24話 井戸の底
「アメリア……アメリアはどこにっ、アメリアは……!」
ヘザーの語った事実に唇を噛み締めて血が流れる程激怒していた辺境伯だが、アメリア様の元に行くというとすぐさまこちらに反応した。
夫人の名をしきりに繰り返し、何処にいるのか探す為に視線を彷徨わせる。ケインは懐から白いハンカチを取り出し、辺境伯の口から流れた血を素早く拭いて離れた。その行動に辺境伯はハッとし睨みつけたが、身体を思い通りにまだ動かせないので睨みつけるだけで終わる。
「店主殿……! アメリアはどこにっ! 無事なのか!?」
「……」
『どこ』という問いに答える事は出来る。しかし『無事なのか』という問いにはどう応えるべきか。
辺境伯が知らない事実がまだある。だけどそれを今わたくしが伝えても良いものか。むしろ知らない方が彼にとっては良いのかもしれない。
10年前に起こった悲劇の真相の全てを彼が今知ってしまうと、壊れるのではないか。そう考えてしまうのだ。
(……いいえ。わたくしはわたくしの仕事を遂行するのみよ)
「閣下。これだけは覚えておいてください。アメリア様はずっと貴方様のお帰りをお待ちです。
……『ただいま』を言ってあげて下さい」
「―――そ、れは……」
瞳が揺れている。わたくしの言いたい事が伝わってくれたようだ。しかしそれは信じたくない現実で、望んでいた未来ではない。
魂が抜けたような顔をする辺境伯。これまでの10年間を想えばそれも仕方がない。だが。
「しっかりなさいませっ! バルナバス・クレイン!!」
「!!」
「アメリア様は敵国に嫁いで来た!! 確かに使用人や領民から歓迎されないどころか冷遇されていた! 周りは敵だらけで信用できる人間は母国からと現地採用の侍女のみ!
だがそれでも貴方とアメリア様の間には愛があったのでしょう!?」
「―――ッ」
「貴方を愛していたからっ! 逃げださなかったんですよ!? なのにあなたが逃げていいと思っているのですか!?」
信頼していた者たちの裏切り。愛する人の苦しみに気づかなかった自分に対する怒り。何も知らなかった情けなさ。
どれもこれも辺境伯の心をズタズタにするのには十分すぎる。壊れていたっておかしくないほどだ。
だけど壊れるなら再会してからにしてほしい。今も尚、アメリア様はたった一人で待ち続けているのだから。
「ハッ! 何が愛だ、くだらない。さっさと逃げ出してくれた方がよほど愛ある行為でしたよ」
「貴方は国同士の契約を甘く見過ぎているわ、ヘザー様。ですがそれは私が説明する事ではありませんので置いておきます。ただ一言、言わせてもらうなら……
国が負うべき責任の全てを夫人に科すとは何様だ」
「……貴女にはわかるはずがない」
「分かりたくもありませんわ」
ヘザーに対し怒りが湧くが、わたくしが彼の気持ちを理解出来ないのは事実。戦で家を焼かれた事も、家族を殺された事もないのだから。
……だけど冷遇される側の気持ちは多少なりともわかる。
悔しくて悲しくて寂しくて苦しくて……。いっそ死んでしまった方が楽になるのではと何度も考える程だった。そんな中でも生きて来られたのはアメリア様と同じく、愛した人がいたからだろう。
「……夫人はここで生活されていた。侍女と四人で、とても辺境伯夫人が生活できるような場ではないのに、彼女は逃げ出さなかった。ケイン様、貴方が主導した事ですね」
「はい。間違いございません」
「だけどそうしたには理由がありますね」
「……」
ケインは沈黙したが、それは肯定でしかない。
「それは……夫人を、ヴァルスト人を毛嫌いする使用人たちから少しでも夫人を守る為でもあった」
「……」
「なに……?」
わたくしの目には視えている。辺境伯が不在の際は最低限アメリア様を気にかけ、明らかな危険行動にとる使用人を罰していた事を。
チラリと視線を向けるとラングレー伯爵夫人の顔は顰められていた。まるで「余計な事をしたな」と言いたげに。ただ同時に僅かな焦りも感じる。嫌がらせの許可を出したのが自分だと。
―――そうわたくしが気づくのではないか、と。
……ケインは過去の記憶と自分の心、救って下さった先々代、友と言って下さった先代領主様との約束。一人葛藤しながらアメリア様との距離を測っていた。過激な行動をとる使用人たちを制御しつつ、アメリア様に対しても勝手な行動を制限する。それらはすべてアメリア様を守る為のものだった。
「ただ誤算があるとしたら、ヘザー様でしょう。貴方はヘザー様を信頼されていた」
「……」
「光栄なことですね」
ニコッと笑うヘザーは全く悪びれていない。
わたくしたちは連なる施設と施設の間に作られた広場に移動した。そこにはかつて使われていたのであろう共同のかまどと、閉じられた井戸が一つ。
「わたくしは加護の力がございますので、過去に何があったのかを知る事が出来る。……ですがあなたがやったと誰もがわかるような証明は出来ません」
「そうですか」
「はい。ただ”保持者”の証言は国からも認められているものなので、責任は伴いますが証拠能力としては十分です」
「はい」
「貴方はここで……アメリア・クレイン辺境伯夫人を殴打し、この井戸に落しましたね」
ニコッと笑うヘザー。
「はい。間違いございません」
嘘を吐かず、ありのままの姿で彼は罪を認めた。どこかスッキリしたような顔をしているのが印象的だ。
