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未亡人ミストの相談手帖 ー迷い鳥たちの記憶録ー 消えた辺境伯夫人編  作者: 炬燵猫
本編

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17話 揺らぎ

「やれることはやったが、まぁ……ちと厳しいな」

「そうですか……。ありがとうございました」


 パタンッと扉が閉められ、部屋に残ったのはわたくしとラズとカールとブルーノ。ベッドに寝かされたアーネストは苦しそうに顔を歪めながら眠っている。大粒の汗をかいて時折呻き声をあげているのを見ると、胸に込み上げてくるものがある。何よりわたくしを庇ってのことだもの、責任を感じてしまう。


 泣きそうだけど、泣いては駄目よ。一番泣きたいのはアーネストだもの。

 彼が願っているのは夫人を見つけ出す事で、わたくしの仕事とも合致している。ならすぐにでも行動に移すべきだ。それはわかっているけど、今日はもう日も暮れてしまったからせめて今晩くらいは心配させてほしい。


「……申し訳ございませんでした!」

「申し訳ございません!」


 アーネストの額に浮かぶ汗を拭っているとカールとブルーノが勢いよく腰を折って謝罪をし始めた。彼らの任務はわたくしたちの護衛。裏の任務が監視だとしても今回の件、辺境伯閣下から任命された騎士としては大失態だ。


「……気を取られていたというのは、こちらも同じ事。謝罪は結構です」

「ですが、我々は主人からあなたを守るように命じられていた。それにもかかわらず、貴女から目を離してしまったのは我々の落ち度です。謝って済む事ではありませんが、本当に申し訳ございませんでした」

「……」


 謝罪を背中で訊きながら、わたくしはアーネストから目を離さなかった。カールたちの方を振り返らないまま心の内を言葉にする。


「謝罪を受け取りました。ですのでこれ以上は不要です。罰が欲しいなら閣下にお願いします。ただし、襲ってきた人間と引ったくりの男、そしてあなたたちに話しかけてきた子供たち。

 そちらの使用人が差し向けた者たちですので、彼らだけでなく差し向けた使用人にも処罰をお願いします。


 確証がないというのであればわたくしが視ます。”保持者”の発言は責任を伴いますが、証拠能力は国からも認められているのはご存じですか?


 ―――逃がすな。行け」


「「―――しょ、承知しました!!」」


 逃がすな、の部分で少し振り返って二人を睨んだ。

 この一連の流れは使用人の暴走だ。あの時、排除対象と見なされ実行に移して来たのだろう。あの一瞬の隙を突くために機会を伺い、待ち伏せしていたのだからご苦労な事だ。


 わたくしの凄みも中々なようでカールはブルーノを残して城に戻って行った。ブルーノはどうやら先ほどのわたくしを恐ろしく感じたようで随分緊張している。わたくし自身は彼らに対して思うことは無いので、追い出すようなことはしないけれど、出来れば少しの間部屋を出てほしかったのでお願いしたら、少し躊躇いはしたもののドアの前で待機する事で了承を得た。


「ラズ」

「……はぃ」


 アーネストも心配だけど、こちらの場合は今は祈るしか出来ない。薄情かもしれないけど、目下の問題に移る。


「まずは、引ったくりから庇ってくれてありがとう。あの男にぶつかっていたら、吹き飛ばされただけじゃ済まなかったわ」

「……」

「心配してくれてありがとう。貴方も無事でよかったわ。それに、ここまでアーネストを運んでくれてありがとう。貴方が急いで運んでくれたおかげで彼への治療が早く行う事が出来た。本当にありがとう」

「……」


 アーネストがわたくしの代わりに刺されてすぐに街の治療院に運び入れた。いきなり血まみれの男と騎士を引き連れた女が現われて驚いた医者だったが、すぐに治療にあたってくれたおかげで何とか命を繋いでいる。

