間章 『あの日』
ソリシアンの村 にて
チュン、チュン…と。小鳥の鳴き声に、朝を告げられる。布団から出て、窓の前で目一杯背を伸ばした後、隣で寝ていた妹を起こそうとした。が、妹の姿はどこにもない。もう起きているのだろうか。いつもなら、自分が起きる時まで寝ているのだが。
ギッ、ギッ…と鳴る木の床を進み、とりあえず、朝飯が並ぶ食卓に向かってみる。
扉を開けると、そこには3人とも。母、父、そして妹が食卓の席についている。3人が自分の存在に気づくと、
「おはよう……お誕生日おめでとう。サクラ…」
と、おっとりした声で、まずは母から祝福される。続いて、
「おめでとう!これでサクラは10歳だな……ついに2桁に突入か……早いもんだな。でもお前たちいくつ歳取ろうと、俺たちゃいつまでもそばにいるぞ。なっ!母さん!ほら、ルインも。渡したいものがあるんだろ?」
父からも祝福される。すると私の5歳下の妹である、薄緑のツインテールの黄色の瞳のルインは、椅子からぴょんと飛び降りてこちらの方に向かってくる。その手には、何か持っている。
「お姉ちゃん!おたんじょうびおめでとう!!はい。これプレゼントだよ!」
と、元気いっぱいの妹からも祝福され、手に持っていた紙のようなものをこちらに差し出してきた。これは、私の似顔絵だ。それは私と似ても似つかない似顔絵だが、絵の横に大きな文字で
「おねえちゃん だいすき」と書いてある。絵が綺麗とか関係なしに、大きな愛情が伝わってくる我が妹の力作だ。
「ありがとう…ルイン。私も大好きだ。大事にするよ」
はっきり感謝を言うのは恥ずかしいので、言葉では少なく、でも、ルインをそっと抱き寄せ、体で感謝、そして愛を伝えた。ルインは幸せそうな顔をしている。
「わぁ…あったかい……ありがとうお姉ちゃん!朝ごはんたべおわったらお外でみんなと遊ぼ!」
「うん、いいぞ。いっぱい遊ぼうな…」
「ははっ!仲のいいことだなぁ……よしっ!じゃあ今夜は宴だ!宴!母さん、サクラの好きな魚の刺身をいっぱい出してくれよ!」
「おさしみ!?やったぁ!やったねお姉ちゃん!」
ルインが嬉しそうにはしゃぐ。私もはしゃぎたいがもうそんな歳ではないので、ぐっと気持ちをこらえる。
「よーし、お前ら席につけ!それじゃ、いっただっきまーす!!」
「いただきます」
「いただきまーす!」
3人が声を合わせて挨拶をする。すかさず私も、挨拶をする。
「…いただきます」
朝飯の時間を終え、歯を磨き、この村の衣装である白いワンピースに着替えた後、一度寝室に戻った。
………何故だろうか。今日は記念すべき自分の誕生日だと言うのに、この胸騒ぎは何なのだろうか。何だか、全然気が乗らず、足が重い。まるで、何かが起こってしまいそうな、そんな気がした。
そこで、ルインからもらった似顔絵をもう一度見てみる。愛する妹からの、愛の贈り物。後ろを振り向いて窓の外を見ると、元気そうに遊ぶ村の子供たち。空はもちろん曇っているが、雨は全く降っていない。
(そんなわけないよな。ただのみんなに祝いを受けるのが恥ずかしかっただけか……そうだ。今日はこんなに素晴らしい日なんだからな)
私は、ポケットから村のお守りの袋を出す。お守りにしては大きく、手のひら全体に乗っかるくらいの大きさだった。そのお守りには、『晴日祈念』という刺繍がされている。『晴れの日を祈る』という意味だと、母が言っていた。私はルインから貰った似顔絵を小さく折りたたみ、お守りの袋の中に入れた。
ガチャ、と。玄関の扉を開ける。その先には、高床式の木材住宅がそこら中に建っており、至る所に畑や田がある。
『サクラ姉ちゃん!お誕生日おめでとう!』
