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未亡人ミストの相談手帖 ー迷い鳥たちの記憶録ー 消えた辺境伯夫人編  作者: 炬燵猫
本編

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15話 生存者

 深夜。

 昼間とは打って変わって静まり返る街の中を、一人の男が足音も立てずに歩いて行く。彼の身は濃紺の外套に覆われ、夜と見事に調和してまるで彼自身が夜であるかのようだ。頭まですっぽり覆い被ることで露出は僅か。だが露出が少ない分、見えている瞳の色だけは印象に残る。琥珀色に輝く彼の瞳は背景の闇色と相まって何ともミステリアスな雰囲気を演出している。


「……来たか」

「……」


 男が向かったのは昼に訪れた新聞社だった。人も動物も眠りにつく時間に男二人が向かい合う。


「アンタなんも言わねぇからな。もしかして杞憂かと思ったが、正解だったようで安心したよ。……お付きの騎士には伝わってなかったみたいで何よりだ、ラズ」

「……用件は」


 待っていたとこは新聞社報道部のキャメロン。そして夜に紛れて歩いていたのは相談所の従業員ラズ。二人は昨日、正確には一昨日ラズが新聞社を訪れた際に護衛のブルーノがいる前でとある決め事を作っていた。


「『果物を出したら話がある』、『クッキーを出せば話す事は無い』か? そう解釈したんだ。……辺境伯家の護衛付きじゃ何も知らないを通すしかないからな」

「……」

「どこで視られているか安心は出来ない。なので手短に話す。……リッキーの他にもう一人死んだ記者がいるんだが……そいつは生きてる」

「!」

「生きてると知られたら厄介だ。……今は浮浪者に紛れて身を隠している。明日の二十日は神殿で炊き出しが開かれるからそん時に落ち合え」

「名前は」

「アーネストだ。白髪でボロボロの身形ではあるが、目は死んじゃいねぇ」

「……報酬だ」


 そう言ってラズは金貨を1枚懐から取り出してキャメロンに渡そうとしたが、キャメロンは手を翳し受け取りを拒否した。


「……いらねぇよ。それより、頼んだぞ」

「……」

「リッキーはよ、どうしようもねぇ男だった。朝まで飲んで仕事に遅刻して、問題ばかり起こして、なのにちっとも悪びれねぇからオレが代わりに何度も頭を下げてきた。そんで「また頼むよ」っつって、肩叩いてさ。何でオレがって思いながらも、また同じ事してんだ。嫌になり程何度も繰り返した……」


 キャメロンは静かに語る。ラズはあまり興味なかったが、ただキャメロンが話したいだけなのはわかったので遮る事はしなかった。


「なのにさ、子供が病気になって金が要るってなった時は全財産をくれたんだ。「金はまた稼げばいいけど、子供の命は唯一無二だ」って。……泣いたわ。アイツ、次の給料日まで会社で寝泊まりして凌いでたんだよ。……そういう事だって出来る人間だったんだ」


 キャメロンの声は涙で震えていた。グッと力を入れて、何かを耐えるようにして声を抑えながらリッキーへの想いを語る。


「他の連中からすれば悪い奴だろう。アイツに人生壊されたっていう奴もいる。だけどそういう奴らは本当は不正をしていたり、弱い奴から奪い取るばかりな連中だ。外面がいいから皆騙されてるけど、オレから言わせりゃアイツらの方がよっぽど悪党だ。……リッキーはさ、自分が泥被って相手を陥れるんだ。ペンでアイツは戦ってたんだ。……たった一人で」


 オレには出来なかった。

 そう後悔を滲ませるキャメロン。彼はリッキーの本当の姿を知っていたからこそ、リッキーを手助けしてやれなかった事を今でも後悔していたのだ。


「夫人への誹謗はこの辺境への不慣れさを指摘したものだ。隣国の王都暮らしのお姫様じゃ、この地での暮らしは狭苦しくて人が近い。でも隣国から連れてきた侍女と護衛をずっと傍に置いていたんじゃ、この地ではずっと余所者になる。誹謗としか捉えられなくても、平民が貴族に意見する方法なんて限られてるから、不敬を承知で書き続けたんだ」


