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恋のトラウマは始まりを告げる  作者: 栢瀬 柚花


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17/18

遊園地デート

翌日。

 朝からお弁当作りに勤しんだあたしは疲れも感じず、準備していた服に着替えた。

 部屋を出て憲彦と顔を合わせると挨拶もそこそこに手を繋ぎ、エレベーターに乗り込んだ。

 昨晩のキスで、2人の距離はかなり縮まった。


  

 真夏の日差しは朝から厳しかったが、あたし達には関係ないくらい気分が高まっていた。

「今日も暑いから、水分補給気をつけないとな」

「水筒持ってきた?」

「万端。タオルも着替えも念ため持ってきた」

「着替えも?」

「遊園地調べたら、ずぶ濡れイベントやってたんだ」

「知らなかった……。着替えあった方がよかったかな……」

「この気温だからすぐに乾くよ。無理なら俺のTシャツ貸す。2枚持ってきたし」

 だからバックパックで来たのか。憲彦にしては準備万端だな。



 夏休み開始となった初めての日曜は、電車も遊園地も凄い人だった。

「しまった……。世間の学生は夏休みかぁ。社会人になったらその辺りを失念するな……」

 ジェットコースターの列に並びながら、憲彦は後悔を呟く。

「仕方ないよ。日曜ってことで並ぶのは覚悟してたし。80分待ちなら短いほうでしょ?」

「そうかもだけど……。この炎天下だとキツイなぁ」

「ハンディファンで乗り切るしかないね」


 

 ジェットコースターに乗った時点で昼になり、あたし達は早めの昼食を取った。

 お弁当はしっかり保冷剤で守られ、傷んだ様子がなかったので安心した。

「このジュース夏限定だって。ブルーのゼリー?沢山浮いてて綺麗。これ美味しい」

「こっちの炭酸もシュワシュワ弾けるパウダーが別で付いてる」

 限定メニューにはしゃぎ、お弁当のサンドイッチともよく合ったので話が弾んだ。

 今日のメニューはカツサンドで、カツはかなり厚めになるよう奮発した。

「随分と豪勢なカツサンドだな」

「生野菜も傷んじゃうかもしれないから挟めなくて。マリネしたからそっちで食物繊維とろう。あとは冷凍ゼリーも入れてみた。保冷剤で完全に溶けてなくて良かった」

 テーブルに並べると、憲彦は「気配り出来るいい彼女で助かる」とじっとあたしを見つめた。

「いつも色々と考えてくれるよな。時短メニュー教えてくれたのも凄く助かった。あれで食生活が少しマシになったもんな」

「そんな大層なことしてないよ……」

「依織はいつもそう言うけどさ。俺にとっては大層なことなんだよ」

 机の上に置いた手を握って、

「いつもありがとう」

 と微笑んだ。

 その笑顔は太陽より眩しく感じ、あたしは目を逸らしてしまう。

「――どういたしまして……」

 あたしの照れ隠しは見抜かれ、憲彦はニコニコしながら「可愛いな」と溢していた。


 食事が終わると次のアトラクションに向かったが、どれも100分以上待ちで心が折れた。

 かわりにミニゲームコーナーに行き、特大輪投げや高速モグラ叩き、バスケのようなシュートゲームを楽しんだ。クーラーが効いた室内とあって時間を忘れて遊び、気がついたら遊園地のマスコット人形を3つもゲットしていた。


 ゲームコーナーを出ると、ちょうどパレードが始まるところだった。

 朝憲彦が言っていたずぶ濡れイベントだ。

「えっ?行くの?」

「せっかくだから行こうよ」

 手を引いて混雑した道に進もうとする憲彦に、

「でも化粧落ちちゃうし……」

 と渋ったら「これ被ってなよ」と、高校時代に買ったフード付きタオルを出してきた。

 これには驚いたし笑った。

「持ってきたの?」

「こんな時じゃないと使わないだろ?」

 あたしの肩にタオルをかけるとフードを被せ、

「準備万端!」

 と先頭に連れて行った。

 

 そして案の定、ずぶ濡れになった。

「昔より酷くない?コレ!」

「そうかも!」

 フードなしの憲彦は髪までビチョビチョだった。かく言うあたしも酷いもので、フードから水が滴っていたので憲彦と似たような状態だ。

 憲彦は濡れたフードタオルを取り払い、バックパックから新しいタオルを取り出すとパサッとあたしにかけてくれる。

「やっぱり着替え持ってきて正解だったな」

 肩に手を回して木陰にあたしを連れて行くと、

「ほら、これに着替えなって」

 Tシャツを手渡してきた。

「いいよ、気温高いしすぐに乾くって」

「ダメ」

 ズイッとTシャツを突き出すと小声で、

「濡れた服で下着透けそう」

 と教えてくれた。

 見てみれば確かにそうで、流石にこのままウロウロ歩くのは憚られた。

「血気盛んな中高生男子には目の毒だよ。俺も他の男に見られたくないし」

 あたしは思わず顔を赤くしながらもシャツを受け取る。

「トイレで着替えてくる……」

 ササッと道を抜けてトイレに駆け込むと更衣した。



  

