2.部活動(上)
山々を駆け巡るかのように咲いていた桜は、色々とあった四月中旬には散り始め、Jキラー事件収束の報道がされた末頃にはほとんどの散ってしまった。Jキラーの一人が、私達が通う八雲学園の現役教師だとニュースで報道されてからは、連日連夜学校前にテレビカメラやキャスター、取材陣が私達を映像に映そうと列をなし、時には校庭や校舎の中まで入り込んで、生徒や先生達の声を収めようとひっきりなしに訪れていた。
一部の週刊誌の取材者など、夜中に事件の現場とされる部室棟に忍び込み、警備員のひと悶着するという事態にまで起きてしまい、かなりの大騒ぎになった。
特にウチのクラスは灰堂が担任だったから、数週間ほど教室内も騒然としていたけど、しばらくして後任の先生が来てからは、学校側も火消しに躍起になっていたということもあって、また不幸中の幸いというか、なんと言うか、ウチの生徒は被害者がいなかったこともあり、ゴールデンウィーク前には、いつもと変わらない日常に戻っていた。
私はというと、彼に「お前を殺す」と言われたあの日から、特に何かが起こるということもなく、また、彼の方も学校ではほとんど話しかけてくることはなく、あの日々が嘘ではなかったかと思うくらい、平和な日常を送っていた。もちろん、彼のことは周りにだって、警察にだって言っていない。
なぜかって? 当然じゃない。「彼がJキラーを殺した犯人です」なんて言った所で、コイツ頭がやられたのか? と思われ笑われるのが関の山。それに彼が殺し屋であろうと何であろうと、二回も助けられたのは事実。ここで彼を売ると言うか、秘密を漏らしてしまうのは後ろ暗い気がして、今日まで、あの日のことは誰にも言えずにいた。そんな私の周りで起こった大きな変化といえば、千夏と姫野が部活に入ったことくらいだった。
千夏は中学の延長から、テニス部に入部した。ぎりぎりまで硬式にするか軟式にするか迷っていたようだが、最終的には雰囲気が気に入ったと言って、「軟式テニス部」に入部した。そっちのほうが、練習は厳しくないし、イケメンの先輩が多いし、そこそこ県内でも強いらしい。まあ、最後の決め手となったのは、「知り合いが多い」という至極単純な理由らしいけど。まあ、千夏らしいといえば千夏らしい。
一方、姫野は千夏同様に、中学の延長の「吹奏楽」にそのまま入るのかと思っていたけど、意外にも「軽音楽部」に入部した。確かに、演奏というジャンルで言えば一緒だけど、これまで吹奏楽で演奏していたフルートとは違い、今度はやるのは「ベースギター」らしい。なぜか聞くと、「偶々みた、アニメでベースギターがかっこよかった」と、・・・・・・。大事な高校三年間の部活を、そんなに適当に決めるのはどうかのか言ったけど、本人は「部活なんて適当に決めるくらいが調度いいのですのよ」と、余裕綽々で返されてしまった。
そんな二人とは対照的に、私はというと、まだどこの部活に入ろうか決まっていなかった。自分で言うのもなんだが、運動神経は悪くない。というか、良いほうだ。足だって速いし、手先だって器用。体力だって、そこそこ自信がある。だから、中学の頃はテニス部とバスケ部を掛け持ちしていた。途中でテニスのほうはやめてしまったが、バスケは最後までやり遂げた。しかし、それをそのまま高校でもやろうという気は正直なかった。
なんというか、面白くないわけではないのだが、なんというか、私自身が飽きっぽい性格なのか、ふとした瞬間に、私は何でこんなことやっていいるんだろうという、虚無感みたいなものに襲われ、やめたくなってしまうことがある。実際それが原因でテニスはやめてしまった。だから、バスケを高校で続けても、長く続けれる気はしなかった。
とは言え、何にも入らないという気はさらさら無かった。やっぱり高校生である以上、何か部活はやりたかったし、何もやらなければ暇をもてあますのは、目に見えていた。だから、これまで、いくつかの部は体験させてもらった。千夏と一緒に硬式や軟式テニス部でちょっと試合をしてみたり、姫野と吹奏楽部や軽音楽部で、いろいろ吹いたり弾いたりしてみたり、一人で弓道部や女子バスケ部、陸上部なんかも行ってみた。確かに面白くはあったが、これというものは見つからなかった。
そんなこんなで今の今まで、ふわふわしてきたのだけど、今になってちょっと焦っていた。校内では、ゴールデンウィークまでに部活に入るのが普通だし、それより後に入ると、新入部員同士のコミュニティもでき始め、入りにくくなる。
「はぁ、部活動どうしよう、・・・・・・」
頭を抱えながら発した音の無いため息が、ふいに口からこぼれる。窓の外は、雀達が急降下と急上昇を繰り返しながら、春の陽気を自由気ままに飛び回っている。私も空でも飛べたら、こんな悩みもなくなるのかなと、空をなんとなく眺めながら考えていた、行間休みの短いひと時だった。
ホームルームも終わった放課後、二人は部活に行ってしまった。なんとなく、置いていかれた気がして、寂しかった私の目に入ったのは、校庭の端でグラウンドを眺めるように芝生に腰掛けている、響也君だった。ものめずらしさを感じた私は、彼にゆっくりと横から近づいていく。横から見える彼の無表情は、何を考えているのか、そもそも、彼が本当にグラウンドを見ているのか判断することさえできない。グラウンドを見てるのよね?
