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未亡人ミストの相談手帖 ー迷い鳥たちの記憶録ー 消えた辺境伯夫人編  作者: 炬燵猫
番外編

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28/31

クレイン辺境伯2

続きです。ちょっと長いです。

 


 ◆◆◆



 最後の手紙には『お伝えしたい嬉しい報告があります』と書かれていた。一体なんだろうと胸を弾ませていた。だからそんな手紙を残しておきながら男と逃げるなどありえない、そう思った。それに彼女が連れてきた侍女が一人、アメリアが失踪する前にいなくなっていたと報告を受けたのも理由の一つだ。


『アメリアを密かに逃がす為、逃走経路を確保していたんじゃないか』


 そう思えば思う程、それが自分の中で真実となっていった。いなくなった侍女はヴァルストでは有名な商家出身だ。平民の暮らしだって詳しい。どこかに隠れながら潜伏しているに違いない。それしか考えられなかった。


 それからは国が死亡認定しようと、諦めるように諭されても、別の女性を迎えろと言われても。私は頷かなかった。きっとアメリアは戻ってくると信じていたから。

 だけど体を壊し、ベッドに横になる日々が続くと考えも変わる。アメリアは生きていると信じているが、男と逃げたのは事実なのではないか。私に愛想をつかして出て行ったのではないか。嬉しい報告というのも、真に愛する人と巡り合ったことを指しているのではないか。そう考えを改めるようになる。


(―――もし、そうなら)


 いい加減に彼女を諦めるしかないのか。でも、本当にそうなのか。

 そんな事をグルグル考えている内に、情報官の一人が教えてくれた。


『王都に店をかまえる相談所ってのがありましてね。その店は紹介制で依頼を受けるには伝手がいるんですが、どんな悩みでも解決に導いてくれるともっぱらの噂です。

 話によると、第二王子の後見を得ているらしく、顧客には上級貴族が名を連ねているそうです。王族も顧客らしいですよ。……頼んでみませんか』


 情報官セリル・フォックスは、戦場にいる私にアメリアからの手紙を届けてくれていた人間だった。不思議なことに、セリル以外から受け取った事は無くケインからの報告書とは別だった。そこに疑問を持つも、そういうものかと納得してしまえばそれ以降は考えなかった。私は本当に愚かだ。


『伝手とは……』

『依頼をした事がある人物で、自分が紹介人となり新たな依頼人の身元保証が出来ること。つまり、相談所で依頼した人がこの人は大丈夫、問題ありませんと判断しない限り、押しかけても無駄ということです。一見さんお断りってやつですね』


 セリルはカラッとした笑顔でそう言ったが、難しいだろうなと私は考えた。辺境という遠方から王都の相談所に出向く事は勿論だが、その相談所に依頼した事のある人間を私は知らない。それに知っていたとしても、貴族の付き合いはほとんどないのだ。身元の保証が出来るものなのか。


