16話 凶刃
アーネストと思われる男性はこちらを凝視し、微動だにしない。恐らくこの人で間違いないんだろうけど、あまり見つめ合っていると不自然に思われる。なのでとりあえず今日はこれで終わり。
「明日、またここに来ます」
「……」
素早く囁いてその場を離れる。それ以降は神官の手伝いとして飲み物を配ったり、食べ終わった食器の片づけをしたりと忙しくしていたらすでに男は消えていた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいえ、手助けになったのなら何よりです」
午後を過ぎて炊き出しは終了した。
それほど多くはない人数ではあったけど、ちょこちょこ動いていたら結構疲れてしまった。カール、ブルーノもようやく子供達から解放されたようで、今は同じように神官の手伝いをしている。女性三人と老齢の男性だけなので、ベンチの片づけや鍋の洗い物などで男手は有難られた。本来護衛だけど嫌がらずにやってくれてよかった。
「……先生。見つかった?」
洗い物をしてくれているラズの元に新しく洗い物を持っていくと、近くに人がいない事を確認してからどうだったのかを訊いてきた。
「ええ。明日、もう一度ここに来ると言って別れたわ」
洗った食器を乾いた布で拭いて行く。女性神官の二人は膝が悪いようなので、今は座って休んでもらっている。もう一人はわたくしよりも年上に見えるけど、まだ若い。忘れ物がないか見回したり、トイレに誘導したりと忙しなく動き回っている。
「来るか?」
「たぶんね」
ボロボロの身形でやせ細った身体だったけど、目は死んでいなかった。今も隠れながら真相を追っているのではないだろうか。
「わたくしたちのようにこれまでも辺境伯閣下から依頼を受けた人間がいる。その誰もが真相に辿りつけなかった。生きて帰ったなら何も掴めず、何かを知った者は恐らく闇に葬られている。真相に迫るという事はそれほど危険ということよ。だけど彼は殺されかけたというのに、逃げ出さなかった」
命を狙われたのなら通常なら怖くなって逃げ出すはず。命よりも大切なものはないもの。
だけど彼は逃げずに浮浪者に紛れてこの地に留まっている。記者魂というのかもしれないけれど、執念のようなものを感じる。
わたくしが何者かを申し出ていないので疑心暗鬼になっているかもしれないが、どうか来て欲しい。
そう願いつつ片づけを終わらせ、今回の目的が神官への聞き取りという体にする為に神官全員から話を訊いてみた。これまであまりいい評判を訊いていなかったけれど、神官からはとても高い評価を受けていた。
「とても真面目な方でした。母国とは習慣も違うというのに、慣れようと必死で」
「はい。純粋で、意志が強く、この地にも早く馴染めるようにこの炊き出しにも毎月顔を出してくれていました」
「ええ、ええ。嫁がれて間もない頃はあまり元気がありませんでしたがね、領主様との仲も縮まっていくうちにお嬢様から辺境伯夫人へと成長あそばされた。見た目に寄らず負けん気が強い、気丈な方だぁ」
「隣国出身という事で偏見の目で見られてましたが、領主夫人はとても善良な方です。男性と逃げたという話ですが、そのようなことをするお方ではありません。何よりも領主様を愛されていましたから」
「亡くなられたと訊いて、とても残念です」と皆、心底残念そうな表情を浮かべ神に祈りを捧げた。
アメリア・クレイン辺境伯夫人。貴女をちゃんと見てくれて、正当な評価をしてくれている人もここにいるわ。貴女はちゃんとこの地でやっていけていたのね。
◇◇◇
翌日。
