21話 真相の輪郭
痩せて全盛期の半分ほどになってしまったというけれど、それでも身長は高く眼光は鋭いまま。
クレイン辺境伯の気迫にさすがのラングレー伯爵夫人と子息のセドリックは恐怖で身体を震わせる。口からは言葉にならない音だけが漏れ、辺境伯の求めている答えを口にすることは出来なかった。
「閣下」
「! あ……すまない。身内の恥を晒してしまった」
今はもう昼を過ぎて間もないけれど、出来る事なら急ぎたい。そんな思いとこれ以上この二人の為に時間を割きたくないという思いで辺境伯へ声をかけた。幸いにも辺境伯は我に返りこちらに戻って来てくれた。
セドリックは明らかにホッとした顔をしたが、夫人はそうではなかった。ここで引いてくれればよかったのに、尚も食い下がる夫人だが、わたくしが付き合う理由はない。それにヴェラとラズ、ラファエルは飽き始めている。ラファエルは飽きたのなら付いてこなくても良いけれど、二人はわたくしの傍を離れられない。
基本的にわたくし以外の人間に興味がない二人を、長くこういったことに時間を割かれるのは不憫に思ってしまう。わたくし以外の人たちと交流する事はかまわないけれど、ラングレー伯爵夫人に関してはあまり関わってほしくないというのが本音。
「どこへ行く!? 貴様、やはりバルナバスを篭絡しよったか!」
「ラングレー伯爵夫人! 口を慎め、彼女は私の客人だ」
「……閣下。夫人とご子息。お二人もご一緒していただきましょう」
何度このやり取りをするのかしら? もう飽きてしまったわ。
わたくしを気に入らないならそれでいい。好かれたいとも思っていない。だけどこのまま時間を取られるのは面白くない。それならいっそ、一緒に会いに行けばいい。
「て、店主殿。すまない、待たせてしまった。すぐに行くから、ラングレー伯爵夫人のことは気にしないでくれ」
「なんだ、何処へ行こうというのだ。答えろ!」
「アメリア・クレイン辺境伯夫人の元ですよ」
「「……は?」」
ラングレー親子は同じ反応を見せた。
何を言っているのかわからないというような顔まで同じで、思わず笑ってしまいそうになる。
「ハッ! 何をいうかと思えば……。やはり騙しているのだな」
「何故でしょう?」
「フンッ! そんなもの言わずとも解ろう。貴様が詐欺師であり、我が甥を騙し中央に資源を売るつもりだな!」
「……何故そのようなお考えに? わたくしは辺境伯夫人の元にお連れするだけでございます」
「だからそれがっ」
「”ありえないから”でございますか?」
「……っ!」
息を呑んだラングレー夫人はここにきて漸く自分の失言に気づいた。だけどもう遅く、その言葉を聞き逃さなかった人間が彼女に詰め寄った。
「どういうことだ? ”ありえない”だと……? 私がアメリアに会う事がか? 何故だ?」
「あ、いやそれは……」
「……何を知っている? 何故、知っているんだ? 俺は何も知らないというのに、何故お前が知っている?」
答えろ。
怒鳴った訳じゃない。だけど凄みの増した辺境伯はラングレー伯爵夫人の二の腕を掴み、逃がさないと言わんばかりだ。その目は獲物に狙いを定めた肉食獣そのもの。今にも喉元を食い破られそうな錯覚に陥り、呼吸する事すら難しい。
「先生っ!」
「あ、ありがとうラズ、ヴェラ……」
戦闘などからっきしなわたくしに、辺境伯の殺気は恐怖でしかない。さらに今の辺境伯には殺気だけでなくどこか狂気に満ちている。
「……ヤバいんじゃないか? 話によっちゃ、あの辺境伯、狂乱化するぞ」
「……」
ラファエルに返す言葉がない。わたくし自身それを感じているから。
「旦那様」
「……っ」
「アメリア様がお待ちでしょう。こんなことに時間を取られてしまうのは、旦那様としても遺憾の筈。お捨て置き下さい」