 守られてばかりじゃダメだ。自分から立ち上がれ、罵られても、石をぶつけられようと、何度だって立ち上がれ。クレイン辺境伯家に嫁ぐということはそういう事だ。不撓不屈の精神で挑まなければ壊されるだけだと、そう意味を込めて。


「追い詰めてしまったと後悔していた。酒の量も増えた。だけどな……おかしいんだ」

「……おかしい?」

「あぁ。アイツ、酒は好きだし金も好きだ。けど、女遊びだけはしねぇんだよ。遊びで付き合うもんじゃないだろって、変な所で真面目なんだ。で、変なのは……」



◇◇◇



「一緒にいた記者は女性だったの?」


 コクッと頷くラズは用意された朝食を一緒に食べながら頷く。


「勘違いされがちだけどリッキーは女が苦手なんだと。一緒に飲んでも女性がいる時は酒の量は控えるし、女性に前後不覚になるまで飲ませるなんてことは一度もなかったって。でも、リッキーが死んだ日は」

「泥酔状態で馬車の前に飛び出した」

「あぁ。そもそもリッキーは飲んで酔っても、ちゃんと自分の足で帰れるくらいには無茶な飲み方はしなかったらしい。夫人が失踪したことに内心動揺していた時でもな」


 あらあら。そんな人が女性と一緒に呑んで泥酔した挙句に馬車の前に飛び出すのは、確かに変ね。

 変だけど他の人はそうは思わなかったのかしら?


「リッキーがどうしようもない人間だったのもあるし、飲み方も多分キャメロン以外は気にもしていなかったから、おかしいと訴えたけど取り合ってくれなかったらしい。記者の女は『自分の前ではいつも泥酔していた』と証言した事もあって事故死と認定。キャメロンの訴えは捨てられた」


 日頃の行いがこんな時に返って来たということかしら。キャメロンの話が本当なら、リッキーはとんだ偽悪者ね。何がリッキーをそうさせたのかは知らないけれど、リッキーの死には疑問が残る。


「その女性記者は今どうしてるのかしら?」


 リッキーと共に居たという女性記者。彼女は一体どうしてリッキーとその夜一緒にいたのだろう。


「結婚するって辺境伯領の地方に行ったらしい。相手は兵士で砦に住む事になったって」

「結婚? いつ?」

「リッキーが死んで一月しないうちに出て行ったってさ。……向かってる途中で夜盗に襲われて旦那諸共死んだらしいけど」

「……」


 リッキーをわざと酔わせて馬車の前に突き飛ばしたんじゃないか。

 疑うのは良くないと思ったけど、これはもう決定では? キャメロンもその女性記者が亡くなったと知った時、同じ事を思ったはず。だから不審な点を感じながらも黙っていたのだろう。


「それで明日の二十日に神殿主催の炊き出しがあるんですって?」

「あぁ。毎月行われているらしい。炊き出しに並んでるアーネストを見て、声をかけて生きている事がわかったそうだ」

「キャメロンはよく無事でいられたわね」

「キャメロンの奥さんは王都の男爵家の傍系だ。ほら、アルディナ商会。あそこの商会長から言えば弟の娘にあたる」

「あら! クラウス商会長の姪子様になるのね。道理で無事でいられたわけね」


 アルディナ商会は新興貴族であるアルディナ男爵家が運営する商会で、王都を中心に手広くやっている商会だ。何を隠そう、こちらに来る前には商会長とも面会いただいたの。そしてクレイン辺境伯領がどういう所なのかを、商人の視点から教えてくれた。


 キャメロンが無事でいたのは姪を気にして使者を頻繁に送っているのだ。敢えて男爵家の紋章を入れた馬車で領内に入り、アルディナ商会と繋がりがあると見せつける。もし何かあればアルディナ商会とアルディナ男爵家が黙っていないと無言の圧力をかけているのだ。


