4.部活動(下)
芳野先輩につれてかれた先は、すぐそこ。部室を出てすぐ奥の通路の先。さっき私がかすかな香りを感じた場所だった。横開きのドアを開けて入った先は、珍しい畳の和室。そこには静かな部屋に一人で正座している、髪の長い制服をきた女子生徒がいた。
「やっほー、さくらー、まだやってる?」
静かだった部屋に、芳野先輩の明るい声が場違いに響く。それを聞いた「さくら」と呼ばれた女子生徒がこちらを振り向く。
眉のすぐ上で綺麗にそろえられた前髪、ナイアガラの滝が肩に掛かるかのように瑞々しく流れ落ちる黒髪。散り際の桜を見ているかのように、表情を浮かべ笑っている薄い桃色の唇。元気で明るい芳野先輩とは対照的な人だった。
そういえば、どこかで会った気がする。でも、・・・・・・、思い出せない。
「いらっしゃい、芳野さん、まだやっていますよ。あら、皆さんもどうぞ」
声を聞いて思い出した、この消えそうなやわらかい声。剣道部を見学に行ったときに、一際目立った髪の長い美人の先輩がいたけど、まさか、茶道部と兼任しているとは思わなかった、・・・・・・。
「二年の守屋先輩?」
「あら、私のことをご存知で?」
「剣道部を見学に行ったときに。それに守屋先輩は校内でも有名ですよね」
そう、剣道部に見学に行った際に見かけたのが、この「守屋 桜」先輩だった。芳野先輩と同じ二年で、儚そうで弱弱しい見た目とは裏腹に剣道の腕は県内トップクラス。しかし、もともと体が弱いらしく、学校や部活は休みがち。着いたあだ名が「散り際の桜」その儚げで今にも消えてしまいそうな、様子からそう校内では呼ばれている。
そういえば、校内でもう一人、桜先輩の友達のあだ名は「満開の吉野」だった気がする。思い出して、芳野先輩の顔を見る。なるほど。言われてみれば、二人とも方向性は全く違うが、一目見て美人だと思う。
「だってよ、良かったね「散り際の桜」ちゃん」
「あら、「満開の芳野」さんにその名前で呼ばれるのは心外ですね」
仲よさそうに呼び合う二人を見て、ちょっとうらやましくなった。私の横で「なんだその、コードネームは」と頓珍漢なことを口走る響也君の後頭部を、小気味良い音を立ててひっぱたく。
「んな訳ないでしょ、あだ名よあだ名。満開の桜みたいに明るい先輩と、散り際の儚い吉野桜みたいに可憐な先輩をそう呼ぶのよ
そう二人に目線を移すと、恥ずかしそうに笑う二人。っていうか、芳野先輩のほうは漢字が違うじゃない。
「まぁ、とりあえず、みんな座って、お茶とお菓子飲もうよ。さくらー、お願い」
そういって、勝手知ったか部室のように裏にあるお菓子を取りに行く芳野先輩。桜先輩に促され、私達は三人で一枚の畳の上に正座した。桜先輩がお茶を立てる間に、お菓子を運んでくる、芳野先輩。お盆の上に和紙を引いて、その上にどこかの温泉街で売っていそうな、白いお饅頭が置いてある。畳の縁を踏まないように、慣れた足取りで歩いて私の目の前に腰を下ろす。
「三人はお茶部は初めてだよね。飲み方わかる?」
当然知らないと言う隣の二人に合わせて、私も一応知らない振りをした。答えをそんな予想していたのか、ポケットから「お茶の飲み方」とかかれた紙を取り出す。見ると漫画形式で、簡単な茶道の作法が書かれていた。
「今回は皆さん初めてのようですから、細かいマナーは気にしなくても大丈夫です。まずはこの茶室の雰囲気とお茶とお菓子を楽しんでください」
茶筅でお茶を点てながら、こちらを向いて微笑む先輩。お茶のいい香りが部屋を包み込む。細い指を茶碗に添え、流れるような動きでお茶を点てる先輩の姿は、まるで絵から飛び出てきた、日本画のワンシーンのようだった。その姿に見ほれていた私の目の前にいつの間にか茶碗が置かれていた。お茶のマナーを知らないふりをして、漫画を見ながらお茶碗をゆっくりと回してから、手を畳に着き一言
「お手前、頂戴いたします」
ゆっくりとお茶碗に口をつけ、点てたばかりのお茶を味わうように少しずつ飲む。お茶のいい香りが口から鼻に抜ける。久しぶりに飲んだお茶は、なぜか私の悩んでいた頭をすっきりさせた。
