クレイン辺境伯3
前回の続きです。
◆◆◆
『私は奥方様がいると知っていて……封印しました』
そう告白したのは店主殿の護衛に付けていたカール・バイソンだ。
彼はまだ騎士になったばかりの頃、あの井戸の封印を仲間と共に命じられたという。命じたのはヘザー。井戸の底を覗いてアメリアがいる事を知っていたのに、命じられるまま封印したと、そう苦し気に告白するカール。その後ろには彼と共に封印したという騎士が三人、彼と同じく処罰される覚悟を持った顔をして跪いていた。
何故黙っていた。何故そのまま封印した。何故、アメリアを助けなかった。
そんな言葉がこれまでなら出ていただろう。
今の私はその言葉をただ事実として受け入れることが出来た。それ以上の感情はなかった。
『……そうか』
ただ一言。それだけを口にした。
カールたちは戸惑い、情けない表情を見せたが本当に何も言う事がなかった。
許す事はできない。だが許さないともいえない。彼らの当時の立場からすれば、ヘザーに意見を言う事など出来なかっただろう。その後もヘザーの目があった筈だ。
『……罰を与える』
『―――はっ! なんなりと』
揃って頭を下げた騎士たちは、自らの死をも覚悟しているだろう。
だがそんな罰は与えない。
『お前たち全員、今後もクレイン領の守護を命じる。逃げる事は許さん。死ぬその瞬間まで、この地の為に生き……この地の為に死ね』
『―――……』
そうして私は彼らから離れる。後ろで息を飲み、すすり泣く音がした。
許した訳じゃない。だが折角育った騎士を処罰し辞めさせるよりも、この先死ぬまでこの地に仕えさせる方が効率的だ。
ただそれだけのこと。
◆◆◆
『セリル。お前は知っていたな。知っていて黙っていた』
目の前にいるのは情報官、セリル・フォックス。生粋の武官とは違い、潜入や諜報を主とする仕事の為、彼らに比べれば体の線が細い。しかし鍛えられた体についた筋肉は無駄がない。
『……はい。その通りです』
軍務長のロドリック、軍師のエドマンド・レイヴンが私の後ろに控えており、目の前のセリルに視線を向けている。六つの厳しい目を向けられながらもセリルは怯えることなく顔を上げている。
『……言い訳しないのか』
ロドリックが厳しい顔をして問うが、セリルは顔色を変えず言い切った。
『いたしません』
『……そうか』
セリルも覚悟を決めていたようだ。
『妹の為だろう』
『!』
『ケインとヘザーに心酔していた。店主殿に敵意を抱いていたのも、奴らの敵だと思ったかららしいな』
『―――申し訳ございません』
妹を引き合いに出すと顔色が変わった。自分の事より家族を出されると弱くなるのは、愛情深いという証拠か。
『勘違いするな。責めてなどいない』
『……は?』
呆けた顔をするセリルはまだ若い。26歳くらいだったか。
『お前に感謝を。お前のおかげでアメリアからの手紙を受け取れた。……ヘザーの目を盗んで届けていたんだろう?』
『……』
『妹を人質にされたら逆らえない。それに洗脳されていたら余計にな』
『―――っ』
彼も家族を妹を残して失っていた。幼い妹を連れ、拾われたのがヘザーであった。ヘザーは実働部隊としてセリルの様な情報官を使い、これまで調査をしていた記者や情報屋を殺害してきたのだ。情報官の家族は職業上秘匿される。セリルが情報官であるというのもほんの一部の人間しか知らない情報だ。
『店主殿が気づいた。初めて会ったのはここに到着した時、使用人に混ざっていたと。それからセリナ……お前の妹とどこか似ていると思って記憶に残っていたらしい。
そして襲撃時。お前はそこにいたそうだな』
『―――!!』
まったく。店主殿は一体何者なんだ。ほんの僅かな時間で顔を記憶し、瞬時に判断したというのか。襲撃されて恐怖しただろうに、そんなこと……。
『お前に罰を下す。妹共々クレイン辺境伯領への永久追放だ。二度とこの地に足を踏み入れるな』
『―――はっ! 承知いたしました!!』
セリルが出て行った事を確認した後、大きく息を吐いた。
家司の暴走。だが、セリルのように軍部に籍を置きながらヘザーの手駒になっていた人間が数名。
『閣下。申し訳ございません。私がいながら奴の好き勝手を許していたとは……』
ロドリックが頭を下げた。父と共に戦場を駆け、右腕と呼ばれた男。私の師であり実質的なクレイン家軍部の筆頭。そんな彼は自分の知らぬ間に好き勝手されていた事を知り、衝撃を受けた。
対して軍師エドマンドは感情が読めない。もしかしたら、彼も知っていたのかもしれない。
『……家司と軍部。私の領分は軍部だと割り切り、知ろうとしなかった。責任は私にもあります』
『……』
セリルを追い出したのはまだ若い彼らならこの地の異常性に気づくだろうと思ったからだ。生き方を変える事も容易い。だが、昔を知る者ほどそれは難しい。
私は何も言わずに兵舎を出る。
外は闇に染まっていた。
◆◆◆
王都から調査官がやって来たと同時に店主殿が帰って行った。
彼女には感謝しかない。アメリアと再会させてくれた。別れも言えた。今度は私の番だ。
『アメリアの侍女の一人、行方不明になったエリスを捜索する。皆、力を貸してほしい』
『はいっ!!』
軍部の協力を得て捜索に当たるのは侍女エリスの遺体の捜索だ。ケインとヘザー、使用人3名を尋問したところ、アメリアを殺害する前に侍女を殺害し森の中に埋めたと供述した。
