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4話

「徴税額は、領民一人当たり銀貨三枚だ」

 

役人の声が、広場に響いた。

ざわめきが起こる。銀貨三枚。それがどれほどの額か、リデルにはすぐに見当がついた。帳簿の記憶が、即座に答えを出す。この村の標準的な世帯の、月収のほぼ全額に近かった。

 

「だが安心しろ。我々は寛大なので、払えぬ者は、こちらで用意がある」

 

役人がにやりと笑い、後ろの男に目で合図した。荷馬車から、別の男が木箱を担いで降ろしてきた。蓋を開けると、中には大量の銀貨が詰まっていた。

 

「土地の権利書を担保に、銀貨を貸してやろう。利息は月に二割。良心的な条件だぞ」

 

その瞬間、広場の空気が変わった。

悲鳴のような声が、あちこちから上がった。

 

「権利書を担保に、だと……」

「先祖の土地が……」

「月二割って、そんな……」

 

リデルは、その場に立ったまま、内心で素早く計算した。

月二割の利息。単利でも二百四十パーセントを超え、複利なら九百パーセントに迫る暴利。ほんの数ヶ月で、元金の数倍に膨らむ計算だ。これは「貸付」という名の、実質的な土地の強奪だった。担保の権利書は、ほぼ確実に流れる。流れた土地は、誰の手に渡るのか――答えは、もう見えている。

しかもそのすべてが、「リデル様のご命令」という名のもとに執行されようとしている。

無視できる筈もない。リデルの足が、自然と前に出かけた。

その時、横から手が伸び、外套の裾をぎゅっと引いた。

 

「リデル様」

 

リーフィアの声は、極めて小さかった。だが、その中に込められた緊張は痛いほど伝わってきた。

 

「お待ちください」

 

「リーフィア」

 

「あの者たちが、何者なのか分かりません。私たちの家臣団の者かもしれませんし、あるいは……バートン家の名を騙る、まったく別の集団かもしれません」

 

リーフィアは、リデルの袖を握る手を緩めなかった。視線は役人たちに向けたまま、声だけがリデルの耳元に届く。

 

「いずれにせよ、ここで荒事になれば――私一人で、リデル様をお守りしきれる自信がありません」

 

リデルは、リーフィアに思わず視線を向けた。

その目には、恐怖はなかった。冷静な計算だけがあった。

 

「ここで正体を明かしても、私たちは行商人の格好です。誰も信じません。最悪、その場で口封じされてもおかしくありません。一度屋敷に戻り、当主代行として、しかるべき手続きを踏んで処罰すべきです。それが……」

 

「ああ、そうだな。合理的な判断だよ」

 

リデルは、静かにその言葉を引き継いだ。

心の中で、小さく感心していた。リーフィアの判断は、教科書的に正しい。情報が不足している状況での無謀な介入は、最悪の場合、こちらの命と、状況の主導権の両方を失う。撤退して情報を集め、後日、正規の権限を行使して処断する――それは、為政者として、模範的な選択だ。

 

(やはり、この子はただの侍女じゃない。物事をよく見ている)

 

だが。

リデルは、広場を見渡した。

声を出せずに立ち尽くす老人。子供を抱いたまま、震える肩を抑えきれずにいる女。先ほどの井戸端の女も、人波の中で、虚ろな目を――いや、何も見ていない目を、ただ前に向けていた。

今、ここで引けば。

今日この場で奪われる土地は、明日には「合法的な」手続きを経て、誰かの懐に収まっている。一度流れた権利書は、二度と戻らない。後日、当主代行として「処罰」を下したところで、奪われた土地と、失われた信頼は戻らない。

それに――もしリデルが今ここで動かなければ。

この村の人々の目に映るのは、また「何も変わらなかった」という、十一年目の事実だけだ。

 

「リーフィア」

 

リデルは、小さく、しかし確信を持って言った。

 

「君の判断は正しい。だが、策はある」

 

「……策、ですか」

 

「私を信じてくれ」

 

リデルは、自分の袖を握るリーフィアの手を、そっと外した。

 

「だが、最悪の場合は君だけは逃げろ。これは命令だ」

 

「リデル様……!」

 

