学園生活
ピピピッ!!ピピピッ!!!と。
目覚まし時計のアラームに、朝を告げられた。ベッドの毛布をたたみ、窓のカーテンを開け、目一杯背を伸ばした後、1階に降りていく。
「おはよう。瑠衣花」
「おはよう、お父さん」
父に朝の挨拶をされて、私も挨拶を返した後、朝ごはんが並ぶ食卓の椅子に腰を掛ける。今日のメニューは、夕食の残りの豚の生姜焼き、白飯、味噌汁だ。
「…いただきます」
ぼーっ、と無心になって、豚肉をおかずとして白飯を食べていく。しばらくすると、父が言った。
「瑠衣花…今日はついに試験か………」
進んでいた箸を一度止めて、返答する。
「…そうだね。緊張するな…」
白飯と豚肉を食べ終え、残った味噌汁をゆっくり流し込んでいく。
「何……今までしてきた事を全力でぶつけるだけさ。何も難しいことはないよ」
ふーっ…と、味噌汁を平らげた後、また返答する。
「今までって言っても…ほんの数ヶ月の期間だったけどね……ごちそうさま」
朝ごはんを食べ終え、歯を磨きに行こうとしたその時、父に止められた。
「瑠衣花。今日は筆記だけじゃなくて、面接もあるんだろう?身だしなみには気を配っていかないと駄目だぞ」
「わかってるよ、お父さん。ちゃんと家でも整えるし、面接行く前にも確認するから、心配しないで」
そう言い残し、洗面所に向かった。歯を磨いた後、あの手この手で髪を整え、服を着替える。
家を出る前に、クローゼットについている鏡をじっと見つめる。
写し出されたのは、中学の制服である、濃紺のセーラー服とスカートに包まれた、薄緑のポニーテールに、青い瞳の少女。
(髪型よし……服装よし……寝癖なし……その他悪い所……なし!)
自分でできる限り、身だしなみが整っていることを確認して、私は家を出た。
「行ってきます」
晴界学園高等学校にて
「…失礼しました」
面接官に一礼して、面接会場である教室を出た。
(筆記も特に問題は無かったし…面接もうまくいったし…さすがに大丈夫………のはず!!)
大丈夫大丈夫と、自分に言い聞かせ、来客用の玄関の靴箱から靴を履き替え、扉を開ける。
扉を開けた先に広がっていたのは、いかにも学校らしいクリンカータイルの床。その上には、冷たい風に煽られて辿り着いた、無数の枯れ葉や落ち葉たち。それらを照らし出しているのは、現在進行形でゆっくりと夕日が落ちている茜色の空。
「秋だなぁ…」と、改めて今の季節を実感させられる。
そんな景色に、一歩前へ足を出そうとした時、ある存在に気づいた。
風に煽られ、揺れ動く樹木の下で、太い幹にもたれかかって読書をしている、本校の生徒らしき学生がいた。本校の灰色のブレザー、青と緑のタータンチェックの長いスカートで身を包んだ、紫色のミディアムヘアー。丸眼鏡の奥には、赤い瞳が輝いている。その姿は、胸元の赤いリボンで可愛らしさも象徴しているが、あの真剣な表情から、凛々しささえも感じられる。そこで、
カッ…!と。そんな彼女に見惚れていたおかげで、玄関の階段を踏み外して思い切り尻餅をついてしまった。
「ううっ………痛ぁ……よそ見しすぎた……」
お尻の痛みと恥ずかしさに悶絶していると、私に一つの手が差し伸べられた。……さっきの人だ。
「…大丈夫か?今のは痛かったろう…怪我はないか?」
私は差し伸べられた手を掴んで、立ち上がった。
「あっ…ありがとう………ごめんなさい、読書の邪魔しちゃって…」
「いや、いいんだ。丁度読み終わって帰るつもりだったからな…その階段、滑りやすいから気をつけなよ。それじゃ」
それだけ言うと、彼女は背を向けてその場から立ち去っていった。
気づくとそこには、冷たい秋風だけが残されていた。
翌日 晴界学園高等学校にて
「星野 瑠衣花です。趣味はピアノと読書です。色々あって変な時期の入学だけど、これからよろしくお願いします」
パチパチパチ…と。拍手が鳴り止んだ後、
「それじゃあ、あっちの空いてる席の方に座ってもらえるかな」