「なに、・・・・・・、見てるの?」
「人の動きを見ている」
一瞬無視されるんじゃないかと不安だったが、それは杞憂だった。というか、またおかしなことを言うわね、・・・・・・。そう思って、グラウンドを見ると校庭の右半分は野球部、左半分はサッカー部が、決して広くは無い校庭で、真剣な顔で汗を流しながら練習をしていた。ウチのサッカー部と野球部は県内トップのレベルを誇るだけあり、練習も厳しく、生半可な気持ちや実力ではついていけない。
「なにか、・・・・・、分かるの?」
「ああ」
何か納得するような、返事をする彼、何がわかったのか。私にはただの練習風景にしか見えない。「殺し屋」の彼には何が見えているのか、好奇心を覚え、さらに話を続ける。
「なにが何がわかったの?」
そうだなと、言って彼は練習しているサッカー部員の一人を指差す。
「例えば奴だ。一見普通に走っているようにみえるが、右足の動きが不自然だ。跳躍したときの着地の態勢、ボールを蹴るときの軸足の角度、走るときの歩幅の感覚、無意識のうちに腰に痛みを堪えている。」
言われてその人を見るが、私には全然わからない。なんともない顔で周りと喋っているし、普通に走ったりボールを蹴ったりしているように見える。もちろん表情だって、疲れているのはわかるが、それが痛みからでないことは素人の私でもわかる。
「一方、あっち側の奴だ。体勢を崩してからの復帰の持ち直しの早さ、空中での姿勢、ボールを蹴る瞬間の重心移動まで、体の軸が一本のばねの様にしっかりしている。素人の俺から見ても、奴は能力が高い」
そう言われた相手は、同じ中学で同じクラスだった、萩野君だった。中学でもエースだったから、彼の言うことはまんざららはずれでもない。なんとなく、いままで何にも関心を示していなかった彼が、部活なんかに関心を示すのが嬉しく、私はちょっと笑顔になってしまった。
「何よ、殺し屋もサッカーに興味あるわけ?」
「そうではない、ただ彼らの動きに興味がある」
「動き?」
「そうだ、広大なフィールド内でボールというひとつの目的物を大人数で奪い合う球技。高度な作戦も必要となることながら、結局のところは局地戦だ。自陣の人数が多く、有利な自陣エリア。空間が広く、同人数の中盤エリア。相手よりも少数となる敵陣エリア。如何にして、有利な状況を作りこみ、仕掛け、ゴールを奪うかが鍵となる。なかなか興味深いスポーツだ」
「はぁ、・・・・・・」
久しぶりにと話した私は、あきれたのと同時に興味がわいた。今までは機械のように、何にも興味が無いような人間だと思っていたが、案外そうではないのかも知れない。
「もしかして、部活に入ろうとでもしてるの?」
「・・・・・・。そうだ」
「そうよね、入るわけ、・・・・・・、って。えー、入るつもり!?」
まさか、この無味無表情無感情の冷酷殺人鬼が、私と同じように部活に入ろうと悩んでいたなんて、驚きを通り越して、親近感が沸いてしまった。私は興味心身で彼に聞いた。
「今まで、どんな部活見てきたのよ!? 教えなさい」
「これまで、剣道部、ラグビー部、弓道部、コンピュータ部、それから調理部を見てきた」
本当に入ろうとしてるとは、・・・・・・、っていうか最初のほうは良いにしても、後半はなによ! コンピューターとか、調理、?どう考えてもキャラじゃないわよ!!!なんとなく、彼がメガネをかけて、パソコンをものすごい速さで、打ち込んでいるのを想像し、驚くと同時に笑ってしまった。
「どうした?」
「あんたね、自分の顔を見なさい。どう考えたって、コンピューターや調理っていう顔じゃないでしょ」
今まで、無表情でグラウンドを見ていた、彼は突然目を見開き、驚いたような表情を見せ、少し考えた後、腕を組み、あさっての方を向きつぶやいた。
「知らなかった、部活とは興味のある無ではなく、己の顔で選んでいたのか」
右斜め上からの返事に、お腹を抱えて笑ってしまった。こんなに笑ったのは、いつ以来だろうか。最近部活で忙しくなった二人に置いて行かれて、ちょっとだけ卑屈になっていた私は、そんなものを払拭するかのような大声を出して、グランドを眺めて笑ってしまった。




