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48話

帝都ミッテル──。

大陸を南北に横断する大河レイン川のほとりに建設されたこの巨大都市は、五百年の歳月をかけて歴史を紡ぎ、連合帝国の絶対的な中心として栄華を極めた。最盛期には三百万を超える人口を擁し、各地から人、物、そして多様な文化が集散する、いわば帝国の血液が絶え間なく流れ込む「心臓」そのものの場所であった。

──それが、今はどうか。

帝都への進軍に要した期間は、僅か一ヶ月に過ぎなかった。

その途上に立ちはだかった本領貴族たちは、いずれも呆気ないほどに脆弱だった。三年の綿密な準備を経た十万の圧倒的な軍勢を前に、個別に割拠する小勢力が抵抗したところで、何の意味もなさなかったのだ。一部は戦い、一部は降伏し、一部は逃亡した。──「手際よく処理した」という表現が、最も正確であった。

そして今、リデルたちはついに帝都の重厚な城門をくぐった。

街は、不気味なほどに静まり返っていた。

静かというより、完全に「音」が消失している。

かつて三百万の民が行き交ったという中央大路は、果てしなく広かった。しかし、その広さが今はかえって、周囲の空虚さを惨めなほどに際立たせている。石畳の隙間からは青々とした雑草が生い茂り、放棄された荷車が道の端で無残に腐り果てていた。立ち並ぶ建造物の大半には激しい炎に焼かれた痕跡があり、崩落したまま四年間もの間、完全に放置されていた。

人の姿が完全に絶えたわけではない。

だが、視線を感じて顔を向ければ、廃墟の陰から怯えたような目がこちらを覗き見ているだけだった。リデルたちに近づこうとする命知らずな者は、一人としていなかった。

 

「これは……」

 

かたわらに控えるリーフィアが、痛ましそうに声を落とした。

 

「四年前の、あの激しい戦闘の跡ですか」

 

「ああ」

 

リデルは、馬を進めながら周囲の惨状を見渡した。

 

「第二皇子の親衛隊と、マルシア殿下の北方軍閥がこの市街地で激突した時の傷跡が、何一つ片付けられずにそのまま残っている。その後、誰もこの地を実効統治していなかったのだから、当然の帰結か」

 

先行して街の偵察を行っていたコールたちが、馬を寄せてくる。

 

「リデル様、船着き場を一通り見て回りましたが、どこも徹底的に破壊されていました。帝都は本来、レイン川の広大な水運物流で成り立つ街。このインフラの再建には、莫大な時間と労力が掛かりますね」

 

リデルはすぐには答えず、ただ静かに馬を進めながら街の有様を凝視していた。

大路から一本脇道へ入ると、状況はさらに悲惨さを増した。戦火による延焼だけでなく、明らかな略奪の痕跡がそこかしこに刻まれていたのだ。商店の扉は乱暴に打ち破られ、店内は文字通り空っぽに荒らされている。

 

「敗残した親衛隊や兵卒どもが野盗化し、長年ここを荒らし回ったのでしょう」

 

後ろから追従するジャックが、忌々しげに吐き捨てた。

 

「四年間、ずっとこれが放置されていたのか」

 

「野盗化した連中がこの廃墟に根付いてしまえば、そうなるさ。定期的に現れては、住民から容赦なく奪う。力なき住民は、それを隠れてやり過ごすか、従うしか生きる道がなかったのさ」

 

「現在、人口はどの程度残っているだろうか」

 

「ざっと見た肌感覚ですが、最盛期の一割に満たないでしょう。三十万……いや、二十万を割り込んでいるのも怪しいかもしれません」

 

リデルは大路の遥か先へと視線を向けた。

かつて帝国の中枢として君臨していたはずの気高き宮殿の方向に、無残に崩落した建造物の無骨な輪郭が、陽光の中に浮かび上がっていた。

 

「グランツ様はどちらに」

 

「すでに、中央区域での本営の設営に入っておられます」

 

コールの報告に、リデルは短く頷いた。

 

「──治安の回復と、生存物資の確保。これが我々が帝都で最初に手をつけねばならない最優先事項だな」

 

「はい。すでに兵の一部を市街地の治安警備に回す手配は、着手しております」

 

「食料の備蓄は」

 

「行軍中に徴発・確保した分が手元にありますが、これだけの規模です。長期的な補給網を迅速に構築しなければ、遠からず底を突きます」

 

「ならば、水道網の修繕を最優先にしろ。水が安定して供給されなければ、民の掌握も都市の維持も不可能だ」

 

「分かりました。至急、専門の工兵を回します」

 

リデルは一度、手綱を引いて馬を止めた。

眼前に広がっているのは、果てしない廃墟の街だ。

かつて大陸に覇を唱えた連合帝国の首都が、このような無惨な骸の姿で自分たちの前に現れたのだ。

前世の記憶を紐解いても、これに酷似した光景は戦場で何度か目にしたことがあった。激しい戦争の後に残される都市の姿というのは、どの時代、どの世界であっても驚くほど似通っている。

しかし、それを差し引いても、眼前に広がるこの崩壊ぶりは凄まじいものがあった。

 