空いてる席。それは教卓から見て、ベランダ側。一番後ろの右から2番目の席だった。自分の席に歩いていくと、そこには見覚えのある姿があった。
紫色のミディアムヘアーの、丸眼鏡。頬杖をついて窓の外をじっと見つめている。私の左隣の席だ。
(あの時の…)と思いながら、指定された席に着席する。
「じゃ、今日は挨拶無しでいいので、そのまま解散してください」
担任からそう言われ、朝のホームルームが終わった。
「あの…」と、彼女に会話を試みるが、一瞬にして周りの人々に囲まれた。
「はじめまして瑠衣花さん!!」「ピアノ弾けるの!?すごい!!」「色々あったって、どう言うこと!?」
巣を飛び回る蜂たちのように、様々な質問が飛びかってきたが、奇跡的に一つだけ聞き取れた。
「あぁ…うん!ありがとう!ひとりずつね…そうだな……『色々あって』って言ったけど、ごめん。これはあんまり言えないことなんだ。でも、別に私が不祥事とかしたわけじゃないからね!」
どっ、と。その場で笑いが起こった。しかし、肝心の紫髪の彼女はこちらに見向きもせず、むしろ、また本を読んでいる。せめて、あの時のお礼をもう一度言っておきたい。と、タイミングを探すが、そうこうしてるうちに1限目の始まりを告げるチャイムが鳴ってしまい、「じゃーねー瑠衣花さーん」と、周りにいた生徒はぞろぞろと席に戻っていく。
(…色々あって、かぁ……)
ふと、自分から発言した言葉を思い出す。『色々あって』。それは、本当に色々あったし、これからも、その色々に左右されて残りの学生生活を過ごしていくことになるだろう。
号令を終え、着席する。1限目が始まってしまい、結局隣の彼女に話かけることはできなかった。話しかけるタイミングを失ってしまったが故に、気まずい。
(どうしよう……すっごく気まずい……話しかけるだけでも勇気出したのに、結局駄目だった………ああどうしようこれじゃ授業に集中できないどうしよう……!)
心の中で嘆いていると、ヒソヒソ…と。左から小さな声がした。
(ちょっと…いいか…?)
(…ふぇっ!?私…!?)
驚いた反応をしてしまったせいか、彼女は申し訳なさそうな表情をして、続けた。
(あっ…すまない。びっくりしたか…?)
(ううん、全然!話しかけられてるって気づかなかったから……それで…何か…)
(ああ…大したことじゃないんだ……シャーペンを忘れてしまってな。もう一本持ってたりしないか?)
シャーペン、そう言われて筆箱の中身を確認する。あるにはある。しかし入っているのは、色は剥げており、ノブを押しても『カチッ』とはいかず、むしろ『ヒュロッ…』という力の抜ける音が響く、ボロボロになったシャーペンだった。さすがにこれを渡すのはまずいと考え、今使っている綺麗なものを貸そうとしたが、彼女はボロボロの方に指を刺し、言う。
(それだ、それでいいんだ)
(本当に…?でも…ボロボロだし、書き心地もすっごく悪いけど…)
(いい。気にしなくていい)
と、彼女は答えた。私は、ボロボロのシャーペンを手渡した。すると、凛とした雰囲気の彼女にはあまり似合わない、一瞬ぱっと明るい笑顔になって、ただ一言だけ。
「ありがとう」と言って、再び凛とした表情にもどり、正面を向いた。私は、安堵する。
(ラッキー……何とか話せた……これであの時のお礼も言えそう…)
…と思っていたが、その後も他の生徒たちにもみくちゃにされ、1日の授業が終わってしまった。
結局、あの後から一度も話すことなく、名前を聞くこともできなかった。そして…
シャーペンを返してもらうのを忘れていた。
放課後にて
「着いたよ。ここが音楽室」
放課後に、私のクラス担任である長身の男に、学校の案内をしてもらった。ここは、3階の一番隅にある音楽室だ。ガラガラ…と。クラス担任は扉を開けた。後に続いて入ろうとしたが、その時、ある違和感に気づいた。今、クラス担任は鍵を使わなかった。
「先生…ここだけ鍵空いてるんですか?」