 助かってほしい。生きてほしい。そしてこれからは堂々日の下に出て記者として腕を揮って欲しい。

 医者は最善を尽くしてくれたがそれでも助かるかは分からない。


 だけどもし、もし()()()()()


「ラズ、貴方に感謝を。貴方がいなければ私はあの場で死んでいたわ。……私と一緒にいてくれてありがとう。だからもう、そんなに自分を責めないで?」

「……っ」


 ラズは壁際で青白い顔をして立っていた。それは襲われてからずっとで、一向に顔色が良くならない。自惚れでなければそれだけ私を大切にしているということ。


「こんなに固く握って……。血が滲んでるじゃないの」

「……へーき」

「ダメよ、ちゃんと消毒しておかないと。ほら、来て」


 拳を握り締めて爪が掌に食い込んで血が滲んでいた。くっきりついた爪の痕を痛々しく思いながら診察室の椅子に座らせ、私は勝手ながら消毒液を探してラズの手に塗っていく。ラズはただされるがままで覇気がなかった。


「……先生」

「なぁに?」

「……せん、せい」

「はーい」

「……みすてぃあさま」

「……なぁに、ラズ」


 椅子に座り、俯いたまま何度も私を呼ぶラズはまるで幼い子供が母親を求めるように何度も何度も繰り返した。私はそれに答え手早く消毒を終わらせた後は薄布を貼ると、ラズの髪を手櫛で梳いてやる。艶やかな黒髪はまるで絹のようで美しい光沢を放っている。


「……いきてる」

「生きてるわ」

「……まもれなかった」

「だけど生きてる」

「……おれ、やくたたず」

「そんな訳ないじゃない」

「……おいて、」

「置いて行くなんてしないわよ。馬鹿ね」


 幼子の様なラズは言葉も幼くなったようで、いつもよりたどたどしい。頭を撫でるなんて普段じゃさせてくれないのに、今はされるがまま。むしろ撫でて欲しそうだった。


「やくたたずでも?」

「一緒にいるって決めたでしょ」

「まもれないのに?」

「なら私がラズを守るわ」

「ずっと?」

「死ぬまでずっとよ」

「……しんでも、いっしょがいい」

「ならそうしましょう」


 捨てる訳ないわ。ラズとヴェラ。あの日私が平民となった時に共について来てくれたあなたたちを、私から手放すなんてしないわ。


「貴方たちが私から離れて自分の道を歩きたいというなら、それは止めないわ。縛り付けるつもりはないけれど、共に生きてくれるのならずっと一緒よ」

「……いて、いい?」

「勿論よ」

「……いきてて……いい?」

「当たり前じゃないの」


 そこで漸く顔を上げて目を合わせてくれた。琥珀の目はいつも美しいけれど、今日は涙で滲んでいる。

 ラズとヴェラの幼少期はとても過酷で残酷な場所で過ごしたと訊いている。とても恐ろしい場所で怯えながら過ごしてルヴェール家で私たちは出会った。今でこそ感情を出してくれるけれど、出会った当初はまるで人形のようだった。


 それが今ではヴェラは元気いっぱいだし、ラズは料理を覚えて「美味しい」という言葉に嬉しそうな表情を浮かべるまでになった。あの頃に将来こうなると言ったら絶対に信じなかっただろう。


「生きていいのよ。私も貴方もヴェラも。たくさん楽しい事をして、美味しいものを食べて、知らない事を知って、驚いて……。そんな平凡で平坦で幸せな人生を、これからも送るのよ」

「……ぅん。ぐすっ」

「もっともっと楽しいを探しましょう。大丈夫。したい事をしたいと言って怒る人間はもう、何処にもいないわ」

「っうん」

「ラズ」

「……?」


 きょとんとした表情のラズ。表情まで子供に戻ったみたいで可愛いわ。


「生まれてきてくれてありがとう」

「―――ッ」

「一緒に生きてくれて、ありがとう」

「~~~ッ」

「これからもよろしくね」

「~~~う゛ん゛!!」


 遂に決壊してしまった大粒の涙が次々と頬を伝う。それを見られたくないのか、私のお腹に顔を埋めてしまった。泣き顔を見られたくないのはわかるけど見れないのも残念に思いながら、髪を撫で続ける。つやつやで気持ちいいので癖になる。耳まで赤くなってるけど、それを指摘するなんて野暮な真似はしないわ。


