14話 新聞社にて
街の新聞社に来た。
ラズに案内してもらった新聞社は商業区画の中央に位置して人通りも活気。この場所からクレイン辺境伯領全域に情報を発信し、同時に収集している。王都では辺境の情報は中々入ってこないが、この新聞社は王都に本部を置くので王都の情報は遅れてはいるものの、常に入ってきている。
つまりは王都でのクレイン辺境伯夫人に関する評価は領民よりも詳しいということ。そして夫人の失踪に恐らく関係して記者が一人亡くなっている。わたくしもラズもこの記者が何かを知った為に口封じに殺されたのではないかと考えている。
なのでその記者が何か密かに残していないかを確認したくてやって来たのだ。
そうなるとカールとブルーノの二人は正直に言って邪魔だ。もし何か得るものがあった場合は即時にわたくしたちを始末する可能性が高い。ラズがいる限り、きっとわたくしの身は安全だろうと言い切れるけど、記者はそうではない。あちらもそれを危惧するだろうから、彼らの前では何も知らないを通すかもしれない。
ということで、その記者の遺留品を出してもらって”過去視”してしまえというのが今回の目的。記者側は加護の事を知らないから遺留品ならすんなり見せて貰えるでしょうし、カール、ブルーノの関してはわたくしの”過去視”を見ているけど、彼らが止めに入れば何故止めるのかを追求することも出来る。
止めに入るのはそれが不都合だからということ。止めても止めなくても、わたくしはそこから事実を見出すだけ。
「おや、お前さん。また来たのか」
「今日は、死んだ記者の事を中心に話を訊きたい」
「……そっちの別嬪さんは?」
新聞社に入ってラズに声をかけた男性がいた。年齢は50代位。グレーヘアのお腹が出ている男性で、気さくな人に見えるがどこか人を観察する所が彼も記者なのだと感じた。
「お初にお目にかかります。わたくし王都で相談所を営んでおります、店主のミストと申します。ラズの上司にあたりますの。亡くなった記者さんのことで、少しお話をお聞きしたいと思いまして」
「あの相談所の店主さんか!? はぇー、噂は訊いていたが……こんなに美人だったとはなぁ……」
あの、が何なのかは聞かないけれど彼は私を知っていた事に驚いた。
「まぁ。お世辞でもありがとうございます」
「いやいや! お世辞なんて、本心ですよ! こんな田舎じゃ一生お目にかかれないような美人だ! 王都でだってアンタ以上の美人を捜す方が難しいってもんですよ!!」
がっはっはっは!! と大声で豪快に笑う男性につられて職員たちがこちらに目を向ける。中には指笛を吹いて囃し立てる人も出てきた。とりあえず、そういう男性たちを冷たい目で見ている女性職員の視線に早く気づいた方がいいわ。
「お話をお聞きしても?」
「さてねぇ。話って言っても、昨日そっちの男に知ってることは全部話したんだがなぁ……」
「それでもお願いしたいんです。お時間、いただけませんか?」
「……美人さんの頼みだ。断るなんてもったいねぇわな」
そう言って応接室に通してもらった。男性はキャメロンと名乗りこの新聞社では報道部の主任を任されている。亡くなった記者はリッキーと言ってキャメロンとは同世代で記者となったのも同時期だったという。
「アイツはとにかく売れればいいってスタンスの人間でね。それがゴシップだろうがガセネタだろうが、それで傷つく人間がいようがお構いなしな記者だった。……若い頃はよくぶつかったもんだ」
そうして語ってくれたのは、リッキーの人柄だった。
「酒好きで毎晩飲んだくれて出社して。信憑性の低い話にだって尾ヒレ背ビレをつけて大きくして話題にして、後から間違いだったって謝罪文を入れる。取材をしても押しかけて迷惑かけて被害者を追い詰めて病ませるまでがセットだ。……迷惑な男だったよ」
思っていた以上に酷い男だった。しかもその記者は全く悪びれないというのだ。そんな記者を新聞社は解雇しようとも考えたらしいが、男の記事のおかげで売り上げが上がっているのも事実だった為、社内でも分裂。結局ゴシップ専門誌を新たに立ち上げる事で新聞社としての格式を保った。
「そのゴシップ誌ではまさに水を得た魚。あちこちから苦情が押し寄せてもどこ吹く風で、苦情が上る度に売り上げも上昇。それが更に奴を増長させて行った」
そしてリッキーが生前、最後に記事にしたのがクレイン辺境伯夫人の失踪だった。
「当時ヴァルスト王国から来た奥方様に対してあれこれおかしく書いて、それを読んだ領民が奥方様に対して憤慨しているのを見て悦に浸るのです。
『オレが書いた記事なんか捏造で嘘八百だって誰でも知ってることだ。なのに夫人に関することだけは馬鹿みたいに信じてやがる。結局人間ってのは信じたいものしか信じねぇ、ゲスい生き物なんだよ』と酒の席で言っていた事を未だに覚えてる。きっとそれは、ワシ自身が心のどこかで思っている事なんだろう。
”平和になったのは奥方様が嫁いできてくれたおかげだ”って記事よりも、夫人へのありもしない誹謗の方が受けるのは、そういう人間の汚い部分が求めているんです。『認めたくない』と。口には中々出来ませんから、ゴシップ誌は領民にとって唯一不満を晒せる場だった。リッキーはそれをわかった上で更に書き続けた」
国同士の取り決めで結ばれた婚姻の為、そう簡単には離婚は出来ない。どんなに誹謗して逃げ出したくなっても逃げる事を許されない夫人にとっては、とても辛いことだったろう。
「クレイン家は何も対処しなかったので?」
