23話 道化の狂気
そうして私は拾って下さった領主様、私を受け入れて下さったご子息様に誠心誠意お仕えました。
生まれた環境が違うことで見えるものが違うのは面白いと、ご子息様は私を殊更気に入りどこに行くにも連れて行きました。
気づけば私は小姓となり、書記、用人を経て家令となりました。その間にご子息はご結婚され、子供が生まれ、私を拾って下さった領主様は虹の橋をお渡りになりました。
私は領主様が亡くなる前に頼まれたのです。
『息子と、孫を頼む』
当然、私はその約束を守る為これまで以上にお仕えしました。ただ残念ながら、私はそれほど武の才には恵まれませんでしたので家政の方でクレイン家をお守りするよう努めた次第です。
領主様不在の際に勝手をしないよう、奥様方や縁戚の方に目を光らせるのも、私の役目と信じていたのです。
私を友と呼んで下さった先代領主様がヴァルストとの争いで亡くなった際は、足元が崩れ落ちる感覚がいたしました。死ぬのなら、私であるべきなのに。
そして爵位を継いだ当代の領主、バルナバス様には重い枷を国は課しました。
『ヴァルスト王国との和平の為、ウィンダミア侯爵家の娘との婚姻を命ずる』
これまでにない位腸が煮えくり返りました。国は何もわかっていない。国境を守っているクレイン家を、ここで暮らす領民を何一つわかっていない。
『和平』の名の元、領主様から託された大切なバルナバス様を、ヴァルストの穢れた女と結婚させるなど。
◆◆◆
「許せるはずがございません。我々を苦しめてきた敵国の人間というだけで、受け入れる事は不可能です。……たとえ、この地に馴染もうと努力をされていても。受け入れられないのです」
ケインは決して声を荒げることも、感情を表に出すこともなかった。ただ淡々と彼の人生を語る。そこにはどこか諦めを含んでいるように感じた。
「アメリア様はこの地では敵。私は彼女を女主人と認めず、この古びた避難施設に押し込めました。……旦那様がお戻りになる時だけの僅かな時間だけ、本邸に足を踏み入れる許可を出したのです」
「……」
辺境伯は黙ったまま話を訊いている。怒りを感じているのか、悲しみか、腕置きを握り締め体を震わせている。
ケインの告白を誰もが静かに耳を傾けた。ラングレー伯爵夫人ですら悲痛な表情を浮かべている。彼女からすればケインは父親と同じように自分の成長を見守って来た人だ。そんな人の過去を知り、気の強い彼女ですら感傷的になるのも無理はないのかもしれない。
「ケイン様。お話は分かりました。では、アメリア様はどうして失踪をしたのかをそろそろ語っていただけますね? それともヘザー様の方が詳しいのかしら?」
アメリア・クレイン辺境伯夫人、失踪の核心。
それを知らなければ、きっと辺境伯も納得はしないだろう。
「私がお話いたします」
「お願いします、ヘザー様」
「……ヘザー? お前まで……?」
「はい。しかしながら、私はケイン様ほど人間が出来ていなかった。どちらがより罪深いのかと言えば、それは私の方でしょう」
そうしてヘザーは車椅子を押していた手を離し、ストッパーをしっかりかけたのを確認した後施設の方へ歩み寄った。
「私もケイン様と同じです。ヴァルストによって村を焼かれ、一人生き残った。奴隷商人に売られそうになったところを先代領主様に助け出され、クレイン家への忠誠を誓ったのです」
後ろで手を組み、円を描く様に並んでいた私たちの真ん中にヘザーは移動した。
「ヘザーッ、一体何をした……!?」
「……旦那様」
ヘザーは辺境伯と同年代。友の様な存在だろう。
ケインの告白に続きヘザーも裏切っていたとなれば、辺境伯の心労は計り知れない。
「裏切られたとお思いでしょうか。……確かにアメリア様を女主人として迎える事は無く、それどころか敵として扱ってまいりましたからね。恨まれたとしても仕方ない」
「ヘザー!!」
道化のように振る舞い始めたヘザーは、これまでの無表情から一転。カラカラと乾いた笑顔を見せ、大袈裟な身振りを見せ始めた。
「ですがお忘れくださいますな。裏切ったのはバルナバス様、貴方の方だ」
「……な、なに……?」