(……なるほど。やることが、文字通り山積みだな)

 

前世において、反乱軍の指導者として敵国の首都を陥落させた時の記憶が脳裏をよぎる。だが、あの時とは決定的に状況が異なっていた。あの時は勝者として入城した際、民衆の支持のもとすでに機能している既存の行政機構をそのまま接収し、引き継ぐことができた。

しかし今の帝都には、歓喜する民も、引き継ぐべき「機構」そのものが、塵一つ残っていないのだ。

 

「コール」

 

「はい」

 

「今週中に、現在の街の被害状況とインフラの損害を把握し、詳細な報告書をまとめろ。優先順位をつけ、何から手をつけるべきかを即座に整理しておくんだ」

 

「承知いたしました。直ちに取り掛かります」

 

「ジャック」

 

「何だ?」

 

「野盗化した敗残兵の勢力が、現在どこの区画に深く根を張っているか、早急に突き止めろ。その根を完全に絶やさなければ、住民はいつまでも安心を抱けない」

 

「了解した。ネズミどもを燻り出してやるよ」

 

「リーフィア」

 

「はい、ここに」

 

「今夜は一瞬たりとも気を緩めるな。城門を開放している以上、闇に紛れて賊が紛れ込んでくるか分かったものではない」 

 

「はい。油断なく周囲を警戒いたします」

 

リデルは、再びゆっくりと馬を歩かせた。

帝都ミッテル──連合帝国の心臓。

その巨大な心臓は、今、完全に停止している。

 

(ならば──我々の手で、もう一度動かすまでだ)

 

リデルは崩れ落ちた街並みを冷徹に見つめながら、静かに、しかし確固たる決意をその胸に灯していた。


───

 

その夜、急造された本営の広大な天幕に、現在のローズヴェル・ヴェーデル連合軍の主だった将星たちが一堂に会した。

最高権力者であるグランツを筆頭に、宿将フランク、ドン。ヴェーデル陣営からはリデル、レイ、そしてグローヴ。さらに、前線を支える各部隊の有力な指揮官たちが顔を揃えていた。

卓の中央には、一枚の巨大な戦略地図が広げられている。帝都とその周辺の精細な地形、そしてローズヴェル本国へと繋がる長い街道の動線が克明に描かれていた。

グランツが、一同を見渡して重い口を開いた。

 

「帝都を奪還した。ここまでは、三年前の計画通りだ。だが……本当の戦いと困難は、ここから始まる。各自、現状に対する忌憚のない意見を述べてくれ」

 

天幕の中に、しばらくの間、張り詰めた沈黙が流れた。

まず、フランクが太い腕を組んだまま、険しい表情で口を開いた。

 

「何よりも、都市の復興問題が山積みですな。生活インフラが完全に壊滅している。民に与える食料と安全な水の確保だけでも、これらを軌道に乗せるには相当な時間を要しますぞ」

 

「それは重々承知している」

 

グランツは視線を地図へと落としたまま、淡々と告げた。

 

「──リデル。お前はこの現状をどう見る」

 

名指しされたリデルは、地図の一点を静かに見つめたまま、淀みない声で答えた。

 

「帝都の戦後復興が急務であることは間違いありません。しかし、それよりも先に、軍事・政治的に解決せねばならない決定的な致命傷が我々にはあります。今この段階でそれを放置すれば、復興を語る以前の段階で、我が軍は崩壊するでしょう」

 

「続けろ」

 

グランツの促しに、天幕の中の空気が一層ピリピリと張り詰める。

 

「解決すべき問題は、大きく分けて三つあります」

 

すべての将たちの視線が、リデルへと集中した。

 

「一つ目。現在、我が軍が実質的に支配しているのは、本国ローズヴェルからこの帝都へと至る一本の『街道』と、その沿線にあるいくつかの拠点のみ。すなわち、点と線でしかこの地を押さえられていません」

 

リデルは、地図上に描かれた細い街道のラインを指先でなぞった。

 

「この主要街道から一歩外れた周辺地域は、未だ我が軍の実効支配下にありません。もし、ここに有力な敵対勢力が本腰を入れてゲリラ戦や兵站遮断を仕掛けてきた場合、我々の補給線は一瞬で断たれます。その瞬間、帝都に立てこもる十万の我が軍は、完全に袋のネズミとして孤立する。それに対する防衛の手立てが、現状ではあまりにも不足しています」

 

フランクが、深く刻まれた眉間の皺をさらに動かした。「……二つ目は何だ」

 

「二つ目は、我々が推戴する中心人物──マルシア第三皇女殿下の側に、未だ具体的な動きが見られません」

 

これには、ドンが不審げに指を動かした。

 

「確か、東方のティーガル家との間に起きていた国境紛争が片付き次第、速やかに帝都へ入城する、という手筈だったはずだが?」

 

「はい。しかし、その紛争が具体的にいつ、どのような形で片付くのか、現時点では不透明です。そして最大の深刻な問題は、マルシア殿下がこの帝都に不在である間、我々がこの地に居座り続ける『大義名分』が極めて薄弱である、という点にあります」

 

「大義が、薄いだと?」

 

