6.Five Land Coast on sea side(中)
「焼きそば二つと生ビール二つ、お待たせしましたぁ」
慣れない笑顔を必死に作りながら、柄にもなく媚びるような声で、大しておいしくもなさそうな焼きそばと、サーバーをひねって注いだビールを茶色のやすっちいお盆に載せて、お客さんのテーブルへ運ぶ。バイト後半は旅館内ではなく、海の家でのバイトとなった。隣では腹筋ばきばきの金髪で焼けたお兄さんに桜先輩が、声をかけられナンパされている。いつもの下ろしている髪は給仕には邪魔だからと、ポニーテルのように後ろで揺った髪は本当に馬の尻尾のように左右に揺れている。赤と黒の縞模様の入った上下のホルダーネックビキニに黒のパーカーとパレオを着ている。あんなに日焼けは嫌がっていたのに、結構水着はきわどいのを着ているのね・・・・・・。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 海の家「ブルーオーシャン」へようこそ! そこのダンディなおじさん、一杯どうですか?」
入口では相変わらず元気な声を出して、浜辺を歩くお客さんに声をかける芳野先輩。流石旅館の娘というべきか、客引きも上手い。それに先輩の知り合いだろう、地元の人がさっきからどんどん入ってくる。上下群青の水着を着て、珍しいことに上はワンショルダービキニで肩の露出が激しい。下は桜先輩同様、パレオをつけているが、上は水着だけ・・・・・・。なかなか攻めている気がしないでもない。
前々から思っていたが、仲の良い先輩二人だが、結構中身や性格は正反対だと思っていた。それの証拠がまた一つ増えた。自分の胸元を見てから桜先輩を見て深いため息をつき、芳野先輩を見てから無意識で勝ったなと頷いた。
「6番テーブル、焼きそば1、ビール3、イカ焼き1。頼む」
にぎわう人々の楽しそうな声とは対照的な、低い不機嫌そうな声が耳に届く。いや、まあ本人は全然不機嫌じゃないし、いつもどおりの声なんだけど、こう、もうチョイ楽しそうに元気良くできないのかしら・・・・・・。キッチンの奥から響也の声が聞こえる。コイツにバイトなんてできるのかとちょっと心配だった。
だって、表情はいつも同じだし、笑わないし、何考えているかわかんないし、やる気があるのかも分からない。結構、バイトって人間関係が重要だから、駄目かもと勝手に思っていたけど、芳野先輩から聞いた評判は、そこまで悪くはなかった。むしろ、いいほうだった。曰く、確かに喋らないが、仕事は速く完璧で丁寧。分からないことはしっかりと聞くし、話が合わなくて、逆に新鮮だったと、旅館のおじさんやおばさんからは評判が良かったらしい。話が合わなくて新鮮ってどういうことよと思ったが、まあそれは置いておこう。
裏で黙々と鉄板の上の焼きそばを焼き続ける響也を見る。緑色の水着に、黒いシャツをきて、額に汗を流しながら、溶岩の上で焼かれているかのように、けたたましい音を立てながら、焼けていく麺に素早い手際で、野菜を入れて水を入れてかき混ぜ、ソースや粉を入れたりしている。いつだったか、料理部を見たとか行っていたが、実は料理は得意らしい。
特に、肉や魚を捌くのは得意だと言っていた・・・・・・。それ以上話を聞くのは誰よりも鋭い私の第六感がまずいと判断してして、その場は離れたが、料理が得意というのはまんざら嘘ではないらいしい。その横では七輪の上で焼かれたイカやとうもろこしを調理している浩太君がいる。大盛況の店内を皆忙しそうに駆け回っている。
「紗夜、早く運んでくれ」
一瞬ぼうっとしていた私を現実に戻すかのように、響也の声が耳に入る。「わかってるわよ」と返事をしてお盆に料理を運んでお客さんの元へ。げ・・・・・・。テーブルの前まで行って、思わず足が止まってしまった。座っていたお客さんは三人。もう店に来てニ時間くらい、ビールを飲んで騒いでいるテーブルだ。騒ぐくらいなら、いいんだけど、声がかなりでかいし、さっきから、私や桜先輩をいやらしい目線で見てくる。
