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9話

商会の裏手にある、石塀に囲まれた試射場。

番頭のマルティンが、銃床を肩に当てて構えた。狙いの先には、藁束で作られた標的に置かれていた。

 

「お下がりください、お二人とも」

 

マルティンの声に従い、リデルとリーフィアは数歩後ろに退いた。

火打石が落ちる、小さな音。

その直後――。

ドンッ、という雷鳴のような爆発音が、石塀の間に激しく反響した。

 

「ひゃっ……!」

 

リーフィアが思わず体を縮め、驚きのあまり声を漏らした。両耳を塞ぎながら、目を丸くしている。短剣を片手に二人の兵士を相手にしても怯まなかった少女が、轟音一つでこれほど取り乱すのは、彼女らしくない極めて珍しい姿だった。

硝煙の匂いが、周囲に漂ってきた。

藁の標的には、見事に一点、ぽっかりと穴が開いていた。

リデルはその光景を、食い入るように見つめていた。

 

(――素晴らしい)

 

口元に、自然と笑みが浮かんでいた。これまでの執務中に見せていた、計算された冷徹な微笑とは、まるで質感の違う純粋な高揚だった。

 

「どうでしょうか、リデル様。これが『フリンテ』にございます」

 

マルティンが銃を恭しく構え直し、リデルに差し出した。

 

「南方の大国、イスタッドから仕入れたものでございます。正式名称は『フリントロック式小銃』。装填に手間こそかかりますが、威力と射程は、これまでの弓や弩の比ではございません」

 

リデルは銃を受け取った。

ずっしりとした重さが、手の中に伝わってくる。木製の銃床、長い銃身、火打石を仕込んだ機構――前世の知識からすれば、まだ初期段階の代物だった。それでも、この世界においては明らかに先進的な兵器だ。

 

「連合帝国内では、まだそれほど広まっていないものです」

 

マルティンは声を落とした。

 

「と申しますか……火器そのものを保有する勢力が、帝国内では極めて珍しいのでございます。長らく続いた泰平の世のせいで、我が国は武器も軍制も、他国に比べて随分と立ち遅れておりますから」

 

リデルは銃を構えながら、その言葉を聞いていた。

 

(泰平の弊害、か)

 

前世でもよく見た現象だった。長く戦のない時代が続くと、軍はそのまま「儀礼的な制度」へと劣化していく。剣の鍛錬は伝統芸能になり、戦術は古い書物の引用に終わる。新しい技術への投資は、必要性が見えない限り、誰も声を上げなくなるのだ。

連合帝国は皇室の権威が揺らぎ、各地の公王が独立性を強めていた。だが、その独立した公王たちすら、未だに古い軍制――槍と剣や弩、そして戦闘スキル持ちを集めた集団である「騎士団」を主力にした、何百年も変わらぬ戦のやり方にしがみついている。

今、目の前にある「火器が珍しい」という事実こそが、最大の機会だった。

 

「イスタッドでは、これは一般的なのか?」

 

「はい。南方では、各国がしのぎを削るように改良を進めていると聞きます。たまたま、私どもの商会が南方に伝手を持っていたため、リデル様のご依頼にお応えできました」

 

「数は」

 

「ひとまず、五十挺を確保しております。さらに必要であれば、追加で発注をかけることも可能です。ただ……」

 

マルティンは、わずかに声を潜めた。

 

「お値段は、決して安いものではございません。一挺で、金貨一枚に相当するほどの価格になります」

 

「構わない」

 

リデルは即答した。

 

「五十挺、すべて引き受ける。それに――」

 

銃を手に取り、再び構える。狙いの先で、藁の標的が静かにこちらを待っているように見えた。

 

「もっと欲しい」

 

マルティンが、わずかに目を見開いた。

 

「もっと、と仰いますと……」

 

「五十どころではない。調達できる限り、すべてだ」

 

リデルの声に興奮はなかった。だが、その奥にははっきりとした確信があった。

武器とは、人数や勇敢さよりも先に、技術の差で勝敗を決める道具だ。前世で、何度もその原則を利用してきた。古い軍制にしがみつく連合帝国内で、誰よりも早く新しい火器を確保し、その運用方法を確立する。それができれば――。

 

(バートン家の戦力は、桁が変わる)

 

たかだか一伯爵家の手勢でも、公王にも、その上の帝室にも、対等な発言力を持てるようになる。それは、もう絵空事ではなかった。

 

「マルティン」

 

「は、はい」

 

「イスタッドとの商談ルートを、今後も維持してくれ。それに――」

 

リデルは銃を下ろし、マルティンの目を見据えた。

 

「火薬と弾丸の原材料についても、調達できるか調べてほしい。それとできれば、フリンテの鍛冶職人も引き抜いてほしいんだ。領内で自前で生産できるようにしたい。金に糸目はつけない。ちょうど臨時収入を得たところだからな」

 

マルティンは、しばし言葉を失っていた。

目の前にいるのは、まだ十二歳の少年だ。それなのに、その言葉には、商人としての自分さえも到底及ばないほどの、明確な国家規模の構想があった。

 

「……承知いたしました。すぐに、南方の伝手を当たります」

 

「頼む」

 

リーフィアは、まだ少し耳を押さえたままリデルの隣に立っていた。

 

「リデル様……あの音が怖くないのですか?」

 

「慣れる必要があるな、リーフィア」

 

リデルは銃を見つめながら、静かに答えた。

 

「これからは、これが戦場の音を支配するぞ」

 

石塀の向こうで、再び硝煙の匂いが、風に吹かれて流れていった。

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