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第20話「届け、私の声」

 王都が、見えてきた。


 ソルの背の上から、フィナは、それを見下ろした。白い城壁。立ち並ぶ尖塔。五年前、逃げ出した、あの場所。懐かしさと息苦しさが、同時に込み上げてくる。


「……緊張、していますね」ベルが、肩で、言った。


「うん」フィナは、正直に、答えた。「でも、前とは、違う」


 五年前、この城を出るとき、フィナは、ただ、怖かった。逃げることしか、頭になかった。だが、今は——怖いけれど、足は、前を、向いている。


 ソルが、城門の前の、広場に、舞い降りた。


 巨大な鳥型魔物の出現に、衛兵たちが、色めき立つ。槍を、構える者もいた。


「待て!」


 その時、城門から、一人の青年が、駆け出してきた。ジオルドだった。息を、切らして。


「フィナ! 来てくれたか」ジオルドは、衛兵たちを、手で、制した。「この方は、私の客人だ。通せ」


 衛兵たちが、戸惑いながら、道を、開ける。


「兄様」フィナは、ソルから、降りた。「お父様は」


「玉座の間だ」ジオルドの顔が、曇った。「だが、フィナ。父上は、お前を、軍に、と、頑なだ。母上と、私で、説得を、続けたが……それに——」ジオルドは、声を、潜めた。「ヴェイル侯爵が、父上の、すぐそばに、いる。気を、つけろ」


「わかっています」フィナは、頷いた。「だから——証拠を、持ってきました」


---


 玉座の間は、五年前と、何も、変わっていなかった。


 高い天井。長い、赤い絨毯。その先の、玉座に——国王ガイゼルが、座っていた。


 五年ぶりに見る、父の姿。記憶よりも、ずっと老いていた。髪に白いものが増え、顔には、深い皺が刻まれていた。五年の歳月が、この人にも、重くのしかかっていた。


 そして、玉座のすぐ脇に——痩せた、一人の貴族が立っていた。指が長く、目が、爬虫類のように冷たい。


 ——あれが、ヴェイル侯爵。


 フィナは、初めて、その姿を、目に、した。会わずとも、わかった。村を、汚染し、自分を、脅し、父を、操った男。


 フィナは、赤い絨毯の上を、玉座に向かって、まっすぐに、歩いた。チコが、懐で、震えている。ベルが、肩で、静かに、気配を、殺していた。


 玉座の前に、立つ。


「……アルナ」


 国王の、声が、震えた。五年ぶりに、見る娘に、その目が、潤んでいく。「アルナ、本当に、アルナなのか。ああ……生きて、いてくれた」


「お久しぶりです。お父様」フィナは、頭を、下げた。


「よく、戻った。よくぞ」国王は、玉座から、身を、乗り出した。「もう、どこにも、行かせぬ。お前を、国の盾とし、余が、守ってやる。お前の力があれば、誰も、お前を、傷つけられぬ。——これが、お前の、幸せだ」


 その目に、悪意は、なかった。


 ただ、痛いほどの、愛情だけが、あった。


 ——五年前と、同じだ。


 フィナの、胸が、締めつけられた。だが、今度は、俯かなかった。


---


「お父様」フィナは、顔を、上げた。「一つだけ、聞いてください。私の、話を。——五年前、聞いてもらえなかった、話を」


 国王の、動きが、止まった。


「私は、魔物を操る力を、持っています。でも——それは、戦うための力じゃ、ありません」フィナの声が、玉座の間に響いた。「私は、その力で、薬を、作りました。病める人を、癒しました。痩せた土地を、蘇らせました。誰も、近づけなかった魔物と、心を、通わせ、一緒に、村を、豊かに、しました」


 国王の、眉が、動いた。


「戦うためじゃ、なく。傷つけるためじゃ、なく。——作るために。私は、この力を、使いたいんです」フィナは、一歩、踏み出した。「お父様。私を、軍に、入れないでください。私は、剣を、振るうために、生まれたんじゃ、ない」


「だが、アルナ」国王の声が、揺れた。「お前の力は、強すぎる。狙う者が、後を、絶たぬ。軍に、入れば、誰も、お前に、手出し、できぬ。それが——」


「それが、私のため、ですか」


 フィナの、静かな問いに、国王が、息を、呑んだ。


「五年前も、お父様は、そう仰いました」フィナの目から、涙がこぼれた。だが、声は、震えなかった。「お前のためだ、と。だから、ルクを、処分した。私が、どれだけ、泣いて、頼んでも。私の、声を、一度も、聞かずに」


 国王の、顔が、歪んだ。


「私は、あの日——大切なものを、守れなかった。声を、届けられなかった。だから、逃げました。この城には、私の、居場所が、なかったから」フィナは、涙を、拭った。「でも、お父様。今日は、逃げません。今度こそ、聞いてほしいんです。私の、本当の、気持ちを」


 玉座の間が、静まり返った。


 国王は、玉座の上で、石のように、固まっていた。その目が、五年前の記憶と、今の娘の言葉の間で、激しく、揺れていた。


---


「陛下」


 その沈黙を、破ったのは、ヴェイル侯爵だった。


 滑らかな声で、国王に、囁く。


「お聞きになりますな。これは、世間知らずの、お嬢様の、戯言です」侯爵は、薄く、笑った。「魔物を、産業に、など。夢物語に、すぎません。王女殿下の、稀有な力は、国家のために、軍事にこそ、用いるべき。それが、王国の、利益となります」