両手を広げ歌う様に辺境伯を非難する姿は、まるで舞台俳優のよう。ケインはヘザーの告白を目を閉じて訊いている。カール、ブルーノも呆気にとられ他の護衛たちも同様だ。ラングレー親子はヘザーの変わりように目を丸くしている。
「私を含む使用人の多くはヴァルストに村を焼かれて行き場を失った者たちです。ケイン様もそうでしたでしょう? 我々は拾われた恩を返す事で生きる意味を見出した」
ハハハッ! と笑うヘザーは正気を失っているようにも見えるが、恐らくこちらが本当の彼な気がする。ラファエルと近しい何かを感じるのだ。そう思ってチラリと視線を向けると、何とも嫌そうな顔をしていた。彼も同じものを感じたのかもしれない。
「だがそれはこれまでのクレイン家に対してです。先々代様、先代様にご恩を返すべく我々は生きてきた。……バルナバス様。あなた自身に恩はない」
「―――ッ」
「ふふっ、それどころかヴァルストの嫁を突っぱねなかった事に失望したくらいですよ?」
「……ッ」
首を90度近く傾け辺境伯の正面に立つとヘザーは先ほどまで浮かべていた笑みを潜め、光のない瞳で彼を捉える。そこには何の感情も浮かんでいない。
「ヤベェ奴だな、ヘザー。……狂ってる」
ラファエルの言葉は正しい。だけど彼にとって……いえ。かつての領主様に救われた人たちからすれば、ヘザーは正しい姿で正常なのだ。ケインを始め、以前侍女に話を訊きに行った際に無表情となった使用人たちはそちら側だろう。
「ならっ、ならオレを恨めばよかっただろう!? オレに怒りをぶつければ良かったじゃないか!」
「それでは反省がありませんでしょう?」
「は……?」
「大切な物を失って初めて自分の愚かさを知るのです。……10年間、貴方は私たちの掌の上で転がされていたことにすら気づいていなかった。貴方は何とも……
愚かだ」
「―――ッヘザァァァッ!!」
辺境伯が怒りの叫びをあげる。
森に潜んでいた鳥達がその怒声に反応して一斉に飛び上がった。バサバサっと羽音をたてて逃げていく鳥たちは空へと逃れ振り返らない。
「愚か愚か愚か!! あなたは何と愚かな事でしょう! アメリア様は貴方に訴えたというのに気づかなかった! あの方の苦しみに寄り添う事すら出来なかった!」
「黙れ!!」
「女主人である筈なのに、生活は使用人よりも下だ! 当然です! ヴァルストから来た人間になどっ! 犬の餌ですら与えるのも惜しい!!」
「お前ぇっ!!」
地の底から重く響く様な低い声が、辺境伯から出された。まるで獣、魔物のような恐ろしい声色だというのに、ヘザーは笑って真正面から戦鬼の眼光を受ける。
わたくしがもしヘザーの立ち位置にいれば、すぐに失神でもしそうなものだというのに、彼はへらへらと笑う。その異様さに寒気がした。
わたくしはそっと避難施設に視線を向ける。朽ちた建物の外壁は蔦で覆われ、一部は屋根が落ちていた。失踪して10年経つが、夫人がここで住んでいたとは信じられない有様だ。
目を凝らし痕跡を視つけていく。
加護の力を発動。右目に熱を感じたら過去視の始まりだ。
『バルナバス様とは今度いつ会えるのかしら?』
『奥様、こんな生活だというのに……。旦那様に窮状を訴えましょう!』
『そうです! いくらヴァルストの人間だからと言って、婚姻された以上は奥様こそが女主人。家政の指揮を執るべきです!』
『いいの。仕方ないわよ、私はどうやったって敵国の人間なんだから』
アメリア様と侍女の会話。やはりここに押し込められていたのね。
『奥様! お隠れに。わたくしが出ます』
『いいえ、リディア。私が出る。……いつまでも守られてばかりじゃ、バルナバス様にご迷惑がかかるもの……』
『出ていけ! ヴァルストの魔女め!』
『旦那様を誑かしてっ、この売女!!』
……震える身体を叱咤して対応するアメリア様は、決して屈する事は無かった。凛として貴族女性に相応しい優雅な姿だ。涙を見せる事も、声が震える事もなく、使用人たちの罵倒に対し女主人として当然の対応を示す。その姿に逆に使用人が及び腰となり、捨て台詞を吐きながら去っていく。
姿が見えなくなったところで腰が抜けて涙を流すアメリア様を、侍女三人が慰める。
こんなやり取りをほぼ毎日行っていたのが視えた。
そして―――
「―――ッ」
なんて事なの? アメリア様、あなた―――!!
