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未亡人ミストの相談手帖 ー迷い鳥たちの記憶録ー 消えた辺境伯夫人編  作者: 炬燵猫
番外編

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あなたと共に

番外編、最後の投稿です。

 

 ―――体が浮いているようだ。


 遠のいていた意識が徐々に覚醒していく。ゆっくりと二度瞬きをしてまずは体の感覚を確かめる。手も足も肩も首も、思い通りに動かせる事を確認してようやく自分のいる場所がどこなのかと辺りを見回した。


 どこまでも闇が広がって広がっている。体は自由に動かせても浮遊感はそのままだ。立ち上がり歩こうとしたがどこか不安定で、右往左往している内にいつの間にか目の間には巨大な白い門が迫っていた。


 芸術作品の様に聳え立つ巨大な門は大理石の様なもので作られているが、それにしては門自体が発光しているように見える。闇が一面に広がっているのに門が発光しているから、自分の体を視認出来たのはこの所為かと納得し、ゆっくりと門に近づいて行く。


「冥界の門……。そうだ、私は……」


 そこまで来てようやく思い出した。

 私はアメリアと侍女の遺骨をヴァルストに返還した後、すべてを片付けたんだった。そして、その後……。


 そこまで思い出して目の前の門を見上げる。冥界の門というのはこうも美しいのかと見惚れてしまった。この門を潜れば死後の世界に入り、魂は選別される。


「私は地獄行き確定だな」


 当然のことに自嘲し、乾いた笑い声が響いた。覚悟はとっくにできている。

 生前の行いで天国か地獄か行き先が変わるのも、私が地獄行きなのも。覚悟を持ってすべてを終わらせた。


 門に近づくと今まで閉じられていたのにまるで迎え入れるように扉が開いて行く。その事に少しばかり驚いたが構わず歩き進める。そして門を潜ったところで声をかけられた。


「バルナバス様」

「!」


 鈴を転がしたような可愛らしい声。忘れるはずがない。なのに記憶からどんどん消えていった、彼女の声。―――愛しい人の声。


 我ながら凄い反射でその声がする方を振り向いた。勿論そこにいたのは唯一無二の私の最愛。


「アメリア……!」

「バルナバス様」


 アメリアがそこにいた。今度は透けてない。同じ魂同士だからか知らないが、彼女は今、間違いなく私の目の前にいる……!


「……もっと、遅くて良かったのに」

「……アメリア」


 まるで「困った人ね」と言いたげな表情。左側に僅かに傾けられた顔は、彼女が困っている時の癖そのものだ。


「アメリア……」

「はい。バルナバス様」

「……アメリア」

「はい。アメリアです。バルナバス様」


 壊れたようにアメリアの名ばかりを呼ぶ私に、アメリアは面倒くさがらずにちゃんと返してくれた。これまでどんなに呼んだって返ってこなかった呼びかけに、返してくれている。それがどれだけ尊く、どれだけ幸せな事か……!


「アメリア……会いたかった」

「私もです、バルナバス様」


 微笑みを向けてくれるアメリアだがその後「でも」と続けた。


「来るのが早過ぎですよ。……もっと、生きていて欲しかった」

「それは……」


 アメリアの言葉に詰まる。それが彼女の願いであっても、それは私にとっては生き地獄そのものだから。

 ―――ふと、そこで気づいた。アメリアが何かを抱き抱えている事に。大切そうに、愛おしそうに。


「アメリア? その、腕に抱えているのは……?」

「……」


 腕の中の何かを指摘すると、アメリアはそちらに顔を向け聖母の微笑みを向ける。息を呑むほど美しい微笑みだ。そしてアメリアに促され、抱えている何かに目を向ける。


「―――!!?」


 息を呑んだ。まさか、まさか、まさかっ!?


 胸の奥が痛い。

 そんな、まさか――……!?


 アメリアは微笑む。そして私に腕の中の小さな、小さな……赤ん坊を抱かせてくれた。


「~~~ッ!!」

「無理を言って、ここで待たせてもらっていたんです。……この子にも、お父様の顔を見せてあげたくて」


 使用人たちが凶行に及んだ理由。ヴァルスト人だから受け入れられなかったと、そう答えていたが、本当の理由はっ!


「お、おれの、子……?」

「はい。バルナバス様とわたくしの。可愛いでしょう?」

「あぅ~」


 腕の中の子は俺を怖がることもしないで手を伸ばしてくる。小さな小さな手は興味津々で、俺を求めているようだった。


「怒らないで下さいね」

「……え?」

「使用人たちのこと。ケインがずっと黙っていたこと。それに……ミスト様」

「!」


 使用人たちを怒るなというのは無理だ。ケインも。でも、店主殿? 何故そこで店主殿が?


「彼女にお願いしたの。”バルナバス様には秘密にして”って。……守れなかったから」

「それは違う!!」


 守れなかったのは私の方だ。私が悪い。アメリアは悪くない!