 夕方になると少し人が減り、長蛇の列だったアトラクションがすいたので並び、幾つも堪能した。

 ナイトパレードも見終わる頃には真っ暗で、最後に観覧車に乗って帰ろうという事になった。

 

 閉園が近い観覧車は人が少なくて、すぐに順番が回ってくる。

「思えば夜の観覧車って初めてかも」

「俺も」 

 夜景が綺麗で、高くなるにつれて遠くのネオンが点滅しているのがよく分かる。

 都会は夜景が綺麗なのがいい。でも……

「観覧車って冷房ついてないから暑いね」

 シャツをパタパタすると、

「依織……見のやり場に困るからやめて……」

 と視線を逸らされた。

「そこまで見えないでしょ?」

 しっかりと丸首がある憲彦のシャツは、多少パタパタした所で谷間が見えるとか、一切ないデザインだ。

「そういうことじゃなくて……。彼シャツ着てるってだけでマズイんだって……」

 あたしは憲彦のシャツ着たままだった。

 また濡れた服を取り出すのが面倒で、そのまま1日を過ごしていた。

「それに昼間びしょ濡れになった時……。下着が透けてたから焦った……。俺の身体で隠したからほとんどの人には見えてないと思うけどさ」

「あれはありがとね。あたし気がついてなかったから。他の人に見られなくて良かった」

 心底そう思い素直にお礼を言ったが、憲彦は複雑な顔であたしを見ている。

「――俺も見たんだよ?」

「……あ、うん。だから、憲彦がかばってくれて良かったなって……」

「俺も男って分かってて言ってる?」

 その一言にドキリとした。

 言葉を詰まらせるあたしに憲彦は何も言わず、立ち上がるとすぐ隣に座ってきた。

 ピタリと体をくっつけてくる。

「彼女があんな姿でいるのに、我慢するの大変なんだから……」

「ご、ごめん……」

 密着した左半身の肩、腕、もも。

 触れ合った場所が酷く熱く感じられた。 

 憲彦は足の上で緊張して固く結ばれたあたしの手を取ると、キュッと握る。

「今日、楽しかった?」

「う、うん」

「昔より今日の方が長く遊べたね」

「うん……」

「前はナイトパレード見れなかったもんな」

「そうだね……」

「あの時は未成年だから金がなくて、買えるもの限られてたし。期間限定のフードとかゲームとか出来なかった」

「うん」

「閉園間際まで遊ぶなんてことも出来なかった。今は大人だからゆっくり依織と時間過ごせて嬉しい……」

「うん……。あたしも嬉しいよ……」

 握られた手が熱い。頬もきっと赤くなってる。

 

「――依織、今日さ………俺の部屋に泊まらない?」

「……えっ」

 

 あたしは完全に思考が止まった。

 警戒や嫌悪からではもちろんない。

 緊張から来るドキドキのせいで、心臓が一段と早く鼓動しているのが分かる。

 

 それに手いっぱいになり、返事ができなかった。

 それに嫌とも、いいとも言えなかった。心の準備が出来ていない。

 

「何もしないから……。ただ依織と一緒の時間を過ごしたいだけ」

 随分と長く沈黙してしまったので、憲彦が耐えかねてそう言ってくれた。

「お風呂も全部済ませてからでいいよ。――どうする?」

 あたしはぐるぐると考えた。

 

 憲彦のベットはシングルだったよな、とか。

 スッピン見られる……でも高校の時、既に見られてるからいいのか?とか。

 明日仕事だけど……何もしないならいいのかな、とか。


 嫌ではないのだ。決して……。でも――


「嫌じゃないよ……でも…………心の準備が……」

「何もしないよ?」

「そ、それでも……緊張する………」

「寝られそうにない?」

 あたしはコクンと頷いた。

「お酒の力借りて寝る?」

「……あたしお酒強いの」

「でも眠くはなるだろ?」

「うん……」

「ならそれでいいじゃん。………本当に嫌なら断っていいよ?」

「嫌じゃないんだって……」

「ならいい?」

「……………………う……ん」

 消え入りそうな小さな声で、返事した。


 憲彦は「なら、帰りにコンビニ寄ろう。好きなお酒買おう」と笑った。



 遊園地を出ると恋人繋ぎで最寄り駅まで帰り、一番近くのコンビニに寄った。

 あたしは今日ほど酒の力を借りたいと思ったことはない。

 

