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殺し屋の過ち学  作者: ニムゲ総長
2章/低速嫌いの高速バス
16/45

1. プロローグ/握ったハンドル、止まった時間

お前が死にたいといった「今日」は、昨日死んだ人が死ぬほど生きたかった「明日」だということを忘れるな。

 昼休み返上で、歩き回っていた私に、耳を疑うような報告が入ってきた。

ゴールデンウィークを目前にした金曜日、一足早くやってきた、連日連夜の梅雨の足音も今日だけはお休みのようで、雲ひとつ無いよく晴れた青空が広がっていた。


このゴールデンウィークは前半は大雨、後半は雨のち晴天となるようで、連日のテレビやラジオの特集では雨に日でもいける行楽地のイベント予定や車や電車の混雑予想をこれでもかと言うくらい流していた。

 そんな浮かれた雰囲気が世間を包み込む中、私は苛立ちを隠せないまま、近くにあった木陰に入り、眉間にしわを寄せながら携帯電話を強く握る。


 「納得できません、どういうことですか!」


 周りを歩いている人が、何事かと振り返る。しまった! と一瞬思いながらも、かまわず喋り続ける。しかし、無慈悲にも帰ってくる返事は要領を得ない。その場で叫びたい気持ちを抑え、電話を切る。そのまま、近くに停めてあった車のドアに手を掛ける。開けた瞬間に車内に篭っていた、むわっとした熱気が開放されて外気に勢い良く飛び出す。

 

 不快な熱気に当てられながらも、急いででキーを回し、昼過ぎの長閑な住宅街に、けたたましいをエンジン音をかき鳴らしながら、アクセルを全快に踏み込む。バックミラーで後ろの様子を見たときに、怒りでつりあがった目と額に滲んだ汗が映りこむ。叩きつけるように左手でサイドブレーキを下ろし、静かだった住宅街を飛び出した。


 不完全燃焼で燻っている心の内を表すかのように、マフラーからでる暗い灰色の排ガスは、ゆっくりと空へと昇っては、消えていった。




 正面玄関の前で車を止め、鍵を刺しっぱなしでドアを思いっきり開ける。玄関口で談笑してた男性二人組が私の顔を見て、そそくさとどこかへ捌けて行った。書類を持った同僚の友人は私の表情を見て青い顔で、開けたドアを閉めて、そのまま部屋に戻っていった。そんな周りの態度なんて気にせず、二階への階段を駆け足で昇り、せまい廊下を足音立てて進み、「刑事部」と書かれた表札が掲げられたドアを思いっ切り開けた。部屋の中は昼休みだからか、空席が目立ち、机に伏して眠っている者や新聞を眺めたり、携帯をいじっている者と様々だった。

 

 怒りのまま、部屋を奥へと進み、「刑事部長室」と書かれた扉の前で一旦止まり、目をつぶる。大きく深呼吸し、一旦頭をクリアにしてから、目を大きく開け、ガチャリとドアノブを回す。中からは外の暑さとは対照的なエアコンの涼しい風が、肌をゆっくりとなでるように舞い込んできた。その涼しさが逆に、沸騰した私の頭を更に加熱させる。


 「捜査中止とはどういうことですか!!!」


 部長室では、タバコを咥えながら暢気にパターゴルフにいそしむ、「磯ヶ谷刑事部長」がそこにいた。しわひとつ無い制服、染めたんじゃないかってくらい真っ黒の短髪、細長い目にシルバーの四角フレームがダサいメガネかけを、女性署員からは賛否両論の無精ひげを生やしながら、いつもの冴えない顔でこちらを見た。


 「中止ではないよ、朝比奈君。縮小だと伝えたはずだが、・・・・・・。君は耳が悪いのかな、その若さでかわいそうに。もっと食生活や生活習慣に気をつけたほうがいいよ」


 いやみったらしく私を小馬鹿にするが、少しくらいは私の話を聞く気があるのか、ゴルフクラブを壁に立てかけ、無駄に長い机に供え着いている、公費で購入したイタリア製の黒い重厚なソファーにゆっくりと腰をかける。 

 距離を詰める様に大股で前に進む。静かな部屋に私のパンプスの音が響き渡る。まるで私の怒りを代弁してくれているかのように。

 「同じことです! なぜこのタイミングで、縮小なのですか。まだ、三人目のJキラーの足取りは掴めていません。

それにも関わらず、このような決断、私は納得できません!!」


 机に肘を突いて、掌をくみ、あからさまなため息をつく部長に私の怒りのボルテージはどんどん溜まっていく。首を振り、否定のアクションをとり、ため息をついて死んだ魚のような眼差しでこちらを見る。


