6.走りだしたバス(上)
今年のゴールデンウィークは火曜と水曜を間に挟んだ前半三日、後半四日の分割の休みとなった。茶道部と山岳部の掛け持ちとなった私は、暇人を無事脱却することになったが、いまさらながら、中学の頃とは比較にならない毎日の宿題や補講に部活と、忙しい日々を過ごしていた。
そんな中、浮かんだ話が今年初の山岳部の活動をゴールデンウィーク後半に行こうというものだった。毎年この時期になると新入部員に山登りを体験してもらうため、ちょっとした旅行もかねて、県北にある王座山に登山兼キャンプに行く。登山と言っても、麓から山頂まではロープウェイもあるし、キャンプ場は水場も管理されているから、マネージャーの私は、登山なんてせずにロープウェイで山頂まで行ってみんなを待つだけ。
半ば強引に入らされた私も、食材や飲み物の買出しはなんだかんだで楽しかったし、どうせ休日は家でごろごろしているんだし、悪くは無い部活だと思っっていた。
王座山の近くの町では、最近完成したダムの落成イベントもあるらしく、ちょっとしたお祭りになっているらしい。登山が終わった後はそこに行って遊んでから帰る予定になっており、年甲斐もなくちょっと楽しみだった。ただ、天気がちょっと怪しいのが不安だったが・・・・・・。
伊達市から王座山までは、荷物も多いので駅前から皆でバスで行くことになった。私含めて6人。チケット手配の関係から、私と芳野先輩が一号車、他の男子が二号車となった。まあ、駅から四時間ほどのそう長くは無い移動だし、おしゃべり好きの芳野先輩の隣にいれば嫌がおうにも話す事になるだろう。
荷物を持って伊達駅まで行く役割は、新入部員の私と響也になった。浩太君も最初は加わっていたのだが、家が遠く、始発で来てもぎりぎりバスの出発時刻にしか間に合わないという理由で、今回は免除となった。
寝ぼけ眼で部室のドアを開けると、荷物を床に広げ中身を確認している、彼がいた。
「おはよう、響也。アンタもまじめね」
「おはよう。二分三十二秒の遅刻だ。」
時計を見ると、七時過ぎ、確かにちょっとだけ遅刻している。
出てきた太陽の日の光が、彼の横顔を明るく照らす。
「そう硬いこと言わないの。女の子は準備に時間が掛かるの。あんたみたいに、起きて顔洗って、出発とは行かないのよ」
確認の手を止め、不思議そうな顔でこちらを見る。最近気がついたが、分からないときには彼の表情が少しだけ崩れて、瞳があさっての方になるということを私は発見した。この癖を見つけた私は、人の表情を見分ける才能があると本気で思った。
「そういえば、ルリルもそんなことを言っていたな、たしか・・・・・・」
「たしか?」
「女の準備は、俺の仕事の準備の百倍は気を使っている。だから、ちょっとやそっとの遅刻くらい笑って許せ。と。」
流石ルリルさん、素晴らしいことを言っていると思いながら、そうそうと腕を組んで同意のアクションを取る。彼は頬を掻きながら、そうかと口を小さく動かし、また作業に戻った。
「七時半には出ないとバスに間に合わないからね、ちゃっちゃとやるわよ」
「了解」
そうして私達は、道具の準備を始めた。といっても、昨日のうちにほとんどは確認していたから、あまり時間は掛からない。
やることいえば、着替えくらいだろう。ウチの高校は私服での登校は禁止のため、今日みたいな場合は制服で来て、私服に着替えてバスに乗る必要がある。荷物の準備が終わった彼は徐に上着を脱ぎ始める。
「ちょっと、ここで着替える気?」
不思議なことを聞く。そんな表情で私を見るが、ちょっとは私の気持ちを考えて欲しい。仮にも二人っきりの部室、思春期真っ盛りの私にはちょっと抵抗がある。
「何を気にしている、体育の授業中など偶に見ているだろう」
そう、淡々と口にする。言うとおりウチは男子は教室で着替え、女子は更衣室で着替えるから、基本女子が見られることは無いが、男子の中には授業が終わって速攻で着替える奴がいるから、偶に裸が見えてしまう。だから、なんだということではないのだけれど、いつもと違うシチュエーションだからか、若干緊張してしまう私がいる。
私は彼を見ないように、道具の準備をするふりをした。ちょっとだけ、彼が気になって、体を見ると細いながらも、しっかりとした上半身が見える。綺麗だなと不覚にも思ってしまった。そんな視線に敏感なのか、彼とばっちり目が会ってしまう。
「どうかしたか」
「いや、・・・・・・、あの、思ったより体が綺麗だなと思って」
「なんのことだ?」
「いや、漫画とかだと良くあるじゃない。殺し屋とかって、子供の頃から危ない目にあっているから、傷がいたるところについているみたいな。そういうのが無いなって」
「・・・・・・、なるほど、もっともな疑問だ。しかし、安心していい。そういう傷は今回の任務につくに当たり、しっかりと消してきた。そのようなものが、一般学生についているというのは不自然だからな」
「そ、そうなんだ」
なんか、聞いちゃいけないようなことを聞いてしまった、・・・・・・。そうこう悩んでいる間に彼が着替え終わる。ポケットが無数についたカーキのカーゴパンツに白の無地のTシャツに、前にジッパーがついた黒のパーカーを着ている。今まで制服か真っ黒のマント姿しか見たことが無かったから、なんかちょっと新鮮だった。
「その服誰が選んだの?」
「・・・・・・」
なぜか、答えない彼。私は察しが着いて、子供のように笑った。
「さては、ルリルさんでしょ。まったく子供じゃないんだから、自分で選びなさいよ。普通の高校生は自分で服を買うのよ」
「しかし、・・・・・・」
「しかし?」
「俺はファッションというものがまったくわからん」
でしょうね。むしろ今までの流れで、ファッションオタクとかだったら、驚くわよ。驚きすぎて、今日帰るわよ。しかし、私の頭にひとつ案が浮かんだ。しかし、恥ずかしくなってすぐにそれは消しとぶ。ついつい彼の顔を見ると、顔が赤くなっていまう。しかし、この気を逃せば、こんなチャンスがめぐってくることは無いかもしれない。私の中でルリルさんの顔が浮かんで、頑張れと高く綺麗な親指を掲げて、ウインクしているのが見える。
「しょ、しょうがないわね、今度私がファッションって言うものを教えてあげるわよ」
珍しく、一歩踏み込んだ私に対し、表情の乏しい顔を向けて一言。
「ありがとう」
初めて彼から礼を言われた気がしたゴールデンウィーク後半の朝だった。気がつけば、もう七時半、私達は急いで荷物を持って部屋を後にした。