 普段飲まない種類のお酒なら効果が早いかと思い、カクテル以外にもビール、日本酒などを買ってみた。ちゃんぽんは良くないと聞くが、今はそれでもいいと思えた。

 

 マンションに着くとそれぞれ自室に戻る。

 お風呂に入って髪を乾かし、化粧水などでいつものケアをする。

 ゆっくりしても終わりは来るわけで、いつものルーティンが終了するとさらに緊張した。


 

 コンビニ袋に買ったお酒を入れ、憲彦の部屋の前に立つ。

 いつもは難なく開けれる扉が酷く重く感じた。

「お、お邪魔します……」

 いつもはそんな事言わないのに、この時ばかりは挨拶した。

 

「依織、こっち」

 憲彦は室内におらず、ベランダに出ていた。もう部屋着姿なので、とっくに寛いでいたらしい。

 あたしが窓の前まで行くと、

「ほら、たまに流れ星が見える」

 と夜空を指さした。

 見上げると、確かに流れる星が見える。

 天文学にも宇宙にも詳しくないあたしは、何の流星群かも知らない。

「何かの流星群?」

「さぁ?」

 憲彦も全然知らないようだ。

「流れ星にしては多いから、そうなんじゃない?」

「朝のニュースでやるかな?」

「明日確認してみよう」

 そのまま2人でぬるい夜風に当たった。

「ここで飲む?」

 憲彦の提案で、ベランダで星を見ながら寝る前の晩酌をした。

 

「依織がビールって珍しいね」

 持っている缶を見て、憲彦が気がつく。

「いつもは飲まない種類なら酔えるかなって思って……」

「なるほど」

 憲彦はいつものビールを飲んでいた。

「明日は何時起き?」

「お弁当作らなきゃいけないから、6時」

「思ったより遅いな」

「今日のお弁当の余りがあるから、作る品数少なくてすむの」

「ああ、なるほど。ちゃんと考えてるな、エライ」

「憲彦は何時に起きるの?」

「6時半かな」

「そっか……」


 そんな話しをポツポツしながら15分程過ごすと、そろそろ寝ようか、となった。


 部屋に入り冷房が効いた空間に戻るが、緊張と酒の影響で体は熱いままだ。


 憲彦のベットはあたしの記憶どおりシングルで、2人が横になると自然と体が密着した。

「……狭くない?」

「狭い……」

「だよな……。わかってたけど、すっごく寝づらい」

「なら、なんで誘ったの?」

「一緒にいたかったから」

 あたしは横向きになって、憲彦はあたしの背中側にいる。

 後頭部から憲彦の声がするのは落ち着かない。

「……憲彦は寝れそう?」

「いや……無理かも」

「…………日曜の夜にやることなかったんじゃない?」

「そうかもな……。昨日、花火見たあとにすれば良かった。あっ……」

「何?」

「いや…………。昨日の花火の後だと理性が保たなかったから、やっぱり今日で正解かも。明日仕事ってプレッシャーがあるし、早く寝なきゃって心理が働く」

 

 コメントし辛いことを言われ、あたしは沈黙した。

 よりにもよって、今キスのことを思い出さなくても……。

 

「今はキスしないよ……。したら、絶対それ以上しちゃうから」

「…………分かってる。もう寝よう……。明日仕事だし……」

 

 目を閉じたものの、睡魔はこない。酒の力を借りたかったのに、全然効果を感じなかった。

 目は冴えて眠気なんてない。背中で感じる憲彦の体温が酷く熱かった。

 

「依織、明日時間になっても俺が起きなかったら、起こして……」

「うん……」

「深夜まで寝れないと思うからさ……。絶対、朝起きれないと思う」

「…………やっぱり金曜とか土曜の夜にしようよ。寝坊してもいいように……」

「次に一緒に寝る機会があれば?」

「うん……」

 次の事を考えてくれているのが嬉しいのだろう。憲彦は小さく「そうしよう……」と言い笑った。


  

 あたしはひたすら眠気が来るのを待った。

 目を閉じるとしばらくは冴えていた頭も、だんだんと思考が緩やかになる。

 楽しかった今日1日が瞼の裏で繰り返された。

 楽しかった……。昔以上に……。

 

 疲労もあって、いつの間にか思考は途切れていた。

 


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