11話 剥がれる
カールは昏い目をしたまましばらく黙り込む。こちらを見ているようにも見えるけれど、どこか空を見つめているようだ。ダリルもその姿に困惑し狼狽えているが、その姿すら目に入っていないのかカールは微動だにしなかった。
そのまま数分の時が流れてようやくカールが動き出した。目を閉じ、ゆっくりと開けた頃には護衛のカールの姿に戻っていた。そして何か言おうとしたが躊躇い、結局声にはならなかった。だが次に口を開いた時にはちゃんと声になっていた。
「次の目撃証言をした者の元に参りましょう」
「……ええ。お願いしますわ」
さっきまでの様子が嘘の様にこれまで通りの対応を見せるカール。ダリルはホッとしたような、困惑したような表情を浮かべた。そんなダリルに対しカールは無感情な目を向けて命じた。
「ダリル、お前を任務から外す。今すぐ戻れ」
「!? な、何故ですかっ!」
「言ったとおりだ。沙汰が下るまで謹慎を命じる。……行け」
「……っ失礼します」
悔しそうな表情を浮かべたダリルは、一礼した後顔を上げずに城の方へと走って行った。皆その去っていく後ろ姿をしばらく見つめ、何とも言えない空気が流れたのだった。
「ご婦人」
「はっはい!」
ダリルの姿が見えなくなったところでカールは野菜売りの女性と向き合った。優しさはなく、騎士特有の圧を感じさせる声色だ。
「辺境伯夫人に対する先ほどの言葉、領民としてあるまじき発言だ。これは辺境伯であるバルナバス・クレイン辺境伯様に対する敵対と捉える事も出来るが、その意思はあるか?」
後ろで腕を組み女性を見下げるカール。騎士として鍛えられた身体と気迫で迫られた女性は可哀そうなほど震えているが、これはカールに対する恐怖だけではないだろう。敬愛する辺境伯に対する敵対と言葉にされたことで自分の発言がどれだけ愚かな事だったのかを改めて思い知ったのだ。たとえ閣下と敵対するつもりなど、なかったとしても。
「ご、誤解でございます!! あ、あたしはそんなつもりなどっ! 一切ございません!!」
「だとしても辺境伯夫人に対する発言、平民がしていいものではない。今回は罰するつもりはないが、次はない。
皆も覚えておけ!! 今の平穏は辺境伯閣下と夫人が齎したものである! この平穏が気に入らない者は即刻! この領地から出て行け!!!」
シーンと静まり返る市場。カールの発言によって市場の領民たちはある者は怯み、ある者はバツが悪そうな表情を浮かべ、ある者は怒りを滲ませる。子供は怯えて母親の服にしがみ付き、母親は子供を庇って背を向ける。
領民も人間。一人一人の考えがあって感情がある。同じような環境であってもそれに対する気持ちまでは全く同じにならないものだ。夫人を憎む者もいれば、夫人が来た事で平穏を手にしたと考える人間もいるだろう。領民の全てが失踪した夫人を憎んでいる訳じゃない。そう思えた。
◇◇◇
あれから目撃証言をした人全員に会い、話を訊いた。結論からいうと、わたくしが納得できる証言は得られなかった。どの人も顔をはっきり見た訳ではなかったのだ。遠目から夫人に似た髪色の女性がいい服を着て歩いていた。この辺りで金髪で上等な服を着られる女性なんて辺境伯夫人だけ。つまり、あの女性は辺境伯夫人に違いない。そういう図式が目撃者の中に出来上がったが故に、ハッキリと見えなくても間違いないと証言したのだ。
「尋ねる側の訊き方にもよるでしょうけど、もしかしたら先入観を植え付けるような訊き方だったかもしれないわね」
「先入観を植え付ける、ですか?」
「そう。まぁあくまで想像だけど、あまりよく思っていなかったところに『夫人がいなくなった。何か知らないか』と訊ねられたら『もしかしてあの時見た女性がひょっとして?』と、自分の記憶を振り返るわよね」
「そうですね。思い返します」
「あぁ。そしてその『ひょっとして』が『間違いない』に変わるのも想像できる」
「ええ。実際に見たのは『女性・夫人に似た金髪・上等な服』。普通ならこれだけで夫人と断定するには早いわ。だけどそこに『辺境伯夫人が消えた』という情報が入れば……」
「自分が見た人物が辺境伯夫人だったのではないか……と、思うわな」
現在は城の与えられた部屋で報告会を行っている。夕飯も済ませ、後は寝るだけの状態でラズにも来てもらって今日の出来事を話す。ラズもこの仮説に対して肯定的な様子で、頷いている。ヴェラもなるほど、という顔をして訊いてくれているのでこのまま続ける。
「騎士団長がいうには夫人の髪色はくすんだ金髪。身長は私よりも10センチ程低かったとのことよ。そして相手の男性の身長はカールさんより少し高いくらい。女性の頭の先が男性の顎くらいということから大体の身長が割り出せる」
カールさんの身長は178センチ。仮に5センチプラスして183センチ。その男性の顎先に女性の頭の先がくるとしたら女性の身長は165センチ程度だ。他の目撃証言者の話を訊く限り、この身長差は間違いないだろう。
だけどここで疑問が残る。