見下げてみると、村の小さな子供達7人がいて、大きな声で祝福された。7人以外にも子供たちはまだまだいるが、この村の子供の中では、私が一番年が大きいらしい。毎年、自分の誕生日の時に朝早くから待機している。すると、1人が言った。
「ねね、サクラ姉ちゃん!きょうでなんさいになったの?」
「今日で10歳になれたよ。こうして元気に居られるのも、みんなのおかげだよ」
「10さい…いいなぁ…ぼくもはやくおっきくなって、このそらのくもをどかしてやるんだ!」
「ぼくも!」「わたしも!」と、他の子供達も賛同した。でも私は、その意見にはどうしても引っかかるところがある。
毎日、あの空の雲が消えないのは悪い人が支配しているからと、父に聞いたことがある。広がっている雲を消すとなると、多分最終的には"戦う"事になる。そこまでは子供達も知っているだろう。でも、戦い……それは自分の身を滅ぼして、敵を討つという事。自分でさえ抵抗のある事を、この純粋無垢な子供達には知ってほしくない。
私には理解できない。なぜ、みんなが「正義の英雄」になろうとするのかを。
「お姉ちゃん?だいじょうぶ?からだわるいの?………ちょっとしゃがんで」
どうやら険しい表情をしてしまっていたようだ。周りの子供達に、心配そうな目で見られている。ルインに言われるがままにその場でしゃがみ込むと、ルインはこちらに歩み寄り、小さな手を私の額にあてる。
「うん…おねつはないかな…ほんとにだいじょうぶ?やすみたかったら、やすんでてもいいんだよ?」
こうやってルインは、私が悪そうにしていると、必ず心配してくれる。そんな妹の優しい行動と言葉に、曇った心が少し晴れたような気がした。
「ううん、何ともないよ…えと…そうだ。今日は何して遊ぶか考えてたんだ。みんなはなにして遊びたい?」
「かくれんぼ!かくれんぼがいい!サクラ姉ちゃんが鬼ね!」
真っ先に1人の男の子が言った。「さんせーい!」「おれも!」と、次々にかくれんぼに票が入れられていく。
「おいおい、私が鬼でいいのか?悪いけど、すぐに見つけちゃうぞ。それでもいいのか?」
「うん!ぼくたちもまけないからね!いくよみんな!えい、えい……」
『おーっ!!』と、意気揚々とした声を上げて、子供達は近くの森へと走って行く。
そんな元気な姿を見るだけで、私は幸せを感じられる。いつまでもこんな時間が続けばいいのに、と思う。
枯葉が地面に散り、辺り一面紅葉した木でいっぱいの、小さな森に辿り着いた。
ソリシアンの子供たちで行うかくれんぼ。最初は村から少し離れた森から始まり、鬼は木の幹に顔を伏せ、30秒待機する。その間に、隠れる側は村のどこかに隠れるというのが、一連の流れ。ただし、家の中に入ることはできず、せいぜい家の裏や村の小さな公園の遊具に身を隠すなどパターン化されてしまってるので、ぶっちゃけた話、割とすぐ終わる。
「お姉ちゃん。それじゃ、がんばってね!」
ルインはそう言った後、背を向けて村へ向かっていった。ここで私1人だけになったので、30秒のカウントダウンを、声に出して始める。
「1…2…3…4…5…6…7…8…9…10…」
あと20秒。声の他に、サァ……と。枯葉が風に煽られている音だけが聞こえる。
「11…12…13…14…15…16…17…18…19…20…」
あと10秒。寒かった外が、心なしか暖かくなったような気がした…というか、少し暑すぎる気もする。さっき走ってきたからだろうか。
「21…22…23…24…25…26…27…28…29…30…よし…」
カウントダウンを終え、後ろを振り向く。
そこには。
激しい炎が上がっている、ソリシアンの村があった。
「………?」
言葉を失う。何故燃えている?村のみんなは、子供達は?と、迷うよりも早く、今までにないくらい全力疾走で村へ向かう。
(まさか…父さんが言ってた…『悪い人』の襲撃…!?)