通常なら貴族である領主夫人をネタにしてしまえば場合によっては記者は投獄されることもあるだろう。なのにリッキーは死ぬまで書き続けていた。それは何故なのか。
「辺境伯様は戦場を駆け巡っておいででしたから。それにそういう記事に対しては少々言い難いのですがね、あまり関心がなかったようなので。『正しくあるべき姿を見せていれば、何が正しいのかは自ずと知れる』という信条の元、敢えて苦情はしなかったのでしょう。
……それがきっと、奥方様を更に苦しめた」
キャメロンは目を伏せてしまった。両手を握り、何か悔しそうに、そして後悔しているように見える。
「そして夫人は失踪した。当時は大騒ぎです。でもどこか安心していたのも事実。ゴシップが真実になったことで自分たちはやっぱり騙されていたんだと、そう解釈したのでしょう」
「貴方ご自身は?」
キャメロンが一瞬言葉に詰まった。
「……私はクレイン領の人間ではないので。父が亡くなり、12歳の時に母の実家を頼りにこの地に来て以来になりますが、どうも余所者である気がして。記者になる為、王都で数年暮らしていたのもあって……染まり切れていない、という感覚ですな!」
努めて明るい雰囲気を出してはいるけれど、きっとこれまでも今もどこか浮いている感覚が未だにあるのかもしれない。もうずいぶん長く暮らしていたとしても、この地に染まり切れていないという言葉はつまりいざという時はやはり部外者という事を指しているのだろう。
「リッキーは次々に確証の無い記事を書いていたのですが、クレイン家から圧がかかり発表を遅らせるように上から指示がありました。それに不満を抱えていたリッキーですが、金を握らされしばらくは大人しくしていました。解禁となった3か月後にはまた、根も葉もない記事ばかり書いていましたがね」
キャメロンとリッキーは行きつけの酒場で飲んで近況を報告し合う仲だった。どうしようもない男だが、人の本質を見抜くのが上手く意外にも子供好き。キャメロンに子供が生まれた時は泣いて喜んでくれたし、奥さんと子供の体調が悪い日は分担できる仕事であれば率先して引き継いでくれて早く帰らせてくれた。
そんな男がゴシップを書く事に違和感があるのだが、キャメロン曰く『子供は反論できないけど、大人は違うだろ? 違うってんなら反論すればいいだけの話さ』
リッキーにはリッキーなりの線引きがあった。ただ本来なら身分の前に弁えるだろうけど、リッキーからすれば貴族であろうと平民であろうと同じで、相手が大人か子供かだけで判断している。そこに心の弱さや反論できる状態かまでは考慮しないのがリッキーなのだろう。
「アイツは本当に馬鹿です。金も酒も大好きで、記事の為には誰かを傷つける事だとしても躊躇わない。最低な人間です。最低ですが……記事以外で女性を泣かすようなことはありませんでした。子供好きなのもあって、遊びでそういうことをするものじゃないと。そこは大真面目な顔で語るんですよ。なのに……」
そこから先は口を閉ざしてしまった。なのに、の続きが知りたい。話してもらうようにお願いしたけれど、何でもないとはぐらかされた。
「リッキーさんは夫人に関して調べるなという命令があった後も調べていたと聞いたんですが、何を調べていたか分かりますか?」
「……」
ほんの一瞬だけ後ろにいるカールとブルーノに視線を向けたキャメロン。やはり「何も知らない」と答えた。では何か遺品を持っていないかと訊ねると「すべて処分した」と。やっぱり彼らがいると正直に答えてはくれないわね。
諦めてこの10年の間になくなった他領の人間がどれだけいるのかについて訊くと。
「少なくとも10人以上だな。不慮の事故に持病の悪化、流行り病。ラズもそんな事訊いて来たけど、なんだってそんな事知りたいんだ?」
口封じに殺されたと思っているからよ。とはいえず、ただ微笑んでおく事にする。
「……あー、わかった。詮索はしない」
物分かりが早くて助かるわ。
記事を用意してくれていたのでわたくしも読んでみる。どれも不自然とは言い難い内容で、他殺という決定打はない。
「……あの。記者で亡くなったのは何人かいらっしゃいますよね? その方たちは何を調べていたかご存じですか?」
「いや、記者にとってはネタは飯の種だ。情報共有する人間は限られているし、同僚にだってよっぽどのことがない限り話さねぇよ」
「そうですか……」
「まだ読んでるか? 茶を淹れ直そう」
「あら、ありがとうございます」
キャメロンは新しいお茶を淹れる為に席を外した。その間に記事を読み進めていく。
一番最近では1年前に旅の商人が水路に落ちて溺れ死んでいた。彼もその日はお酒を飲んでおり、帰る頃には千鳥足になっていたという酒場の店主からの証言もあって、酒に酔った状態で水路に誤って落ちた事による溺死で片付けられていた。
「お待ちどうさん。昨日ラズに貰ったモンで悪いが、干した果物だ。ワシも食べたが中々美味い」
「あら、ありがとうございます。頂きますわ」
「アンタに食べて貰えりゃ果物も嬉しいだろうよ」
「まぁ! お上手ですこと」
キャメロンはラズの方を見ながらお茶と干し果物を差し出した。ラズの好きなリンゴを干したものだ。
お茶と果物を頂きながらほのぼのとした時間を過ごして記事を読んでから城に戻る。既に日は傾き間もなく日没を迎える。
……ラズが昨日の内に仕込んでくれてありがたい。やっぱり優秀ね。これは帰ってからいっぱい褒めないといけないわね。
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