「ああ、この教室だけはいつも鍵が空いてるんだ。だから、生徒たちも自由に行き来できるよ…ただ、あっちの音楽室倉庫に入るには鍵が必要だけどね」
目の前に広がったのは、シミの入った灰色のカーペットが敷かれている床、無数の穴が空いている、木材でできた壁。教室に入って右端に、窓の外の太陽の光に反射して、黒に輝くグランドピアノが置いてある。とりあえず、ピアノの席に座ってみる。
「先生…これ、弾いてもいいんですか?」
「そうか…瑠衣花さんは、確かピアノが弾けるんだったな……うん、全然いいよ。その辺のルールは別に無いし…これから自由に弾いていっても大丈夫だよ。それじゃあ、案内はこれで終わり。どうする?今日は弾いていくかい?」
「はい!ちょっと弾いてみます。今日はありがとうございました」
感謝を伝えると、クラス担任は教室から出ていった。ピアノの大屋根を開け、ずっしりとした鍵盤蓋を持ち上げると、日光に照らし出された白い鍵盤が顔を出す。
やがて、静寂が訪れる。
じっ…と鍵盤を見つめていると、私がいつかの時に見つけた、ある"物語の法則"を思い出した。
多くのドラマやアニメは、あらすじや今回の内容を少し説明したりして、オープニングが入り、その後に本編が流れる。そのオープニングは、音楽。
エピソードが終わる時には、エンディングが流れる。これもまた、音楽。
『音楽で始まって、音楽で終わる』
そう。私もそのように。自分自身の青春は、今から。音楽から始まる。
この学園の、ある一つの舞台で"印"を残すために。私は、静寂を破った。
晴界学園高等学校 図書室にて
パタッ…と。読んでいた本を畳んだ。
(うん………面白い。タイトルからはイメージがつかない、少々きつい展開だったが読み応えがある。そろそろ帰りたいし、後は借りて寮で読むかな)
私、白井 遥は図書室の席を離れ、「転生したらアホでした」の次巻を探す。ざっくり物語を要約すると、信号無視のトラックに撥ねられた成績優秀の主人公は異世界に転生して、勇者集団の戦士の一員となる。しかし、転生と同時についてきたスキルは、「アホ」。危険だと思って仲間に指示をしようとするも、突然言葉を忘れたり、頭では分かっていても、行動に移そうとした瞬間に何をしようとしたか一時的に忘れる、変なスキル。そのせいで、守れたはずの仲間はどんどん死んでいく…みたいな感じだった。
棚から本を二冊取って、受付に向かう。司書の先生に「よろしく頼む」と言って、本のバーコードを読み取ってもらった。図書室を出ようとして、扉を開くと、何処からか音色が聞こえてくる。これは、ピアノの音だ。まるで、誰かが近くで太鼓を叩いてるみたいに、一音一音が腹の底に響く。
(いい音だ…一音として、無駄が一切無い…まるで音色が生きているみたいだ……どんな熟練者が弾いているのやら…時間はまだあるし、少し見に行ってみるかな。確か音楽室は3階だったか……)
と、借りた本を胸に抱え、階段を上っていった。
音楽室に着くと、少しだけドアが開いていた。そのドアの隙間から、中を覗き込む。
「おお……!」
思わず感嘆の声が漏れてしまったその先には、茜色に照らし出された夕空を背景に、風に吹かれて揺れるカーテン。そして、この音色の支配者。真剣な表情だが、時として微笑んでいる、薄緑のポニーテールの少女。その姿は、美しく、凛々しい。なんて綺麗な人だと思っていたが、ふと思い出した。
(確かこの人は、転校してきた……名前は…なんだったか…)
しかし、それを考える事さえ忘れさせるくらい、美しい音色と姿に見惚れてしまう。
気がつくと、演奏を終えたのか、音色は消えて、彼女はふーっ、とため息をつく。パチパチパチ…と、すかさずスタンディングオベーション。すると、彼女は驚いて、
「えっ?!?? いつからいたんですか…?」
「いや、さっき来たばっかりだよ。図書室にいたんだが、あまりに綺麗な音色だったからな…」
「あ…」
褒めたつもりだったが、私の顔を見て、なぜか彼女はシュン…としている。何か地雷を踏んでしまっただろうか。
