14.雨物語(上)
気がつけば、体はずぶぬれだった。体をゆっくりと起こして、ものが散乱している車内をゆっくりと見渡すように歩く。
雨音が聞こえて、そこら中の窓は割れ、破片が当たり一面に飛び散っていた。
売り向くバスの後ろ半分はなくなっていた、爆弾が爆発したことを思い知らされる。
ゆっくりと前に進む。乗客の多くは既にあのカーブで飛び降りたのか、人影はない。
一番前の席に来たところで、何か物音が聞こえる。
見ると、長身の女性が肩口にから服が真っ赤になるくらい血を流していた。
その下には、庇われるかのように覆われた女の子がいた。
薄赤色の髪を後ろで束ねた、長髪が割れた窓から入ってきた雨でぐっしょりと濡れている。
頬は庇われた拍子に、着いたのか血がべっとりと着いている。
少し周りを見ると、犯人の持っていた手斧が無造作に置かれておる。
犯人が女の人を刺したのか、バスが落ちた衝撃で刺さったのか分からないが、
この斧が原因なにのは間違いない。
他の人がいないか気になってバスを探したが、他には誰もいない。
響也も犯人も。落ちた拍子に、投げ出された?
そう考えたときに、前のほうで、どさり、音がした。急いで見ると
先ほど覆いかぶされていた女の子が目を覚まし、ゆったりと立っていた。
さっきは気がつかなかったが、右足が不自然に曲がってる。
「ちょっと、あなた、だいじょ、・・・・・・」
無理に立っては良くないと思い、近づいて気がついた。
女の子の着ている黒いジャージは手斧を持った犯人の一人と全く同じだった。
一歩後ずさり、とっさに横の席に身を隠す。少しだけ、頭を出し二人の様子をのぞく。
「あは、ははははは」
外の雨音に、協和するように不気味な不協和音が車内に響く。
「そこのあなた、そんなに怖がらないで。」
手斧を拾い、曲がった足を引きずりこちらへゆっくりと近づいてくる。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ
頭の中の危険信号はこれ以上無いってくらい、活発に光り始めていた。
一歩、一歩、ゆっくりではあるが、確実に近づいてくる。不気味に光る目が私のほうをじっと見つめる。
私は後ろにあった、外れた座席を両手に持ち、盾のように構え思い切って通路に出た。
「わ、私をやろうって言うの。いいじゃない、やってやろうじゃない」
不恰好な私を見て、目を細め、不気味に微笑む彼女。小さく笑い、不自然に曲がった足で、更に一歩私との距離を
詰める。
「これ以上、近づかないで!!!」
精一杯の声で、威嚇する。彼女の薄らな笑みは一向に崩れないが、足は止まった。その場で大きく手斧を振り上げ、
こちらへ飛ばした。反射的に身をかがめた私のはるか頭上を回りながら、バスにあいた大穴から、外へ放り出される。
何が起きたか分からない私は、再び通路に出た。
「安心してよ、もう私のやりたいことは終わり。」
そういって踵を返して、無防備な背中を私に見せる。ちらりと振り返り、視線を向けられる。
「さあ、手伝って、この人を助けないと。」
そう言って、弱弱しい背を見せて歩いて言った。
先ほどまでの、雰囲気は消し飛んで痛みを堪えて歩く姿は、私と変わらない年相応の女の子に見えた。
私は外に出て、下の荷物庫から救急セットが無いか探した。ほとんどの荷物は爆発の影響でなくなっていたが、いくつあの荷物は
まだ残っていた。隣では同じように、犯人の少女もてきぱきとバックの中身を空けては、閉め開けては閉めの作業を繰り返していた。平然と私の横で、荷物を漁る彼女を見る。さっきまではマスクと帽子で隠れて良く表情は見えなかった。
薄赤色の髪を後ろで束ねた、長髪。意思の無い人形のような瞳。鮮血がこびりついた頬に浮かぶ小さな唇は、なにかやり遂げたような笑みが浮かんでいた。
「あった」
そう彼女が小さくつぶやく、手には赤十字マークがついた木箱を持っていた。彼女はそのままバスに戻り、横たわり苦悶の表情を浮かべる女性をバスの入口の階段へ座らせる。彼女が着ていた、ブラウスとベストをこなれた手つきで脱がせると、紫色の下着と肌色の胸元があらわになる。同時に、右肩口から背中にかけて、斧が突き刺さっていたであろう、場所が痛々しく姿を現す。
救急箱から大きめのガーゼを一枚取り出す。
「消毒液取って」
言われるがまま、箱をあさっておなじみの消毒液を取り出し、渡す。ガーゼにありったけそれをつけ、彼女の傷口を優しく拭くように、当てる。
気絶していたであろう、彼女が電池の入った人形のように一瞬で首を起こし、苦悶の表情を浮かべながらこちらを見た。
「我慢してください」
淡々と背中を消毒する。
「あなた、いい度胸ね」
「まあ、バスジャックするくらいだからね」
今背中を治療してくれているのが、バスジャック犯の一人だと気がついたのか、首を曲げ驚きの表情で見つめる。
「何か、珍しいものでも見えた?」
「・・・・・・」
一通り、傷口を消毒した彼女は二枚目のガーゼをゆっくりと背中に添えて、腰を手を回して、何も言わずぐるぐると包帯を巻き始めた。降り頻る雨音だけが、しんしんと私達を包み込む。
「なぜ、バスジャックなんてしたんですか?」
不意に声をだす。悲しそうな不思議そうな、何かを諭すような戒めるようなあいまいな声だった。
「そうね。じゃあ、答える前に聞くけど、どんな理由ならあなたは納得しますか」
「・・・・・・」
「親に虐待されたから、クズ共にマワされたから、将来に希望が無いから、不治の病にかかったから、・・・・・・。どんな理由ならあなたは納得しますか?朝比奈 刑事」
突然名前を呼ばれ、びっくりして唖然としている。もちろん私だって同じだ。
「なぜ、私の名前を?」
「お返しします」
不意にポケットから、一冊の黒い手帳を取り出す。その手帳が座っている彼女の膝の上に、孤を描いてぱさりと落ちる。
二つ折りだったそれは、両開きになり写真が見える。制服を着ているため、雰囲気は違うが間違いなく彼女の顔だった。
「理由はおいといて、私は感謝してるの。あなたが、あの時反対車線に飛び出るよう言ってくれなければ、皆爆発で死んでいたわ。あなたの勇気ある行動が乗客の命を救ったといっても、過言ではないわ」
そう言って、仰々しく礼をする。全く持って彼女がしたいのか、何が言いたいのか分からない。それから、彼女は私達が何を聞いても、口を開かなかった。もう言うべきことは言ったといわんばかりに、空いている席に座りただただ外の雨を眺めていた。




