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未亡人ミストの相談手帖 ー迷い鳥たちの記憶録ー 消えた辺境伯夫人編  作者: 炬燵猫
本編

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19話 影差す

 アーネストは快癒したが、眠ったままだった。ラファエル曰く、これまでの生活で疲弊した身体は今休息を求めている。心配はいらないとのことだった。

 医者は目の前で起きた治療に目を剥いて驚き、その後すぐに”加護”がもたらすものだと気づいた。そしてその加護を賜った一族がどういった血筋なのかも思い出し、顔を青褪めさせしきりに恐縮し始める。


 神官ラファエル。彼は代々治癒の加護を賜っているエルディナート公爵家の三男。三男と言っても彼の母は公爵家に仕えていたメイドであった為他の兄弟からは家族として認められていなかった。なので母親が亡くなったのを機に神殿に入る事になったのだが、その後すぐに治癒の加護が発現。エルディナート公爵は彼を取り戻そうと神殿に掛け合うも、神殿も彼自身もそれを拒み続けている。


 エルディナート公爵家は確かに治癒の加護を賜っている家系ではあるのだが、実際その加護を賜る人間は少なく、最後に確認されたのも今から約120年前らしい。

 現公爵は自分の子が治癒の加護を賜った事でそれを利用してより権力を欲している野心家だった。……噂の一つでは王位を狙っているとかいないとか。


 ラファエル自身は王位どころか貴族というもの自体にすら興味がなく、このまま神官として生きていくつもりらしいのだが、それでも実家の影響力は大きく度々呼び出されては還俗するように説得という名の脅しを受けているそうだ。


「ヤになるよ、ほんとさぁ。能力が発現する前は母親含めて丸っと無視してたくせに。『お前など私の子供かどうかも疑わしい』っつったの忘れてねぇからな。母さんが公爵夫人にどんだけいびられてたかも、夫人の子供たちにオレがどんだけ嫌われてたのかも、わかってねぇのかってんだ。


 後継ぎの長男は自分の立場を危惧して地味に嫌がらせしてくるしよ。その妻もどうなんだ。なんで夫を放置してこっちに来るんだよ。女の子は好きでも夫と子供がいながら擦り寄ってくる女なんて御免だね!」


 治療を労い夕食を共にする。レストランで再度お礼を言って今回来てくれた事に感謝を示した。ラファエルは上機嫌でワインを飲んでいき、移動の疲れもあってかすぐに酔って饒舌にとなる。


「だいたいさぁ~。手放しておきながら何だってんだ。いや別に家に居たかった訳じゃないよ? むしろさっさと追い出してくれてありがとうって感謝したからね? オレが言いたいのは追い出したくせに何を未練がましく引き戻そうとしてるんだってことだよ。


 自分の代で発現者が出て、それが自分が蒔いた種だったから所有物とでも思ってんのか知らんけどさぁ! 捨てた癖に拾い直そうとすんなってんだ! アイツ絶対一度処分した艶本買い直すタイプだ、間違いない」


 うんうん、と頷きながらワイングラスに手を伸ばす。それを水を飲み干す勢いで仰いで大きな息を吐いた。


「……発現者を本家に置いておきたいのね。何せ120年振りだもの。なのに神殿に送ってしまったことで今後、公爵家に発現者が生まれるのかも怪しい状態よね。貴方には公爵家に戻って血を残してもらいたいんじゃないかしら?」


「そーだよぉ。後継ぎを残せってさぁ。妻になる女性は用意するから子供を成せ、血を繋げって五月蝿いのなんの。子供を作ったら兄貴の子と後継ぎ争いにもなるじゃん。面倒じゃん。そもそもオレが子供を作ったとして発現する子供が生まれるかもわかんないことだぜ? ……ハァーッ、バッカみてぇ」


 飲み干したワインボトルは片手を越えてしまった。神官ともあろうものがこんなに俗っぽくていいのだろうか。この地の神官に見つかったら顰蹙を買うのではと心配してしまう。


「で? 本来の依頼はいつ?」

「明日お願いしようかしら」


 余程鬱憤が溜まっていたのか、食事を終えてもラファエルは飲み続け愚痴をこぼし続けた。個室をお願いしておいて良かった。こんなグダグダ文句を垂れる神官を見られでもしたら、真面目に神に仕えている神官に申し訳なくなる。

