18. エピローグ/握ったハンドル、動き出した時間(上)
「よって、このたび北東道バスジャック事件に際し、一瞬の隙をつき犯人を取り押さえ、その間に多くの乗客をバスから
避難させ、事件解決に大きく貢献した、朝比奈刑事に、警視総監賞を授与する」
割れんばかりの拍手を背に受け、壇上に上り仰々しく敬礼をし、賞状をいただく。
腕を上げた際に、肩が少し痛んだが、悟られないよう笑顔でその場を後にした。
「その年で警視総監賞とは、将来有望だな」
出口で待っていた万方さんが、タバコを吸いながら壁に寄りかかり私を待っていてくれた。
「こんなの偶然ですよ、ちょっとプライベートで旅行に行こうとしただけですから」
笑いながら、先に進む万方さんについていくように、私は正面玄関に向かう。今回の事件を解決に導いたと
私は担ぎ上げられ、署内でもちょっとした有名人になっていた。
あの雨の中、呼子笛の音を聞きつけた救助班が、すぐさまバスを見つけてくれて、緊急ヘリを呼んで、私達を引き上げてくれた。
見た目大きな怪我をしていなかった二人は、後日病院で検査をするという約束の元、そのままもともとの目的地である王座山に送られていった。彼らはキャンプと登山を予定していたようだが、残念なことに周りに促され、それらは中止になり、おうちへ帰っていったようだが・・・・・・。
二週間ほど、病院で療養していた私は、幸か不幸かこれまでの忙しかった時間を取り戻すかのように、ゆっくりと何も無い時間を過ごした。最中、姉が泣きながら私を見舞いに着たり、万方さんと部長が共に顔に似合わないフルーツセットを持ってきたりしてくれた。
そして今日、私の仮復帰にあわせて執り行われた、授与式に参加し、私は復帰一日目に行っておきたかった場所にこれから、無理言ってつれてもらうことにした。病院にいる間、私の頭の中にあったのは、なぜ彼女はいや彼女らはあんな事件を起こしたのかということだった。その答えはきっと出ない。そう思ってはいても、どうしても行きたいという私の思いは変わらなかった。
「しかし、なんだ。復帰一日目にそんなところに行きたいなんて、どういう風の吹き回しだ」
「いえ、そうですね。しいて言うなら、この事件を終わらせたいと思いまして」
そうかとつぶやいて、前を見る。しばらく車を走らせ高速に乗る。窓から隣で走る車や対向車を走るトラックを不意に見る。
あの日はがらんとしていた高速道路だったが、今は又皆急ぐように道路をひた走っていた。あのとき前日の交通整理で呼子笛を持っていたのは、まさに奇跡だった。あれが無ければ、今頃私はここに居なかっただろう。
「ねえ、万方さん」
「ん、なんだ。」
吹かしていたタバコを取り、タバコを灰皿に突っ込み、ただただ前を見ながら答える。
「刑事の仕事って何なんですかね」
「なんだ、藪から棒に」
「いいじゃないですか」
「お前はどう思うんだ」
「質問に質問を返すのは、ルール違反ですよ」
コンクリートの隙間から見えた晴れた空を見上げ、私は考える。警官になって、もうすぐ十年。自分で聞いておいてなんだが、なんて子供みたいな質問なんだろう。教科書的に言うなら、国の治安維持をするのが警察だろう。しかし、私が求めている答えはそんな、上っ面なものではなかった。
「・・・・・・、普通の生活を支える仕事ですかね。皆が普通に生活できるように助けて、時に困ったことになっても、また普通に戻れるように支えてあげる。そんな仕事だと思います。万方さんはどう思います?」
「俺はお前と違って、そんな高尚なこと考えながら仕事はしてねーよ。金がもらえりゃ何でも良かったが、昔の俺は馬鹿だったんだろう。県外への旅行には申請がいるし、交通ルールは厳守だし、夜勤は多いし、給料は安いし、捕まえた奴には恨まれる。こんな割りにあわない仕事を選んじまった。」
「そう、ですか」
「しかし、この仕事をやっていて良かったと感じる瞬間が偶にある」
「どんな時ですか」
「名前も知らない他人に、ありがとうと言われるときだ。こっちは大したことしてないし、仕事だからやってるんだがな」
「なんですかそれ、良いことでもいったつもりですか」
言っていて恥ずかしくなったのか、顔が赤くなり、馬鹿野郎と怒鳴る。私は、なんだか嬉しくなって、両手で口元を隠した。しかし、笑い声を止めることはできなかった。まったくと、ぼやく万方さんの声が聞こえた。
「ついたぞ」
高速を走って一時間、更に下道を三十分走って、私達は小高いの丘を見上げる駐車場についた。周りはのどかな田園風景が広がり、夏に入ったことを早くも感じたのだろう、蝉達の泣く声が聞こえる。
「夏だな」
車から出てハンカチで汗を拭きながら、ため息をつく。
「いいじゃないですか。夏。私は好きですよ」
私は車の後ろに周り、トランクをゆっくりと持ち上げ、中に入れていた、小さな茶色い袋を取り出し手に持つ。ポケットから以前にもらっていた地図を取り出し、示された場所を目指し、ゆっくりと歩く。平日の真昼間ということもあって、すれ違う人はいない。無人の園内を初夏の風を感じながら、私達は無言で歩いた。
「ここです」
しばらくあるいて目的の場所に着くと、目の前には小さな石がただ置いてあり二つの名前が刻まれていた。
青葉台 健二
青葉台 照子(旧姓 伊井 照子)
私は鞄から数珠を取り出し、その場にしゃがみ目を瞑る。ここに彼女達は眠っていないが、思いはどこかへ届く気がした。
思い出すのは彼女と会話した最後の瞬間だった。