ここでケインが口を挟んだ。辺境伯夫人に会うということはケインにも不都合だというのに、主を優先させた。
……彼も覚悟を決めたのだろう。
ケインの言葉に大きく息を吐きだして落ち着かせる辺境伯。夫人の腕を放す前に「付いてくるのは結構だが許可するまでその口を閉じていろ」と命じ、夫人が言葉なくコクコクと頷く。そこで漸く解放された。
子息は腰が抜けて座り込んでいるので夫人に駆け寄る事は出来ないが、それでも親を心配しているようで這って夫人の元に近づこうとしている。そして夫人もまた腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。
「……すまなかった。行こう」
「はい……」
戦場を駆けまわる戦鬼の一旦を垣間見た。命のやり取りを経験している人間とそうでない人間とでは、こんなにも違うのかと改めて知る。わたくしは安全な場所で大切に守られてきたが、それは彼の様な方々が命を懸けて戦ってきたからだ。
だからこそ近くで見てきたクレイン辺境伯領の民は、彼ら一族に敬意を払い神の様に思ってきたのだろう。
◇◇◇
わたくし達は外に出て森の奥へと向かう。天気は快晴だけれど、木々が生い茂る森の中は薄暗く、時折聞えて来る野生動物の鳴き声がどこか不気味さを演出している。
カールとブルーノを先頭に、わたくし、ヴェラ、ラズが続く。その後ろには辺境伯とヘザー、ケインが続き、ラングレー親子も後をついてきた。他にも一応護衛として騎士を数名同行させ、目的の場所に向かう。
アーネストの手帖に残されていた地図に何重にも丸を付けられた場所。そこは森の中に作られた領民の避難施設だ。ヴァルストからの侵攻が激しかった時代に作られた施設は、今では使われる事なく時代の遺物として残されているらしい。
現在では年に数回、騎士や兵士が森の点検を兼ねて訪れる程度。訪れても年々崩れていく施設を見て回り、険しい山から忍び込んだ野盗や浮浪者がいないか調べるだけで、今では全く重要視されていない。
そこに向かうと言った時、ケインとヘザーの二人は表情を変えずカールと一部の騎士は顔を青褪めさせた。彼らは知っているのだ。ここに夫人がいることを。
「店主殿……? ここに、本当にアメリアが……?」
森の深い場所に切り開かれたそこは、数軒が連なっている長屋風の施設が五棟、それが更に四つ連なり合計二十棟の長屋風施設が作られていた。
使われなくなって久しいとは聞いていたけれど、予想よりも朽ちていた。
こんな所に夫人がいるのかと疑うのも無理はない。だけどここで間違いないのだ。夫人はここにいる。
「辺境伯閣下。まずは夫人がどうして消えたのか。そこから知る必要があります」
「……それは」
表情が暗くなる辺境伯。きっと自分を責めているのだろう。好きでもない政略結婚の相手で、自分は祖国の人間を殺して来た一族だという負い目がそうさせたのだ。そう信じている。
「元を辿れば今から13年前。隣国ヴァルスト王国との争いの中で先代辺境伯が討死。そこにヴァルストからの和平案を提示されたファルナティア王国は頷き、ヴァルストからは人質として侯爵家三女のアメリア様が差し出された。持参金の一つに鉄鉱石を産出する鉱山の権利書を持って」
「……あぁ」
当時の事を思い返しているのか、悲痛な表情を見せる辺境伯は拳を固く握っていた。想像するに、当時は父親が亡くなったことを悲しむよりも先に辺境伯の爵位を継いで家を率いる立場となり、日々を必死で生きてきただろう。
そこに国からの命令でヴァルストの女性との結婚が決まった。困惑しただろうし、腹立たしかったかもしれない。中央を憎んだかもしれない。それでも貴族であるのなら受け入れるしかなかった。
だが領民はそんな事情までは理解できない。したくなかったのかもしれない。
