第21話「父の、涙」
国王ガイゼルの頬を、涙が、伝った。
玉座の間が、静まり返る。誰も、声を、発しなかった。王の涙を、見るのは、家臣たちも、初めてだった。
「アルナ」国王は、絞り出すように、言った。「余は……余は、また、同じことを、しようと、していたのか」
フィナは、父を、見上げた。
「五年前、余は、お前の声を聞かなかった。お前のためだと信じて。あの魔物を……ルクを、奪った」国王の声が、震えた。「お前が、城を出た、あの日から。余は、後悔せぬ日は、なかった。だが——」
国王は、玉座の、肘掛けを、握りしめた。
「だが、今日、また、同じことを、しようとした。お前の力を、案じるあまり。お前を、鎖で、繋ごうと。——お前の、声を、また、聞かずに」
国王は、ゆっくりと、玉座から、立ち上がった。
そして——王が、一人の娘の前に、歩み寄り、その肩に、震える手を、置いた。
「すまなかった、アルナ」
国王の、涙が、止まらなかった。
「お前は、立派になった。余の知らぬ場所で、お前は、お前の道を見つけた。魔物と人を繋ぎ、村を豊かにした。——それは、剣では、決してできぬことだ」国王は、娘の目を、見た。「余は、間違っていた。お前を、軍に、入れるなど。お前の、その力は——人を、生かすために、あるのだな」
フィナの、目から、涙が、あふれた。
五年間、待ち続けた言葉だった。聞きたくて、でも、二度と聞けないと諦めていた、言葉。
「お父様……」
フィナは、父の胸に、顔を、埋めた。子どものように。五年分の、想いを、込めて。
国王は、娘を、強く、抱きしめた。今度は、鎖では、なく。ただ、父として。
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「な……っ、何を、なさるのです、陛下!」
その光景を、ヴェイル侯爵が、引き裂くように、叫んだ。
「王命は、すでに、下されたのですぞ! 王女は、軍に、入る! 今さら——」
「侯爵」
国王の声が、変わった。涙は、まだ、頬に、残っていた。だが、その目は——王の、目に、戻っていた。
「王命を下したのは、余だ。ならば、撤回するのも、余の権限だ」国王は、侯爵を見据えた。「アルナの、徴用は、取りやめる。この件は、なかったことと、する」
「陛下! お考え直しを! 王女の力は——」
「黙れ」
国王の、一喝が、玉座の間に、響いた。
「そなたが、余に、何を、吹き込んだか。今、よく、わかった」国王の声が、低く、怒りに、満ちていた。「『アルナの力で、国を守れば、二度と危険な目に遭わせずに済む』——もっともらしい言葉で、余の、親心を、操ったな」
侯爵の、顔が、引きつった。
「そして——王妃が持つ、その調査書」国王は、セレーネが掲げる書状を見た。「侯爵。そなたの、これまでの悪事の数々。聞かせて、もらおうか」
セレーネが、一歩、前に出た。氷のような、静けさで。
「ヴェイル侯爵」セレーネの声が、玉座の間に、響いた。「あなたは、過去にも、何人もの、有能な者を、その手で、葬ってきましたね。邪魔な者は、罠にかけ、利用できる者は、操る。——カルム村への、所業も、その一つ」
セレーネは、書状を、読み上げていく。侯爵が、これまで、闇に、葬ってきた、数々の、罪。それは、玉座の間に、いる、すべての者を、凍りつかせる、内容だった。
侯爵の、額から、汗が、滴り落ちた。
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「で、でたらめだ!」侯爵が、叫んだ。「証拠が、どこに、ある! そのような、書状——」
「証拠なら、あります」
玉座の間の、扉が、開いた。
入ってきたのは——商業ギルド査察官の、レマンだった。後ろに、ギルドの、役人を、数名、従えている。
「ヴェイル侯爵」レマンは、冷たく、言った。「あなたの手先の商人が、カルム村を、汚染し、王女を、脅迫した。その、すべての証拠と、商人本人の、自白を——ギルドは、押さえております」
レマンは、フィナを、ちらりと、見た。その目に、かすかな、敬意が、あった。かつて、ドングリまみれで、追い返された、あの査察官は——今、フィナの、最も、強力な、証人として、立っていた。
「商人は、洗いざらい、吐きました」レマンは、続けた。「すべては、ヴェイル侯爵の、指示であった、と」
侯爵の、足が、よろめいた。
もはや、言い逃れは、できなかった。証拠。証言。自白。すべてが、侯爵を、指していた。玉座の間の、家臣たちの、視線が、侯爵に、突き刺さる。
「衛兵」国王が、静かに、命じた。「ヴェイル侯爵を、捕らえよ。王家を欺き、民を、害した、大罪人だ」
「は!」
衛兵たちが、侯爵を、取り囲んだ。
「は、放せ! 私は、侯爵だぞ! こんな、辺境の小娘の、戯言で——っ!」侯爵が、わめいた。だが、その腕は、衛兵に、がっちりと、掴まれていた。
引きずられながら、侯爵は、最後に、フィナを、睨んだ。
「おのれ……っ、娘ごときが……っ!」
フィナは、その目を、静かに、見返した。怒りも、勝ち誇りも、なかった。ただ、静かに、告げた。
「あなたは、人の心を、道具だと思っていた。村人の善意も、父の親心も。——でも、人の心は、道具じゃありません。それが、あなたの負けた理由です」
侯爵は、何も、言い返せなかった。
ただ、無様に、わめきながら、玉座の間から、引きずり出されていった。
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嵐が、去ったあと。
玉座の間に、穏やかな、静けさが、戻った。
国王は、改めて、フィナに、向き直った。
「アルナ。いや——お前は、今、何と、名乗っている」
「フィナ、です」フィナは、微笑んだ。「カルム村の、フィナ」
「フィナ、か」国王は、その名を、噛みしめるように、繰り返した。「では、フィナ。一つ、頼みが、ある」
「なんでしょう」