「―――ッヘザーァァア!! おまえっお前ぇぇえええ!!」
「ラズ」
「了解」
ラズに辺境伯を大人しくさせてもらう。護衛が動くよりも前にラズは辺境伯の背後に回り、右腕を掴み左手は首に沿える。ラズの握力なら絞める事も折る事も一瞬で死に至るだろう。
「……っ」
「騒ぐな」
貴族に対する扱いじゃないけれど、今回ばかりは許してほしい。
「カールさん。護衛の方々も。この塞がれた井戸を開けて貰えますか」
「……承知いたしました」
ヴェラ一人でも開けられるだろうけど、ラズが辺境伯についている以上あまり傍を離れて貰うのは良くない。ここにいる人間にはまだわたくしたちを排除しようという動きはなくても、こちらを見ている人間はわからない。
「……騒がない。約束する。……傍に、近くにいたい」
「……どうぞ」
ラズがこちらに目で確認をとる。わたくしはそれに頷いた。ラズは拘束を緩めるが右手は肩に添え決して自由にはさせなかった。片手で起用に車椅子を押してわたくしたちが立つ井戸の傍に移動させた。
「アメリア……」
井戸には分厚い木の蓋が被されており釘でしっかりと封印されている。井戸は円形。足元と縁は石で作られているが蓋をするために木で四方に柱を立て枠を組み、そこに蓋を被せている。
カール達は釘を抜くため、手持ちの剣やナイフを駆使し隙間を作った後てこの要領で釘を抜いて行く。しっかりと止められていた所為か苦戦していたが要領を掴んだ後はスムーズに進められた。
「……開けます」
「ええ。お願いします」
全ての釘を抜いた後カールはそう言うと蓋を開け始める。蓋は二枚の木で出来ていて一枚を二人で持ち上げると、10年間篭っていた空気がゆっくりと溢れたのを感じた。……しばらく誰も声が出なかった。
「―――アメリア!」
沈黙を破ったのは辺境伯だった。車椅子から立ち上がり、井戸に駆け寄ろうとする辺境伯。だがラズに抑えられ立ち上がる事は出来なかった。
もう一つの蓋も外すと井戸は完全に開かれた。カールたちは青褪めた顔をして一礼すると下がっていった。
井戸を覗く。こういった井戸にはゴミや雨を防ぐ為に屋根が作られているのだが、時間の経過とともに老朽化しこちらも朽ちている。なので井戸の中を覗くには影になるものはないのだが、深さがあるとやはり底に行けば行くほど暗くなる。
次第に目が闇に慣れていくと……見えた。
「―――……」
枯れ井戸だったのか、底には水はなく代わりにボロボロの布切れの様なものが見えた。布の本来の色は白だったのかここからでは判断が付かないが、埃と土に覆われるだけでなく、赤茶けたような色に染まっていた。
そして陽の光が反射して光るものが見えると、そこで全体像が見えてきた。
「……」
「て、店主殿っ、アメリアは……」
辺境伯は居ても立っても居られないのか、ラズに肩を抑えられながらもこちらににじり寄ろうとする辺境伯の表情は今にも泣き出しそうだ。
「ラファエル様、どうかお祈りをお願いいたします」
「……かしこまりました」
「―――ッ」
神官の祈りを願った事で、そこに少なくともご遺体があることは察しただろう。そしてヘザーの証言から、このご遺体はアメリア様である可能性が高い。
ラファエルも井戸の中を覗いたあとは悲痛な面持ちで下がる。そして鎮魂の祈りを捧げ始めた。
「―――ッ」
左眼に見える世界が変わる。
普段は意識しないように制御している左眼は、通常では見えないはずのものが見える加護の宿った眼だ。
「店主殿。左眼が、光って……?」
右眼は過去の記憶を視る『識眼』。左眼は神霊の類を視る『幽鑑』。わたくしは保持者の中でも珍しく、二つの加護を賜っていた。
その左眼、幽鑑の力で視たのはふんわりとした質素であるが上品な白のワンピースを着た小柄な女性だ。少しくすんだ金髪に澄んだ青い瞳。アメリア様の特徴と一致している。ただ、彼女の身体は透けていた。
『―――……』
「……えぇ。わかりました」
「店主殿? 何を? アメリアは……」
アメリア様からの願い、了承いたしました。その方がいいとわたくしも思う。
「閣下。こちらへ。足元にご注意ください」
「……っアメリア!」
ラズが肩を貸して井戸の淵まで歩く辺境伯。身体は動かないのに心は急いているので今にも転びそうなのをラズが上手くフォローしてくれたおかげで、転ばずに来れた。
井戸の淵に両手を置いたあと、大きく深呼吸をして目を閉じる。覚悟しているのだ。辛い現実を受け止める為に。
そうして大きく三回ほど息を吸って吐いてを繰り返したと、ゆっくりと目を開けて井戸の中を覗く。
「―――ッ」
ヒュッと息を呑む音が聞こえた後は沈黙が続く。
言葉にならない。一番考えたくなかった最悪の結果がこれなのだ。
辺境伯は固まったまま動かない。だが次第に呼吸が速く浅くなっていく。
「閣下。落ち着いて下さい。貴方が倒れでもしたら、アメリア様は心配して天国にいけませんよ」
「……ハッ、ハァッ……リ、ア……ハァッハッ」
「ゆっくり、ゆっくりです」
声をかけるが弱った身体と精神に現実は辛過ぎた。
辺境伯は耐えきれずに意識を失い、わたくし達は城へと戻るしかなかった。アメリア様のご遺体は後日回収する事になり、ケイン、ヘザーの両名とアメリア様殺害の容疑で古参の使用人3名が牢へと自主的に入る事態となった。
次回で本編最終回となります。
最後までどうぞよろしくお願いします。