「んー、おいしい!」
ついつい、口から出た感想が静かだった茶室に響いてしまう。ついつい本音が出てしまい、頬が熱くなるのを感じる。隣で座る響也君は相変わらずの無表情だが、若干口元が緩んでいる気がする。
「あら、そう言っていただくと嬉しいわ。千代さん」
「すいません、ついおいしくてテンションが」
私は、目線をたたみに投げかけながら目を合わせないように、小さく口を動かす。
ん?そういえば・・・・・・。
「なんで、私の名前を?」
「いえ、昨年の雪白神社のお茶会であなたを見かけたものですから、中学生なのに家の手伝いなんて珍しいと思って覚えていたんですよ。でもまさか、こんな形でお会いするとは、夢にも思いませんでした。でも、まさか、茶道部ではなく、登山部に入部していたとは、見かけによらず、アクティブなんですね」
言われて思い出した。家の神社で偶に開かれるお茶会に一際目立った美人がいた。お年寄りが多い中で、若い人がいたから、印象に残っていたけど、まさか、桜先輩だったとは・・・・・・。
「今は山岳部だよ、桜。紗夜ちゃんは、そこの隣の響也君が山岳部に入ってくれるって言うから、そのついでに勧誘しただけ。」
ふと、守屋先輩が響也君に視線を移す。彼はいつもの表情。ではなく、先ほど配られたメモを必死に見ながら、お茶碗を回したり、見たりしていた。何か面白いものを見たと言った表情を浮かべ、珍しく四苦八苦している彼を見つめていた。
「あらら、だめだよ、桜。響也君にそんな熱い視線を投げたって、響也君は山岳部と紗夜ちゃんが予約済みさ!」
「ちょ、どういう意味ですか!!!」
あれれととぼけて、お菓子を配り終えた芳野先輩は裏手へ消えていく。まったく、猫みたいに飄々としている先輩だ。
「ところで、千代さんはどこの部活に入ったのですか?」
「・・・・・・、まだ決めていません」
「それなら、茶道部はどうですか? 週に二回の練習ですし、他の部との掛け持ちももちろんOKですよ。私も剣道部と掛け持ちですしね」
「そりゃいいね、ついでに山岳部にも入ってよ、部室も近いしさ」
「・・・・・・」
んー、山岳部のほうはまあ置いといて、茶道部のほうはちょっと興味があった。今でもなんとなく気が向いたときに家でお茶を点てるし、週に二回くらいなら、・・・・・・。ひとまず、ここで答えを即答するのも気が引けた。
「前向きに検討させてください」
「そう、よろしくね」
丁寧にお礼を言われ、気恥ずかしくなる。芳野先輩は相変わらず笑って、響也君はまだ、茶碗をじっと見つめていた。
次に日、姫野や千夏に相談し、茶道部に入ることを決めた。部活が終わったら、お茶しにいくからと、ノリノリな二人だった。
ちなみに、茶道部に入部の話をしにいったときに、たまたま見つかった芳野先輩に半ば強引に入部させられてしまった。まあ、そこまで嫌だったわけじゃないし、ちょっと響也君が何するかも興味があったから、正直渡りに船ではあった。
たまたま部室を除いたら、先輩達に混じり部室で物の整理をしている彼を見つけた。
「何をしてるの」
「道具の整理をしている。なかなか見ない形状の道具も多い。勉強になる」
ふーんと、まったく興味が無かった私だが、まじまじと道具を見つめる彼はなんだかちょっと、かっこよく見えた。きっと、私は疲れているに違いない。そういえば、・・・・・・。
「同じ部活に入ることになったわ。改めて、よろしく」
「よろしく頼む、千代 紗夜」
二回目となる握手を交わした。
「あー、何って言うか、そう。その呼び方。まどろっこしいわ、私のことは「さやっち」って呼んで。その代わり、アンタのことは響也って呼ぶから」
「了解した。さやっち」
名前を呼ばれた私は、今日一番の笑顔でまじめな顔で、私を生まれて初めて、さやっちなんて呼んだコイツをひっぱたいてしまった。なぜ叩かれたのか分からないといった、ぽかんとした表情でこちらを見ている。
「あんたまず、空気を読むことから勉強しないさい」
夕焼け刺す春の部室での一幕だった。