「お前の村を——見せて、くれぬか」国王の目に、穏やかな光があった。「お前が、魔物と人とで築いた、その村を。余は、この目で見てみたい。お前が、見つけた幸せを」
フィナの、胸が、温かくなった。
「はい。いつでも」フィナは、頷いた。「カルム村は、いつでも、お父様を、歓迎します。——ただし、王様としてではなく。一人の、お父さんとして、来てください」
国王は、目を、丸くして——それから、声を、上げて、笑った。五年前には、決して、見せなかった、心からの、笑顔だった。
「……ああ。そうさせて、もらおう」
セレーネが、そっと、フィナの手を、握った。
「アルナ。よく、頑張ったわね」母の目に、涙が、光っていた。「いつか、必ず、会いに行くわ。あなたの、村へ。約束、する」
「お母様」フィナは、母を、抱きしめた。
ジオルドが、その隣で、ほっとしたように、笑っていた。
「やれやれ。心配、させやがって」ジオルドは、フィナの、頭を、くしゃりと、撫でた。「だが——よく、やった。お前は、俺の、自慢の妹だ」
五年前、バラバラに、引き裂かれた、家族。
その絆が、今——少しずつ、結び直されていく。
完全に元通りには、ならないかもしれない。失った五年は、戻らない。ルクも、戻らない。
でも——前を、向ける。
フィナは、もう、そう、思えていた。
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数日後。フィナは、王都を、発った。
城門には、家族が、見送りに、来ていた。国王。王妃。ジオルド。そして、レインと、クラウの、二人の兄も。五年ぶりに、揃った、家族。
「また、来いよ、アルナ」レインが、穏やかに、笑った。
「次は、もっと、ゆっくり、な。お前の好きな、菓子を、用意して、待ってる」クラウが、目を、潤ませた。
「うん」フィナは、頷いた。「ありがとう、兄様たち」
ソルが、翼を、広げる。フィナは、その背に、乗った。肩に、ベル。懐に、チコ。
「行ってきます。——いえ」フィナは、笑った。「行ってまいります。私の、家に」
ソルが、羽ばたいた。
王都が、家族が、小さくなっていく。フィナは、振り返らなかった。もう、振り返って、泣く必要は、なかった。いつでも、会える。そう、思えたから。
前を、向く。
その先に、待っている、村が、ある。村人たちが、魔物たちが、いる。
帰ろう。
私の、居場所へ。
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【第二十一話終了時点 状況まとめ】
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ヴェイル侯爵 : 悪事が露見・捕縛(大罪人として失脚)
国王ガイゼル : 過ちを認め謝罪・王命撤回・娘の道を承認
家族との和解 : 5年ぶりに家族が揃う・絆を結び直す
セレーネの約束 : いつか必ずカルム村を訪れる
フィナの決意 : 振り返らず前を向く・村へ帰還
得たもの : 「魔物と作る道」を王家に公認された
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第二章、決着。フィナ、我が家へ
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【幕間・回想 ルクへ、報告を】
王都を発つ、前の夜。
フィナは、一人、城の、裏庭に、立っていた。
五年前、ルクと、過ごした、あの場所。今は、もう、誰も、いない。ただ、月明かりだけが、芝生を、照らしていた。
フィナは、その芝生に、そっと、手を、当てた。
「ルク」小さく、囁く。「私ね、声を、届けられたよ。五年前、できなかったことを、今日、やっと」
風が、吹いた。ルクの、白い毛並みを、思い出させる、優しい、風だった。
「あなたを守れなかったこと。今でも、ごめんって思ってる。でも——」フィナの目に、涙がにじんだ。「あなたが、いてくれたから。あなたと、過ごした日々が、あったから。私は、魔物と、心を、繋ぐことを、信じられた。今の、私が、いる」
フィナは、空を、見上げた。星が、瞬いていた。
「だから、ありがとう。ルク。——見ていてね。私は、これからも、たくさんの、魔物と、人を、繋いでいくから」
風が、フィナの頬を、撫でて、通り過ぎた。
まるで——返事を、するように。
フィナは、微笑んだ。涙を、拭って。
そして、前を、向いた。新しい、明日へ。
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続く
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あとがき
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。第二章、決着です!
国王ガイゼルの、謝罪。「すまなかった、アルナ」。五年間、フィナが待ち続けた言葉が、ついに、届きました。鎖ではなく、父として、娘を抱きしめる。書いていて、胸が、いっぱいになりました。
そして、ヴェイル侯爵の、失脚。証拠、レマンの証言、商人の自白。すべてが、侯爵を追い詰める。フィナの「人の心は、道具じゃない。それが、あなたの負けた理由」——この一言を、言わせたかったんです。
レマンが、最強の証人として現れる場面も、痛快でしたね。ドングリまみれだった彼が、今や、頼れる味方です。
そして最後、ルクへの報告。「声を、届けられたよ」。フィナの、五年越しの、けじめです。
家族との和解は、完全では、ないかもしれません。失った時間は、戻らない。でも、前を向ける。フィナは、もう、そう思えています。
【ブックマーク】次回から、新たな展開。村に戻ったフィナを待つものは。
【評価】星ひとつで、新しい読者に届きます。
【感想】「国王の謝罪に泣いた」「侯爵ざまぁ最高」、一言でも必ず返します。
次回、我が家へ。そして、物語は、新たな章へ。