 以前の様な必死に探そうという気力がどんどん衰えてきていた。考える事も出来なくなってきて頭が重い。


『……第二王子が後見なら、もしかしたら可能かもしれません』

『……? どういうことだ?』


 セリルは真剣な表情になり、声を落とした。


『アメリア様の輿入れの際、護衛隊は近衛騎士団長が率いていました。縁があったと言えます。

 それに彼なら第二王子殿下に願う事も可能ではないでしょうか。王家としても、政略結婚を命じた責任もある。仲介することくらい出来るかもしれない』

『―――……』


 もしかしたら、可能性はある。

 何も情報がないまま時間が過ぎていき、私としても残りの時間が少ないのは自覚していた。


 だが近衛騎士団長は仲介してくれるだろうか。第二王子殿下は頷いてくれるだろうか。相談所は依頼を受けてくれるだろうか。

 思考は悪い方へと流れそうになるが折角のチャンスだ。上手くいくかもわからない。アメリアが見つかるかもわからない。だけど何もしなければただ時間が過ぎるだけ。なら。


『―――レオポルド・グレイヴス近衛騎士団長に手紙を。第二王子殿下に仲介を願いしたい。相談所に依頼を出したいのだと』

『! はい、すぐに』


 ベッドから起き上がり、デスクに向かう。ペンを握るのも久しぶりで字が震える。ゆっくりと、どうにか書き進めていき、手が止まる。


『セリル、相談所の名は?』


 セリルはニッと笑って答えた。


『相談所『迷い鳥』です。依頼人は皆、訪れて良かったと口にするそうですよ』


 それが店主殿の店を知るきっかけだった。そしてその時の決断が状況を一変させるとは、この時の私は考えてもいなかった。


 近衛騎士団長に手紙を送って3か月。返事が返って来た。


『第二王子殿下の計らいにより、申し出は承諾された。紹介状と殿下直筆の手紙を同封するので、それを持って相談所を訪ねるように。

 奥方殿の無事を心より祈る』


 グレイヴス殿の手紙を読んで涙が出た。まだアメリアを覚えてくれている人がいる。無事を祈ってくれている。それが何より嬉しかった。



 ◆◆◆



『ヘザーと話しをさせてくれ』


 アメリアを殺害し遺棄した事を認めたヘザー。彼はケインと使用人3名と共に牢に入っていた。牢の前で警護にあたっている門番にヘザーを出すように命じると、戸惑いながらも従った。


 ヘザーは薄汚れていた。普段のきっちりした執事服姿とは雲泥の差だ。両手を前に手錠されたヘザーはあの時の様なお道化た様子はなく、大人しく牢を出る。


 アメリアが見つかって2週間。王都から調査官が来たらヘザーは王都に連行され、裁きを受ける。そうなればもうこの地に戻る事無く処刑となるだろう。その前に訊いておきたかった。

 尋問室に着き、ヘザーを椅子に座らせる。背筋はピンと伸び、執事だった時のままの眼差しだった。


『……何がお前をそうさせた』


 歩行訓練を始め、自力で歩く様にしていたがまだ長い時間を立って歩くのは難しい。車椅子に乗ってヘザーの前に向かってそう訊ねた。目の前にいるのは子供の時から一緒に育った兄弟の様な存在。あの時は頭に血が上り、冷静でなかった。


 だからこそ、今一度問う。……たとえあの日の言葉が本心であっても、私は受け止めなければならない。


『この前話した事が全てでございます』

『お前はアメリアが憎かったのか』

『アメリア様が、というよりはヴァルスト人が、ですね』

『何故、殺した』

『気に入らなかったから。それ以外にございません』


 落ち着いた受け答えだ。そして自分のやったことに後悔する様子もない。この男にとって、アメリアとはどんな存在だったのか。


『ヴァルスト人でなければ、あと数年もすれば受け入れられていたでしょうね。旦那様との仲も良好。……本当に、惜しい人です』

『―――!! だったらっ!』

『言ったでしょう。ヴァルスト人だからです。……受け入れられません。決して』

『―――っ』


 ヘザーは真っ直ぐ私を見て、決して逸らさなかった。まるでその目に刻み込んでいるようだった。その目がふと伏せられた。


『ただ店主殿には見透かされていたのでしょう……』

『……』

『あの目はすべてを見透かしていた。私の行いを、私の隠して来た感情を、私のすべてを……。全てを暴かれる。あの日、依頼をしに王都の店で会ったその瞬間に悟りました。この方はすぐに真相に辿り着く。そう直感しました』


 自嘲するヘザーに覇気はなく、疲れた男の姿がそこにあった。私は何も言えず、部屋を出ようと車椅子を押す家令補佐に合図を送った。


『……あなたに恩を感じていないと言いましたが』

『……』

『……恩はなくとも、生涯を仕える主だと……わたしの主は、あなた様だけだと。そう思って仕えてきました』

『……』


 どう答えるか迷いに迷い、『そうか』とだけ呟くと私は尋問室を後にした。それがヘザーと言葉を交わした最後となった。



 ◆◆◆



 冷静になって考えてみたが、やはりすべての原因は私にある。

 ヘザーが言った通り、アメリアとの結婚を突っぱねていたら彼女が死ぬ事はなかった。私の恋心がすべてを狂わせたと結論付けるしかない。


 ヘザーと面会後、再び体調を崩してしまった私は自室のベッドで後悔を繰り返していた。これまで何度もしてきたが、尽きる事は無い。歩行訓練も止められてしまった。そうなれば領主としての仕事をしなければならないが、これまでケインや文官に任せていた事もあって役に立たない。

