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未亡人ミストの相談手帖 ー迷い鳥たちの記憶録ー 消えた辺境伯夫人編  作者: 炬燵猫
本編

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最終話 光の別れ

本編最終話です。

普段よりも長めとなっていますが、よろしくお願いします!

 特記:第肆号

 依頼人:バルナバス・クレイン

 紹介人:レオナール・ヴァル=エルディアス

 依頼内容:アメリア・クレインの捜索

 結果報告:アメリア・クレインの死亡を確認。以下に詳細を示す。


 アメリア・クレインについて:失踪時年齢24歳。隣国ヴァルスト王国、ウィンダミア侯爵家三女として生を受ける。結婚時年齢21歳。


 捜索根拠:当時戦場にいたバルナバス・クレインの元にアメリア・クレインから手紙が数通送られていた。手紙の内容から失踪するにはおかしな点があった為、これがアメリア・クレインの生存を信じ続ける一因となる。


 失踪時の状況:昼前に日課の刺繍を行う為、自室に篭る。その際侍女は別室に滞在し、夫人は一人。昼食の準備が整ったところで侍女が夫人がいない事に気づく。家令に報告後、家臣総出で捜索するも発見に至らず、捜索範囲を広げたところ街の住人から「男と一緒にいた」という証言を得る。その後も男性と共にしていたという証言が重なり、「馬車に乗って行った」という証言を得た。


 調査経過:10年経過し、死亡認定されていることを考えても捜索は困難であると予想された。使用人・領民からの聞き込み結果から証言の信憑性に欠ける事が発覚。また、侍女の一人が夫人の姿を装って男性と歩くという工作をしていた事を確認。夫人の失踪が隠蔽工作である可能性が高まる。


 次に独自に調査をしていた記者と接触。記者の調査から夫人が城の敷地内に建立された避難施設に囚われている可能性が浮上。


 遺体発見状況:施設の中庭に井戸が設置され封印されていた。護衛数名に封印を解いてもらったところ、枯れ井戸の底に白骨化した遺体を発見。


 身元確認:ジャレッド・ヘザーが夫人を殴り井戸に落したと証言。識眼による過去視からその証言が正しい事を確認。また引き上げられた白骨遺体の左薬指には辺境伯が送った指輪が嵌められていた。指輪の内側には夫人の名前が刻まれていた事も確認され、白骨遺体が10年前に失踪したアメリア・クレイン辺境伯夫人本人であると断定。


 以下は主犯ジャレッド・ヘザーの取り調べ記録を残す。



☆☆☆



『裏切られた、そう感じたのです。私達は家族を、友人を……村を焼かれ全てを奪われたというのに。ヴァルストから妻を娶っただけでなく心を通わせた。


 そんなことは許されない。アレは魔女だ。誇り高いクレイン家にやって来た魔女。バルナバス様を誑かした恐ろしい魔女です。排除する事がクレイン家の、先代領主様にバルナバス様を頼まれた私の使命。


 ……そう信じて疑わなかった』


 取り調べに対し坦々と答えるヘザー。決して感情を表に出さなかった。しかし夫人の遺体発見前後の子供の様な無邪気な表情がヘザーの素顔であると直感で感じた。


 彼は村を焼かれ独りぼっちになってしまったところ奴隷商人に見つかり、捕まる寸前で先代クレイン辺境伯に救助されクレイン家に仕える事になる。助け出された事を恩に感じ、人一倍働き真面目な働きぶりを評価されバルナバス・クレイン辺境伯の専属執事にまで上り詰める。


 全てはクレイン家の為に。


 ジャレッド・ヘザーはただ忠実に仕え続けた。ヘザーと同じく先々代辺境伯に拾われたオズワルド・ケインとその他数名の使用人たちは、数ある使用人の中でも特にクレイン家への忠誠を示していた。


