↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/110

81話

ラムズの陣営を離れてから、二週間が経過していた。

帝国本領の東の境界が近づくにつれ、街道の景色は刻一刻と変化を遂げていった。

整えられていた石畳の道は次第に素朴な土の道へと変わり、立ち並ぶ建物の様式も、行き交う人々の装いや飛び交う言語さえも一変していた。

──東方諸州の領域へと、確実に近づいていた。

帝国本領と東方諸州を分かつ境目、カーブル郡の国境検問所が視界に入ってきた、まさにその時であった。

 

「……リデル様」

 

リーフィアが馬を寄せ、低く警戒を孕んだ声をかけた。

リデルの視線は、すでに前方の異変を捉えていた。

検問の手前に、一団の騎兵が待ち構えていたのだ。その数、およそ三十騎。

 

「大丈夫だ」

 

リデルは静かにリーフィアへ告げた。

 

「……向こうに、直ちに攻撃してくるような敵意はない」

 

近づくにつれ、一団の装備が鮮明に見えてきた。

帝国の騎士団が身に纏うような洗練された甲冑ではなく、東方風の鎖帷子を着用している。地元の技術で丹念に打ち鍛えられたことが窺える、手慣れた装いであった。

しかし何より、その「目」が違っていた。

馬上に座す全員が、リデルたち一行へと視線を向けている。冷たく品定めするような、あるいは獲物を前にした野生動物を思わせる鋭い眼光であった。

それでも、直ちに剣へ手をかけるような者はいなかった。

リデルは臆することなく、堂々と馬を進めた。

 

「──私の名はリデル・バートンと申します」

 

通る声で、はっきりと名乗りを上げた。

 

「グランツ・ローズヴェル公王、ならびに我が主レイ・ヴェーデル公王の命を受け、ティーガル辺境伯に面会すべく参上いたしました」

 

一団をぐるりと見渡す。

 

「……貴公らの所属、ならびにその目的をお聞かせ願いたい」

 

沈黙が落ちた。

三十騎の誰も動かず、静かな圧力をかけてくる。

その時──一騎の馬が、ゆっくりと前に進み出てきた。

大柄な男であった。広い肩幅、太い首、そして顔に刻まれた一筋の傷跡。どこからどう見ても、長年戦場を生き抜いてきた武人であった。その魁偉な外見は、言葉よりも雄弁に過酷な戦歴を物語っていた。

しかし、その男が口を開いた瞬間、リデルはかすかな意外感を覚えた。

 

「……挨拶が遅れました無礼、お許しください」

 

その言葉は流暢であり、帝国の標準語として何ら申し分のない、淀みのないものであった。

 

「我が名は、フレイド・グレイヴ」

 

男は馬上から恭しく頭を下げた。

 

「ティーガル辺境伯の忠実なる藩屏にして、『ジャライカ戦士団』の長を務めております」

 

一拍の間。

 

「本日は、我が主ギリアス様の命を受け、リデル様のお出迎えに参上いたしました。この先の道中は危険も多くございますゆえ、我らが護衛を務めさせていただきます」

 

リデルはフレイドの顔を見つめた。

あの猛獣のごとき獰猛な目とは対照的な、礼節ある言葉遣い。

 

(……なるほど)

 

領内で勝手な動きをさせないための「監視役」というわけだ。直ちの敵意はないし、何より「護衛」という筋が通っている。こちらとしても、これを断る正当な理由は存在しなかった。

 

「……ご丁寧に」

 

リデルもまた、馬上から頭を下げた。

 

「お迎えいただき、感謝いたします。フレイド殿、よろしくお願いいたします」

 

「……素直にご応じいただき、ありがとうございます」

 

フレイドは馬首を返した。

 

「さあ、こちらへ──」

 

そう言いかけた瞬間、フレイドの視線がかすかに動いた。

リデルたち一行の最後尾──そこに控える人物へと向けられたのだ。

ほんの一瞬、その目が鋭く細められた。

ごく僅かな変化であったが、リデルは見逃さなかった。

 

「何か?」

 

リデルはあえて探るように問いかけた。

 

「顔見知りでもおられましたか?」

 

「いいえ」

 

フレイドは迫力のある凄みを含んだ笑顔を作ってみせた。

 

「お気になさらないでください。……ただ、羽虫が目に入っただけです」

 

それだけだった。

リデルもまた、それ以上は深く追及しなかった。

一行は東へ向けて、再び歩みを進め始めた。

フレイドの部隊は、自然な陣形を取りながらリデルたちの周囲を囲んでいた。

名目は「護衛」であったが──その実態が「包囲」であることは明らかであった。前後左右、あらゆる方向を東方の騎士たちが固めている。逃げ出そうとすれば、即座に阻まれる配置であった。

だが、リデルはそれを一切気に留めなかった。

フレイドの馬と並んで進みながら、穏やかに会話を続けていく。

一見すると、互いの友誼を深める旅の道のりのようでもあった。

 

「驚きましたよ」

 

リデルが静かに切り出した。

 

「今回の特使派遣は、我が方から事前通告を出しておりません。それにもかかわらず……我々が通る道も、到着の正確な日時もぴったりと把握し、お迎えに来てくださった」

 

フレイドを横目で見やる。

 

「……よほど優秀な『目』と『耳』をお持ちのようで」

 

「もてなしと戦は……本質的に同じでございます」

 

フレイドは前方を見つめたまま、淡々と答えた。

 

「どちらも相手に先んじることが肝要。違う点といえば、前者は相手を喜ばせるためであり、後者は相手の嫌がることを徹底する……それだけの違いに過ぎません」

 

一拍の間。

 

「そして……我が主はその両者において、天才的であらせられます」

 

誇りが、その言葉の端々に滲み出ていた。

リデルはその答えを聞きながら、内心で状況を整理した。

 

(なるほどな……)

 

これはギリアスなりの「先制攻撃」だ。

こちらが事前通告なしで動いていたにもかかわらず、すべてを把握して迎えに来てみせた。それをあえて隠さず見せることで、情報力を誇示するための計算された出迎えだったのだ。さらに「護衛」という名目の包囲で、こちらの行動を制限している。

すべて、最初から計算されていたことなのだ。

直接顔を合わせる前から、すでに一手先を取られていた。

 

(……面白い)

 

リデルは不敵に前を見据えた。

それから一週間が過ぎた。

どこまでも続く土の道を進み、山を越え、川を渡った。景色が変わるたびに、東方諸州の広大さと、その土地が持つ雄大な空気を感じ取った。

そしてある朝、地平線の向こうに街の輪郭が見えてきた。

 

「あれが、エルドラでございます」

 

フレイドが前方を指して言った。

リデルはその街の姿を見つめた。

かつて「東のミッテル」と呼ばれた都市が、そこにあった。

整然とした建物の様式は所々に残されていたが、その間に東方風の建物が混ざり合い、街の雰囲気は帝国本領のどことも異なっていた。

活気に満ち溢れ、遠目からでも伝わってくるほど人々の密度と熱気が渦巻いている。

リデルの視線は、街の中心にある大きな建物へと向けられた。

あそこに、ギリアス・ティーガルがいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。