「ごめんなさい……また、読者の邪魔しちゃったかな…?」
「いやいや、そんな事はないよ。気にしないでくれ。確か…君は今日転校してきたんだったな。名前は…星野 瑠衣花さんだったかな」
そう言うと、暗かった彼女の表情がぱっと輝く。
「へっ!?覚えてくれてたんだ!もう忘れられてたかと思った…」
「そんな…別に私だって、朝の話ぐらいちゃんと聞いてるぞ」
「……でも、私が自己紹介してる時に、ずっとそっぽ向いてたのに」
はははっ…と。互いに笑い合う。すると、瑠衣花さんの方から話があった。
「あの…この前は助けてくれてありがとう。私、ちょっとよそ見しちゃってて…」
「この前…? ああ、昨日の…確かに同じ人だったな。急にすごい音が聞こえてきたと思ったら、君が……瑠衣花さんが転んでて……あ、そうだ…これ。すまない、シャーペン返すの忘れてたよ」
と、胸ポケットから借りたシャーペンを取り出して、手渡した。
「……あっ! 私も忘れてた、ありがとう………ねえ、そういえばなんだけど…あなたの名前をまだ聞いてなかったから…今教えて欲しいの」
「ああ、私の名前か?私は白井 遥。白い井戸に、遥か遠く…の遥だ」
「遥さん、か。……変な時期の入学になっちゃったけど…これからよろしくね。もしよかったら、連絡先交換しない?ほら、"メイン"で…」
と言って、瑠衣花さんはスマートフォンを取り出した。私は瑠衣花さんの言葉に眉を顰める。……メイン。なんだそれ。恐らくスマホの機能の何かだろう。普段スマホと言うやつを電話目的でしか使わないから何のことかわからない。
黙り込んでいると、やがて瑠衣花さんが私の問題に勘づいた。
「あ…もしかして…メインって何のことか、わからないかな…?」
まずい。あたかも一般常識かのように聞いてくる。ここは答えられないと恥ずかしい。
「えっと…あー、もちろんわかる…ぞ。うん、交換しよう。そうだ…あれだ…」
「遥さん…すごい汗……いいよ。大丈夫。私に貸して。うーん…一応アプリは入ってるけど…えっと…これをこうして…」
瑠衣花さんにスマホを取られた。やっぱり知らないとバレていた。恥ずかしい。機械というものは本当に不可解で理不尽だ。
「……はい!できたよ。メインって言うのは、メッセージを交換したりできるアプリのことだよ。ここからテキトーにメッセージを打って、『送信』ってボタンを押してみて」
瑠衣花さんからスマホを返され、画面を見てみる。言われた通りに『よろしく』と文字を打って、送信ボタンを押してみた。
「…来た!これでこっちにメッセージが来るの。そんな感じでいいよ」
と、瑠衣花さんが言うと、「んん……」と、手を組んで目一杯背を伸ばした。
「…はぁっ……疲れたぁ…こんな学校終わりだって言うのに、久しぶりにピアノも弾いてたし…それに…」
瑠衣花さんがこちらの方を見て、にっ、と笑った。
「さっきのメインの下り…まるでお年寄りの相手してるみたいだったしね」
「なっ…誰がばあさんだ…」
「遥さんって…喋り方、独特だよね…」
午後5時30分。夕日は沈み、辺りはすっかり暗くなった学校の帰り道に、そんなことを言われた。関わってきた人ほとんどに言われていることだから、自分自身、そう言われても何ら障りはないが…
「……嫌か?」
「ううん!違うの。私はむしろ個性的でいいと思うけど…ただ、あんまりそういう喋り方する人って見たことない気がして……」
と、ここでお互い黙り込んでしまう。何かいい話題がないか考えていると、ここでふと気になったことがあった。あんな心揺さぶられる演奏ができるのなら、いつ頃からピアノを弾いていたのだろうか。
「そういえば瑠衣花さん。一体いつ頃からピアノやってたんだ?」
「ん〜、確か幼稚園の頃かな。元々ピアノやってたお母さんに勧められたのがきっかけで…ただひたすら、家にあったピアノで演奏してたんだ。毎日、音を鳴らすだけで、楽しかったなぁ……その後も、続けてるうちに色んな曲が弾けるようになって、小学校の卒業式で伴奏やってたっけ…」
