13話 内情
ラングレー伯爵夫人については、こちらでどうにも出来るものではないので対応はケインに任せるしかない。彼ならクレイン家の立場として物申しても自然だし、何より夫人はケインを苦手に思っているようだから、わたくしが直接文句を言いに出向くよりも効果的よね。
それにわたくしは平民で相手は伯爵夫人。階級意識が強いあの人にとって、わたくしから苦言を呈されるなどプライドが許さないだろう。苛烈な性格をしていそうなので鼻で嗤って躱す事など出来る人種じゃないのは確認済み。なら、ここはケインに任せましょう。わたくしが出向いたら火に油を注ぐ事になってしまうもの。
……でもちょーっとだけ、お返ししてもいいかしら?
それにやる気がなくなったというのも事実。さっさと終わらせて家に帰りたい。
「ということで、早急に見つけ出して帰るわよ」
「はい! さっさと帰りましょう!!」
「賛成」
ラズとヴェラも同意してくれたのでラングレー夫人の事は忘れてクレイン辺境伯夫人の行方の捜索に移る。その前にヴェラにお願い事をしたので、今日のお供はラズとなった。ヴェラは仕事を任されて嬉しい! を体全体で表したあと、張り切って出て行った。突風の様に飛び出していったヴェラをラズと二人でその背中を見送る。
◇◇◇
まずは使用人の話を訊くために使用人棟に向かう。ケインが昨日のうちに話をしていたらしく、カールが先導して案内してくれた。
「奥様の事は何も……。私がまだ見習いの時でしたので、お話したことはありませんでした」
「私もその頃は部屋付きのメイドでしたが、下っ端でしたので……」
「城で働きだしたのは奥様がいなくなった後なので、面識すらございません」
現在侍女として働いている女性3名に当時の事を訊く。一対一で訊いた方が詳しく訊けるだろうけど、それほど彼女達の証言を重要視していないのでこれでいい。なら何をしに来たのか。それは……
「貴女、夫人と同じ髪色なのね。この辺りの方?」
「……領民です。髪色は祖母譲りで……」
「身長はわたくしより少し低いのね。165センチくらいかしら」
「……」
「実は目撃された男性のおおよその身長がわかったんですよ。そしてそこから割り出した、目撃された女性の身長は貴女と同じくらい」
「……」
城で働きだしたのが夫人失踪後だと証言した侍女は口を固く閉じ、顔を伏せる。他2名の侍女と同じく表情を崩さなかったが、わずかに手が震えている。
「……」
「……」
もう手っ取り早く済ませるつもりだから、黙秘したところで意味はない。気丈に振る舞う侍女に向かって微笑みを向けると、侍女の方が僅かに跳ねた。
「わたくし、これでも元貴族なの。生家は古い家だったみたいでね、両親が亡くなって、家督を継ぐことになった叔父夫妻がやって来てからは、実家について詳しく知る機会もなかった。だからあまり詳しくなかったんだけど……」
「……っ」
ゆっくりと侍女に近づく。侍女は1歩下がるのでわたくしはもう1歩近づく。その度に下がっていくのでわたくしは更に詰めて壁際まで追い込んだ。怯えて震える侍女の瞳に、わたくしの左右で異なる色の瞳が光っているのが映る。
「”加護”を賜る家系だったの。能力は”過去視”よ。
―――あなたが嘘を言おうと、隠そうと。過去を変えない限り、わたくしには通用しない」
「あ……あ、ぁぁっ」
「そうそう。安心して? 過去視と言っても人様の過去を覗き見るなんて趣味はないの。それにあなたのプライベートになんて興味の欠片もないから安心してくださいね」
「……っ!!」
「答えなくても結構。嘘を並べる口から出た言葉を信じるよりも、過去はありのままの事実が現在に結びついているんですもの。……保身の為の戯言は辺境伯閣下にどうぞ」
「あ、あぁっ……!」
侍女は力なく膝から崩れ項垂れた。すすり泣く彼女を見下ろし、それとなく周囲の様子も窺う。二人の侍女はお互いを抱き合い、泣き崩れる侍女から顔を背けている。そしてカールとブルーノだが、ブルーノは困惑しカールの顔からは表情が抜け落ちていた。
わたくしたちを眺める他の使用人たちはというと、ある者は淡々と仕事を熟し、ある者は不安そうにこちらの様子を伺い、ある者は侍女を……カールと同じく表情の抜けた顔で眺めていた。
「……」
加護の力は絶大だ。
貴族の中でも”加護”を賜る一族はごく一部で、一目置かれる存在である。
その昔、神は気に入った人間に自身が持つ力の一部を譲渡した。その力が”加護”と呼ばれている。そして”加護”を賜った人間の子孫が、わたくしの様に現代にもその力を受け継いでいる。
現在のわたくしの身分は平民だけど、そうであったとしても”加護”を賜っていてるならそれが優先されるほど重要視されるのが”保持者”だ。いくら彼女たちが「嘘だ」と訴えたところでそれは神の力を否定したことになる。
神の否定が許されるか?
―――答えは否。
この国で最も権力を持つ国王であろうと、神の否定など出来る筈がない。神は実在し今も変わらずこの世界を見守り愛して下さっている。だからこそ”加護”は現在も受け継がれているのだから。
とまぁ、こういう理由もあるのでラングレー伯爵夫人に平民でありながら意見する事も出来たの。でもね、あの方ちょっと特殊な感性をお持ちですから、わたくしが保持者だと知っても態度は変わらないと思うのよね。……保持者と知っておきながら故意に危険に晒したとなると、貴族であっても罰則があるんだけど、気にもしなさそうじゃない?