 そして文句を言いまくって落ち着いたのか、わたくしの依頼をいつ行うのか訊ねてきたので明日と答える。こちらも長居する理由はないので明日で決着をつけるつもりだ。


「クレイン辺境伯夫人の捜索かぁ。てっきり死んでたと思ってたけど、デマだったわけだ?」


 へっ! と鼻で嗤うようなラファエルの態度に応えずワインを口にする。芳醇な香りに僅かな苦みが癖になる。


「”視た”んだろ? オレにも教えろよ」

「野次馬ならおやめになった方がいい案件よ。知っても何も得るものはない。……閣下の治療後に始めるから、それでも知りたいならかまわないけれど」


 夫人の為ならむしろ、いてもらった方がいい。その言葉はワインと共に飲み込んだ。


「それでは明日お願いしますわ。今夜の宿代もこちらが持ちます」

「やー、助かるよ。何せほとんど手持ちがなくて。……どっかの誰かさんの女部下がほとんど誘拐状態でここまで連れて来てさー。理由を訊いても『先生が呼んでいる』としか答えないし。それでも何回も訊いたら『先生が呼んでいること以外に優先させる事など何もないでしょう?』ときたもんだ。

 ……ハハハッ! いやー、立派な部下をお持ちで何よりだ! ノンストップで山や崖を駆けおりた経験は今後の人生ではごめんだけどね!」


「……申し訳ございません。よく言い聞かせておきます」

「本気で頼む」


 真面目な顔で返されてしまった。本当に辛かったのね。


 レストランを出て予約しておいた宿泊施設までラファエルを送る。わたくしからすれば相当飲んでいたようだけど、足取りはしっかりしていた。

 私は外の風に身を委ねる。冷たくて程よく酔って火照った身体を冷ましてくれるのが心地よい。


「それでは明日、お迎えに上がりますね」

「あぁ。泊って行ってくれていいんだけど?」

「ご冗談を」


 そうして城へと戻っていく。ラズには今夜、念のためにラファエルの護衛についてもらう事にしたのでここで別れる。ヴェラが付いてくれているし、ブルーノもいるのでこちらは大丈夫だろう。


「……冗談じゃないんだけどな」


 ラファエルの呟きは風の中に消え、私に届く事は無かった。



◇◇◇



「閣下。アメリア・クレイン辺境伯夫人に会いに行きましょう」


 ケインに頼んでラファエルを連れて辺境伯の元を訪ねる許可を得る。襲撃されたことについては昨日、城に戻った際にすぐ謝罪がされた。実行犯と計画した首謀者は即日解雇。ひったくり犯諸共罪人として警吏に突き出し、今は収容されている。子供はやはり囮でおやつをくれるというので言われたとおりに騎士に我儘を言って困らせたと答えたらしい。目の前で起こった事が怖くて泣いていたが、あの時はそれどころじゃなかった。心の傷にならないことを願っている。


 ケインが「本日は閣下の体調がすこぶる悪く、お会いできる状態ではありません」というので「問題ありません」と答えた。何が大丈夫なのだと言いたいのだろう。ケインは眉間に皺を寄せたがこちらが引く気がないとわかると、渋々頷いた。


 ケインが声をかけて数拍置いてから扉を開ける。中には執事のヘザーと初日に不躾な目で見てきたメイドが立っていた。メイドはこちらに気づくとサッと視線を外し、壁際に下がる。その顔を見て思い出した。


(あぁ、この子。ケインと一緒にいた使用人と似てるのね。襲撃犯でもあったけど……兄妹かしら)


 ダリルが夜襲をしかけた翌日、ケインと共に現れた男性使用人のうちの一人と彼女はよく似ていた。しかも彼は襲撃犯の中にいた。ブルーノのいう通りケインとヘザーが中心となり、これまで何かを得た調査員を闇に葬って来た実働部隊は彼らなのだろう。