炎が燃え盛っている村に着き、首を激しく振って辺りを見渡す。建物が、家が、焼け落ちている。村の人々が、そこら中に倒れている。父と母は…と、自分の家へ、急ぎ様子を見に行く。
家に着いて、父と母を探す。
「父さん!!!母さん!!!どこにいるんだ!!!返事を………返事をしてくれ……!!!」
こぼれ落ちそうになった涙をぐっと堪え、懸命に探す。絶対に生きているはず。あの2人が私の前からいなくなることなんて絶対にない。朝に、そう約束したはず。
家の辺りを周る。すると、見覚えのある2人の姿が地面に倒れ込んでいる。父と母だ。
しかし、その姿は。
父も母も倒壊した家の下敷きになっており、母に至っては、腰と胴体が千切れて血まみれになっている。2人とも、もう息をしていない。
「………………ルイン……はっ……」
大粒の涙をこぼしながら、妹のルインを探すため、公園へ走る。ルインは、私が鬼のかくれんぼをする時は、毎回同じ場所に隠れている。それは、私が歩いてきた森から近い位置にある小さな公園。必ず、その公園のどこかに身を潜めている。
無我夢中に走っているうちに、朝の父が言った言葉がフラッシュバックする。『いくつ歳取ろうと、俺たちゃいつまでもそばにいるからな』
(馬鹿野郎……約束したのにっ……『いつまでもそばにいる』って……朝言ってたじゃないか…!!!)
走る。涙をこぼしながら、燃え盛る炎の中を、切り裂いて行く。
村の公園だった場所にようやく辿り着いて、大きな声を上げる。
「ルイン!!!聞こえるか!!!ルイン!!!聞こえたら返事をしてくれ!!返事を……してくれ……お願いだから…………返事をっ……………してくれっ…………頼む……」
すると、「うぁ……」と苦しみ悶えている、ルインの声が聞こえた。すぐさま、声の聞こえた方に走った。ルインは、3連に積み重なっていた土管が崩れたのか、土管の下敷きになっている。
「ルイン!!大丈夫か!?」
「う…お姉ちゃん……たすけて……いたいよぉ……」
「大丈夫…今助けてやるからな………他の…みんなはっ…?」
「わかんない……どこにかくれたか……わたし、しらないよ……」
他の子供達の行方が、分からない。まさか、父と母みたいになってしまったのか。考えれば考えるほど、吐き気が増してくる。
下敷きになっているルインを助け出そうとし、手を力任せに引っ張る。
「あぁぁっ…!!いたい!!お姉ちゃんいたいよぉ!!やめてぇ!!!」
ルインは泣きながら訴える。直接引っ張って脱出させるのは難しいので、下敷きの原因となっている土管を退けようとするも、重くて持ち上がらない。辛いだろうが、ルインを引っ張るしかない。
ルインの腕を掴み、力一杯引っ張る。
「うぅ……あぁっ……やめでぇ!!!!いだいいたいぃ!!!」
「ごめん…ごめんよっ……我慢してくれっ……すぐに終わるからっ……!」
ルインの悲痛の叫びはどんどん増し、引っ張る自分まで気持ち悪くなってくる。何か使えるものはないかと、辺りを見渡す。
すると、
炎の奥から、黒いローブを身に纏った人らしき者が、こちらに歩いて向かってきているのが見えた。その手には、凶器。
村の住民に、黒いローブを身につける者は、誰1人としていない。すなわち、他所者。声を聞いて来たのかもしれない。
(早く……早く助けないと…あの黒ローブがこっちに!!)
