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11話

トルデラン砦は、岩肌を削るように築かれた灰色の要塞だった。

ヴェーデル公の臣下であるリヴィル子爵家の領内、その国境を扼する最前線に位置するこの砦は、三百の兵によって守られていた。

その指揮を執るのは、ミナ・リヴィル、十六歳。

城壁の上、整列した兵士たちの前に立つ彼女の姿は、若さに似合わぬ威厳を纏っていた。母親譲りの、すっと整った美しい顔立ち。だが、それ以上に兵たちの目を引いていたのは、その腰にある一振りの剣だった。

初代皇后エリザベートルが建国戦争で振るっていたとされる「聖剣グラディア」。天啓の儀で「剣聖」のスキルを授かった彼女に相応しい剣である。

 

帝国全体でも数十年に一度しか現れないとされる、稀少な戦闘系スキル「剣聖」。彼女がまだ十二歳の時にそれを発現させたとき、リヴィル領は熱狂に包まれ、時の皇帝から聖剣グラディアを授与された。優れた才覚と、剣聖の才。次代のリヴィル家を担う者として、誰もが彼女の将来を嘱望していた。

 

「皆」

 

ミナの声はよく通った。城壁に並ぶ兵士たちの間に、自然と静寂が広がっていった。

 

「敵の数は、聞くところによればこちらの三倍以上だという」

 

わずかなざわめき。だが、ミナはそれを抑え込むようにすぐに続けた。

 

「だが、恐れる必要はない。この砦は、我々に圧倒的な地の利がある。狭い山道、急な傾斜、堅固な城壁――敵がその数を生かせる場所など、どこにもない」

 

兵士たちの間に、安堵の空気が戻っていく。

 

「それに」

 

ミナは、剣の柄に軽く手を添えた。

 

「何より、私がいる。剣聖のスキルを授かったこの私が、お前たちと共に戦う」

 

その一言で、兵士たちの目に確かな光が灯った。

 

「敵を率いるのは、バートン伯爵家の小僧だそうだ。聞けば、天啓の儀でスキルすら授からなかった――『背天者』らしい」

 

その言葉に、兵士たちの間から『そうだ!』、『女神様にあだ名す背天者を殺せ』などと、声が上がる。

 

「女神にも見捨てられた者が率いる軍勢に、剣聖の名を持つ私と、お前たちが負けるはずがない! トルデラン砦は、誰にも渡さん!」

 

城壁に歓声が沸き上がった。剣を掲げ、拳を突き上げる兵士たち。その熱気は、軍全体の士気を確かに押し上げていた。

ミナはその光景を満足げに見渡し、やがて城壁を下りた。

砦内、彼女の私室代わりに使われている小部屋。そこで彼女を出迎えたのは、白髪の老臣、ネビドだった。

 

「お見事でした、お嬢様」

 

「ありがとう、ネビド」

 

ミナは椅子に腰を下ろすと、ようやく肩の力を抜いた。先ほど兵を鼓舞していた堂々とした態度とは打って変わり、その顔にはひどく現実的な疲労が滲んでいた。

 

「あれだけ言えば、兵の士気は十分に上がったでしょう」

 

「そうですな。皆、お嬢様の言葉に深く奮い立っておりました」

 

ネビドは静かにそう答えた。

ミナはしばらく天井を見つめたまま、黙っていた。

 

「ネビド」

 

「はい」

 

「正直に言うわ」

 

その声は、先ほど城壁の上で見せたものとはまるで違う、低く、深く思案するような響きだった。

 

「あの『背天者』という言葉――兵を鼓舞するための材料としては、確かに都合がいいわ。でも、私自身は、彼を過小評価してない」

 

「……ほう」

 

「十二歳――いえ、もう十三歳かしら。スキルなしと宣告されたその子が、たった一年あまりで自家の不正を一掃し、徴税体制を立て直し、領民の人心を掴んで、実力で次期後継者の地位を確立したというわ」

 

ネビドは表情を変えずに頷いた。

 

「私の耳にも、その噂は入っております」

 

「噂というよりは、ほとんど事実として裏が取れているのよ。商人を通じた情報網でも、似たような報告が複数あったわ。それに――『フリンテ』という、新型の火器を独自に導入しているという話もあるの」

 

「フリンテ、ですか」

 

「南方の国々で使われているという、雷のような音を立てる飛び道具らしいわね。本当だとすれば、これまでの戦の常識が通じない相手かもしれない」

 

ミナは、自分の言葉を噛み砕くようにゆっくりと続けた。

 

「スキルがないというのは、確かに女神の加護がないということ。でも――それが、その人間が無能だという意味とはまったく違うわ」

 

「お嬢様……」

 

「むしろ、これだけ短期間でこれほどの成果を上げている。私にはその事実の方が、よほど恐ろしく思えるのよ」

 

ネビドはしばらく沈黙した。長く家中に仕えてきた老臣として、彼もまた、各地から流れてくる噂や報告を丹念に拾い集めてきた一人だった。

 

「お嬢様の懸念、私も共有しております」

 

ネビドは静かに頷いた。

 

「砦の地の利、お嬢様のスキル、兵の士気――それらは確かに我々の武器です。しかし、相手が単なる血気にはやる若者ではなく、噂通りに思慮深く、計算高く動く敵であるならば……ヴェーデル公の援軍が到着するまで、決して楽な戦いにはならないでしょう」

 

「援軍は、いつ来る予定なの」

 

「公からの報せでは、早くとも十日後、との見込みにございます。ローズヴェル領全体への対応に、ヴェーデル公の兵力も分散しておりますから」

 

「十日、か」

 

ミナは窓の外、国境の山々を見つめた。まだ何も見えない。だが、確実にこちらへ向かってきている軍勢の気配が、もう肌に感じられるような気がした。

 

「十日間、この砦を守りきらなければならないわね」

 

「……御意」

 

ネビドの声には、わずかな緊張が滲んでいた。

城外の風が、わずかに強くなっていた。何かの予兆のように、山の向こうから湿った土の匂いが運ばれてきた。

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