王都会議
アメリア・クレイン辺境伯夫人。
ヴァルスト王国ウィンダミア侯爵家出身。嫁いで来た時の年齢は21歳。それから三年の結婚生活の後、突如として失踪する。
夫であるバルナバス・クレイン辺境伯は夫人を探し続けるも、何の手掛かりを得る事も出来ず10年の時が流れた。
藁をも掴む思いで捜索の依頼を出したのは王都で店を開く相談所『迷い鳥』。
この依頼が止まっていた時間を動かす事となる。
クレイン辺境伯領は閉鎖的な気質で、他からの人間を受け入れない。
そんなところに長年の敵国、ヴァルスト王国から領主の元に嫁いで来たのがアメリアだった。
予想していた通り、使用人を含め領民は彼女を受け入れず、それどころか憎しみを募らせていく。それが頂点に達した時、アメリア・クレイン辺境伯夫人は命を落とした。
彼女の命を奪ったのはクレイン家に仕える古参の使用人三名と執事が一人。この執事こそが主犯であり、彼は領主専属執事であった。
彼が中心となり家司は取り纏められる事となり、結果10年もの間夫人の死は隠蔽される事となる。夫人の姿に似せて男性と出かけるところを領民に見せる事で『夫人は男と駆け落ちした』と印象付け、更なる嫌悪を呼ぶことで夫人の不在を喜ぶよう印象操作をした。
それは上手くいき、クレイン辺境伯領ではアメリア様はヴァルストの魔女とまで呼ばれるほど嫌われた存在となる。
☆☆☆
「―――以上をもって取り調べは終了となります。お疲れさまでした」
王都からやって来た監査官はそう言って立ち上がると礼をして出ていった。
残されたのは白髪の男性。身形こそ質素となっているが、彼はクレイン家の家令として長年勤めてきた古参中の古参。アメリア夫人を冷遇するよう使用人達に指示していた最初の男だ。
森の中の枯れ井戸から遺体が見つかって今日で丁度二か月。その間、彼と夫人の殺害を自供した執事と使用人の3名は城内に設けられた牢へと自主的に入った。
彼らは拘束された上で連日取り調べを受ける事になる。皆従順で反抗的な態度は一切見えなかった。
大人しく取り調べを受けているが、連日ともなれば疲れが見える。しかし誰一人として不満も不服も口にしない。立場を弁えているともいえるが『村を焼かれ一人生き残った時に比べればなんてことはありません』という言葉通り、その時が人生で最も辛かったのだろう。
遺体はアメリア・クレイン本人のものと断定された。
殺害した執事、ジャレッド・ヘザーの証言。『迷い鳥』店主ミストの証言。そして何より、遺体の指に嵌められていた指輪こそがアメリア・クレインであるという証明となった。
狭い井戸の中でアメリア夫人は体を折り曲げて倒れていた。主犯である専属執事のジャレッド・ヘザーの証言によると、アメリア夫人を鈍器で昏倒させたあと、使用人三人が加わり殴り続けた。夫人の頭蓋骨が陥没していたのはそれが理由だろう。
長年のヴァルストへの憎しみとクレイン家への歪んだ忠誠心を証明する為、彼らは夫人を殴り続けた。刃物を使わなかったのは『より苦しみを与える為』と答え、そこに一点の曇りもなかった。
ぐったりとした夫人を枯れ井戸に突き落としたのはヘザーで、その時まだ息があったと証言する。殴られ元の顔がわからないくらい腫れあがった夫人の顔を嗤ったあと、彼は井戸に落した。
その後身じろぎしていたのを確認したが、蓋をした。夫人は蓋をされた井戸の暗闇の中で息を引き取ったと考えられる。
そしてバルナバス・クレイン辺境伯はそんな事は知らず、10年間夫人を探し続けていたのだ。
☆☆☆
「―――また、クレイン辺境伯は辺境伯としての責務を果たしており、その事については何ら問題はございませんでした。ただし、家臣の統制がとれていなかった事は明白。それがアメリア夫人の死に繋がったのも事実です。よって辺境伯家は降格させ、中央から監視として代理執行人を置く事が相応しいかと」
よく通る聞き取りやすい声の男はそう言うと一礼し、席に腰を下ろす。
ここは王城のとある部屋。長い机を二列に並べ、向き合う形で男達が座る。その男達を見回すようにコの字型の縦の部分にはこの話し合いで最も身分の高い男が座っていた。
男の名はグレゴリウス・ヴァル=エルディアス。ファルナティア王国の国王だ。
彼は目を閉じ、両手を顔の前で組んで額に押し付ける恰好をとっており、その姿だけで心労が見て取れた。
ここに集まったのは国の重鎮とも呼べる人間ばかりだ。集まった理由は話の内容からわかるようにクレイン辺境伯夫人に纏わる一連の事件について。そしてヴァルスト王国への対応についてだ。
「―――頭の痛い事ですな」
口火を切ったのはヴァルスト王国との和平条約締結に最後まで反対していた侯爵だった。彼はクレイン辺境伯領の気質をよく理解しており、ヴァルストへの反発感情がそう簡単になくならない事もわかっていた。その事を訴え続けたが結局和平案にのり、条約は締結された。
それがこの結果だ。
侯爵からすれば「言わんこっちゃない」だ。だがそれをこの場で言うのは憚られる。結局のところ、国王であるグレゴリウスが賛成した事で締結されたのだから。
「真相に辿り着いたのは相談所の店主だったか。……たしか、第二王子が気にかけておられる」
「前ルヴェール子爵夫人だ。……元はアストレイア伯爵令嬢だった」
「あぁ、そうだ。アストレイア家の」
相談所『迷い鳥』は平民の店主ミストが経営する紹介制の相談所。彼女は今でこそ平民だが元は歴史ある伯爵家の令嬢だった。