神殿で手伝いを頼まれたので再びやって来た。……という体でアーネストと落ち合う予定だ。昨日の炊き出しが行われた時間と同時刻に神殿に来てこまごまとした手伝いをする。そして怪しまれないように祈りに来た人に夫人について訊ねてみた。こうして訊いてみると、街と神殿とでは印象がかなり違う事がわかった。
『神の前では誠実であれ』という教えのおかげかしら。
「人の目を気にする風土ですから。中々本音は皆さんお出しになりません」
「なるほど」
つまり領民は本心では夫人を認めているけれど、それを口に出す事は憚られたという事か。……認めてしまえば、ヴァルストを認める事になる。そしてそれを知られてしまった場合の、周りの目が怖かったのかもしれない。
アーネストはまだ来ない。あまり長く留まるとカールたちから不審に思われる。出来れば神官様から与えられた仕事が終わる前に来てもらいたいけれど……
「……神に祈りを」
「……神に感謝を」
カールたちは昼を過ぎた頃に手伝いを終えた子供たちに見つかり、今日もまた人気者になっている。勝手に出て行かない事を約束して敷地内では離れる事に成功。ラズの方もわたくしから目を逸らすようにそれとなく誘導してくれているので、少しの時間なら話が出来る。これを逃すと次は難しい。
「……お前も調べているのか。何がわかった」
掠れて聞き取りにくいがそれだけ彼が苦労したということだろう。浮浪者として生き延びる事で真相に迫る男の姿だ。
「夫人は使用人から特に敵視されているということ。噂で男と逃げたという夫人は使用人が変装したもの。……辺境伯閣下以外、夫人を見つける事に消極的、というより見つける気がない。と言ったところです」
「……あぁ、そうだ」
アーネストの右隣に人一人分を空けて並んで座る。神の前で祈る姿を取りながらわたくしは夫人について持っている情報の一部を出した。
しばらく沈黙が続いた後、アーネストは口を開く。
「……記者として王都にいた事がある。アンタ……『迷い鳥』のミストだろう。元貴族でルヴェール家に嫁いだ”保持者”」
「ええ」
「アンタなら視えたんじゃないか? わざわざ探偵みたいな真似をする必要なんざないだろう」
「……」
彼は知っていた。わたくしの事も”加護”の事も。だけど残念。
「色々制約があるの。それに何でもかんでも見て良いものじゃないでしょう?」
「ふん、俺なら使うさ。それが倫理に外れていようとな」
倫理観の無い人たちが相手ですものね。むしろそんなもの捨て去ってしまった方が早いのは事実。だけどこの能力は使いようによっては酷く危険なもの。無暗矢鱈に使っていたら、わたくしの命は危険に晒される事になるだろう。
「……クレイン辺境伯の容体は」
「あまり良くないわね。だけど問題ないわ」
「そうか」
「だけどその前にあちらが暴走したらわからない。閣下の命を握っているのはあちらだもの」
「……」
閣下は心労が祟って倒れたとされているけれど、わたくしの見たところによればアレは心労や精神的なものではない。
「貴方は? 何を知って殺されそうになったの?」
「……」
全てを話している訳ではないが、出来る限り手札は見せた。これ以上は彼の身が更に危険になるだろう。
「考えさせてくれ」
「……神のご加護を」
結局何も聞けずじまいだった。だけど仕方ない、新たな手を考えましょう。
夕方となって城に戻る。カールたちは子供たちに剣術を教えていたようで、子供たちは木の枝を持って「また来てね、騎士のおじちゃん!」 と屈託ない笑顔で手を振っていた。
日が傾き空が茜色に染まり、徐々に夜の闇が迫っている。美しいが儚く寂しい。どこで見ても夕方を見るともの悲しい気持ちになるのは、わたくしだけなのかしら?