「そうか、母さんもやってたんだな…私も一度でいいから、いつか母さんの演奏も聞いてみたいな」
「あ…それが…」
私の話を聞いた途端、瑠衣花さんの表情が、一気に暗くなった。瑠衣花さんは、そのまま続ける。
「…もう、いないんだ。この世界に。実は、交通事故で亡くなってるの。お母さんが仕事で通勤してる時に、信号無視のトラックに突っ込まれたんだって」
瑠衣花さんは、暗くなった空を見上げて言う。
「びっくりしたなぁ…あの時は……誰よりも元気で、なによりも私の支えで……お母さんのこと、無敵だと思ってたのに……いっぱい泣いたな…」
「……………すまん。瑠衣花さん」
「大丈夫だよ。だって、もう何年も前のことだし…とっくのとうに現実は受け入れてるから。それに…」
その時、瑠衣花さんは何か言いたげな感じだったが、空いていた口を閉じ、言葉を引っ込めたようだった。
「…………ううん、何でもない」
一言だけ、言った。またしても、気まずい瞬間が訪れた。私は濁ってしまった空気を潤すために、違う話を持ちかけようとした。
「あ…実は、私も親がいないんだ。私が生まれて間もない時に交通事故で死んだんだってさ。だから、私は親戚の養子、文子さんの娘になって…今は、学生寮で妹と2人で暮らしてるんだ。文子さんももう歳で、70後半だから…楽させてやろうって妹と話したんだ」
結局少し暗い話をしてしまったが、暗かった瑠衣花さんの表情が少し明るくなった。
「そうなんだ…って、妹いるんだ!いいな…私も下の子がいたら、いっぱい可愛がってやりたかったのに…名前は?今いくつなの?あとどんな子?」
「優しいに希望って書いて優希って言うんだ。今は…14かな。もう来年で受験生だよ。でも…優希は、白い瞬間の入団を目指してるんだ。だからろくに勉強せずに、魔法や体術の練習してばっかだよ。炎の魔法が使えるんだってさ……でも、私は正直、反対なんだけどな」
「なんで?」と反応される。私は続けた。
「あくまで私自身の考えなんだが…白い瞬間って、子供たちの憧れだろう?誰よりも輝いてて、みんなにとってのヒーローであり、そして主人公。でも、物語の主人公って、特に波瀾万丈だろう?私が見たり読んだりした物語ではほとんどがそうだった。もし、優希がその連中に加わったら…なんか、もう二度と、帰ってこなくなるような気がして…だから…
優希には、主人公になってほしくない……いずれ戦争にも成り得る事に、身を投じてほしくないんだ」
瑠衣花さんと離れた後、学生寮に向かい、自分の部屋の扉の前に立つ。どうやら瑠衣花さんは寮には入っていないらしい。
ガチャ…と。合鍵を使い、中へ入り「帰ったぞ」と一声かける。寮は2LDKとなっており、学生寮にしてはかなり広い部屋らしい。
…いい匂いがする。これは…シチューだ。今日のメニューはクリームシチューのようだ。そんな美味しそうな匂いが充満する部屋を進むと、夕飯の支度をしている妹の姿があった。
「おかえり、姉ちゃん。遅かったじゃん」
「ああ…遅くまで図書室にいたんでな」
と、濃紺のセーラー服の上からエプロンを着ている、蒼白ボーイッシュヘアーの翡翠色の瞳、優希は言った。昔は肩まで髪を伸ばしていたが、ある日それを突然やめ、バッサリと髪を切り落としてしまった。
寮で一緒に妹と暮らしている理由は、義母の文子さんにある。文子さんは、今年で75歳。文子さんの行動を見る限り、体力的にとてもしんどそうにしていた。少しは楽をさせてやろうと話し合い、学園に経済的理由として話をつけ、特別に優希を寮に入らせてもらっている。
家事などは当番制で分けて、料理だけは妹がしている。本来なら料理も交代でやるはずだったが、私はレシピ通りに作っても何故か真っ黒な炭のようなものしかできないので、急遽優希がやることになった。
「何、あたしの顔をじっと見て。何か付いてる?」
「いや…前々から思ってたんだが…変わったなって」