 故に彼らにとってアメリア・クレイン辺境伯夫人はクレイン家に侵入した異物。排除行動に出た。


 全ては彼らの歪んだ忠誠心、そしてヴァルスト王国への憎しみが引き起こした結果である。


 最後にアメリア夫人について問う。


『とても努力家です。環境の違いもあるだろうに順応力が高い。ファルナティア語も堪能でした。高い教養と知性は辺境伯夫人として優れていた。


 ……ヴァルスト人ということで全て台無しでしたが、そうでなければあの方以上に旦那様に相応しい人などいない。そう思わせてくる人間でした』



☆☆☆



 以下、オズワルド・ケインの証言を記録に残す


『私の使命はご当主であるバルナバス様を歴代の領主様方の様な立派な領主様に育てる事でした。拾って下さった先々代様、私を友と呼んでくれた先代様。私はお二方からバルナバス様を託されました。私がバルナバス様を守らなければいけないと、そう心に決めたのです』


 クレイン家家令ケインは坦々と語った。

 彼は人生の大半をクレイン家に捧げ、三代の領主に仕えてきた家臣の中でも古参と言える存在である。


 彼はクレイン家に嫁いで来たアメリア夫人を冷遇するように指示。バルナバスが争いの鎮圧のためにクレイン辺境伯領を離れている時は、夫人を森の中の避難施設で生活をさせた。

 そこでの生活は困窮を極め、その日の食事にも事欠くほどであった。


『親を亡くし、頼る人間がいなくなった幼子はそのまま飢え死にするか、商人に売られ奴隷となるか。運よく善人に拾われても苦労は絶えない。ヴァルストがそうさせたのです』


 連れてきた侍女たちは憤慨したがアメリア夫人はそれを受け入れた。森の中のものは自由にしていいと許可を得て、木の実や山菜などグラン山脈の恵みで生き延びた。


 小柄な体格と儚い印象の夫人だが、実際は逞しく異国の地で力強く生きていた。何よりバルナバスが彼女に惹かれていたのだ。息子の様に見守って来たバルナバスの幸せを願っていたケイン。自分のしている事が許されるものではないとわかっているが、既に悪意はケインが制御できないほど広がっていた。


 気づいた時には主導権はジャレッド・ヘザーが握っていた。


『私は愚かにも保身に走りました。旦那様にこれまでのことを話すと脅され、屈服したのです。私は罪人で、死んだ方がいい人間だと胸に刻んだというのに。……クレイン家から追放される事が恐ろしかった。私は夫人を生贄にしたのです』



☆☆☆



 最終報告:アメリア・クレインの失踪は使用人たちによる隠蔽工作。

 事実は10年前、ジャレッド・ヘザーを主犯とする使用人3名がアメリア夫人を暴行した上で井戸に突き落とした。その後鈍器で何度も頭を殴られた事が原因で死亡。男と逃げたところを目撃されたのは、生きていると見せかけるために夫人に変装した使用人の偽装工作である。



☆☆☆



 わたくしは報告書を記録し終え、深く息を吐いた。


 あの日、アメリア様と思しき遺体を発見した翌日にご遺体を井戸から引き揚げた。辺境伯の顔色が青白く、今にも倒れそうではあったが彼はご遺体を全て引き上げるまで傍を離れなかった。

 井戸の中で光ったものの正体は指輪だった。身体の右側を下にくの字型に曲がった遺体は白骨化していて、その左薬指に指輪が嵌められていた。


『……アメリアに、結婚3年目の記念に、贈ったものだ……』


 確認の為辺境伯にその指輪を見せたところ、そう答え指輪を大切に両手で握り締め車椅子に座ったまま項垂れた。……時折鼻をすする音と、息が漏れる音が聞こえた。


 遺体はアメリア様のものと断定。ここで依頼は達成された。

 ヘザー、ケイン、その他使用人3名は自主的に牢に入る。使用人たちの中では動揺が広がったが統率を失う事は無く、家令補佐の人間が取りまとめた。


 そしてわたくしは王都に早馬を飛ばす。辺境伯夫人の死が確定した事を、王城に知らせる為だ。また、ヘザーが持っていた違法薬物の件もある。ラファエル様にも神官として一筆書いてもらった。


 王都からここまで約20日。準備を含めたら辺境領入りするのは1か月後にはなるだろう。


 わたくしたちは王都から調査員がやって来たタイミングで辺境伯領を後にする事を決めた。ラファエルは先にオルデナに帰ってもよかったのだが、辺境伯の体調が気になると言い訳をしてわたくしたちが帰る日まで結局滞在する事になる。


