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殺し屋の過ち学  作者: ニムゲ総長
2章/低速嫌いの高速バス
34/45

19. エピローグ/握ったハンドル、動き出した時間(下)

お前が死にたいといった「今日」は、昨日死んだ人が死ぬほど生きたかった「明日」だということを忘れるな。


それが何?


私が死にたいといった「今日」は、昨日自殺した人が死んでも回避したかった「明日」なのよ

--------------------------------------------------------------------------

 救助ヘリが気絶した女の子と支える男の子を先に救助し、一旦戻っていった。

彼女は何も言わず、ただただ私の横に立って前を見つめていた。

 

 「戻ったら罪を償って、やり直して。あなたはまだ若い、やり直せます」

 

 あきれたようにため息をつきながら、横目で私を見る。その目には既に何かが消えたような悲しい目をしていた。

 

 「同じような台詞を健ちゃんにも言われたわ、まだやり直せるって」

 

 「じゃあ「でもね、私はあの日、死んだの」」

 

 自嘲気味に笑いながら、悲しそうな声を私を向ける。


 「今の私は死んだ人間。一旦死んだ人間がやり直すことはできないし、許されないわ。」

 

 私の隣に立っていた彼女は一歩前に踏み出す。そんな彼女に押されるように雨の勢いが少し弱まった。

 

 「そんなの、誰が許さなくても、私は許します。生きてください」

 

 強い断言するような口調で私は言ったが、私がどんなに言葉を投げかけても、彼女の心は動かない。そんな気がしてしまった。自分の無力さを呪いながら、どうやって彼女を死なせないかを必死に考えながら言葉を紡いだ。

 

 「今あなたが死ぬのを、彼が喜ぶと思うのですか」

 

 「そうね、きっと喜ばないでしょう。健ちゃん優しいから、最後の最後まで、この計画には反対していたわ」

 

 「だったら、なぜ」

 

 「もう疲れたのよ。生きるのに。もしここで、生き延びたって、私はもう生ける屍。何も無いわ」

 

 おどけるようなポーズで、両手を上げる。足をまた一歩前に進める。

 

 「そんなことはありません。生きていればいいことだってたくさんあります。学校に行って、友達を作って、恋をして働いて、結婚して、子供を作って家族に囲まれる。生きていれば、まだまだ楽しいことはたくさんあります」

 

 私は自分の目に涙が浮かんでいるのが分かった。陳腐な例えしか出てこない私の語威力の無さに、苦虫を噛んだ。目に光が消えていた彼女に一瞬光が戻った気がした。

 

 「見解の相違ね。刑事さん。私はそんなことが幸せだなんて思わないわ」

 

 ヘリは近づく音が聞こえる。それを聞いた彼女は時間が来たとばかりにバスの際まで更に足を運んだ。

私は顔をぐしゃぐしゃにしながら、手を伸ばす。けれど、彼女には数メートル届かない。

 

 「でもね、刑事さん。最後にこんな私を引き止めてくれて、本当に嬉しいわ。それにバスが爆発した瞬間、庇ってくれたでしょ。あなたに庇ってもらった瞬間の暖かさは、忘れないわ。って言ってももう、先は無いけど・・・・・・。あなたみたいにないい人に、もっと早く会いたかった」

 

 「私は、あなたをこんなところで死なせるために、庇ったわけではありません。ただ、あなたに・・・」

 

 私が言い終わる前に彼女は何を思ったのか、今までにない位、場違いな笑顔を浮かべた。その笑みは私が人生で見た笑顔の中で、もっとも綺麗で儚かった。気がつけば雨がやんでいる。

 

 「ねえ、今日会ったばかりの刑事さんに、こんなこというのは身勝手だけど、私の最後のお願い聞いてくれる?」

 

 私は声を出すこともできずに、ただただその場でうなずいた。気がつけばもう頭上にはヘリが待機している。

最後に彼女は私にとても小さな願いを呟いた。その呟きを聞いてうなずいた私を見た彼女は満足そうに一言


 「ありがとう」

 

 と言って、小さくジャンプしこちらを向きながら、濁流流れる眼下に飛び降りた。もう私の耳には何も届いていなかった。頭の中は彼女の言葉が、壊れたオルゴールのようにリフレインする。彼女の笑顔を私はきっと忘れることは無いだろう。私はやる瀬の無い感情を精一杯出すかのように、大声で叫びながらバスに拳をたたきつけた。

 ------------------------------------------------------------------------


 彼女の部屋からは遺書が見つかり、今回事件を起こした経緯がつらつらと書かれていた。

照子さんと健二君は王座村出身で、幼少時代は中が良く、いつも仲良く遊んでいたらしい。

しかし、ダム建設が決まり二人は離れ離れに、照子さんのほうは両親が離婚し、お父さんのほうへ引き取られた。


 再婚した母親からも父親からも、邪険に扱われ、決定的だったのは二人の間に子供が生まれたことが分かった頃からだった。

 学校でもなじめず、ひどいいじめにあっていたらしい。今回このバスを襲ったのは、その主犯の生徒が王座山に友達と行くことになったのを知ったからのようだ。唯一の被害者はこの男子生徒のみ、つまり彼女が最初にした要求ははじめから、彼をターゲットとするためのものだったようだ。そういえば、唯一の被害者の少年は一命を取り留めた。彼女が、手を抜いたのか。その真意も今はわからない。