まあ、こういう店でこういう格好をしている以上、多少は覚悟していたが、この客は度が過ぎている。しかも好きあらば、手や胸を触ってこようとするし・・・・・・。何より目立つのは手足に入っている刺青、他人の趣味をどうこう言う気はないが、普段なら絶対に近づきたくない。
まあ、ここまで来ていまさらそんなことを言ってもしょうがない・・・・・・。
「お、お待たせしました。焼きそば1、ビール3、イカ焼き1になります」
「おうおう、嬢ちゃん。ありがとうな」
そう言いながら、ビールを置く私の手を赤らめ顔でいきなり引っ張る。私は体勢を崩して、持っていた焼きそばと残りのビールがお盆から滑り落ちる。落とした皿やグラスは小さく音を立てて床に落ちる。幸運にも割れはしなかったが、こぼしたビールが客の水着と足に思いっきりかかる。
「おう、嬢ちゃんよ、アニキの足にビールをぶっ掛けてくれるとは、どういう了見じゃ!」
「し、失礼しました」
とっさに口から謝ったが、心の中では文句を言いたくて仕方なかった。っていうか、あんたらが私の腕を引っ張ったからこぼれたんでしょうが!!! しかし、流石にそれを声高に言う勇気は私にはなかった。
「まあ、ちょっとそこ座れや」
今度はさっきより強く右手をつかまれ、空いている席に座らされる。そのまま、気持ち悪い手が、私の背中から肩に這うように伸びる。
「いいか、嬢ちゃん。世の中、謝れば済むってもんやないんや。分かるやろ」
今度は、その手が太ももまで伸び、顔が近づいてくる。生ぬるい温度を持った酒臭い息が、私の頬にかかる。驚きと恐怖で固まった私は、その場から動くことはできなかった。様子がおかしいと感じたのだろう、周りもしんと静まり返った。
「良く見ると、嬢ちゃん。なかなか別嬪さんやないか。しゃーない、今から俺らに付き合ってくれたら、チャラにしてやるわ」
そう言って、席を立ち私を連れて店の外へ出ようとする。
「お客さん。ウチの店員がどうかしましたか?」
入口で中の剣呑な雰囲気を察した芳野先輩が客を静止するように声をかける。
「どけや、この嬢ちゃんが俺らに粗相したから、その代わりに今日一日つきあってもらうんや」
そうなんですかと一旦謝る先輩が目で本当?と尋ねてくる。もちろんそんなことはない。私は小さく首を振り、違うと無言で答える。意図を汲み取った先輩は、小さく二回うなずくき、またいつもの笑顔に戻る。
「お客さん、ウチの店員がご迷惑おかけしました。御代は結構ですので、ウチの店員は勘弁してくださいませんか。そう見えてまだ、高校生ですので」
そんなこと言っても納得する連中ではないだろう。案の定、先輩の言葉には耳も貸さずに、ずんずん距離を詰める。
「ほおぅ、いまどきの高校生は発達がいいじゃねーか」
男の一人がそう言って、私の腰を触ったと思ったら、更にその下まで手を伸ばし始めた。私は一瞬上ずった声を上げてしまう。
「やめてください!」
心配して叫ぶ先輩と声を上げる私を嘲り笑うように、下卑た声をだす。そのまま、行くぞと声をかけ、人ごみの中へ消えようとする。思いっきり私も力を入れるが、全然振りほどける気配がない。
「本当にやめてください、警察呼びますよ!」
「どけや!このガキ」
手を広げ、とめようとした先輩の体を思いっきりどつく。華奢な先輩の体が砂の上へと転がる。
「芳野先輩!!!」
腕をがっしりとつかまれて逃げられない私は、首を必死に後ろへ向け、先輩を見る。幸いなことに、下は砂。大した怪我はないだろうが、こんなことに巻きこんでしまって、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「いでぇ!!!」
そう思ったのも束の間、突然私の腕を掴んでいた男が悲鳴をあげたかと思ったら、掴んでいた力が揺む。その隙をついて、体を翻し芳野先輩の下へ駆け寄った。後ろでは、どうしたと心配する奴らの声が聞こえる。
「芳野さん!!!、大丈夫ですか?」
私が駆け寄るのと同時に店の中から出てきた桜先輩。その後ろには数本のフォークを片手に握り締めた響也が、ゆっくりとこちらに向かって歩いていた。はっと、私は痛がっていた男の腕を見る。男の腕には一本のフォークが深々と刺さり、血が垂れていた。喚きながらそれを抜く彼らが響也に気がつくのには、時間はかからなかった。