 しばらく続けて落ち着いたのか、ラズの体は離れていった。温もりがなくなって少し寂しい。


「……忘れて」

「っふふ、さぁそれはどうかしら?」

「……忘れて」

「はいはい。忘れる事にするわ」


 バツが悪そうな顔で、目を合わせないようにしているので体ごとラズの前に立って目を合わせる。


「本心だからね」

「……ん。信じてる」

「私も、あなたたちを信じてる」


 そしてお互いの額をくっつけて抱き合った。男女の情ではない。そんなモノよりももっと深く、粘着した執着の様な関係性。それが何という名前なのか分からないけれど、恋ではない一種の愛だというのは間違いない。


 ラズとヴェラを私は愛している。したいことが見つかったら自分の人生を歩んでほしいと言いながら、離れるなど微塵も考えていないのだ。自分の人生を歩きつつ、最終的には合流してまた一緒に歩いて行きたい。そう考えている私は我儘だろうか。


「ヴェラが戻ってくるまで頑張って。きっと治るわ」


 切り替えてアーネストのベッド横の椅子に腰かける。汗もまたびっしょり掻いているので拭う為に冷たい水を用意しようと立ち上がると、ラズが洗面器を持って外に出た。代わりにブルーノが入って来て護衛に勤めている。


「そう緊張しないで下さいな。むしろ、あなたはわたくしを咎めるべきではないのかしら?」

「……」


 アーネストの正体が死んだとされる記者だということは既にバレている。わたくしも咄嗟に口にしてしまったしね。

 口封じを狙うなら今が絶好の機会。ラズは外に出てここには今にも死にそうな男と一捻りで死んでしまう位弱いわたくしだけ。騎士なら簡単だ。


「私の任務はミスト様を含む『迷い鳥』一行の護衛であります。咎められる事はあっても、私が貴女を咎める事など一切ございません」


 騎士として威厳に満ちた態度と言葉。そこに迷いなど全く感じられなかった。


「よろしいの? 真相に近づいたから殺そうとしたのでしょう?」

「……それは恐らく、家司が行ったことでしょう。家令殿と閣下専属の執事を中心に、クレイン家は取り仕切られているので……」

「……そんな事、言っていいの?」


 真面目なブルーノがこんな事を言うとは思わなかった。与えられた仕事を熟し、他の事は管轄外だと言いそうなのに。


「その、本当は良くありません。ですがもうほぼ気づいているのでは?」

「……」

「現在クレイン家の中心は家令殿と執事殿です。彼らには武官も頭が上がらないのが現状です。ですが武官にも武官の誇りがある。戦以外で、ましてや一般人を殺害するなど武人の名折れ。

 もしそのようなことがあれば武官のトップがその者の剣を折り、首を取るでしょう。家司(彼ら)はそれを見越して自ら動いたと愚考します」


 そうだろうと思っていた。家令(ケイン)執事(ヘザー)が中心となっているのは、火を見るより明らかだ。

 ブルーノの表情は明るくない。人を口封じのために亡き者にしてきたか、そうでないかの話で明るく語るのも違うが、それにしたって表情が暗い。もしかして。


「知っていて、止めなかった?」

「……」


 僅かに目を伏した。正解のようだ。

 でもそれが本当なら、辺境伯閣下の10年は一体何だったのだろう。


 ゴゴゴッと遠くの空で雷の音が響く。それからすぐに雨が降り出し、激しく地面を打ち付けていく。

 稲妻が空を明るく照らした後、まるで魔物の咆哮の如く雷鳴が轟いた。



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