16.命の価値(上)
「どういうことだ、このサイレンは!」
バスから飛び降りた乗客を回収し、いざバスが落ちて言った山底へ突入しようかとした矢先に
サイレン音が鳴り響き、遠くで水が放流される音が聞こえる。
雨具を着て、準備していた救助犯に動揺が広がる。
部長に目線を送ると、すぐにうなずいてどこかに電話をかけ始める。
「もしもし、こちら県警の磯ヶ谷だ。責任者に代わってくれ」
「・・・・・・」
「始めまして、私はバスジャック事件の責任者の磯ヶ谷といいます。お聞きしたいのは、先ほどのサイレンの件です。どういうことですか」
「始めまして、刑事さん。俺は王座ダム運営会社社長の宮瀬だ。どうもこうも、聞いたろ。続いてる長雨のせいで、ダムが水であふれ出そうなんだよ。だから、水位を下げる為に放水中だ」
おいおいおいおい、マジかよ。
そんなことすりゃ、落ちた奴らは全員死んじまうぞ。
「これから、我々が山底へ救助のため降ります。放水は中止してください」
電話口でため息をつく声が聞こえる。
「これだから、公僕は! いいか、マジでこれ以上水かさが増せば、ダムが決壊する可能性がある。そうなったとき、アンタは全責任を負ってくれるんだな。3000億のダムが決壊したときの責任はアンタが取るんだな」
強い口調で、繰り返し責任を強調する声が聞こえる。
3000億という馬鹿でかい数字にすぐさま答えを出せないでいる部長。
回りも、そんな部長に何にもいえないでいる。
俺が部長だったら、この瞬間何と言っていただろうか。意味の無い仮定を頭の中で繰り返すが、答えは出ない。
「・・・・・・」
どうしていいか分からず、互いに沈黙する。
もちろん人命が優先。そんなこと分かりきっている。教科書ではそう教えているし、それが正しい。
人の命は金では買えない。
しかし、逆もまたしかり、命では金は買えないのだ。しかも3000億。ここにいる人数が100人だとして一生のうち三億稼いだって、十回は人生生き返ってやっと稼げる金額だ。
いくら、ここで数名を救助したところで、ダムが崩壊したのでは、世間からのバッシングは避けられない。最悪なのは救助が長引き、その間にダムが決壊。救助も失敗するパターンだ。
それは電話の向こうの人間も同じだろう。だ
「磯ヶ谷さんよ、あんたの気持ちも分かる。俺だって人間だ。助けれるなら助けたい。だが、無理だ。分かってくれるな。
俺が放水することで、人命が失われようとも、俺はスイッチを押す。死んだ人への責任は俺が取る。それが俺の仕事だ。分かったな」
「・・・・・・」
電話が切られる。目の前で朝比奈を含めた乗客が、死ぬのをただただ、指を咥え見ているしかないのか。
俺は自分が情けなくなり、大きく机に手を叩きつける。無常にも電話口の相手は、大きき息を吐いた。これ以上はなすことは無いといわんばかりに。
「わかったな、きる「少々、お待ちください。宮瀬さん」」
あきらめかけたその時、受話器から突然女の声が聞こえる。
「あなたは、・・・・・・。いえ、何の用ですか。」
「いやいや、このままでは互いに大きな損をすると思って、声をかけたまでですよ」
受話器越しに、二人のやり取りが聞こえる。先ほどまでの威圧的な男の声はどこへ言ったのか。
「刑事さん、教えてくださらない。どれ位の時間で救助が終わるのかしら?」
「2時間といったところでしょう」
部長はジャストといった時間を言った。この雨の中、山底もどこに落ちたのかも分からないバスと乗客を探すのは、2時間でもはっきり言って厳しい。何か目印になるようなものがあれば別だが。
「宮瀬さん、正直に言って後どれ位でダムは決壊するのかしら?」
「・・・・・・、一時間は待てないでしょうな」
何かを悩んで、声を出す。
「分かりました。では、刑事さん。一時間だけ時間をあげましょう。その間に救助をしてください。」
おお、と室内に歓声が沸く。
「ちょっと。何を勝手をに決めてるんですか。ダムが決壊したらどうするんですか。一時間だって、確証は無いんですよ」
慌てる男の声が、大きく響く。しかし、それに続いて凜とした強い意志のようなものを感じる声が部屋に響き渡った。
「その時は全責任を私が取ります。宮瀬さん、放流は今すぐ中止しなさい」
しんと、室内がその言葉に水を打ったように静まり返った。
誰だか知らないが、この宮瀬という男と一緒にいるくらいだ。ただの女ではないだろうが・・・・・・。
本当に全責任を取るというとは・・・・・・。
「本気ですか」
「もちろん。女に二言はないわ。たった3000億の責任も取れない、肝っ玉野小さいあなた達に心配される必要はありません」
「ありがとうございます」
複雑な表情の部長だったが、ひとまず時間は稼げた。そのことを電話口の彼女に礼を言う。
「礼を言われる筋合いはありませんわ。しかし、必ず救助しなさい。一時間よ、いいわね」
そういって電話が切られる。
無機質な機械音が、通話口から響き渡る。
部長は今回最後の通達を出すように無線をもち、大きく息を吸う。
「全救助班員に告げる」
長い雨に打たれていた山に一筋の光が差した。そんな気がした。