止める間もなく、リデルは一歩、前に踏み出した。

困惑し、立ち尽くす領民たちの間を、小さな体で静かにかき分けていく。誰もが目の前の悲劇に気を取られ、行商人姿の少年に気づく者はいなかった。

役人たちの目の前――広場の中央。誰もが避けて立っていた、その空白の場所に、リデルは一人、足を踏み出した。

役人たちの冷たい視線が、ようやくこちらを向いた。

馬上の男が、初めてリデルを見下ろした。

 

「なんだぁ、お前は」

 

リデルは、その問いには答えなかった。

 

「お、お役人様に謹んでお聞きします」

 

リデルは、十二歳の少年そのものの、おどおどとした声を作った。背を丸め、視線を上目遣いに、いかにも怯えた小市民の表情を浮かべた。

 

「我々は……決められた租税は、きちんと納めております。それなのに、このような突然の臨時徴収は、あまりに酷いのではないでしょうか」

 

馬上の役人が、不快そうに眉を寄せた。

 

「あぁ?」

 

「一体……誰の、どのようなご許可があって、こうしたことをなさるのでしょう」

 

広場の喧騒が、わずかに静まった。誰もが、行商人らしき子供がそんなことを口にするとは思っていなかったのだろう。村人たちの視線が、少しずつリデルに集まっていく。

役人は鼻を鳴らした。

 

「生意気な口を叩く小僧だな。さっきも言っただろう」

 

馬を一歩、こちらに近づけてくる。

 

「いいか、これは当主代行――リデル・バートン様のご命令だ。先月の重臣会合で決定された事項であり、正規の手続きに則ったものだ。分かったら、さっさと銀貨を出せ」

 

断定的な口調だった。迷いも、ためらいもない。

 

(先月の重臣会合、ね)

 

リデルは、内心で静かに目を細めたが、おどおどとした態度を崩さぬまま、さらに一歩、踏み込んだ。

 

「あの……重臣会合、というのは……バートン家の、重要な会議のことですよね」

 

「当たり前だろう」

 

「では……お役人様方は、バートン家の……家来の方々、ということでしょうか」

 

「決まっているだろうが! 何を当然のことを聞いているんだ!」

 

役人は、苛立ちを隠さなかった。早く話を切って金を取り立てたい、という気配がにじんでいる。

リデルは、ここで初めて、少しだけ視線を上げた。

おどおどとした表情の奥に、別の何かが――冷静な、計算された光が、一瞬だけ覗いた。だが、それに気づく者は誰もいなかった。

 

「いえ……それは違うと思います」

 

リデルの声は、依然として小さく、控えめなままだった。だが、その内容は、それまでの怯えた口調とは、明らかに質感が違っていた。

 

「私の記憶が正しければ……お役人様は、バートン家の直臣ではなく」

 

わずかに、間を置いた。

 

「ラムズ家の税吏、ホーエンス様、ですよね」

 

広場が、一瞬、完全に静まり返った。

馬上の男――ホーエンスと呼ばれた役人の表情が、凍りついた。

 

「……は?」

 

その声には、先ほどまでの怒気はなかった。代わりに、明らかな動揺が、声の震えとして表に出ていた。

 

「お前……今、何と――」

 

ホーエンスは、馬上から身を乗り出し、リデルの顔を、まじまじと見つめた。

行商人風の外套。煤で汚した頬。だが、その下にある顔の輪郭、目元、年齢――そして、自分の名前を、なぜこの場の小僧が知っているのかという困惑が彼を襲う。

ラムズ家の徴税担当として、ホーエンスはこれまで何度も、バートン伯爵家の会合に陪席し、書類を運び、控えの間で待機してきた。その際、遠目に何度か――当主代行となったばかりの「あの方」の姿を、目にしたことがあったはずだ。

記憶と、目の前の少年の顔が、ゆっくりと重なっていく。

ホーエンスの顔から、みるみる血の気が引いていった。

 

「ま……まさか……」

 

そのつぶやきは、もはや誰に向けたものでもなかった。

広場の村人たちは、何が起きているのか分からず、ただ困惑したまま、馬上の男と、行商人姿の少年を見比べていた。

リデルは、何も言わなかった。

ただ、静かに、ホーエンスの顔を見据えていた。十二歳の少年の顔に、不敵な笑みが、ゆっくりと浮かび上がっていった。

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