 思考は更に悪い方に向かい、生まれた事さえ後悔し始める。


 5日も自室に閉じこもっていたので心配した神官殿が見舞いに来てくれた。貴重な加護の力まで使って下さり、一時的にだが気分も向上した。だが結局は日々の積み重ねであるが故、不調の原因を正さなければ意味はないと言われてしまった。


 原因は私自身だ。私自身が私を許せないのだから、私が死なない限り良くはならない。

 言葉にしなかったが、神官殿は察したようで朗らかに笑う。


『あなたが自分を責める事で、傷つく者もいるでしょう。……確かに使用人の多くは、あなたに真実を告げることはなかったかもしれません。ですが、すべての使用人がそうではなかった。

 奥方様も、今のあなたを見れば、ご自分を責めるのでは?』

『……もっと、苦しめばいいと。そう思っているかもしれない』


 アメリアの最期は酷く苦痛を伴っただろう。骨は折れ砕かれ、井戸に突き落とされたんだ。闇の中、彼女は誰にも助けられず息を引き取った。

 恨まないはずがない。


 神官殿はいつの間にかいなくなっていた。どうやら私は眠っていたらしい。

 外を見れば夕闇がそこまで迫っていた。


『閣下。アメリア様とお別れしませんか』


 昼と夜との隙間時間。アメリアが一日の内で最も好きだと言った時間だ。殊更大河に沈んでいく夕日を見るのが好きだったアメリアは、この時間はいつも外を見ていた。

 その夕闇が完全な闇に染まる時、店主殿が現れた。


『わたくし、加護を二つ持っているんです。一つは過去を視る右眼の”識眼”。

 もう一つが神霊の類を視る左眼の”幽鑑”。

 霊魂となったアメリア様を視認できていますの』

『はっ、……ぁ?』


 言葉にならない。加護を二つ持っている事もそうだが、アメリアの霊魂を視認している? つまり、アメリアはここに―――?


『依頼はアメリア・クレイン辺境伯夫人。対価は消えた侍女の遺体回収と埋葬。では、いきますよ』

『なっ!? なにをっ』


 そう言った途端、店主殿の左眼が輝きだした。深い紫色の瞳がその色と同じ光を放つ。そしてほんの数秒で光が治まると、そこには信じられない光景が。


『あ、アメ、リア……?』

『……っ』


 目の前に浮かんでいたのは、白いワンピースに身を包んだアメリアだった。姿形は生前のまま。私の記憶の中にいるアメリアそのままだった。……違う事と言えば、体が透けて宙に浮いている事。

 微笑みながら泣いているアメリアは、アメリアなのに、彼女がこの世のものではない事がすぐに分かる。


『もって15分。その間にお別れを済ませて下さい』


 店主殿が引き起こした事なのか。信じられないが、きっとそうなんだろう。加護の力でなければ説明がつかない。


 そしてハッと我に返る。15分! 15分経てばアメリアが見えなくなる。天に昇ってしまう。


『あ、アメリア……! アメ、リア。……アメリア』

『……(コクコクコク)』


 声は聞こえない。口を動かしているけれど、アメリアの声が私の耳に届く事は無かった。小鳥の様なアメリアの声はもう、私の記憶の中でしか聞こえない。


 私は馬鹿みたいにアメリアの名を繰り返しただけだった。言いたい事はある。謝罪は真っ先にしなければ。使用人たちの行いに気づかなくてすまなかったと。もっと真剣に話を訊いていればよかったと。死なせてしまってすまない。気づいてやれなくてすまない。あんなところに一人でいさせてすまない。10年も気づかなくてすまない。


 今も愛していてすまない。重くて済まない。馬鹿ですまない。愚かですまない。


『恋焦がれてる……! アメリアッ、すまない。すまないっ……』

『―――っ……』

『今も変わらず愛してる……! 来世でも、そのまた来世でもっ!