 遺書には他にもいじめをしていた、生徒の実名が書かれていた。彼らは元々死ぬつもりだったのか、同様の遺書を新聞各社やテレビ局へ送っており、報道が過熱している。さらに彼らを散々虐待した、両親への恨みつらみも如実に書かれていた。

 

 健二君のほうは、照子さんの二つ上。受験ノイローゼで親からの強いプレッシャーの元、3度の受験失敗が重なり自殺を決意、自殺サイトで偶然にも再会した照子さんと今回の事件を起こすにいたった。これまでの調べで、彼らが再開したのはわずか一ヶ月ほど前だったことが分かっている。

 そんな短い期間でなぜそのままどこかへ逃げず、このような強行へ至ったのは、いまだ分かっていない。他にも事件前日に二人が婚姻届を出していたことが分かった。


 彼女の遺書には、二人が幸せに過ごした、王座山が一番良く見える、ここの墓地に入ることを希望する旨が書いてあった。


 「ほれ」


 私が二人に思いを馳せていると、後ろからライターで火を着けた線香を二本万方さんが手渡す。彼も何か思うところがあるのか、何も言わず、寂しげな顔をして線香を備えて目を瞑る。

 暖かい初夏の風が、丘を駆け登り、線香の淡い煙を青い空へ導いていく。天国があるなんて私は信じないし、彼らが天国へ行ったのか地獄へ行ったのかなんて、それこそ神のみぞ知るといったところだろう。


 彼らは犯罪者なのだ、多くの人を死の危険にさらし、あまつさえ、一人を重症にしている。それはどのような理由であっても許されることではない。しかし、なぜだろう、私の目からは一筋の涙が流れた。


 不意に頭に、無骨な手が置かれる。


 「女性の頭を軽々しく触るなんて、セクハラですよ」


 私は振り向かずに、泣いているのを悟られないよう軽口を叩く。


 「そりゃ失敬、俺には小娘が泣いているように見えたんでな」


 振り返り、先に車に戻ると言って、足早にその場を後にする。


 私は、彼女から言われた最後の願いをかなえるために、持ってきた袋の紐をといた。

中からは、これからの夏にふさわしい黄色が目立つ双房の向日葵だった。


 袋の底から、借りたショベルを取り出し、それらを植える穴を掘る。そこに、向日葵をそっと置いて、土をかぶせる。


 今は無き王座村の名産だった向日葵。流石に大きな向日葵をここに植えることはできないがミニ向日葵ならば、場所もとらない。

 小さなお墓の横に揺れる向日葵、彼女が何を思ってこれを植えるよう私に頼んだのか想像も着かないが、それを無碍に断るのは心苦しく、今日植えることにした。


 初夏の風に揺れる向日葵、たゆたう線香、広がる青空に新緑輝く王座山。それらを小さく望む彼らの終の住処を後に私は、車へ戻っていた。不意に背中から、ありがとうという声が気がした。振り返っても、誰もいない。私はなんとなく、微笑んだ。


 駐車場に戻ると車を背にして、タバコを結わえる万方さんも目の前に広がる雄大な王座山を感慨深く眺めていた。私が戻ってきたのを見つけ、タバコの火を消した。

 

 「戻るか」

 

 運転席のドアを開けようと手を掛けたとき、私は止めるように声をかけた。

 

 「ちょっと、待って下さい」

 

 私は近づいて、車の鍵を渡してもらう。

 

 「運転したい気分なんです」

 

 「事故るなよ。俺はまだ死にたくないんだ」

 

 笑いながら、運転席のドアを開ける。彼らが眠る丘を一目見てからドアを開ける。キーを挿し、エンジンを駆けサイドブレーキを下ろす。ギアをいれ、アクセルを踏み、ゆっくりと車が走り出す。時が止まった彼らを背に、私の時間は再び動き出した気がした。

 殺し屋の過学 第二章をごらん頂ありがとうございます。本編とはなんの関係もありませんが、皆さんにブックマーク&評価いただいたおかげで、なんと本日「ローファンタジー」の日間ランキング80位に載ることができました。これからも、頑張って行きたいと思います!

 さて、一章とは方向性をかえた二章はいかがだったでしょうか。個人的には、刑事の朝比奈と犯人の照子が書いて好きに成りましたが、皆さんの琴線にひっかかるキャラがひとりでもいたでしょうか?

 読んでいて思ったこと等がなにかあれば、率直な気持ち感想&評価を記載してくれれば本当に嬉しいです!特に、ここが面白い、ここがつまらないおかしいという感想&評価は今後に生かして生きたいと思っています。皆さんの忌憚無きコメントをお待ちしています。


 さて次回は第三章「真っ赤に染まったブルーオーシャン(仮)」となります。投稿予定は7月です。とある理由から海に興味をもった響也が、皆と海にいくお話となります。また、読んでいただけることを楽しみにしています。それでは、また!!!

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