「これは命令だよ、朝比奈君。Jキラー事件の捜査は縮小。何か文句があるのかね」


 なにを白々しいことを。私は怒りで、眉は逆立ち、感覚が無くなったかと思うほど、手を強く握った。


 「大有りです! まだ、何も真相を掴んでいません!! 二人のJキラーの殺害現場、遺体を海に遺棄した理由、そもそも二人が出会った経緯など、捜査することはまだまだあります!!!」


 私の今日一番の大声が部屋に轟く。声が外にまで漏れたのだろう、寝ていた人が驚いて、起きた拍子にイスから転がり落ちた音がした。外の鳥達も剣呑な雰囲気を察し、一斉に飛び去ってしまったのが窓から見えた。


 「いいかね、朝比奈君。我々の結論はこうだ。一人目のJキラー、荏原は理由については不明だが、灰堂に始末された。

その灰堂も、犯した罪の重さに耐えかね自殺した。海から引き上げられた二人の遺体から回収した体液と、被害者に残された体液が一致した。遺書もある。よって、被疑者自殺で、この件は終わりだ。決して、君が言うように二人を殺害し、遺体を海に沈めたという、三人目のJキラーなど存在しない。君の言うとおり、二人の接点は不明のため、縮小後も継続して捜査はする」


 開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。いたいけな少女達を強姦し殺した男が、罪の意識に苛まれて、相棒を殺し、挙句の果てに自殺した? そんな、三流映画の展開にしたって、ひどいシナリオ誰が信じるのか。


 「ありえません!!。過去の事件を照らし合わせても、このような犯罪者が罪に苛まれて自殺など、・・・・・・」


 「そうか、ではこれが一例目だな。君のデータベースに追加しておきなさい」


 淡々と喋る部長に、私の頭の中の何かが切れた。まるで、ピンと張られていたピアノ線が真ん中から「プツン」と音を立てて切れてしまったかのように・・・・・・。


 真っ赤に燃えるマグマのような怒りが、体のそこから膨れ上がる。今なら私は灼熱の炎を口から吐いて、部長を焼き殺せてしまいそうだ。部長はというと、もう私のことなど興味なさげに、パソコンに目を向け、残り少ない昼休みに興じ始めた。


 「言わせておけば、恥を、・・・・・・」


 「あさひなーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 私の声をすべてかき消すように、猛獣の如く叫んで部屋に入ってきた、恰幅の良い男性。

白髪交じりの黒髪をオールバックでまとめ、白いワイシャツに紫色のネクタイ、赤いサスペンダをつけて、地獄の閻魔もびっくりの怒鳴り声で私の名前を叫ぶ、「万方刑事」がそこにいた。


 あまりの勢いに、目を回し耳をふさぐ。万方刑事の勢いに押され、一気にさっきまでの私の勢いがそがれる。急に頭が冷静になった気がする。まるで、私の熱気をすべて吸い取られたかのよう。


 「こっちへ来んかい!。 このあほんだらーが!!」


 反抗する間もなく、首根っこを太い腕で捕まれ、今からしかられる子供のように引きずられながら部長室から連れ出される。

部長からの小さい「頑張りなさい」という言葉を最後に、私は部屋を後にした。




 万方さんにそのまま署内を引きずられ、物を投げこむかのように乱雑に、パトカーの運転席に押し込まれる。

彼はただ一言「出せ」と言い助手席に乗り込む。私は顔をも合わせず、不満を顕にするかのようにわざとらしくため息をつきながらキーを回す。小気味よいエンジン音を響かせ、ゆっくりと発進する。

 私はふてくされながら、ハンドルを握り、彼が短く発する指示に従い街中を走らせる、顔をあわせないようにふと外を見る。

ゴールデンウィークを間近に控え、太陽もにこやかに笑い木漏れ日がちらつく真昼間の街の様子が見える。しかし、明後日の方向には黒い雲が見える。


 父親に怒られた娘が、その様子を見るかのように窓越しに、ちらちらと彼の表情をみる。年老いて、しわがよった額に乾いた肌、眉にだって、白い毛が見える。にも関わらず、表情は先ほどまでの怒気はなく、真剣そのものだった。


 「朝比奈、お前は相変わらず、組織というものがわかっとらん」


 「お説教ですか?もう聞き飽きています」


 私は父親に反抗する娘のように早口で反論の言葉を口にする。彼はやれやれと口にしながら、額を押さえ狭い天井を仰いだ。

丁度車は赤信号で止まり、冷たいエンジン音だけが車内を支配した。


 「上の命令は絶対。それが組織というものだ。それはどこに行っても変らん。民間企業だろうが、教師だろうが、公務員だろうが、・・・・・・。もちろん、ワシら刑事だって同じだ」

 

