13.目的地(下)
耳元で流れる曲が三周繰り返した後、突然途切れた。その後に聞こえた音は曲ではなく、いつもの聞きなじんだ声だった。
それと同時に降り始めた雨が激しい勢いで窓を騒ぎ立てる。
「はぁい、響也。なかなか、大変みたいねぇ。生きてる?」
俺は音楽再生機のボタンを素早く押し、返事を返す
<もちろんだ。紗夜も無事だ>
「それは良かったぁ、でも、ちょーっといつもよりピンチかもよぉ」
そう言って、いつものように笑うルリル。先を促し状況を確認する。
犯人の要求はダムの落成式の中止と破壊・・・・・・か。俺と紗夜に関係あるかと少し思っていたが、それは杞憂だったようだ。
<犯人のめぼしは?>
「まさか、そこまではまだよ。警察もそこまでは掴んでいないようだしね」
<方針を聞きたい>
「了解、良く聞いてね。多分バスの行き先は王座ダムよ。だから後30分も走れば王座IC降りて、下道を走るわ。すぐに長いトンネルに入るから、そこで何とかするわ」
<王座ダムに向かうという根拠は?>
面白がるように笑う、ルリル。髪の毛をくるくるともてあそびながら、話すしぐさが容易に想像できる。
「企業秘密よ、しいて言うなら蛇の道は蛇って言うことね」
俺はそんな暢気な彼女に不満を述べる術は無く、ただ強くボタンを押した。
<具体的にどうやって、事態を打開する>
電話から聞こえる声の様子は相変わらず変化がない。
「トンネルの半ばまでバスが着たら、トンネルのライトを落とすわ。そして、同時に左タイヤをパンクさせる。後は好きにやって」
<了解>
「言っておくけど、ここで万が一警察にばれるような真似したら、今の任務からは即はずすわよ。ばれないように、いい感じにやりなさいねぇ」
<分かっている>
「あと、速度が落ちる前に脱出しなさい。できれば他の乗客と一緒に」
<なぜだ?>
「当たり前でしょ。あなた達二人だけ生き残るなんて不自然すぎるわ。」
<わかった>
「OK、それじゃあ、こちらも準備するわ、じゃあまた」
そう言って通信が切れた。俺はゆっくりと体を起こす
隣を見ると、紗夜が目を瞑りながら、手を重ね震えていた。
「何をしている?」
「はぁ!? 何してるって、見ればわかるでしょ。」
「分からないから聞いている」
「祈ってんのよ。無事に助かるように」
「なぜ? 神などいないのに」
乾いた声で笑う彼女。
「そんなこと言われなくても分かってるわよ。私の実家、神社だけど今まで神様なんて見たこと一回も無いしね」
「・・・・・・」
「でもね、なぜか知らね。こうでもしないと落ち着かないのよ。」
「理解できない」
「殺し屋のあんたに理解してもらおうなんて、思っていないわ」
「・・・・・・」
不意にバスの速度が落ちる。見ると、ルリルの予想通りバスが「王座IC」で下りた。下道に下りても止まることは許されないため、赤信号も無視して、犯人の指示するとおりひた走る。目の前に件のトンネルが見えた。
バスは速度を落とさずトンネルの中に入った。幸いなことに他に車は見えない。トンネルの中はオレンジ色のライトが眩いばかりに光っていた。俺は忍ばせていたナイフの柄を掴み。目をつぶる。数秒待っていた後、急に周りがざわめき始めた。乗客たちが、ライトが急に落ちたことで騒ぎ出した。
目を開け、暗がりを一瞬で見渡す。ナイフを抜き、すぐ横の窓を割り二枚のガラスを手にした。割った二枚をそのまま奴らの首筋を目掛けて、投げる。狭い車内をガラスが鋭く飛ぶ。一枚は犯人の右目を貫いたが、もう一枚はマスクを掠めただけだった。目を貫かれた犯人の叫び声が、混乱する車内に響き渡る。
同時に割ったような音がしたかと思うと、バスが急に左に傾いた。ルリルがうまくパンクさせたのだろう。
トンネルの壁とバスが接触し、火花が散る。前方の窓が衝撃で割れ、破片が一気に飛び散る。バスは何とか壁沿いに進みトンネルを抜け、山道に出る。割れた窓から土砂降りの雨が、割れた窓から一気に入り込む。
「バスの速度を落として!!!」
さっきまで倒れていた女が急に起き上がったかと思うと、手斧を持った犯人を先頭の座席へ追いやり取り押さえた。
その言葉に反応した運転手が、徐々に速度を落とす。目の前には山際を走る道が見える。
「全員飛び降りて、早く」
走行中にも関わらず、前方のドアが開く。その音と共に、乗客が一斉に席を立ち、次々とドアから飛び降り始めた。
老人や子供は、近くの若者に抱えられどんどん車内から姿を消していく。
「もうすぐ、急カーブよ。それまでに行って!」
女が叫ぶ先を見ると先には崖を曲がる急カーブ。この速度では曲がりきれない。
それを感じた乗客たちは、もはや前に飛び降りた人との間隔や状況など気にも留めず、雪崩のように飛び降りる。
「行くぞ」
紗夜の手を掴んで通路を進んだとき、最後の力を振り絞った犯人と取り押さえていた女が目の前に割って入ってきた。
同時に、後ろのほうから爆発音がしたと思うと、強い爆風が背中から通り過ぎた。
ふわりとした浮遊感を感じて、俺の意識は無くなった。