『皆……私を騙していた……私は……わたし、は」


 心労で再び倒れてしまった辺境伯の見舞いに行った際にそう呟いた。指輪を握り締めているのだろう、右手を強く握り額に押し当てている。


 ……わたくしは何も言えなかった。この人の10年は慰めの言葉などで足りるはずがない。ただ沈黙し、その痛みを想像する事しか出来なかった。


 あの日見たアメリア様の霊魂と残された遺体には辺境伯が知らない事実が残っている。

 しかしながらそれを告げる事は無い。これは辺境伯自身の為でもあるが、何よりアメリア夫人の願いであるから。



『……旦那様にお伝えすべき事があります』

『それは夫人と―――閣下のお二人に関わる事柄でしょうか』


『貴女は……ご存じなのでしょう。何故、真実を口にしないのです。


 我々が凶行に及んだ理由を、何故』


 ケインは今にも泣き出しそうな表情を見せた。これまで無表情だった彼が唯一見せた感情ある表情。

 彼の中で罪悪感が消えないのだろう。恐らくずっと、この10年間。そしてそれは―――これからも、ずっと。


『何故と問われるならそれは閣下と……アメリア様の為です。夫人はこの件を閣下に知られる事を避けたいと訴えています。


 ……罪悪感があるのなら、最期の願いを訊いてあげてはくれませんか』


 ケインは固く目を閉ざす。後悔と懺悔、悲しみと怒りが織り交ざり葛藤している。きっと10年前もそうだったのだ。こうやって一人悩んだんだろう。そう思うと胸が苦しくなった。


『……かしこまりました。この命に代えましても、秘密は厳守いたします』


 そうしてケインは決心した。秘密は墓まで持っていくと。



◇◇◇



「さぁ、出発しましょう」

「はい!」


 遺体発見から1か月後に予想していた通り、王都の調査員はやって来た。こちらでまとめた調査報告書を渡し調査員に口頭でも説明する。平民だからと言って変な目で見られなかったのは有難い。話がスムーズに進んだ。


 辺境伯にも王都に戻る事を告げ、別れの挨拶を交す。


「其方のおかげだ。……このような結果になってしまったが、アメリアが戻って来た。礼を言う。店主殿、本当にありがとう」


 一月前よりも元気を取り戻した閣下はまだ車椅子に座っているが、最近では歩行訓練を始め歩く事に慣れるところから始めたようだ。生気が戻って来ている。


「いいえ。全ては閣下が諦めなかったから、アメリア様を見つける事が出来たんです。それにアーネスト記者の執念もです。

 諦めなかったからこそ、この結果に繋がった。わたくしは何もしておりませんよ」


「謙遜を。貴女のおかげで私はアメリアに『ただいま』を言う事が出来た。会わせてくれた。……最期に姿を見せてくれた。……十分すぎる功績だよ」


 幽鑑の力を最大限発揮する事でわたくしの半径3メートル以内の人間に、わたくしが視ている世界を共有できる。そうする事で閣下にアメリア様の姿を見ていただくことが出来た。この使い方は非常に体力と気力を消耗するが二人には必要だと思ったのだ。


 残念ながら言葉を交わすことまでは出来ないが、二人は通じ合えたようだ。


 別れを済ませ馬車は王都へ向かう。ミロとガレンも準備万端で、ガレンには墓参りが出来たと悲しそうだけど晴れ晴れしたような表情を浮かべながら礼を言われた。


「先生。ヘザーが言っていた秘密って何ですか?」

「……そうねぇ」


 ヴェラの疑問にどう応えるか悩む。……まぁここにいるメンバーならいいか。


「井戸の底に倒れていた夫人のご遺体は見たわね?」

「はい。くの字に体を曲げていました」


 ヴェラはその時の様子を思い出すように目を閉じて腕を組み始めた。


「じゃあ、腕はどこにあったかしら」

「腕? ……えーと」

「! まさか」

「あぁ、やはりか……」


 ラズ、ラファエルはそれで気づいたみたいだ。悲痛な表情を浮かべるラファエルは無意識に神に祈るポーズをとる。ラズもさすがに険しい表情を浮かべ、それきり黙ってしまった。