「はっきり申し上げましょう。現在の我々は、ただ圧倒的な武力を用いて暴力的に帝都を占拠した『軍事勢力』に過ぎません。大義名分という名の旗は、未だこの地に立っていないのです。ベルドルナの血を引くマルシア殿下という正統なる御人がこの地に入城して初めて、我々の帝都支配に絶対的な正統性が付与されるのです」

 

天幕の中の空気が、ずしりと重く沈み込む。誰もがその政治的危うさを理解していた。

 

「そして三つ目の問題は、この二つ目の懸念と完全に直結しています」

 

リデルは、地図の帝都周辺を囲む無数の領地へと目を向けた。


「我々が帝都に入城を果たしてから今日に至るまで、周辺に割拠する有力貴族や諸侯たちから、我が陣営への『出仕の申し入れ』、あるいは臣従の挨拶が、ただの一件も届いておりません」

 

「……」

 

将たちの間に、沈黙が走る。

 

「これは決して偶然ではありません」

 

リデルは顔を上げ、一同を真っ直ぐに見据えた。

 

「彼らは冷徹に様子を見ておられるのです。我が軍の純粋な武力、そして掲げる大義名分の双方を、軽んじているか……あるいは、まだ勝者として信用していないかのどちらかです。しかし、どちらの理由であれ、もたらされる結果は同じです。このまま周囲からの出仕がなければ、我が十万の大軍は、何の協力も得られぬままこの死せる帝都で孤立し、身動きが取れなくなります」

 

沈黙を守っていたグランツが、静かに、しかし鋭い声で問いかけた。

 

「──リデル、対策は」

 

「こちらから動いて、圧倒的な『力』を見せつける他ありません。まずは明確な実力を示すことで、様子見を決め込んでいる周辺貴族たちに冷酷な選択を迫るのです。我が陣営に出仕して臣下となるか、さもなくば、逆賊として容赦なく文字通り殲滅されるか。その二択を突きつけます」

 

「どこを、最初に叩く」

 

「帝都のすぐ南方に位置する、リガニア大公領です」

 

リデルの指が、地図の南部に位置する広大な領地へと迷いなく動いた。

 

「リガニア大公は、我が軍の帝都入城前から支援を要請してますが、今も完全に沈黙を保ち、挨拶の特使すら寄こしていません。彼は周辺の有力貴族たちの中で最も強大な兵力を保有しており、他の有象無象の貴族たちも、すべてこのリガニア大公がどう動くかを凝視しています。リガニアが我々に対して牙を剥くか、あるいは屈服するかで、周辺すべての勢力の態度が一瞬で決まります」

 

「なるほど、見せしめというわけか」

 

「叩いて完全に力で制圧するのが最善ですが、もし軍門に下ると言うのであれば、速やかに降伏を受け入れるべきです。我々の真の目的は単なる領土の破壊ではなく、帝都周辺の貴族たちを速やかに我が陣営へと引き込み、味方に組み入れることですから」

 

ここで、ドンが初めて実戦的な問いを口にした。

 

「……動かせる兵力はどの程度だ?」

 

「全軍を動かすことは不可能です。帝都の最低限の防衛と、市街地の極度な治安維持のために、相当数の兵をここに残さねばなりません。今回のリガニア遠征に割けるのは、多く見積もっても三万程度でしょう」

 

「三万、か。それで確実に足りるのか?」

 

「リガニア大公が動員できる限界兵力は、一万五千から二万の間と踏んでいます。我が方の精強な三万の軍勢、かつ半数にフリンテを配備している現状を鑑みれば、戦力としては十分すぎます。むしろ、この戦いで最も重要なのは『速度』です。電撃的に素早く動き、瞬く間に圧倒的な結果を出す。それこそが、様子見の諸侯たちに対する最も雄弁で巨大な『力の証明』となります」

 

グランツは、リデルの指し示す地図をじっと見つめていた。

天幕を夜風が揺らし、張り詰めた沈黙が数秒間、支配する。

 

「──分かった」

 

グランツは顔を上げ、周囲の将星たちを力強く見渡した。

 

「リガニアを叩く。リデル、お前がこの遠征の具体的な作戦をすべて構築しろ」

 

「御意。直ちに」

 

「フランク、ドン。お前たちもリデルの作戦に全面協力し、即座に軍を動かせるよう手配せよ」

 

「「はっ!」」

 

「急ぐぞ。時間は、決して我々の味方ではない」

 

広げられた戦略地図の上に、将たちの決意に満ちた影が重なり合う。

帝都奪取という第一歩を成し遂げたローズヴェル・ヴェーデル連合軍は、休む間もなく、大陸統一への次なる一手を打ち出そうとしていた。

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お前らここがファンタジーってことを忘れてやいないか
人口300万…日本の詰込み型都市&近代建築のマンション群込々で横浜市レベルの広さが要る訳で、この文化レベルで300万都市ってどんだけ広いんだ?しかも、西洋風の都市を城壁で取り囲む建築様式だと、城壁が万…
300万都市って凄いな 江戸やロンドンやローマですら100万なのに 近代以前のインフラで運営できるサイズ超えてない……?
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