 彼とペアを組んで、早二年。事あるごとに周りに食って掛かった私に言う台詞がそれだった。

東京のキャリア組で入った警視庁だったが、私は事あるごとに納得できないことがあると、上に食って掛かった。

もちろん、彼の言うとおり、組織である以上、上司からの命令に従うのが正しい。そんなこと私だってわかっている。

私だって、もう三十路近い。子供ではないのだ。それに、古今東西、下から何かを言って、結果がひっくり返ることなど早々無い。

 それがわかっていても、言わずにいられないのが、人というもの。そんな私が、厄介者扱いで地方へ飛ばされるのは時間の問題だった。


 こっちに飛ばされて組まされたのは、定年間近の毎年平の警部補、万方刑事。最初はやる気がなくて、サボりがちの冴えない刑事だと思ったが、一緒に仕事をしていくうちになんとなく、ベテラン刑事の腕というか信念というか、それがわかってきた気がしなくも無い。 まあ、事あるごとにケンカしたり、ぶつかったりすることは多々ある。この前だって、・・・・・・。


 「いいんですか、三人目のJキラーを取り逃すんですよ。万方さんだって、星を挙げてやると息巻いていたじゃないですか」


 「・・・・・・」


 彼だって、伊達に四十年近く刑事をやっているわけではない。今回の決定に疑問を抱いているのは一緒だろう。その証拠に、彼苦虫を噛み潰したような微妙な表情をしている。それを良いことに、私は彼に言っても何も解決しないことをわかっていながら、早口でまくし立てる。


 「それが突然今日になって、捜査縮小!? 意味がわかりません。それに、・・・・・・、被害者のご家族にどう説明するつもりですか。」


「・・・・・・」


 「愛する娘さんを、強姦され殺された両親の悲しみを、本人達の無念を、星を上げることで、晴らし、心の傷を少しでも癒して、

次に進む助けをするのが、私達の、・・・・・・」


 「黙らんかい、このひよっこが!!!」


 今まで黙っていた分が一気に吹き出したかのような大声を轟かせる。目の前の信号が青へ変り、再び車はひた走る。大声で続けて怒鳴られると思った私だったが、さっき怒鳴ったことで冷静になったのか彼は右手で胸ポケットから、煙草を取り出し、ライターで火をつける。

 くすぶった煙が車内に充満し、私の目を刺激する。


 「ワシだって、いや他の奴だって、気持ちはお前さんと一緒じゃ。だが、二月の末に捜査本部を立ち上げて早三ヶ月。三人目のJキラーがいたという物的証拠は出んかった。それが、捜査の結果だ。お前の言うとおり、灰堂が罪の意識に苛まれ、荏原を殺し自殺したなんて、誰も思っちゃおらん」


 「だったr」


 何も言わずにあきらめたように首を振る。それが結論だといわんばかりに。


 「ワシら皆で、必死に捜査した三ヶ月間の結論じゃ。諦めろ」


 叱咤されたからか、星を見つけなくて悔しいからか、捜査を縮小を止めれなかった自分が情けないからか、不意に涙が一筋

目から流れてしまう。それを横目で見る彼。なんとなく恥かしいから、悔しいから、良くわからないが、必死に流れる涙を止めて

前を見る。


 「何、泣いているんじゃ、馬鹿者。本当に泣きたいのはお前じゃないだろ」

 

 「泣いてなんていません。タバコの煙が目に染みただけです」


 心を落ち着かせるように、深く息を吐きながら、掌で涙拭く。彼の指示で車が見慣れた住宅街のど真ん中で止まる。捜査で何度も赤い屋根の家が目に入る。


 「さて、最後の大仕事だ、行くぞ。」


 そういってドアを開け、彼が外にでる、私は目の前の何度も通い詰めた家を見納めるようにじっと見た。私は、悔しさと情けなさを押し込むように強く、強くハンドルを握り、大きく深呼吸をして、気持ちを切り替えてから、ドアを開けた。きっと生涯、このとき握ったハンドルの感触を忘れることは無いだろう。

 どんよりとした黒い雲が私を見下ろす。もう一度だけ、目を拭いてから、彼女が過ごした家を眺める。彼女女が亡くなってから、時間が止まった家族へかける言葉を捜しながら、重い、重い足を進める。どんなに考えても、言うべき言葉は見つからなかった。きっと私は、この瞬間に時間が止まり、永遠の時間を神様からもらっても、このときの言葉を見つけることはできなかったに違いない。


 このたびは「殺し屋の過学」第二話を見ていただきありがとうございます。一話から約一ヶ月、サッカーワールドカップで世間がにぎわっていますが、そんな世間の熱気はどこ吹く風で書き上げた、この二話です。


 今回は響也と紗夜だけではなく、警察の朝比奈と万方が新キャラとして登場します。大人のキャラはなかなか書くのが難しく、四苦八苦しましたが、彼らが皆さんに何かを伝えれば幸いです。


 既に二話も書き終わっているので、一週間くらいでエピローグまで投稿します。それでは、皆さんまた

エピローグでお会いしましょう。

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