「夫人の身長は155センチ。これは健康診断の記録に載っていたものだから間違いないわ。だけどこれが事実なら、身長178センチのカールよりも少し背の高い男性と並ぶと頭の先は胸の上部あたりになる。これでは証言と合わないわ。
……キスをしていたと証言した目撃者曰く『男性と女性の身長差も丁度良くて見惚れてしまった』と、今でも鮮明に思い出せるそうよ。ここでも顔は見えなかったみたいだけど、この証言を信じるなら夫人の身長では男性は大きくかがまないとキスは出来ないわ。10センチをカバーできる靴なんてないんだから丁度いい筈がないんだもの」
ラズとヴェラの表情が険しい。おそらく、彼らもわたくしと同じ考えに至ったのだろう。
あり得ないと思うし、同時にあり得るとも思えてしまうのがこのクレイン辺境伯領の特殊性。閣下が10年懸命に捜し続け、何も情報を得られなかった理由でもある。
「先生。言いたいことはわかった。だからその先を口にするのはやめろ」
「そうですね。ラズの言う通りです。私が大切なのは先生ですから、先生に危険が及ぶのは看過できません」
察してくれて嬉しいわ。特にヴェラも一生懸命考えてくれたのね。
「ありがとう。今回の依頼はあくまで夫人を見つける事だから、そこに重きを置きましょう。目的を失っては本末転倒よね」
失踪にも関わっているのかどうかは現時点ではわからないけれど、おそらく無関係ではないだろう。だからと言ってそれに言及するつもりはない。
「じゃあラズ。あなたの方はどうだったか訊かせてくれる?」
「ああ。図書館と新聞社を数社当たった。10年前の事は大きく取り上げられ、騒ぎになったようだ」
ラズの話によると、10年前はどこの新聞も夫人の失踪について大きく取り上げて面白おかしく書いていたようだ。目撃者にもインタビューして大々的に『男と駆け落ちか』と書かれていたというのだ。初めてその記事が出たのは辺境伯が戦場から戻って来てから。それから3か月経過して以降、全くその件についての記事が出なくなった。恐らく箝口令にも関係しているのではというのがラズの考えだ。
「記事が出なくなる前に面白おかしく書いていた記者に会いに新聞社にも行ったが……9年前に事故で死んでいた」
「えっ!」
「まぁ」
酒に酔ってよろけて馬車の前に飛び出してしまったというのだ。当時彼の同僚という記者も同席しており、彼が調子よく呑んで泥酔状態であった事を確認してくれている。
「書くなと言われて大人しく引き下がるような人間じゃなかったらしい。死んだ記者はゴシップ記事ばかり書く様な人間で、お世辞にもいい人間ではなかったと記者仲間じゃ有名だったそうだ。で、こっから」
ラズは体を前傾姿勢にしてわたくしとヴェラに近づく様にサインを送る。それに従い、わたくし達も前傾姿勢となり耳を傾けた。
「その記者、調べる事を禁止されてから以降も密かに調査していたらしい。……口止め料としていくらか貰っておきながらな。仲間うちじゃ、口封じに殺されたと噂だ」
「「……」」
「これだけじゃない。この10年の間で旅人や行商人などの不審死が相次いでいる。酔って馬車に突っ込んだ男と同じく、酒に酔っての転落死や荷物が崩れて下敷きになった、ならず者に襲われた……。
それらすべてが関係しているとは言い切れないが、少なくともクレイン領外の人間だけで10人以上が死んでる」
「「……」」
……なんて言ったらいいのかしらね。予想していなかったかと言われれば、そうでもなかったけれど。
「先生。辺境伯は部下だけでなく、私設の探偵や情報屋も雇って夫人の行方を捜していたというのは領内では有名だ。だけど誰一人成果を挙げられなかった。そしてその捜索の裏で何人も死んでいる。関連づけるなという方が難しいことだ」
ラズはそう言って椅子の背にもたれかかった。ギシッと椅子が音を奏で、いやに部屋に響いた。
「先生の事は私が必ず守ります!」
「ふふ、ありがとう。頼りにしてるわ」
ヴェラが胸をどんと叩いて「任せて下さい」と言わんばかりに張り切っている。守られるような事がないのが一番なんだけど、そうはいかないような気がしてきたわ。
……いいえ。
本当はこの依頼を受けた時、ヘザーが訪ねてきた時から嫌な予感はしていたのかもしれない。何とも言えない不気味さを感じつつ、仕事を受けたからには達成しなければならないと言い聞かせていたのだ。
「先生。先生は何の心配もしなくていい。俺と犬で必ず守る」
「そうですよ! 先生は夫人の行方を捜す事に全力を尽くしてください!!」
真っ直ぐにわたくしを信じてくれる二人の目には何の心配の色がない。わたくしが必ず夫人を見つけると信じてくれている目だ。
「……そうね。二人を信じているわ」
「「お任せを」」
期待されている以上、尻尾撒いて逃げるなんて出来ないわ。必ず、夫人を見つけて見せる。その為には手段を選ばない。
「ラズ、ヴェラ。明日は使用人に話を訊くわ。ついて来て」
「「はい!」」
決意を新たに明日に備えて休む。今日のわたくしもすぐに意識を手放したのだけど、深夜に何者かが侵入しラズとヴェラが撃退していたと知ったのは翌朝のことだった。




