12話 死神
「それで? どうしてこんなことになっているのかしら?」
朝目覚めて身支度をした後に朝食をいただく。初日だけ食堂でいただいた後はずっと部屋でいただいていたけれど、今朝はいつもと様子が違っていた。寝室から出ると無表情で何かを踏みつけるラズと、何かに馬乗りになって何かを締め付ける鬼の形相のヴェラの姿があった。
二人は私に気づくと何事もないように『おはようございます』と挨拶をしてくるし、ヴェラに至っては今までの形相とは打って変わって『今日の朝食はオムレツです! とっても美味しそうですよ!!』とにこやかに献立を教えてくれた。ラズは食事の準備を始めて椅子に掛けるように促してくる。……その間、床に転がっている何かについては口にしない。
……そういうわたくしも床の何かについて訊ねたのは、朝食をしっかりいただいた後なのだけれど。時々くぐもったうめき声とすすり泣きが聞こえて来たけど、気にせずご飯を食べたわ。美味しかった。
食後のお茶をいただき、お腹も落ち着いたところでようやく床の何かについて言及する。まぁ何か、というか十中八九刺客よね。
全身を黒の服で覆い、必要な箇所にのみ同じく黒の鎧を付けた男。肌はほとんど見えておらず、口元まで黒のマスクで覆うので目元しか見えていない。その目は充血しており薄っすら涙の痕が見える。
「先生がお眠りになった深夜に忍び込んで来た不届き者です。問答無用で処罰したいところですが、一応辺境伯閣下の許可を頂いてから息の根を止めようと、こうして拘束しておりました!」
「……そう。首を、拘束していたのね……」
「はいっ!」
死なせないよう、絞めたり緩めたりを交互に繰り返していたらしい。一晩中ずっと。それは心も折れるわね……。ちょっと遠い目になってしまったけれど、ヴェラは気づいていないようで満面の笑みをこちらに向けている。
「暴れられると先生の安眠に支障が出ますので、動けないようにラズが腕と足の関節を外してくれたのでとても楽です!」
「……そう。良かったわね」
「はいっ!」
ラズは私の斜め後ろに待機してヴェラによって絞められている刺客を見下ろしている。その目は虫を見るように冷たい。ヴェラの行いに目が行ってしまうけれど、ラズの方が我慢が効かないから敢えてヴェラに任せているんだと思う。
「? 殺してよかった?」
「いいえ。生かしておいてくれてありがとう」
「ん」
一応二人の名誉のために言っておくけれど、拷問なんてことは二人は嫌い。今回は辺境伯家という事もあり拷問紛いなことになっているけれど、本当なら部屋に一歩でも忍び込んだ時点で殺されているわ。この子たちはわたくしが関わるとちょっぴり過激になるのが玉に瑕ね。
閑話休題。
では早速どこの誰なのか名乗ってもらいましょうか。
「ヴェラ、そのまま押さえておいておいて。決して自害させないようにね。ラズ、マスクを取って」
「わかった」
「了解です!」
ラズが乱暴な仕草でマスクをはぎ取る。うめき声をあげた刺客の顔が明らかになり、その顔を見て思ったのが”やっぱり”という感想だった。
「どうして夜中に忍び込んできたのですか? ダリルさん」
「……っ」
どうやら殴られたようで左頬が腫れて赤黒く変色しているではないか。この分では服の下も酷いことになってそうね。何だか気の毒に思えてきたわ……。
「先生、同情は要らないだろ。コイツは先生の命を狙ってきたんだ。切り刻んで豚の餌になったとしても文句なんて言えねぇ立場だ」
「えぇ、そうね……」
「ラズのいう通りです! 辺境伯閣下に知らせた後はすぐに刻みましょう!!」
「……許可が出たらね」
「……っ!!」
過激だわ。可哀そうに、ダリルが見てわかる程震えているじゃない。昨日の威勢が嘘のようじゃないの。でもここで甘い顔をしてしまったら二人が八つ当たりで骨の一つや二つ……はすでに折ってそうだわね。腕の1本や2本はもぎ取りそうだわ。ダリルには悪いけど、もう少し怯えてもらいましょう。
極力冷たい目を作り、未だに拘束されているダリルを見下ろす。優雅に椅子に掛け、この場での支配者が誰なのかを思い知らせるように空気を作る。
「っ!?」
「答えなさい。……誰の指示で動いた」
「……っぁ」
「ラズ」
「はっ」
心が折られた所為か、言葉にならない声が漏れるだけで質問に答えないダリル。怯えているのはわかるが答えて貰わない訳にはいかないので、ラズに命じてダリルの手をとって指に手を添えて貰った。
「答えなかった場合は指の関節を外して。口答えする様ならその時点で折っていい。場合によっては引き裂いてかまわないわ」
「!? まっまって……!」
「了解」
「ひっ!?」
「もう一度言う。誰の指示」
「いう!! いうからぁ!! ら、らんぐれぇーの、お、おぐがだざまにぃぃっ! め、めいじられでぇ!!」
無様に泣きじゃくるダリル。涙と鼻水と涎を駄々洩れにして”殺さないで”と涙声で命乞いをする。その姿に動じることなくヴェラは骨が軋むほど拘束を強め、ラズは右手の親指と人差し指と中指の関節を外した。ちゃんと答えたというのに関節を外されたダリルは痛みに更に声をあげ、もはや子供のように声を上げて泣き始めた。これはもう、騎士としてはやっていけないほどに心に傷を負わせてしまったかもしれない。
申し訳なさを感じ、ダリルから少し目を逸らしてしまったところでドタドタと足音が近づいてきた。
「店主殿。如何されましたか」