「いいえ。もっとお互い話をするべきでした。しなければならなかった。わたくしが逃げた所為で、この子は生まれることなく死なせてしまった」

「違う」


 違う、全然違うんだ。 悪いのは私だ……


「元凶はすべて俺だ。君を愛して、領民の心を、使用人たちの想いを無視して、わかろうとしなかった私にすべての原因がある……」

「……そうやって、自分を責めるでしょう? だからお願いしたの。”バルナバス様が壊れてしまうから、この子の事は言わないで”と。納得してくれたわ。

 それくらい、あの時のあなたは危うかったから」

「……っそれは」


 あの時、もし知ってしまっていたら。


 抜け殻の様になって、ただ無駄に時間を過ごす生活になっていただろう。復讐など考えず、自分のことはすべて使用人に任せて、生きているのか死んでいるのかもわからない人生を歩むことになっただろう。漠然とそう思う。


 だが、その方が良かったのではないかとも思う。

 ここに来る前、私は使用人と領民を殺して回ったのだから。犠牲になった連中からすれば、俺一人が壊れて死んだ方が良かったのではないか。


「どちらが良かったとは言えません。気の毒にとも思います。でも……」

「……」

「あなたが壊れるのを見たくなかったから。愛してくれているの、知っていたから。だからこの子の事を知ったら、あなたが壊れるんじゃないかって。そう、思って……っ」

「アメリア……」


 そう言って言葉を詰まらしたアメリアの声は震えていた。


「あなたが壊れる位なら、領民が犠牲になるのも仕方ないとも思えるんです」


 唇を噛んで何かに耐える。


「酷いでしょう? 醜いでしょう? 守るべき領民なのに、あなたの為なら死んでもいいって思ってるんです」

「アメリア……!」

「あなたが領民をどれだけ大切にしていたのか、知ってます。街にはあなたを讃える人ばかりで、クレイン家が彼らにとってどれだけ心強い存在だったかも……知っていたのに……」

「アメリアッ」


 オレは赤ん坊ごとアメリアを抱き寄せた。不思議なことに、肉体はなくとも生前の様に体の温もりも柔らかさも感じられる。腕の中のアメリアは小刻みに震え、何かを必死に耐えているようだ。


 頼むからそれ以上自分を責めないでほしい。

 切り捨てたのは俺だ。俺が悪い。何一つ守れなかった俺が悪いんだ。だからアメリア。君が自分を責める必要なんか、ないんだよ。



 ◇◇◇



 それからは親子三人水入らずの時間を過ごした。途轍もない幸福だ。この幸福がいつまでも続けばいいと思ったが、そうもいかない。


 裁定の時がきた。予想通り私の地獄行きが確定。アメリアと我が子は天国行きだ。当然、ここで別れとなる。


 ―――なのに。


「わたくしも行きますわ。地獄行きの者が天国には行けずとも、天国行きが地獄に行くことに、何の問題もありませんでしょう?」

「な、にを言ってる。そんな、いい訳ないだろう!?」


 当然のように私の傍を離れないアメリアは、我が子を天国の門番に預けた。我が子との別れを惜しんだ顔をしているのに、どうして私のところに来るんだ!?


「アメリア、ダメだ。子と一緒に、本来行くべき場所に行け。お前が来ていい場所じゃない」


 当たり前だ。アメリアの様な素晴らしい人が、地獄など相応しくない。それに罪を犯した訳じゃないんだから。


「……子とは話しました。あの子は天国にいき、今度また生まれ変わる時。わたくしとバルナバス様を両親に生まれ変わりたい。そう言ってくれたのです」

「何を……。そんなこと」

『冗談じゃないよ、父上』

「!?」


 頭の中に直接響く声に驚く。子供の声だ。だが、赤子にしてはしっかりした声と口調。


『僕、今度も母上の子供として生まれたい。それで、父親は父上がいいんだ』

「……まさか」

『父上。待ってる。待ってるから、母上と一緒に行って。多分父上が思っている以上に母上は頑固だよ』

「まぁ。この子ったら」


 ほほほっと笑うアメリアはそれが当たり前のように受け入れている。門番に抱かれた我が子は言葉をしゃべるほど大きくはないのに。


『僕は天国で父上と母上が生まれ変わって、夫婦になるのを待ってるよ。結婚したらすぐに二人に会いに行くからね。待っててね』


 そして門番は我が子を連れて天国に向かう。まばゆい光に包まれ、見えなくなる瞬間に最後の言葉をかけられた。


『母上をよろしくね』

「―――ッ」


 門は閉じられた。再び開く事は無い。

 そして音が消えた。

 残されたのは地獄行きの門だけだ。


「……馬鹿な事を」


 戻る道などない。地獄の門を潜らなければ再び我が子と会う事も出来ない。……俺一人が潜るべき門なのに。


「ずっと一緒ですわ、バルナバス様。……もう、離れたくない」

「……俺もだ」


 そうして二人で門を潜る。天国に続く門とは違い、おどろおどろしく、禍々しい。


「二人で堕ちよう」

「うれしい」


 そうして地獄の闇に引きずり込まれる。俺はアメリアの体を引き寄せ、固く抱きしめた。もう二度と離れないと決意を込めて。


「アメリア」

「バルナバス様」


 見つめ合い、自然と顔が引き寄せられた。恋焦がれていた人の唇が、自分のそれに触れる。


「「……愛してる」」


 行き先が地獄の底でも、あなたと共に居られるなら天国だ。



 ―――そして二人は揃って地獄の闇に呑まれていった。



<終>

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

辺境伯夫人編、これにて完結です。これまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。


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