「おじちゃーん!!」
「まってー!!」
街の中でも裕福な平民が通う商店が並んだ通りに入った時、後ろから幼い子供たちの声が聞こえた。振り向けば5歳か6歳くらいの子供二人がブルーノを引っ張って、待って待ってと騒いでいる。どうやら先ほど剣術を教えてもらっていた子供たちのようで、しきりにもっと教えてと強請っている。
ブルーノは子供の我儘にどう対処していいのかわからず困惑し、カールは子供にまた今度なと言い聞かせる。こちらに向かってすみませんと頭を下げるので、手を振って気にしてないと表す。
「! 先生」
「えっ、きゃっ!?」
「だぁっ!! くそっ!! 放せゴラァ!!」
ラズに突き飛ばされたと思ったら、わたくしがいた場所から野太い男の声がした。どうやら引ったくりのようでラズはそれに気づいて取り押さえたのだ。激しく暴れる男を難なく抑えるラズだけど、ここで隙が生まれた。
「死ねっ!」
「―――ッ」
「先生!!」
「ミスト様!?」
大通りから裏通りに抜ける細い道から黒い影が現れた。顔に布を巻いた男が三人。手にはそれぞれ銀に輝く刃物を持っている。
(やられた―――)
子供は囮。引ったくりの男も金で雇われたゴロツキで、ラズの守りが緩んだこの瞬間を作り出したんだ。
突き飛ばされた衝撃でわたくしは地面に膝をついている。そして男が持つ刃物が眼前に迫っているのを、ただ眺めるしか出来なかった。
ゆっくりと時間が流れているようだ。なのに体は動かない。『先生!!』と叫ぶラズの声、こちらに駆けて来るカールとブルーノ。全て見えてるのに、どこか他人事のように感じられた。刃物は正確にわたくしの急所を狙っている。きっと避ける事も、ラズとカールたちが間にあう事もないだろう。
死んだらラズは自分を責めるだろうな。ヴェラは怒るかな。怒りながら泣いて、ラズを殴って、それでまた泣くかしら。
マーサさんのパン、また食べたかったな。ベルとダンは元気かしら? お土産買って帰るって約束したのに破っちゃうわね。
これまでお世話になった人たちの顔がよぎる。お礼を言えないままお別れすることなるわ、なんて。あぁ、でもこれでまた会えるのかしらとも思う。それなら怖くないかもしれない。
だけど最後に思い浮かべた顔に、自分でも苦笑いするしかなかった。
諦めたはずの恋心はどうやらまだわたくしの中にしつこく残っているようだ。
「……ノクス」
『その名を呼んでいいのは親か妻になる人だけだから、お前は僕のお嫁さんになるんだよ』
いつの日かの思い出。
きっとこの人のお嫁さんになるんだと信じて疑わなかった幼い頃。それが叶わないと知ったのはそれからたった2年後のことだったっけ。
「先生―――!!」
ラズ、そんなに大きな声が出せたのね。もう10年近く一緒にいるけど、貴方のそんな声、初めて聴いたわ。知らない事ってまだまだあるのね。
来るべく痛みに備えて目を閉じる。そしたらドンッと身体が押し付けられるような感覚がして、気づいたら地面に頭を付けていた。痛みはあるけど、刺されたような痛みではない。それに、何かに覆われてる?
「ぐっ……!」
「ぎゃあぁ!!」
「先生!!」
「ミスト様!!」
断末魔の叫びが鼓膜を揺らした。何かを切りつけ、血が飛ぶ音と同時に酷い叫び声が上がる。
わたくしは震える身体を起こしながら覆いかぶさる何かを確かめた。
「よぉ……。生きてるか……」
「……アーネスト、さん」
覆いかぶさっていたのはアーネストだった。どうしてここに? 苦しそうな顔? 状況がわからなかったけれど、手が濡れている気がしてゆっくり見てみると手は真っ赤に染まっていた。一拍置いて血だと気づいた時にはサッと血の気が引く。彼は身を挺してわたくしを庇い、刺されていたのだ。
「し、止血をっ」
「じょーちゃん……。みつけて……やって……これ……を」
「しゃべっては駄目よ。大丈夫、すぐに良くなるわ!」
「……と……れ」
カールとブルーノは野次馬に医者を呼んでくるように手配し、襲ってきた男たちを拘束した。その隙にアーネストはボロボロの上着に隠すようにして何かを差し出した。素早くスカートで隠し回収する。受け取ったと小さく応え、傷口をハンカチで抑える。だけど刺された脇腹から出血が止まらない。
「た、たのん……ぞ」
そうしてアーネストの意識は沈んだ。