「侯爵」フィナは、その男を、まっすぐに、見た。「あなたに、聞きたいことが、あります」


「ほう?」侯爵の、眉が、わずかに、動いた。


「カルム村の、川を、汚染したのは、あなたですね」


 玉座の間の、空気が、凍りついた。国王が、はっと、侯爵を、見る。


「何を、根拠に、そのような」侯爵の声は、まだ、滑らかだった。「言いがかりは、おやめください、殿下」


「根拠なら、あります」


 フィナは、懐から、束ねた書類を、取り出した。


「川上に仕込まれた、毒の鉱滓。それを運んだ商人の足取り。あなたの息のかかった商会が、関わっている証拠。——そして」フィナは、もう一枚を掲げた。「商業ギルド査察官、レマンの、証言書です。あなたの手先の商人が、村を、汚染し、私を、脅迫した。その、すべてを、記録しました」


 侯爵の、薄い笑みが——初めて、強張った。


「でたらめだ」侯爵の声が、わずかに、上ずった。「そのような、書類、いくらでも、偽造できる」


「では、レマンさん本人に、証言してもらいましょう」フィナは、言った。「彼は、今、王都の、ギルド支部に、います。お呼びすれば、すぐに」


 侯爵の、額に、汗が、にじんだ。


 国王の、視線が、侯爵に、突き刺さる。玉座の間の、空気が、刻一刻と、侯爵にとって、不利な方へ、傾いていく。


---


「……ふん」


 侯爵の、態度が、変わった。滑らかな仮面が、剥がれ、その下から、冷たい、本性が、現れた。


「小賢しい、娘だ」侯爵は、低く、吐き捨てた。「だが——証拠が、あろうと、関係ない。陛下は、すでに、王命を、下された。王女は、軍に、入る。それは、決定事項だ。今さら、覆りはせぬ」


「いいえ、覆ります」


 凛とした、声が、響いた。


 玉座の間の、扉が、開く。そこに、立っていたのは——王妃セレーネだった。


 静かな足取りで、絨毯を歩いてくる。その手には、一通の古びた書状。


「お母様……」フィナの声が、震えた。


「アルナ」セレーネは、娘に、微笑みかけた。それから、国王に、向き直った。「陛下。この子の、話を、お聞きになって。五年前、私たちが、聞かなかった、この子の、声を。——今度こそ」


 セレーネは、手にした書状を、玉座の前に、掲げた。


「それから、陛下。ヴェイル侯爵について——私、独自に、調べておりました。この男が、過去に、何をしてきたか。それを、すべて、ここに」


 侯爵の、顔から、完全に、血の気が、引いた。


「な……っ、王妃、殿下。あなたは、いつから——」


「あなたが、私の娘に手を出した、その時から」セレーネの目が、氷のように冷たく光った。「母を、敵に回したこと。後悔、なさい」


 フィナは、母を、見た。


 五年前、何もできなかった母。ただ黙って、見送ることしかできなかった母。その人が、今——娘のために、牙を剥いていた。


 胸の奥が、熱く、なった。


 ——もう、一人じゃ、ない。


 フィナは、改めて、玉座の、父を、見上げた。


「お父様。お願いです」フィナは、まっすぐに、言った。「私の、声を、聞いてください」


 国王ガイゼルは、娘を、見つめた。


 その目から——ついに、一筋の、涙が、こぼれ落ちた。


---


【第二十話終了時点 カルム村ステータス】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

人口 : 40人超(フィナは王都で対峙中)

村の活気度 : フィナの帰りを待つ

テイム魔物 : ベル/チコ/ソル(王都に同行)/もる・イグナ(村を守る)

王都の状況 : フィナが国王に直接対峙・声を届ける

味方の結集 : ジオルド・セレーネがフィナ側に・証拠とレマン証言

侯爵の劣勢 : 悪事の証拠を突きつけられ追い詰められる

国王の変化 : 娘の言葉に涙・心が揺れる

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第二章、決着へ


---


【幕間・回想 五年前と、今日 二つの玉座の間】


 五年前。この同じ、玉座の間で。


 幼いアルナは、泣きながら、訴えた。「ルクは、悪くないんです。お願いです、お父様」と。だが、その声は、誰にも、届かなかった。父は、目を伏せ、兄たちは、唇を噛んだ。母だけが、何か言いかけて——けれど、王の決定の前に、唇を、閉ざすしかなかった。アルナの言葉は、愛という名の、分厚い壁に阻まれて——届かなかった。


 あの日、アルナは、悟った。この城では、自分の声は、永遠に、届かないのだと。だから、逃げた。


 そして、今日。


 同じ、玉座の間で。フィナは——アルナは、もう一度、声を、上げている。


 だが、今度は、一人では、ない。


 隣には、母がいる。兄がいる。肩には、ベルが、懐には、チコが、外には、ソルが、いる。遠いカルム村には、帰りを待つ、村人たちが、いる。


 五年前、届かなかった声は——今、たくさんの想いを、乗せて。


 ようやく、父の、心に、届こうとしていた。


---


続く


---


あとがき


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


ついに、王都決戦。フィナと、国王の、五年越しの対峙です。


五年前、アルナの声は、届きませんでした。「お前のためだ」という、愛の壁に阻まれて。でも今日、フィナは、逃げずに、もう一度、声を上げます。そして今度は、一人じゃない。証拠があり、レマンの証言があり、そして——母セレーネが、娘のために、ヴェイル侯爵に、牙を剥く。


「母を、敵に回したこと。後悔、なさい」。五年前、黙って見送ることしかできなかった母の、これが、五年分の答えです。


国王の頬を伝う、一筋の涙。その意味は、次回、明らかになります。侯爵の運命も——いよいよ、決着へ。


【ブックマーク】次回、第二章クライマックス。国王の決断、そして侯爵の最期。

【評価】星ひとつで、新しい読者に届きます。

【感想】「セレーネ様かっこいい」「国王の涙に泣いた」、一言でも必ず返します。


次回、五年越しの、声が届く。そして、すべてに、決着を。

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