22話 忠義の根底
ケインの過去回です。残酷なシーンが含まれますのでご注意ください。
「貴方が扇動されたのでしょう」
そう言ってもケインは一切表情を変えない。ヘザーは勿論のこと、カールとブルーノを含む護衛たちも、ラングレー親子ですらその点では特段驚いていない。
ここで驚いているのはやはり辺境伯だけだった。
「……何を……ケインが、そんな事……」
車椅子に座る辺境伯は、彼の傍に立つケインを見上げる。ケインは辺境伯の視線に気づいているだろうがそちらに視線を向けることなく、ただ目の前のわたくしと視線を交わす。
「……嘘だ」
ポツリと呟いた声は意外と大きく響き、全員がそちらに視線を向ける。カールたち護衛は悲痛な表情を浮かべ皆俯いて過去に思いを馳せているようだ。
「店主殿……。アメリアを捜索して欲しいとは願ったが、ケインを疑うのは止めてくれ。ケインは私の祖父の代からクレイン家に仕えてくれている忠義に厚い人間だ。そんな事をする筈が「事実です」……ぇ……」
辺境伯が訴えている途中で割って入ったのはケイン。しかも言い訳をすることなく何の迷いもなく肯定したのだった。弁明している傍から本人が肯定した事に、辺境伯は言葉を失う。
「否定なさらないのですね」
「しても仕方のないこと。もうすべて透かされているのでしたら、醜く言い訳を並べるような真似はいたしません」
ケインはもう60代後半だというのに、彼の立ち姿はまるで年齢を感じさせない。真っ直ぐに立つ姿にはこれまでの人生の全てが詰まっているようだ。彼の年齢から考えると、幼少期はヴァルストとの争いが日常的。この地を守るクレイン一族は、彼にとって神にも等しい存在だったことだろう。
「ケイン……? なにを、いって……?」
「旦那様……」
ケインはここでようやく辺境伯を見た。表情はない。しかしどこか哀愁めいた眼差しで辺境伯を見つめる。
……彼からすれば息子のような存在だったのかもしれない。そんな彼をどうしてここまで苦しめる事が出来たのだろうか。
「何故だ? ケイン、ほん本当に、アメリアを、ここに……? 何故……!?」
車椅子の腕置きを掴み、立ち上がろうとする辺境伯だがそれはヘザーによって阻止される。今はまだ辺境伯だけヘザーが毒を盛っていた事を知らない。信頼していたケインだけでなく、ヘザーからも裏切られていたと知れば彼はどう思うだろう。……どうなるだろう。
あまり考えたくないが、良くない未来しか想像できなかった。
「……旦那様。私は……いえ私以外の人間もそうですが、クレイン家には多大なるご恩を感じております。それはもう……命を捧げても惜しくないほどに」
そうしてケインが語ったのは、ケインがクレイン家に仕えるようになった経緯とアメリア様が嫁いで来て失踪するまでの経緯だった。
◆◆◆
私はただの農民の子供でした。祖父母と父と母、兄・姉・弟・妹に挟まれた真ん中で、貧しい生活ではありましたが家族仲は良く毎日が充実しておりました。
しかし、その生活が一変したのは秋に入る前の晩夏の頃でした。
村では麦の収穫で湧いており、今年は豊作だと賑わっていました。大人たちは滅多に飲めない酒を嬉しそうに飲み、子供たちはご馳走をたらふく食べた後は友達と遊び、いつにない長い夜に心躍らせておりました。
『ヴァ、ヴァルストだぁー!!』
誰かがそう叫んだと同時に、大量の火矢が放たれました。夜の闇に光る矢は一直線に村へと向かい、家の屋根に、地面に、人を貫きました。
楽しい一夜は一転し、収穫した麦は奪われ、抵抗する者もしない者も殺されて行きました。
目の前で人が次々と死んでいき、私は恐ろしかった。隣で遊んでいた友は矢で頭を射られピクリとも動かなくなりました。私は更に怖くなり、声も出なかった。
父は、母は、祖父母は、兄は、姉は、弟は、妹は。
生きているのか、無事でいて欲しい、助けて、怖い。怖くて怖くて、私は物陰に隠れ息を殺して潜んでいました。
母が私を探す声が聞こえ、私は顔を出しました。しかし、こちらに気づく前にヴァルストの兵士によって捕らえられ、抵抗して殴られた後はそのまま連れていかれました。
兄は、そんな母を助けようと立ち向かい切り殺されました。
私は何も出来ないまま、死にたくない一心で隠れ続けました。
私を呼ぶ父の声がしても、私を呼ぶ弟妹の声も全部聞こえないフリをしてその場で隠れました。
私は家族全員を見殺しにしたのです。
夜が明け、朝日が昇り惨状が明らかになりました。
収穫したばかりの麦は全て奪われ、村人は9割以上が殺されています。生き残ったのは極僅かで、どの人間も私と同じように身を潜めていた連中です。
生きている事に感謝など出来る筈がありません。私たちは死んでいった人々を見殺しに、貢物にして生き延びたのですから。
泣く資格などある筈がありません。なのに、涙が止まらないのです。
面倒を見てくれた祖父母は家の中で見つけました。二人寄り添い、最期を共にしていました。
父は集会場前の広場で首を切られて。兄は母を助けようとして切られていました。弟は蹴り殺されたようです。妹は、首を折られていました。
母と姉の姿はありませんでした。それは私のところだけではなく、多くがそうでした。年頃の娘や母と同年代の女性の姿がほとんどなかったのです。
生きているかもしれないという希望は、村の男たちが否定しました。
『今頃はもう、殺されてる』