ドアをノックされ声を掛けたのはケインだった。恐らく他にも何名か連れて来ている事が気配でわかる。ラズとヴェラがそちらに向かって殺気を放つと、チャキッという金属音が僅かに扉の向こうから漏れ聞こえた。
「夜中に忍び込んで来た客人がいるの。話を訊いていたところなので、ご心配には及びませんわ」
扉を開けずに部屋の中からそう告げる。ダリルは今も泣き続けており、恐らく外にケインがいる事にも気づいていないようだ。
「店主殿、カールです。中に入ってもよろしいですか?」
次に声を掛けてきたのはカールだ。これならブルーノもいるだろう。ラズとヴェラに視線を向けると二人は頷き、ラズはドアの前に、ヴェラはダリルの上から退いて床にだらんと座るダリルの背後に回り、首に回された手はそのままにしていつでも骨をへし折れる体勢をとる。そしてそれを見計らったラズは一度こちらに目配せした後、そっと扉を開いた。
「失礼します。店主殿、一体何が……!」
「これは……」
ケインを先頭にカール、ブルーノ、男性使用人が3名が順に部屋を覗き込むと、ダリルの姿を見て絶句する。
どこを見ているか分からないダリルはただただ幼子の様に泣き、顔には痣が。腕もだらんとしている上に指はあらぬ方向に曲げられている。
「先ほど吐きました。どうやらラングレー伯爵夫人の指示で忍び込んだそうです。……昨日お帰りになったんじゃなかったんですか?」
ね、そうよね? とダリルに問いかけるとそこは正気に戻るのか、壊れたように何度も首肯し「らんぐれぇのおくがたさまに、しまつしろって」と涙ながらに答えた。
「そういう訳ですので、正当防衛を認めていただけますね?」
「……些かやりすぎなようですが、仕方ありません。こちら側の落ち度です」
カールとブルーノは眉間に皺を寄せて神妙な顔つきでダリルを見ている。同僚であり一番の若手を心がぽっきり折るほど甚振った事への怒りと、勝手に動いた事、騎士にあるまじき暗殺という手段に出た事……。どれもが自業自得ではあるのだが、やはり”ここまでするなんて”という思いがあるのだろう。わたくしもその一人だから解る。
「ラングレー伯爵夫人とご令息はまだ滞在されているんですね?」
「はい。申し訳ありません。旦那様が許可を出されたものでして、追い返す訳にもいかず」
「”邪魔をするなら次は夫人本人がこうなります”と教えてさし上げて? ご令息にも忘れずに。ああ、そうそう。ラングレー家の嫡男はご結婚されてお子様もおりますわよね。なら……
女主人に困る事もありませんね」
「……私には何とも。ですが、必ずお伝えいたします」
「お願いしますわ」
辺境伯から許可を得て滞在する事に成功したラングレー親子。こちらの邪魔をしないのであれば、いようがいまいがどうでもいいんだけど、これは良くないわ。
平民如きがという発言からみてもわかるように、ラングレー夫人は気位が山の様に高いのだろう。そんな彼女に楯突いた事が気に入らないのか何なのかは知らないけど、家督を継いだ甥の家で甥の家臣を使って、甥の雇った人間を抹殺しようとした。他家に嫁いだ人間が。
「辺境伯家の人間を自分の手駒の様に扱う事、閣下はご存じなのかしら? それとも、閣下が望んだ事? わたくし、夫人の捜索の為に王都からやって来たのだけど、この地で殺す為にわざわざ呼ばれたのかしら? そうね、それもいい考えかもしれないわ」
「……店主殿。旦那様は決してそのようなことは」
「あら? そうかしら? わたくしの後ろ盾が第二王子殿下であるということは先日、ラングレー夫人に明かしておりますのよ? なのにこうして刺客を送り込んで来たなんて。これはもう、わたくしを殺させて中央の手をもっと寄越して夫人の捜索に当てようと考えた閣下の策なのでは? ”平民如き”が死んでもこの地では何の感情も湧かないようですもの」
「……」
ケインの表情は元から無だ。だけど更に抜けたような表情を今、浮かべている。カールとブルーノは青褪めて顔色が悪い。あぁ、わたくし。割と怒っていたのね。
「閣下も人が悪いわ。そうならそうと打ち明けて下さればよかったのに。王家の力を借りて捜索したいと思っていたんでしょう? わたくしは囮? ……酷いわぁ」
「……」
まぁ、そんな訳ないんだろうけど、ラングレー伯爵夫人のおかげで卑屈になっても仕方ないわよね。
「やる気、なくなっちゃった。……はぁ。順序とか根拠とか証拠とか取り揃えていく事前提で動いていたけど……それももう、面倒だわねぇ」
「店主殿。辺境伯閣下の依頼です。こちらの不手際は承知しておりますが、今更断るなど」
「誰が断ると言った」
「―――っ」
ケインの言葉につい反射的に応える。苛立ちもあって少しばかり威圧的になってしまった。いけないいけない。ちょっと苛立ってしまっただけなの、悪気があった訳じゃないのよ? だから怒らないで下さいね? 怒ってませんよ、とアピールするためにニコッと笑顔を向けた。
「嫌だわ、ケイン様。わたくしは一度受けた依頼は最後までやり通すのが信条ですの。夫人の行方だって見つけて見せますわ。……あなた方にとって不都合であろうと、ね?」
「……」
ケインは押し黙ったまま微動だにしない。変わらず無表情であるが、どこか昏い瞳がわたくしを映す。そこに映るわたくしは彼にとっては死神か。えぇ、そうね。わたくしは紛れもなく。
―――決して逃れられない死神よ。
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