裏表がないと言えば聞こえは良いけれど、深く物を考えられない単純馬鹿……あら、失礼。純粋すぎる方ですから、ご自分の行いが正義と信じて疑わない。そんな方に1から10まで懇切丁寧に説明しても無意味よ。分かり合えないというか、あちらはわかろうとする努力をなさらない人種ですから。
「ラズ。ここはもういいわ。あなたが昨日会った人に会いたいの。案内して」
「わかった」
何とも言えない重い空気の部屋を出る。使用人たちの一部はこちらを無表情で見ているが彼女たちの目の奥底には憎しみが見て取れる。その内の一人と目が合ってビビッときたわ。間違いなくわたくしたちを排除対象としたわね。
足早に使用人棟から抜けて城門まで向かう。カールとブルーノも付いてくるので任務を放棄しない事に関心しつつ、敢えて空気の様に扱う。途中で兵士たちの訓練の声が聞こえてきたのでこの辺りに訓練場があるのかカールに確認すると、城の敷地内にいくつか訓練用の運動場が設けられていて日中は常時どこかの運動場では訓練が行われているらしい。
「……あら? あの方は……」
「ラングレー伯爵家のセドリック様ですね。閣下とは従兄弟となります」
「どこに行ってたのかしら? 何だか汚れているわね」
ご子息はこちらに気づかずどこかに向かって歩いて行ってしまった。貴族に相応しい装いであるのに足元は泥が跳ね返ったような汚れが付いているし、頭には葉っぱが載っている。本当に何をしていたのかしら?
辺境伯家の敷地内には森が生い茂っている。籠城戦も見越し、食料確保のために森の一部を取り込んだためだ。グラン山脈の裾野に広がる広大な森は、実り豊かでどの季節もこの土地に住まう人間に糧を与えてきた。ヴァルスト王国からの侵略で、本来なら肥沃な大地であるのに食料を奪われ、困窮する事は珍しくなかった。そんな時に民の飢えを凌ぐためにこの広大な森は糧を与えてくれたのだという。万が一の時の為、森には民が避難する為の施設も用意されているんだとか。
「ラングレー伯爵令息は、森を切り出して新たな産業に生かそうと考えているようです。もうヴァルスト王国からの侵略はないんだから、開拓しても問題ないと。……時折こうして何やら調べているんです」
カールがラングレー伯爵令息が去っていく姿を見ながら説明してくれた。家の事に口出しするのは良くないのはわかっているけど、他家の人間がしているってことは辺境伯も承認しているのかと訊ねると「許可はしていませんが……ラングレー夫人が」と言葉を濁す。
どうやらラングレー伯爵夫人は閣下の体調が悪く、さらに後継ぎとなる人間もいないというもあり、クレイン家の跡取りとしてご子息のセドリックを推薦しているそうだ。表立って議題になったことはないらしいが、武官の高官には顔合わせを済ませているらしい。その時の口調はまるで既に後継者と決定しているかのような口ぶりだったとか。
その口ぶりに腹を立てた武官のトップであり、辺境伯の右腕でもある方が訓練と称してしごいたらしい。常に鍛えているカールたちからすれば何てことない本格的な訓練の前の準備運動みたいなものだったのだが、それにすらついて行けず逃げ出したそうな。それでラングレー伯爵夫人は息子を叱ったらしいが、同じく武官のトップにも怒鳴ったというのだ。
その武官は『準備運動にもついていけぬものが、この辺境伯領の当主になど。夢の見過ぎだ』と笑い飛ばしたそうだ。ラングレー夫人は怒り狂ったらしいが、辺境を守る猛者の一喝には黙るしかなかった。それからは大人しくなったようだが夫人野心は潰えていないだろうというのがカール、ブルーノを含む武官の見解だ。
実際辺境伯には兄弟も子供もいない。そうなれば親類から養子をとって後継ぎとするのは自然なことで、辺境伯の体調の悪さから考えれば幼い子供を養子にして育てるよりも、すぐに辺境伯としてやっていける人間を据えた方が混乱が少ないというのは確かだ。武官の能力も高いのなら次の辺境伯には戦いは家臣に任せ、辺境伯自身には領地の運営能力を発揮した方が民の為になる。その点で言えば確かにセドリックは適材かもしれない。
だけどセドリックが辺境伯家の血を継いでいようと、この地で生きてきた訳じゃない。他領からやって来た余所者であるという事実は、この地の者からすれば簡単に信用できないだろう。しかも勝手に調査をして森の木を既に何本か切り倒しているという。見張りを付けないのかと言えばラングレー伯爵夫人が辺境伯にセドリックの行動を制限しないように働きかけたそうだ。叔母からの命令に近い願いを断り切れなかった辺境伯はそれを嫌々ながらのんだ。どうやら交渉事は苦手なようで、特に夫人に対して苦手意識を持っているようだ。
なのでこうしてやって来ては森に入って何か調べているらしい。
「ですが家令のケイン様やヘザー様がそれとなく監視を付けているそうなので、私たちは何も咎めないようにと命じられています」
「そうでしたか」
家令とヘザーが監視を付けているというなら問題はなさそうね。そもそも関係ないんだけど、気になってしまった。
気を取り直して街に向かう。ラズが昨日調査に出向いた新聞社の人間と話をしてみたいと思ったからだ。やる気を失って配慮も殴り捨てると言ったものの、この仕事は王国第二王子からの紹介。報告書の提出をしなければならないし、それは詳細にしなければならない。
と言っても第二王子は兎も角、国王からすればあまり突いてほしくない真実が待っているのだけど。
まぁ、わたくしには関係ないわね。
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