「何しやがるこのガキ!」
そんな怒号も気にせず、ゆっくりと歩き彼らとの距離を詰める。その表情はいつもと変わらないが、なんとなく怒っている、そんな気がした。次の瞬間私は、安心したと同時にやばいと思った。何がやばいかって? そりゃ、彼らに決まってる。
三人のうちの一人が大声を出しながら響也を組み倒そうと、両腕を前に出しながら突進する。その片腕を掴み、背負い投げの要領で後ろへ投げ飛ばす。そのまま、店のテラス席にぶつかりけたたましい音を立てる。周りにいた客は一瞬で席をたち離れた位置まで逃げる。投げられた男は伸びてしまったのか、わずかに見える足元はピクリとも動かない。
間髪いれずに突っ込んでくるもう一人、響也は足を振り、砂を相手に浴びせる。それに一瞬ひるんだ隙をつき、相手のみぞおちを思いっきり蹴る。カンフー映画もびっくりの距離をとんだ相手はこちらも、ピクリとも動かなくなってしまった。
「てめえ、よくもやりやがったな。このクソガキ!!」
どこに持っていたのか、刃渡り十数センチのナイフを構える。それを見た響也の雰囲気が一気に変わった。夏なのに一気に寒気がしたのは私だけではないはず。しかし、相手はそれに臆さず、響也に突っ込む。響也はフォークを一本だけ右手に握る。たかがフォークされど、フォーク、それを響也がもつと、嫌な予感しかしない。
「だめーーーーー!」
私が叫ぶが、二人はとまる気配がない。二人が交差しようとした瞬間、後ろの人ごみから人影が飛び出した。
「ハイ、ストーップ」
気だるそうな声を出しながら、一人の男が間に割って入った。その手は二人の手をがっしりとつかんでいた。海に似つかわしくない黒色のクラックスに白の半袖Yシャツ、その割りに思いっきり髪を金髪に染めて、今流行のウルフカット、更にインテリやくざっぽい小さなレンズの丸メガネをかけていた。
「大丈夫かい、芳野ちゃん」
心配そうに駆け寄ってきたのは、店長さんだった。
「てめえ、邪魔すんじゃねぇ!!」
間に入られた、男が唾をまき散らしながら大きく叫ぶ。響也もゆっくりと立ち上がり、睨みつける。
「はあ? お宅らこの平和なビーチでケンカなんかしてるんじゃねーよ。お客さん逃げちゃうでしょ」
「うるせー! こちとら、飯を台無しにされた挙句、フォークでさされて、ダチはやられるしで収まりつかねーんだよ!!」
「・・・・・・」
「なんか言わないのかよ」
何も言わない響也のほうを男が見つめる。その目線は鋭く、何か言いたげだった。しかし、響也はそんな思いなど全く寄与しないように、つまらなそうに視線をはずす。そのまま、響也は何事もなかったかのように店の中へ戻っていった。
男の人はしばらくその背中を見つめていたが不意にため息をついて、首をふった。
「不動さん、彼は悪くないんだよ。ただ、友達を助けようとしただけなんだから」
「まあいい、店長、後でビールおごってくれよ。それから若い奴らに言って、そこに伸びてる二人も連れてこい」
そう言って、男の手を掴みながらどこかへと連れて行く。指示された店長は、店のバイト達にそれを指示し、私達を安心させるように笑いながら言う。
「もう大丈夫、彼はこの地域で雇ってる用心棒みたいな人でね、こういう揉め事のためにいるんだ。」
「ははは、ならもうちょっと早く呼んで欲しかったね」
軽口を叩きながら、立ち上がる芳野先輩。そのおぼつかない体を支えるように桜先輩が寄り添うう。それから、私達は少し長めの休憩をもらった。丁度海の家に備え着いている、椅子が二つ空いていたので、私はそこに腰を降ろして、海を眺めた。残念ながら、ここの海は海外の海のようにエメラルドのような、洒落た海ではないが、雲ひとつない空から差す光が反射して、とても綺麗に見えた。ふと隣を見ると、同じように海をぼうっと長めている響也がいる。コイツの目には私と同じような海が見え、同じような感想が浮かんでいるのだろうか?