「貴族に関係ある人間を消せば面倒事になる。幸いか、キャメロンは堅実で命を優先した。それが結果的にいい方向に転がった」

「そうね。その方がいい。そしてこれからも、その方がいいわ」

「あぁ。一応、見張らせてるけど今のところ問題ない」

「そう。ありがとうラズ。眠いでしょう。今日は寝てていいわよ」

「先生は?」

「そうね……。ケイン様に閣下へのお目通りをお願いしてみようかしら。一応、中間報告という形で」

「わかった」


 そしてラズはしばらく眠る事にしてわたくしはカールとブルーノにお願いしてケインに辺境伯に会いたいと願い出た。ブルーノが伝令に走り午後から少しの間だけなら可能だというので、午後までの時間をカールとブルーノに夫人について訊いてみた。


 カールは何度か護衛についた事があるそうで、ブルーノはまだ騎士になったばかりで遠目から見た事がある程度だった。その後は夫人以外のことで盛り上がる。辺境伯領の名物やおすすめ観光地などの話に花を咲かせて食事をとった。その後辺境伯と謁見し、今日までの報告を上げる。


 正直に言うと何も成果と呼べるものはない。わかった事は辺境伯以外の城内の人間は、夫人が見つからない方が好都合と考えている事と、閣下をも騙しているという事。だけどその事は口にしない。


 本当に見つかるのだろうかと弱気な事を言う辺境伯だが、わたくしが見つけると言ったのだから必ず見つけますわ。信頼と高い実績を誇る相談所『迷い鳥』を舐めないで下さいな。

 辺境伯はこの言葉を訊いて僅かに驚きそして少しの笑顔を見せた。あまり長居しては体に障るので退出する。ヘザーは相変わらずの無表情だった。



◇◇◇



 翌朝。

 天気にも恵まれ、わたくしは街の中でも郊外にある神殿を訪れた。神殿にはすでに多くの、お世辞にも身形がいいとは言えない人たちが列をなしている。年齢は様々で子供からお年寄りまで様々な人が並んでいて、共通していることと言えば汚れた姿と痩身であるということか。


 神官と思しき老齢の男性と中年の女性神官三人が木製の器にスープを注ぎ、黒パンを差し出す。並んでいる人たちは感謝しながら受け取り、簡易的に設けられたベンチと神殿内の礼拝堂に分かれて食事を始める。ゆっくり食べるように一人の女性神官が声をかけながら、木製のコップを渡していく。老齢の男性神官はというと神に祈りを捧げ、この日の糧について感謝を捧げている。


 わたくしたちは目的の人物、元記者で死亡したとされるアーネストを捜す。特徴は白髪の男性でボロボロの身形だけど目は死んでいない、だ。


 この情報を元にアーネストを捜すが『アーネストさんはどこですか?』と声をかける訳にもいかないだろう。隠れているなら名前を偽っている可能性が高いし、何より見つかれば今度こそ命が危ない。

 余所者を見る目はここでも厳しく、さっさと出ていけというオーラをひしひしと感じる。とはいえ、これくらいで逃げ出していたら仕事にならないから、にっこり笑って神官様のお手伝いをする。


「こんにちは。お手伝いしてもよろしいですか?」

「こんにちは。まぁ、よろしいのですか?」

「えぇ、勿論です。こちらをお渡しすればよろしいですか?」

「はい。ありがとうございます。神も貴女の行いをしっかりと見ておいででしょう」

「ふふ」


 飲み物を手渡していた神官に声をかけ、代わりに渡していく。ラズも手伝い、カールとブルーノの二人は子供たちに囲まれて困惑しているが、憧れの眼差しで見られて照れ臭そうだ。


 どうぞと言いながら出来るだけ視線を合わせて手渡していく。微笑みを忘れずに敵意はないと示すように。そして数十人に飲み物を手渡して行くと、一人の男性がいた。その人は周囲に人を寄せ付けない雰囲気を出して、神経質なほど周囲に視線を常に向けている。


(この人ね……)


 白髪で痩身、ボロボロの身形。チラリと見えた右手の指には、長年記者として働いてきた人間になら戦友とも呼べるであろうペンダコがあった。

 カールとブルーノが子供たちの相手をしている間に素早く問いかける。


「夫人を捜しています。アーネストさん、何を知りました?」


 男性は動きを止めてわたくしをゆっくりと見上げた。その目は何かを見極める男の目だった。


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