引っ張る力をさらに強くして、ルインを助け出そうとする。次第にルインの声もさらに大きくなり、とても苦しそうにしている。
(抜けろ!!早くっ!!抜けろよ!!お願いだからっ!!)
どれだけ引っ張っても、ルインは抜けない。
そして、ゆっくりと。黒ローブがこちらに近づいてくる。妹を助けたい、しかしあろうことか、未来の結末を想像してしまい、自分自身の生存本能があらわになる。
まだ死にたくない。
逃げなきゃ。
殺される。
スッ…と。ルインの腕を離した。
「ルイン…ごめん……ごめん…ごめんよっ……!!」
それだけ告げ、私は燃え盛るソリシアンの村に背を向けて、遥か遠くへ向けて走り出した。後ろから、声が、聞こえる。
「お姉ちゃん!!!お姉ちゃぁぁん!!!!!!いかないでぇぇ!!たすけてよぉぉ!!!うあああああああああああああああああああああ!!!!!」
だいぶ遠くへ逃げたのだろうか。
振り返っても、村は見えない。見えるのは、ただ一つ。立ち上る、真っ黒の煙。
私は、崖の上に1人突っ立っていた。
「あ…あぁ……あ…」
涙は枯れ、頬をつたうものは、もう何もない。
残ったのは、恐怖。悲嘆。そして、後悔。
私は、妹を見捨てた。私は、自分の命を優先した。私は、クズだ。
炎の中の記憶が、滝のように流れ込んでくる。
「うあぁぁぁあぁああぁぁ!!!!!
ああぁあ…………ゔゔっ………ぇ"っ………」
叫び、認められない記憶の景色に、たまらず嘔吐する。だんだんと、目の前が暗くなって行く。
私は、その崖の上で、意識を手放した。
辺り一面真っ暗な空間に、目覚めた。
ここは、あの世だろうか。私は、死んだのだろうか。辺りには、人の気配は一塊も無い。
私はその場で立ち上がり、前へ進んでみた。すると。
「お姉ちゃん」と。背後から声がする。振り返ってみると、そこには妹のルインが立っている。
「どうして。どうして私を見捨てたの。どうして。なんでお姉ちゃんだけ逃げてるの」
いつも笑顔で溢れていたルインが、今だけは笑っていない。目の光が消えており、まるでこちらを睨んでいるかのような目線を送っている。
ルインのその声は、今まで聞いたことのないほど、低い声だった。
「どうして。ねえどうして。お父さんやお母さんまで見捨てて、お姉ちゃんだけ生き残ったの。子供達を見捨てて、1人だけ逃げたの。ねえどうして。
私、お母さんが作ったお刺身、食べたかったな。
お姉ちゃんのせいで
お姉ちゃんのせいで
私、死んじゃった」
淡々と、ルインは私に向けて言葉を刺していく。
気がつくとソリシアンの子供達に囲まれ、全員が輪になって、自分に迫ってくる。
『姉ちゃんのせいで。姉ちゃんのせいで。姉ちゃんのせいで。姉ちゃんのせいで……………』
全員が、同じ言葉を吐いて迫ってくる。
「あ…うあ………ああ……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁあぁぁぁ!!!」
断末魔のごとく悲鳴を上げ、"地面から跳ね起きた"。
(…………夢…?)
と思ったが違和感を感じ、見渡してみると、
天井から吊るされる照明。黒い木の棚。木の机。その他諸々。
そこには見たことのない、景色が広がっていた。
間章です。
この『間章』では、キャラクターの過去などを描くエピソードになります!今回はサクラの過去…第3話の最後の方に出ていた「あの日」を描いてみました。
これからも『間章』は事ある度に投稿する予定です。恐らく、メインエピソードとほぼ同時に投稿する事になるかと思います。なのでもしよければ、これから2つともセットで読んでいただけると、とっても嬉しいです!!
まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします!