(収容されているとはいえ、見に行ったわけじゃない。もうすでに自害を装い外に出ている可能性だって十分考えられるわね)


 でも考えるだけ無駄。今日ここで全てを終わらせるのだから。

 ヘザーは辺境伯にわたくしが来た事を耳元で囁くのだが、辺境伯はぐったりとして起き上がる事も声をかける事もなかった。


 ベッドに近づくと辺境伯の顔色は悪く、呼吸も荒い。相当苦しいのか土気色の顔色で唇は紫に染まっていた。

 これは一刻を争うと素人目で判断し、ラファエルに願う。


「ラファエル様。辺境伯閣下の治療をお願いします」

「はい。お任せください」


 昨日の俗っぽい話し方はなりを潜め、神官らしい態度と言葉遣いのラファエル。宿泊施設前であった時には二日酔いで死にそうと顔を青くしていたというのに、切り替えがすごい。その落差に内心呆れたけれど、こちらも乗る。


「一体何を……? 治療、ですか?」

「侍医がおります。それに、彼の方は神官様では? 何をしようというのです」


 ケインとヘザーはこれから何をするのかと訝し気だ。得体のしれない者に大事な主人を好きにされていい顔などしないのだから、これも仕方ない対応だろう。


「こちらは高名な神官様です。辺境伯閣下の体調が悪いということでしたので、お忙しい中時間を割いてこちらに来ていただいた次第です。閣下、もう大丈夫です。ラファエル様が必ずや、貴方様を助けて下さいますわ」


 閣下は目を閉じて苦しみに耐えているようだ。その様子にラファエルも早急に治療にあたってくれた。余計な言葉を発することなく。ケインとヘザーが止める間もなく。


 ラファエルは手を翳し目を閉じる。すると光が降り注いで閣下の身体を包み込む。アーネストの時は温かな黄色い光だったが、今回は清涼な光だった。青白い光は閣下の中の何かを打ち滅ぼし、浄化していく。

 この場にいる全員が言葉を失くし、ただその光景を眺める。神聖な光がしばらく降り注いだあと、静かに消えていった。


「これでもう大丈夫です。体内にあった悪いものは全て浄化出来ました」

「ありがとうございます」

「いいえ。ただ、衰えた体力や筋力までは元には戻っていませんので、そちらの方はご留意くださいませ」

「ケイン様、ヘザー様。そういうことですので、体が軽くなったとしてもしばらくは安静にしてまずは体力の回復から始めて下さいね」


 血色の良くなった閣下の呼吸も穏やかになった。その顔を見てケイン、ヘザーの両名が驚き、あのメイドに至っては歓喜で涙している。


「は、はい。畏まりました。……神官様。主人の病を癒していただき、誠にありがとうございます。お礼の方は必ず、十分にさせていただきます」

「ありがとうございます。私は出来る事をしたまでですが、これも神のお導き。あなた方の心づけに感謝いたします。……ですが」

「は、何か?」


 お礼と言われて断る筈がないラファエルはしおらしい態度でありながらしっかり受け取るつもりだ。貰えるものは貰うのが信条だと以前豪語していたのを思い出すが……神官としてはやはりどうなのか。

 そんな風に思いながら二人のやり取りを見ていたら、ラファエルが言葉を区切る。


「病は毒によるものです。少量ずつ長年摂取されていたようですね」

「……」


 ケインは言葉を失う。メイドも涙が止まってラファエルを凝視し、ラファエルはというと彼の方に歩み出した。


「ポケットにあるのは禁止薬物ですね。所有している事すら罪になるのはご存じでしょうか?」

「……」

「長年少量ずつ毒を盛っていたようですがそれは植物毒。今回閣下の容体が急変したのは今あなたが所持している調合毒の所為です。……出してこちらに提出してください」

「……」


 彼は何も言わず、ラファエルの差し出した右手をしばらく眺めた後、小さく溜息をついた。


 そして胸のポケットから出したきた小瓶を見てメイドは口を両手で覆い、驚愕した。


「ど、どうして……? ヘザー様」

「……」


 その問いにヘザーが答える事はなかった。



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