そしてまた視えた。
ラズとヴェラはわたくしの様子がおかしい事に気づいて、両脇からいつでも支えられるように位置どるとわたくしの視線の先に意識を集中させ始めた。
「ミスト? どうした、何かあるのか?」
「……ええ、そうね。あちらの様子は?」
ラファエルも様子がおかしい事に気づいてこちらに来てくれた。普段の様子がアレだけどこういう時はやはり神官なんだと感じる。困った人や苦しんでいる人を見捨てられない、そんな人だ。
「ヘザーはあの通り狂ってるとしか思えない。辺境伯の方も、冷静さを失ってる」
「……そう」
今危惧すべきは辺境伯の精神状態だ。
ずっと夫人を探し続けていたというのに、実際には使用人たちは失踪前から夫人を冷遇していた。10年間、彼らは夫人を探してなどいなかったのだ。
辺境伯は夫人を愛していた。それがヘザーを含む使用人たちには受け入れられなかったことが、今回の失踪に繋がっている。
「……なぁ」
「何」
「……アメリア夫人はさ、もう……」
「……」
「……」
ラファエルの問いにわたくしは沈黙で返す。それで察したのかラファエルは「オレがいていい理由にはなったか……」と呟いた後、口を閉ざした。
目の前ではヘザーが高笑いし、辺境伯は鬼の形相でヘザーを睨んでいる。唇を噛み血が流れているが、それを気にすることなく目の前の男をただ睨み続ける。
「ラングレー夫人! あなたもそうだ! アメリア様を決してクレイン家の一員とは認めなかった! 自分は既に嫁いで久しいというのに、先代夫人に代わっていつまでも自分が女主人であるかのように振る舞い続けた!
旦那様不在の際はいつもいつもあなたがいた! 居場所がなかったのでしょう!? 当然です、貴女の様な知性の欠片もないイノシシ女は、ラングレー伯爵家にはお荷物同然! 先々代様が頭を下げてやっともらってくれたのですよ!? ご存じでしたか!?」
「……っな、なにを」
「だというのに! あなたは伯爵家を見下し、夫である伯爵様を馬鹿にしていらっしゃる。社交界で大恥をかいたそうですね!? だから中央貴族を目の敵にして寄り付こうとしない! あなたのガサツさのおかげで伯爵家は多大なる損害ですよ! なのに離婚されずにいられるなんて、伯爵様はお優しい方だ!
火の魔石目当てだとしても、貴女は本来伯爵様に頭を垂れて礼をせねばならない立場だというのに!」
「ヘ、ヘザー!! 無礼だぞっ! な、何を根拠にっ」
ラングレー伯爵家にまで飛び火した事で夫人は自身の立場をヘザーから訊かされることになった。彼女の場合は自業自得なのだが、他家の事を悪し様に言うのは如何なものか。
「ヘザー。ラングレー家の事はよろしいでしょう。クレイン家とは関係のない話です」
「アッハハッ! そうですね、楽しくなってしまい口が緩んでしまったようです。失礼いたしました」
ケインがすかさず仲裁に入る。ヘザーもそれに従い、執事らしく礼をとった。
夫人は屈辱か羞恥かで震えているが、言葉になっていないので放っておく。
「それでは皆様。アメリア様の元に参りましょう」
10年間、ずっと夫人は待っていたのよ。
もうすぐ会えますわ、アメリア様。
ケインは辺境伯騎士団に入れるほど武の才がないだけで、戦闘能力は一般的な使用人と比べると高いです。
本編は残り2話で完結です。その後は番外編を投稿します。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。