『何故、侍女まで殺害した』
実行犯は使用人三名。一人歩いているところを三人で袋叩きにしたという。
『ケイン様の言いつけを破り、施設を出たからです』
『外に出るなという命令に従わなかったからです』
『再三にわたる忠告を無視された事で、実力行使致しました』
ケインは命じていたらしい。『しばらくの間、外に出ないように。許可なく出歩いた場合、命の保証は致しかねます』と。
その忠告を破り、侍女は外に出た。そして侍女が戻らない事を心配したアメリアも外に出てしまった。それを丁度発見したヘザーと使用人三名は命令違反と言及し凶行に及んだ。
侍女頭だったリディアは、アメリアを止めるも止めきれずに外に出てしまった。それをヘザーと使用人三名に見つかり、アメリアは殺害されることになる。リディアはアメリアと二手に分かれてエリスを捜索していた。戻って来たリディアに井戸に集まっているところを目撃され、懐疑心が強くなった使用人は、リディアに帰国命令が出た後も彼女を監視。しゃべられる前に口封じしたと供述した。
そして最後の侍女、アンナ。彼女はアメリア殺害現場を影から見ていたらしく、心を壊した。彼らはアンナだけは同郷というよしみで命までは奪わず、クレイン領から離れた王都近郊の神殿に預けた。彼女は今も正気を保っていないそうだ。
手に縄をかけた状態で遺体をどのあたりに埋めたのかを確認。供述した辺りを掘り進めていくと白骨死体が見つかった。身に着けていた装飾品からアメリアの侍女、商家出身のエリスと断定。丁重に掘り起こし、王都から来た調査官の検死の結果、頭部を強く打ったことが原因で死亡したと報告を受けた。
彼女を故郷のヴァルストに返還する旨を調査官に告げたところ、中央で議会を通さねばならないという。アメリアが嫁ぎ先で殺害されたという事実も含め、慎重な対応が求められると告げられた。つまり、アメリアもエリスという侍女もすぐには故郷に帰れないというのだ。
故郷を離れ13年。きっとすぐにでも家族の元に帰りたいだろうに。
調査官は平静だが、やはりどこか思う所があるのだろう。亡骸をどこか憐れんだ目で見つめていた。
エリスは見つかった。次はリディアだ。
アメリアはリディアが死んでいる事は知らないだろうが、彼女もまた家族の元には帰れていない。彼女の家族もきっと待っているだろう。……待ち続ける人間の気持ちは、よくわかる。彼女も早く帰してやりたい。
しかしそれも中央と足並みを揃えなければならなかった。
ヴァルスト王国へのアメリアの死亡報告、見舞金の捻出、和平条約の見直し……。中央と国王は今やヴァルストへの対応で追われているが、それがまとまるまでは数年かかる見通しだ。
一刻も早い、彼女たちの帰国を願う。
◆◆◆
調査官と共にケイン、ヘザー、使用人三名は王都に向かう。中央で裁判にかけられ裁きを受けるのだ。
使用人が見送る中、彼らは背筋を伸ばして護送用の馬車へと乗り込んでいく。二度と戻ってこれない事は彼らもわかっている様で、乗り込む前の僅かな時間、目に焼き付けるように城を見つめる。
彼らは祖父や父の代から仕えているのもあり、彼らにとってもここは彼らの家だったのだ。彼らは彼らなりの正義でクレイン家を守ろうとした。それで誰かが傷つこうが、お構いなしに。何故なら彼らは本当の家も家族も全てを奪われたのだ。だから今度の家は奪われないように防衛しただけ。突き詰めればそういう事だった。
彼らが護送される際、使用人の多くは涙していた。実質的な支配者となっていたケインとヘザーを慕っていた彼らは、頼れる人が罪人として裁かれるという事を納得できないと訴えた。ヴァルストがすべて悪いのだと。
悪意が満ちる。ヴァルストを憎む気持ちがどんどん膨らんでいるようだった。
……私はただ黙って彼らを見送った。
◇◇◇
時は流れて3年が経過した。
裁判の結果、ヘザーと使用人三名は極刑が決まりその日のうちに刑が執行された。亡骸は王都の共同墓地に名を刻まれる事なく埋葬された。
そしてケインはというと、直接手を下していない事と一応はアメリアを冷遇という名の元、使用人の悪意から遠ざけていた事が評価され、生まれ故郷のクレイン領北西部に幽閉が決定された。
そしてヴァルストの協議を行い、多額の賠償金と優遇措置を引き換えに和平条約は継続。アメリアと侍女エリスの遺体も返還する事となった。侍女頭リディアの遺体は証言をもとにヴァルスト側が捜索。既に遺族に遺体が返還されている。
そして今日、アメリアを祖国の地に送る。
骨となってしまったアメリアは小さく、棺は軽い。彼女を愛したであろう家族に申し訳がなかった。彼女の両親に向けて謝罪と、アメリアが如何に素晴らしい女性だったかをしたためた手紙を使節団に託し、本当の別れとなった。
枯れたはずの涙は、またしつこく溢れ出た。
使節団からは、侮蔑を隠そうともしない嫌悪に満ちた冷ややかな視線を向けられたが、私はしかと受け止めなければならない。
遠のいていく使節団を見えなくなるまで、見えなくなっても見送った。無事に故郷につけるように。大切な家族の元に帰れるように願いながら。
空を見上げると雲一つない快晴。
晴れ晴れとした空は私の決心を固めてくれた。
―――嗚呼アメリア。君に会いたい。
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