「嫁いできた夫人への風当たりは相当厳しかったのでしょうね。わたくしはこの国の人間ですが、それでも余所者を見る目というのは嫌なものだと感じました。……夫人なら尚更でしたでしょう」
「……」
唇を噛んで何も話さない辺境伯だが、わたくしはかまわず続ける。
「新聞でも連日夫人への不満が掲載されていたようです。領民もその記事をある意味楽しみにしていたと訊いています。たとえその記事を書いている記者が、ガセネタを面白おかしく記事にして購買数を上げるゴシップ記者と知っていても。……領民にとってはそれがせめてもの救いだった」
夫人の話し方、イントネーション、着るドレス。どれも夫人を傷つけるには十分な内容だった。文化の違いや風習も違う国で育てばそれに慣れるにも時間がかかって仕方のない事だとしても、領民はそれを許せなかったのだ。
「何故か? それは辺境伯閣下。あなたと結婚した事に不満があったからです」
「……やはり、俺では」
「そうではありません。彼らは貴方の一族に深く感謝し、神の様に敬っている。
そんな神聖な人物に嫁いだのが、敵国の人間であるなど、どうして受け入れられましょう」
ハッと息をのむ辺境伯。彼にとって民は守るべきもので、自分やその一族は領主だ。この地に住むのであれば民が自分たちを敬うのは当然で、彼の妻にもそれを求めるのはごく自然な事だっただろう。
「まずはそこに誤認があった。確かに貴方様を敬ってはいますが、所詮妻は余所者です。同じ一族で辺境領に住む人間であるのなら歓迎はされたかもしれませんが、他領からの人間はまず認められるまで数年以上かかるでしょう。……アメリア様の場合なら、更にかかる」
「……っ」
辺境伯閣下。本当に今初めて知りましたか? 一度もその事を考えた事はありませんでしたか?
「相当な苦労があったかと思います。……しかしアメリア様は強かった」
騎士団長からの話で線が細く儚い女性をイメージしていた。だけど神官たちと話し、神殿で本音を溢す人たちから話を訊いて考えが変わった。
「芯のお強い方でした。たとえ新聞で身に覚えのない事を記事にされていようと、連れてきた侍女たちしか頼れない日々を送っても。……使用人たちから夫人扱いされなくても」
「……は……?」
わたくしは話しをしながら施設を視ていく。一棟一棟、余すことなく。そして城から見れば一番奥。背後が山の斜面に面していて特に老朽化が進んでいる一棟に目をつけた。
そしてその中の一つに痕跡を見つける。
「夫人の部屋に案内された時思ったんです。”この部屋、全く使われていない”と。
10年間保存のために掃除はさせていても、使っていなかったから痕跡が消えているのかと思いました。
でも違った。何故なら夫人が嫁入りに持ってきたレディースデスクには、あの部屋で過ごす夫人の記憶が一切なかった。そうでしょう? ケイン様、ヘザー様」
「……はい。その通りでございます」
「仰る通りです」
「……は?」
あっさり認めた二人に対し、辺境伯は意味が分かっていない様子だ。無理もないだろうけど。
「アメリア様が実際に寝起きをし、生活の場として使用されていたのはここ。日当たりが悪く、水はけのよくないこの場所でアメリア様と侍女三人は暮らしていた。
……閣下がいる時だけ女主人の部屋を使わせていたのでしょう」
大きく目を見開き、言葉に詰まった辺境伯はただ口を開けてわたくしを凝視する。
「夫人は使用人から女主人認められなかった。
……閣下。ここで二つ目の誤認です。使用人も、この地で暮らして来た領民です。余所者を嫌い、ヴァルストを憎むのは領民と変わらないどころか、閣下の苦労と努力を間近で知る分、その傾向は大きい。
ケイン様。貴方が扇動されたのでしょう」