本名はミスティア・アストレイア。ミストは平民となった際にそれらしく変更したものだ。
今回、彼女の加護によって真相が明るみになったと言ってもいい。……国としては実に不都合な真実であるが。
「それよりもヴァルストへの対応でしょう。あ奴らが既に知っている可能性はどうなんだ」
一人のいかつい顔の男が苛立たし気に問いかけると、役人の一人が答える。
「既に10年前に夫人に関する何らかの情報を得ていたと考えてよろしいかと。失踪したとこちらに報告が上がったと同時に関税に関する取り決めの見直しを要求されましたので」
苦々しい表情を浮かべるいかつい顔の男は高い身分ではあるがチッと舌打ちをする。
「知っていてこちらに要求を突き付けたのか。確かにわたしでもそうするが……腹立たしいものよ」
ヴァルスト王国の外交官は食えない男だ。優し気な顔立ちをしていながら狡猾でしたたか。目的の為には肉を切ることも躊躇わない。そんな男が今回の事を知れば、ファルナティアは絞るだけ絞られ、何も残らないだろう。
「……すべては余の判断ミスだ。軽く考えていた訳ではないが……いや、いい訳だな。余が招いた事だ。苦労を掛ける」
「陛下。立場上、我々が苦労するのは仕方の無いこと。気になさいますな」
そうだそうだを声が上がる。確かにまさか使用人が夫人を殺害するなど思いもしない。予想せよという方が難しいのだ。しかし放置できる問題ではなくなった。
10年前。辺境伯の方から夫人が失踪したという報告を受け、ただちに捜索にあたった。そして調べていくと夫人は既に亡くなっているのではないかという答えに辿り着いた。事故か、事件か、自殺か。わからないが夫人は見当たらず噂は領内を駆け巡り、王都まで聞こえてきた。男と駆け落ちした隣国の貴族というスキャンダラスなニュースは社交界でも巡り知らぬ者はいなくなったほどだ。
そこを逆手にとろうと考えたのだ。
夫人が失踪したとし、捜査は打ち切る。遺体も見当たらない事から死亡しているとは断定できないのが大きい。
和平条約締結として結ばれた婚姻で、やって来た女が男と逃げたとあればヴァルストも手出しはしにくいだろう。こちらとしては夫人の恐らく死を失踪で隠せる。
両国にとって夫人の身に起きた事実を調べ上げるよりも、失踪という形にする方が利益がある。だとしてもファルナティアにとっての利益はヴァルストから賠償請求されずに済むという、あまり利益には結びつかないが。
ヴァルストもそう判断し、関税の交渉だけで済ませたという見方も出来る。
つまり今回夫人の遺体が発見された事は百害あって一利なしなのだ。
「余計なことをしてくれたな」
誰かがそうポツリとこぼしたが、それに反論する者は誰もいない。
ミスティア・アストレイア改めミストは、そうして国の重鎮から危険視される事となる。また、その加護の能力を知った者からは取り込みたいと密かに暗躍する者が出る。
それはミストが依頼を引き受けた際に感じた『面倒くさい事』に他ならないのだった。
◇◇◇
「そう。……ミスティアは無事なの?」
同じく王城に作られた第二王子の執務室では部下からの報告を受けるレオナール・ヴァル=エルディアスの姿があった。書類から目を離すことなく、しっかりと報告内容を聞き取り手を動かし書類を捌いて行く。とんでもなく早い処理能力だが次から次へと仕事が舞い込み、休む暇もない。
「はい。もうそろそろ王都入りとなります」
「そう、報告ありがとう」
「失礼します」
そうして部下は音もなく部屋を後にする。
残されたのはレオナールのみ。女性を徹底的に避けるレオナールの部屋には部屋付きのメイドもいなければ、女性の影もない。
それは偏にミストへの愛を証明するためのものだ。
彼女以外を妻にも恋人にも置かないと決めた日から、女性は母親と妹以外を近づけない。王子という立場から様々な女性からアプローチを受けてもレオナールは眼中にないのだが、ミストに誤解されたくないという一心で徹底的に排除していった結果、執務の合間に飲むお茶の用意も自分でするようになった。
文官と共に執務に明け暮れる場合はそうでもないが、一人書類を捌く事も多く、その時には自分でお茶を淹れる事になり腕前は上達していった。
今もまたお茶を淹れて一息つく。紅茶の芳醇な香りが彼の身体を溶かしていくようだ。
「……」
レオナールは眉間に皺を寄せ、何かを考えている。その何かとはクレイン辺境伯家についてだが、主体はミストのこと。
レオナールは騎士団長経由でクレイン辺境伯から相談所を紹介して欲しいと願われ、それを許可した。クレイン家の当主は失踪した夫人を10年も捜索する程夫人を愛している人だ。好感を持ったと言える。
だがそのおかげでミストは厄介な連中に目を付けられてしまった。
”保持者”の保護と加護の存続を提唱する一派は、次代に確実に加護の力を引き継がせる方法を日夜研究している。
そしてミストの様に平民が加護を持つ場合は貴族として迎えるべきであると提言しているのだ。
つまりは貴族に嫁入り、婿入りして確実に子供を残せ。多ければ多い程確率が高いので夫や妻に限らず多くと交われという倫理観の無い連中だ。
そんな連中にミストが目を付けられた。それはダメだ。絶対に。
「ミスティアは僕のだ。……誰にも渡すものか」
一人の執務室に、執着めいた声が響いた。




