第十一話
俺が生まれた村はリリム山脈のほど近くにあった。
王国の中では北の方。
ただ寒さを感じたことなんてあまりなかった。
温暖な気候と広い土地。
この国のほとんどの村はそういう恵まれた環境にある。
そこで大抵の人間は畑を耕して生活している。
俺の家もそうだった。
父と母。
そしてまだ子供だった俺。
3人で毎年、小麦を作って暮らしていた。
収穫が少ない年もあったが、食べるのに困るほどではない。
あれが幸せな家庭というヤツだったんだと思う。
大きな喜びもないが、悲しみもない。
そんな平和な毎日を過ごしていた。
ーーー
朝起きて最初に思ったのは、今日はいい天気だな、ということだった。
あの日のことは一つ一つ鮮明に覚えている。
いつものように朝から畑仕事を手伝い、いつものように家で昼飯を食べる。
そしていつものように3人で村の広場に集まった。
同い年で幼馴染のアレンとクレア。
後の勇者と僧侶だ。
3人で輪を作り、今日は何をして遊ぶかを話し合う。
そしてアレンの提案で近くの森へ行くことになった。
話し合うと言っても大抵はアレンが決める。
子供の頃からグイグイと引っ張る男だった。
俺とクレアはだいたい黙ってついていく。
別のことをやりたい時もある。
しかし長く一緒にいると子供にも役割ができてくる。
それは簡単に変わるものではないし、またわざわざ変える必要も感じていなかった。
大抵の田舎の子供達が作るだろう人間関係と日常。
その日も何度となく繰り返してきた一日と同じように進んでいった。
ーーー
それは森からの帰り道だった。
村の方角から煙が上がっているのが見えた。
…またイノシシでも取れたのかな?
まず頭に浮かんだのはそれだった。
畑の作物を狙って村にはたまにイノシシが出る。
そんな時は村人総出で退治に向かった。
田舎の農村では新鮮な肉はごちそうだったのだ。
うまく仕留められると、イノシシは広場で丸焼きにされる。
子どもたちはその火を囲んで、ウキウキと焼き上がるのを待った。
その時も細い煙が空へ登っていったものだ。
それはたまにしか食べられない肉の味と一緒によく覚えている。
だからこそ違いがハッキリと分かる。
イノシシを焼いた時に登る煙はひと筋だけ。
今は10本以上の煙が上がっている。
「お、イノシシの大群でも来たのかな?」
何本もの煙が立ち上る理由をアレンはそう予想した。
しかし、何かがおかしい。
煙の数がどうこうではない。
空気が違う。
何というか…… 張り詰めていたのだ。
アレンも自分の言葉に違和感を感じたのだろう。
どこか不安げな顔をしている。
俺とクレアも同じだった。
心がざわついていた。
そんな感情は振り払ってしまいたかった。
俺たちは無理やりアレンの言葉に乗っかることにした。
「今日は久しぶりに肉がたらふく食えるかもな〜」
「もう、ラルス君たら。イノシシが来たのなら畑の心配をしなさいよね」
そんなやりとりをしながら村へと帰る道を進む。
その足取りは自然と早くなっていた。
ーーー
煙の原因はすぐに分かった。
ぼとんどの家が燃け落ちていたのだ。
目に入ると同時に3人は駆け出していた。
それぞれの家へ向かって突っ走る。
「母さん…… 父さん…… 」
家族ことで頭が一杯になる。
仕事を手伝え、早くメシを食え、遊んでばかりいるな、、、
口うるさい親だった。
うとましく思う時の方が多かった。
しかし今、何よりも願うのは二人の無事だ。
それは体の奥から自然と湧き上がってくる思いだった。
広場を通り過ぎる。
もうすぐだ。
そこで一瞬、俺は足を止めてしまいたくなった。
突然何も見たくなくなったのだ。
見れば全て終わってしまうのではないか……
しかし思いとは裏腹に勢いのついた体は止まらなかった。
そして
黒い塊が目に入ってきた。
そこにはかつて自分の家があったはずだ。
俺の体はやっと止まってくれた。
呆然と立ち尽くす。
やはり見るべきではなかったのだ。
……
どれぐらいそこに立っていたのだろう。
ようやく俺はゆっくりと動き出す。
そして焼け焦げた家の残骸を取り除いていく。
すぐに2つの死体が見つかった。
俺は最後の希望を込めて2人の手をとる。
指輪をつけている。
子供の頃から見慣れた指輪だった。
母さんと父さんだ。
……
それは確かに目に写っている。
しかし現実感が全くない。
なんだこれは?
俺は今、何を見ているんだ?
自分のことなのにまるで物語の中にでもいるような気分だった。
ーーー
フラフラと広場へ向かう。
そこにはアレンとクレアがいた。
いつものように3人で集まる。
まるで「今日はどこに遊びに行こうか。」と相談しているようだ。
しかしアレンもクレアも一言も喋らない。
二人とも目の焦点が合ってなかった。
あぁ、俺も似たような目をしているんだろうな。
それが村での最後の記憶だった。
それ以上俺の目は映像を写すことを拒否したようだった。
ーーー
それから何があったかは覚えていない。
気づいたら3人で町にいた。
どこをどう通ってきたのかも分からない。
噂がきこえてくる。
俺たちはそこで初めて意識を取り戻した。
「魔王軍が侵略してきたらしいぜ…」
「国境の村はやられちまったらしい… 」
いつものように3人で輪をつくる。
そしていつものように喋るのはアレンだ。
「魔王……俺の仇……
いつか必ず殺してやる。
この手で復讐してやる。
絶対に魔王軍を俺の力で滅ぼしてやる」
今回のアレンの提案には全面的に賛成だった。
ーーー
そのあと俺たちは町の衛兵に保護される。
いくつかの質問に答え、数枚の書類にサインをした。
そして最終的に俺たちは孤児院に入れられることになった。
3人一緒になることを望んだが、国にも事情があるらしい。
別々の孤児院に行くことになってしまった。
アレンやクレアと離れ離れになるのは寂しかった。
家族を失った俺にとって唯一心を許せる人間だったからだ。
ついこの間まで俺のまわりにあった暖かいものは全て無くなってしまう。
まるで世界に一人で放り出されるような気分になった。
別れの時。
いつものように3人で輪を作ってみる。
無言だった。
俺は湧き上がってくるいろいろな思いを言葉にすることができなかった。
クレアも悲しそうな顔をして黙っている。
いつもはそんな俺達を引っ張ってくれるアレンも無言だった。
さすがに複雑そうな表情をしている。
しかし…… その目からは強い光が放たれていた。
村で見た虚ろな姿は完全に消え去っていた。
考えていることはすぐに伝わった。
俺とクレアはアレンの光に引っ張られる。
魔王を倒す。
そのためならなんだって耐えてやる。
もう俺たちは子供ではない。
生きる目的を持った大人にならなければいけない。
そんなことを無言で確かめあえた気がする。
そして俺たちは別々の道を進むことを受け入れた。