どうしてか分かりません。生きたまま連れ帰ったのに、どうして殺すんだと泣きました。その頃の私にはわからなかったのです。ただ『生きて大人になればわかる』とだけ教えられました。
それから残った村人で遺体の処理をただ言葉なく淡々と行いました。早くしないと腐敗が進み、病気になるという大人の意見に私は従うしかありませんでした。
土を掘り、そこに遺体を入れて土を被せます。苦痛な表情の顔。絶望に染まった顔。……顔がない者。色々な遺体を埋めました。大きな村でなかったので村人の顔は皆わかります。
土をかぶせるのは本当に辛かった。顔に掛けるのは忍びなかった。だけどやらねばなりません。生き残った私よりも小さい子は、死が分かりません。ですので『おとうちゃんをうめないで』という言葉と共に鳴き声が耳に残り、自分はなんて酷い事をしているのかと思いました。
私は見殺しにしただけでなく、生きている人間をも傷つけた罪人です。生きていてはいけない人間なのだと、その時深く胸に刻み込みました。
村が襲われて4日。馬に乗った兵士が来ました。また襲われる、今度こそ殺されると恐慌状態に陥った私でしたが、村の大人に『もう大丈夫だ! 領主様が来てくださった!』と言って背を強く叩き、私は正気を取り戻しました。
『領主様は何百というヴァルスト兵をなぎ倒し、この土地を救ってくれる偉い人だ。だから皆、領主様にはしっかり感謝するんだ。今生きているのも全て、領主様のおかげなんだからな!』
そう言っていた父の言葉を思い出します。感謝しろと。領主様に感謝して精一杯仕えろと。
その時は私も素直に領主様にお仕えすると意気込んでいましたが、襲撃された今、一人残されて助けられても嬉しくなかった。何でもっと早く助けてくれなかったのか、そんな思いばかりが胸を占めました。
文句を言ってやる、助けてくれなかったくせに、今頃来ても遅いんだよ! と文句を言ってやろうと、私は後方の隊にいる一際立派な馬に乗る男に向かって叫びました。
『助けてくれるんじゃなかったのかよ! 今頃来て、もう全部終わったんだ! 皆っ皆死んだじゃないかっ! アンタが遅いせいでっ!! 人殺し!!』
残酷な言葉を吐きました。顔を青褪めさせる村の男たちは私の頭を掴んで地に伏せました。申し訳ございませんと何度も何度も繰り返し、頭を下げさせました。男も同じようにして平伏し、許しを請いました。
しかし兵士たちの怒りは収まりません。領主様に向かってなんて口をきいているのだ! こちらとて休む間もなくこちらに駆けてきたのだぞ! そう怒号が飛び交いました。
そんな中、私が文句を言った男が馬上から言ったのです。
『貴族相手に平民が口を利くなど許されないものだ。罰としてお前の腕を切り落とす事も出来るが、どうだ?』
日を背にしていた為、男の顔はわかりません。でもこの男が間違いなく領主だとはわかりました。領主は貴族で、平民が前を通っただけで切られても文句の言えない存在だと訊いていました。そんな相手に私は喧嘩を売ったのです。殺されたとして仕方ありませんでした。
ですがこの頃の私はすれていて、家族みんなを失った事もあり死ぬのであればそれはそれでいいと、そう考えました。なので更に無礼を働きました。
『切りたけりゃ切ればいいだろ。初めてでもあるまいし』
そう言って私は座り込み、腕を差し出し見上げました。
赤い髪に左目から頬にかけて大きな傷跡の残る、立派な鎧を着た男です。眼光は鋭く、金に輝く瞳は獲物を狙う猛禽類のようでした。
『フッ、何とも威勢のいいことだ』
そう言って男は笑い、何を思ったのか馬から下りて私を抱き上げたのです。
『我が息子と年も近い。遊び相手として連れて行こう。どうせ何も残っていないんだろう?』
その言葉に私は虚をつかれ、そして憤りました。
何も残っていないのは確かだが、残っていないのはヴァルストの襲撃にお前たちが間に合わなかったからだろう、と。
『そうだ。私が不甲斐ない領主であるばかりに、民に苦しみを与えている。……恨んでくれてかまわない』
そう言って悲し気な目をするのです。
そして初めて気づきました。大人であろうと傷つくのだと。
『威勢のいい子供だ。私が領主であると知って尚、歯向かうとは。子供はこれくらいでないとな』
そうして私はそのまま連れられこのクレイン城にやってきました。後で知った事ですが、生き残った村人は城で召し抱えられるか、近隣の大きな村に移り住むかを選ばされたそうです。小さな村を点在させるより、防御力をもった大きな村を作る事で襲撃にも強い村を作ろうとしていた最中だったのだと。
間に合わなかったと、領主様は呟きました。
私は城に来てすぐに風呂に入れられ、いい服を着せられました。領主様は宣言通り、ご子息の遊び相手としたのです。ご子息は私よりも3歳年上で体格もよく、領主様によく似ておられました。
ですが元は平民の農村出身の人間が領主様のご子息の遊び相手と言えど、傍にいる事に難色を示す人間はいるものです。私はそう言った者達からは嫌われ、追い出すために様々な事をされました。
その事に仕える子息は気づき、言ったのです。
『出生など関係ない。私はこの者を気に入ったのだ。おべっかばかりのお前たちより、よほど信用できる』
この言葉に私は胸打たれました。私を受け入れてくれていると、そう感じたのです。
領主様にも、ご子息様にも私は救われた。ならば、この命散るその瞬間までお仕えいたしましょう。
そう心に決めたのです。