「あっ! お腹! お腹に手をあてているみたいでした!」

「そうね、思い出せて偉いわ。では次よ。


 ……鈍器で殴られているというのに、どうして頭を庇わなかったのかしら?」


「「……」」

「んー? 殴られてたら普通手で庇います。でも、お腹に? お腹に何か……っ」


 防御創というものがある。例えばナイフで襲われたなら抵抗する為、手でナイフを掴んだり払ったりするだろう。その際に手にはナイフで切られた痕が残る。それが防御創。


「夫人のご遺体は全身を殴られていた。ヘザーの証言にもある通り、顔や頭も例外ではない。頭や顔はまず本能的に守るもの。なのに頭部への損傷は激しく、さらに井戸に落されてもお腹に手を添えた状態で絶命していた」

「……っ!」


 ヴェラは答えが出たようだ。信じられないという顔をして、顔色が青くなる。


「ふ、夫人は……もしか、して……」


「そう、ね。彼女……






 妊娠していたの。……お腹の中の赤ちゃんを守っていたのよ」


「……そんなっ!」


 思わず、と言った声が出てしまったヴェラ。身体が震えてしまっている。


「使用人たちの怒りが頂点に達した理由。それは夫人の妊娠が理由よ。

 ……敬愛する旦那様と憎い敵国の女の間に出来た子供が将来、次代のクレイン辺境伯となる。


 それはヴァルスト王国の辺境領への支配も同然。多くの血を流しながら守って来た土地を、こんな形で奪われるなんて許せなかった。それが凶行への引き金となった」


 政略的な結婚には子供を作るところまでが含まれる。個人の意思は無視され子供を産むまでは自由に出来ず、逆を言えば生んだ後なら恋愛は自由が与えられる。

 だが二人の場合は愛が育まれた。

 傍から見れば珍しいタイプかもしれないが、想いあった夫婦というのは理想的だ。


 本来なら生まれる事を祝福されるべき存在。なのにその命は生まれる前に刈り取られてしまった。母親の命と共に。


「結局また閣下に隠し事をすることになるけれど……知らない方がいいこともあるものよ。知ったところでどうにもならないもの。過去はどうやったって変えられない」


 そして未来は生きる者にだけやってくる。

 だから閣下には未来がある。


 ……だけど何故だろう。一抹の不安を感じるのだ。


『閣下は本当に前向きに生きようとしているのだろうか?』


 歩く練習を始めたと聞いてその様子を見に行ったが、鬼気迫る様子に何か胸騒ぎを覚えた。まるで何かに取り憑かれたようだった。生き急いでいる。そんな姿を不安に思ったのだが、別れの挨拶に伺った時は落ち着いていらした。武人だからかと思い直したけれど、本当にそうだったのかしら……


「……考えてみ仕方ないわ。これからどう生きるのかは、その人が決める事よ」


 閣下がどう生きるかは閣下が決める事でわたくしがどうにか出来るものではない。


「―――だから貴女も見守りましょう。どんな結果になっても、閣下はもう後悔したくないのよ」


 見送りに来てくれたアメリア様が心配そうにこちらを見ている。皆には見えていないので私が独り言をつぶやいているように見えているだろう。


「さぁ、もうお逝き下さい。大丈夫。10年留まる事を許してくれたんだもの。冥界の門の前で待つくらい、きっと許してくれるわ」


 本来、人は死んだら冥界の門を潜りこの世から旅立つ。次の転生まで魂を休め真っ新になったあと、再びこの世に送り出されるという。

 だけど夫人は閣下の事が心配でこの世に留まり続けた。執念に近い想いは、このままでは悪霊にもあり得るほど強く、彼女をこの世に留まらせた。これは本人にとっても辛い事だというのにだ。


 夫人は少し躊躇いを見せたが、こくんと頷いた。その後すぐに白い光が彼女を包み、透けた身体が光になって消えていく姿が美しくも儚い。


『ありがとう』


 完全に光が消えてなくなる寸前、彼女はそう言って消えていった。

 声はラズやヴェラ、ラファエルにも聞こえたようで驚いた顔をしていたが、すぐに悲しそうな表情となった。


 ラファエルが夫人に祈りを捧げ始めると、私達も祈りを捧げる。


 馬車の外では軽やかな風が草花や木々の間を駆け抜けていく。

 季節は初夏となっていた。



最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

この後は番外編として数話投稿して完結ですので、最後までよろしくお願いします!

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