店番をしていたようだ。
「……奥にご案内いたします」
表情がなく、愛想も良くないのは私だからだ。ある意味、特別視されていると思うと嬉しいものだ。
案内されたのは店の地下。以前は倉庫を兼ねていたらしいが、私が時折訪ねて来るので改装してくれたらしい。階段を下りていくと来客用の黒革のソファセットが中央に配置され、壁面は本棚で埋められている。
換気もしっかり行われているし、明かりは魔導灯。熱がこもる事もなく明るいので地下であると忘れてしまいそうだ。侍女にお茶を用意させて下がったのを見計らってミスティアが口を開いた。
「ご用件は」
まったく、一応王子なんだがな。私にそんな態度をとるなど君くらいだよ。
―――でもそれが心地いい。
面倒な挨拶を省いて用件だけを訊ねる彼女に私も応えよう。
「3年前の事件は覚えているか? クレイン辺境伯領の」
「……勿論です」
「……バルナバス・クレインが死んだ」
「……」
「城の使用人を斬殺したあと、街の領民にも斬りかかったそうだ。……数十人を斬った後、駆け付けた騎士団が止めに入る前に自らの首を切り落として自害した」
「……」
彼女の目は伏せられ膝の上の両手をギュッと握った。無表情だったのに、今は眉間に皺を寄せ苦悶の表情を浮かべている。
―――あぁ、彼女は気づいていたんだな。
クレイン辺境伯夫人の失踪事件。夫人の捜索を依頼したバルナバス・クレインは、10年もの間使用人達に騙され夫人の行方を追っていた。しかしミスティアの捜査のおかげで彼女が既に死亡していたことが判明。殺害及び隠蔽の主犯はバルナバスの専属執事だった。
「君には伝えておいた方がいいと思ってね」
「お気遣い、ありがとう存じます」
辺境伯夫人を殺害し遺体を遺棄したジャレッド・ヘザーは王都にて裁判を受けた。貴族を殺害したこと、アメリア・クレイン辺境伯夫人が隣国ヴァルスト王国出身の貴族という事もあり、極刑となる。また、ヘザーと共に夫人に暴行を加えた使用人3名に対しても極刑。遺体は共同墓地に名を刻まれる事なく葬られた。
また夫人の冷遇を扇動した家令オズワルド・ケインは、夫人を匿い使用人の魔の手から守ろうとした事が考慮されクレイン辺境伯領内にて一生涯の幽閉となった。
アメリア・クレイン辺境伯夫人が見つかって3年。
バルナバスはまず叔母であるヘレナ・ラングレー伯爵夫人とその息子、三男のセドリックを殺害。弁明の隙も与えぬ間に首を刎ねたという。
その後クレイン辺境伯領に戻り、夫人が嫁いで来た時には既に雇用されていた使用人を中心に次々と殺害。止めに入った兵士や騎士も容赦なく斬られたという。そして街に向かい、夫人が男と一緒にいたと証言した人間や、あからさまに批判していた人間を殺害していく。街は阿鼻叫喚となった。
そこに遠征から戻って来た辺境伯騎士団がバルナバスを止めに入るが、腹心であり軍務長を任されていたロドリック・ハーランドに『もう守れない』と言い残し、自害した。彼が自害する前、最後に手に掛けたのはオズワルド・ケイン。彼は何の抵抗もなく首を刎ねられていた。
この日の為、バルナバスは3年かけて元の騎士らしい身体に戻したようだ。
「君は知っていたのかい?」
仮に知っていたと答えたところで何を罰するというのか。3年先の話を言い当てるなど出来る筈がないのに。彼女との時間を少しでも伸ばしたくてそんな質問をしてしまった。
「確証はありませんでした。ただ、閣下なら……」
「……そうか」
ミスティアの表情は暗い。彼女が責任を感じる必要はないというのに、優しい人だ。
「はぁー、報告したかっただけだよ。別に咎めようなんて思ってないから、安心して」
そう言って用意されていた紅茶に手を伸ばす。
「!」
私が好きな紅茶。入手するのが大変だというのに、どうしてこの銘柄を?
「……私が好きなだけです。ただ、それだけです」
「! ふふっ、そうかぁ。好きかぁ」
「紅茶がです」
「うん。そうだね、紅茶がね」
バルナバス・クレインの件は残念だ。ヴァルスト王国との和平条約は継続となったが、その象徴たる者達がすでにこの世にいない。彼らのおかげで得られた平和だというのに。
余談だが、アメリア・クレイン辺境伯夫人の遺体はバルナバスが凶行に及ぶ4か月前にヴァルスト王国へ返還。義両親宛ての手紙には娘をこんな形で帰す事への謝罪と、彼女を妻に迎える事が出来て幸せだったという旨をしたためていたそうだ。
もっとミスティアといたいが、予定をこじ開けて作った時間は僅かなもの。名残惜しいけれど、私は店から出ねばならない。
「……不幸に見えても、当人たちにとっては幸せということもあります。あの人たちがそうだったように」
そんな私にミスティアはそう言った。……うん。そうだね。
ミスティアは顔を上げ、私と視線を合わせるとわずかに微笑みを浮かべた。
「私は幸せです。……殿下も、そうでしょう?」
「……ははっ。あぁ、そうだ。私は……幸せだよ」
もっともっとと際限なく欲は湧き出るけれど、私は間違いなく幸せだ。愛する人がいて、言葉を交わせる。会いにも行けるし、会ってくれる。
「とっても幸せだよ、ミスティア!」
「―――私はミストです。第二王子殿下」
私の中ではミスティア、君が君である事に変わりはないよ。もう君を本当の名で呼ぶ人間がいないのなら、私が呼ぼう。
「好きだよ、ミスティア」
そういうと彼女は一瞬だけ唇を噛む。
「……ミストですよ、殿下」
応えてくれなくたっていい。泣きそうに微笑む君のその表情で、答えはわかってるから。
私の気持ちが変わる事は無い。永遠にずっと。君だけを愛しているから、またね。
「また会いに来るよ」
愛を伝えに。
実らなくたっていい。
来世ではきっと一緒になろう。
ありがとうございました。
次回で番外編も最後です。よろしくお願いします。