「何を見てるの?」
「海だ」
いつかのような質問に、いつかのような答えが返ってくる。行きかう人々の雑音も今だけはなぜか心地よく聞こえる。私は自分でも気がつかないまま、微笑んでいたのだろう。
「感想は?」
「そうだな、はっきり言ってあまり綺麗な海ではないな。人は多く騒がしいし、ゴミはその辺に落ちてるし、海だってお世辞にも綺麗だとはいい難い。さっきの男のような輩もいる、しかし・・・・・・」
「しかし?」
「いや、なんでもない」
そう言って、立ち上がりぶらりと海に向かって歩いて行った。一瞬だけ見えた横顔は笑っていたように見えた気がした。光の反射だろうか・・・・・・。
「なによ、もったいぶってないで教えなさいよ」
その背中に声をかけるが、返事はなくそのまま海の中に消えていった。
「ありゃ、紗夜っち。振られちゃった?」
後ろから急に影ができたかと思うと、立っていたのは芳野先輩。右手に持っている、店から拝借したであろう虹色の水滴がまぶしいラムネのビンを一本私に差し出す。
「ええ、まあそんな感じです」
私に渡してすぐに持っていた自分のラムネのビンを空け、喉を鳴らし一気に飲み干した。それから、まるでビールを飲んだおじさんのように息を吐き、口を拭いた。
「響也君、かっこよかったね」
「そうですか? ただのかっこつけたがりじゃないですか」
思ってもないことを口にしてしまう自分に、ちょっと後悔しながらラムネのビンに口をつける。甘いラムネが乾いた喉を潤す。私の顔を覗き込んだ先輩は、反射する陽光を光らせた八重歯をきらりと見せながら、その気まぐれそうな瞳をこちらに見せて、小さく微笑む。
「まあ、いいさ! それより、さっきは本当にごめんね。危ない目にあわせちゃって」
「いや、あれくらい大丈夫です! 慣れて・・・・・・」
つい、慣れてるんでと言いそうになってしまい、口が開いたが、とっさにそれは飲み込んだ。そんなことを言い出しそうになる、自分に苦笑を禁じえない。なぜか笑う私を不思議そうに見る先輩。私はつい話を変えるため、気になっていたことを言った
「そういえば、さっきの金髪の人、あの人は?」
「ああ、不動さん? さっきもちょっと店長が言っていたけど、数年前からこの辺で雇ってる"護衛屋さん"」
護衛屋? また聞きなれない仕事だと思った。まさに"殺し屋"とは逆の仕事。きっと正義の味方みたいな仕事なんだろうなと勝手に思った。
「三、四年前から、この時期だけいる人だよ。さっきみたいなも揉め事を何とかしてくれる人さ。」
なるほど、こんだけ人がいれば揉め事だって起こすだろう。警察だっているが、それだって二十四時間いてくれるわけではない。そんなときに何とかしてくれるのが、あの人みたいな人だ。
その後しばらく、芳野先輩と雑談していると、一泳ぎしてきた響也が、戻ってきた。ベンチにおいてあったタオルで体を拭く。
「お帰り、響ちゃん!どうだった。海?」
「悪くない」
そんな他愛ない返事をなぜか嬉しそうに受け取る先輩。そんな響也が何か気になったのかあさっての方を指差す。その方向を見ると、崖の上になにやら、大きなお屋敷? みたいなものがある。
「あの屋敷はなんだ?」
「ああ、あれ・・・・・・」
なぜかトーンが一気に下がる先輩。なぜだろう・・・・・・。
「どうかしたか?」
「い、いや、まあ、地元じゃ有名な話だし・・・・・・」
そう言ってその屋敷について話始めた。お屋敷は昔からある、所謂異人館、それをとある外国のお金持ちが買い取ったらしい。しかし、そのお金持ちが変わった趣味だったのか、その館を色々改築増築して、中は奇妙な形となってしまったらしい。いつの間にか水平になっている昇降口、持ち上げてあげるドア、三角形の部屋、壁が出っ張った廊下など、奇妙ななつくりらしい。
通称「四次元異人館」と地元では言われているらしい。あそこまで行くまでの道は、一本しかなく、他には何もないため、誰も近づかない。
話の本筋はここから・・・・・・。あの屋敷には誰も住んでいない。持ち主も、年に何回かしか来ないらしい。だから、偶にその屋敷に面白半分で忍び込んだりする人がいるらしい。そして、・・・・・・
消える
勿論理由は分かっていない。曰く、屋敷に住みつく悪霊に誘われ、四次元に消えてしまう、と誠しやかに言われているらしい。一時期はその行方不明者を探すために、警察も立ち入ったが、結局何にも見つけられなかったそうだ。
「っていう訳だから、二人も近づかないほうがいいよ。まあ、行こうと思っても、山道を一時間以上走ることになるから、そうそういけないけどねっ!」
そう言って、芳野先輩はバイトに戻っていった。最近幽霊が見えるような私にとっては、ちょっと気になる話だったが、響也は興味なさそうな顔していた。
「一つ聞いていい、幽霊っていると思う?」
「いるかいないかはわからないが、いないで欲しい」
歯切れの悪い言葉で、しかも「いないで欲しいなんて」もしかして、コイツ幽霊が怖いとか・・・・・・。この完璧朴念仁の弱点を見つけてしまったかもしれない、と嬉しくなった
「なんで?」
さあ、言いなさい。幽霊が怖いって。私は顔を近づけ、その言葉を待つ・・・・・・。そんな私に引き気味な響也は、ドまじめな顔で口を開く。
「人間ならナイフで殺せるが、幽霊はナイフで殺せないからな」