 私と、結婚してください!!』


『~~~っ(コクコクコクッ)』


 頷いてくれた。アメリアが頷いてくれた……!

 嫌われていても可笑しくないのに。顔も見たくない筈なのに。恨んでいる筈なのに!


『アメリアッ、アメリア、アメリッ……っ!』


 わかってた。もうこの世のものでない事くらい。

 思わず抱きしめようとして現実に引き戻される。


『……っ』

『アメリア……』


 アメリアの身体はすでに失われ、目の前にいるのに触れる事は叶わない。透けた体は何も掴むことなく、彼女をすり抜けた。

 生者と死者。嫌でも実感する。


 僅かな時間しか残されていない。この目に焼き付けておきたいのに、視界が滲んで前が見えない。


『……っ、……~~~っ!!』

『……』


 溢れて止まらないものを私は拭い続ける。だが止まらない。止めて彼女の姿を見たいのに。必死になって袖で拭っていると、アメリアが何かを訴えている事に気づいた。そちらに集中すると、アメリアの小さな口が何か言葉を発しているようだった。

 読唇術は得意ではないが、唇の動きで予想する。


『……な、さ、い? なさい?』

『……』

『お? り、なさ―――!』

『(おかえりなさい)』


 ”おかえりなさい、バルナバス様”


 それはかつて、戦場から戻ると当たり前のようにアメリアからもらっていた言葉。

 帰って来たと実感させてくれる言葉。


『た、っいま。ただいま。ただいま、アメリア』

『(おかえりなさい、バルナバス様)』


 微笑むアメリアは記憶のまま美しい。その姿に私はいつも癒され、戻って来たのだと安心していた。私の帰ってくる場所はここなのだと、そう思えたのもアメリアがいてくれたおかげだった。


『! アメリアッ』

『……』


 アメリアの体が徐々に消えていく。


 ―――時間だ。


 そう理解しても、目の前のアメリアが消えていく事が酷く悲しく、寂しい。このまま消えてしまったら、もう二度と会えない。来世で一緒になる事を約束したが、それでも消えてしまうのは辛いのだ。


『―――……』


 最後、完全に消えてしまう間際にアメリアは私に伝えた。

 私はそれに頷き、微笑む。


 ……アメリアは完全に見えなくなった。


 幸福感と喪失感に茫然と余韻に浸っていると、後ろでガタンッという音がして振り返る。店主殿が膝から崩れ落ちていた。肩で息をして相当体力を消費したのだ。崩れ落ちた音で外で待機していた彼女の部下二人が飛び込んできて介抱を始める。自力で上がれない姿に、先ほどの奇跡が店主殿にどれだけ負担であったのかを今更ながら知る事になった。


『店主殿! す、すまない。まさか、そんな負担が……』

『アメリア様のご依頼です。ですが、対価はあなたに支払ってもらいますよ……』

『あ、あぁ! 勿論だ。必ず見つけ出す』

『約束、ですよ……』


 そう言って店主殿は意識を手放した。どうやら精神的にも肉体的にも負担がかかる行為だったらしい。加護の範囲を広げるなんて事が出来るとも知らなかった。彼女は”保持者”の中でも特別な人間なのではないか。そう思えて仕方がない。


 きっと神が遣わした御使いだ。

 アメリアを見つけるよう、神が遣わしたに違いない。


 そうでなくてもアメリアを見つけてくれたのは彼女で、思いもしなかった奇跡を起こしてくれた。

 私は彼女に返しても返しきれない恩が出来てしまった。なら、アメリアが依頼した対価を必ず支払おう。


 ―――覚悟は決まった。



続きます。




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