「はぁ?」と、優希は呆れた表情をしている。優希は、優希自身の昔の話を嫌っている。が、私は続ける。
「昔は、あんなに可愛いかったのにな…前みたいに髪が長い方がもっと良かったのに…おまけに、ほっぺはもちもちで、いっつも私に甘えてきたのに」
「はぁ…」と、優希はため息をついてから、言う。
「あのね…もうあたし14だから!!今のあたしなんかに『可愛い』なんていらないの。白い瞬間の"アナスタシア"は、もっとクールで、どこにも隙のない人なの!」
ビシッ!!と。シチューの鍋の中に入っていたお玉を私の方に向ける。お玉からシチューが垂れてきてる。
「いや、隙あり。シチューが床に落ちそうだぞ」
「…あ"っ!待って今のなし!…ってもういいから!さっさとスプーンとコップ準備してよ!」
いつからか、自らをクールと謳うようになったが、今みたいな天然っぽいところがあるから、結局「クール(笑)」みたいになっている。あんなに可愛かった存在から、姉としてほっとけない存在へと変わり果ててしまった。
「おやすみ、優希」
「ん。おやすみ姉ちゃん」
寝る前の言葉を交わし、自分の部屋に入った。キャスター付きの椅子に腰をかけ、ため息をつく。
結局この16年間、元の世界の家族などの情報を1ミリも得られずに過ごしてきた。深夜、修行ついでに何度か黒い瞬間とぶつかりに行くことなどはあったが、特に何のヒントも得られない。まだ幼い頃、もう少し大きくなったらどこか旅でもしようと思っていたものの、学校の事だの家の関係だの…そのせいで全く動けずにいる。それに、今の生活をちゃっかり楽しんでいる自分もいる。しかし、『探さなくていい』という理由には絶対になり得ない。
それは、自責の念。"あの日"自分だけ逃げ、自分だけが生き残ってしまった。助けられたはずの子供達を、助けなかった。私は、せめてもの詫びを入れなければならない。
自分から探すのは難しい。だから、考えた。"自分自身を見つけてもらえばいい"ということを。
私は、ベッドの方を見る。そこには、先日なけなしの小遣いで買った、変装用の服装が散らかっている。今日はそれに着替えてみる。紫髪のロングヘアーのウィッグを被り、白のパーカー付きジャージを黒いTシャツの上に羽織る。黒のミニスカート、そして黒タイツを足に通す。身長が高く見えるシークレットブーツを履き、最後にマスカレイドマスクを顔に付けて、完成。鏡を見てみると、元の「白井 遥」の面影はほとんどなく、まるで別人。
紫髪。それを連想させるのは、闇の魔法使い「サクラ」。私は、ひとたびこの姿になれば、「白井 遥」という名ではなく、「サクラ」を名乗る事になる。
様々な場所に転々と出現すれば、やがて『通りすがりのマジシャン』の時のように、ニュースで報道されるだろう。本当なら生身のままで活動したかったが、それだと学校などで注目を浴びてしまい、白い瞬間の連中にもっと注目されてしまうかもしれないので、それは面倒。「サクラ」の名を利用すれば、きっと見つけてくれる…はず。家族たちは、私を恨んでるかもしれない。私なんかに会いたくないかもしれない。でも、存在を証明しておくだけでも、何か変わるものもあるだろう。
私が世界にいるのならば、みんなもきっと、世界にいる。
白でも、黒でもない、街を守りたいわけでもない。
私は、私自身の目的のためだけに、もう一度「サクラ」として戦うと誓った。
第3話です。
自信とネタを失い(特に自信)、何と前話から2週間も空けてしまいました。その割には物語は全く進んでません…
やっぱりキャラクターを喋らせるのってとっても難しいです……自分で読み返してて、ずっと話の内容が単調かな…と思っていました。かと言って、いいセリフが思いつくわけもなく…まだまだ未熟者です…
でも今回は、この次の話に『間章』を用意しました。
できればそちらの方も見ていただけると嬉しいです!!
追記 タイトルがちょこっと変わりました。そんだけです。もしかしたらあらすじも変わるかも…




